<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom">
    <title>FERMAT</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/" />
    <link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://www.defermat.com/atom.xml" />
    <id>tag:www.defermat.com,2010-03-16://1</id>
    <updated>2012-05-18T07:55:32Z</updated>
    <subtitle>FERMATは、社会の基底をなすコミュニケーションが変容する間際に示す徴候に照準しながら、未来のビジョンを構想することで、新たな何か＝“X”、の誕生・到来を促します。</subtitle>
    <generator uri="http://www.sixapart.com/movabletype/">Movable Type Pro 5.01</generator>

<entry>
    <title>FacebookのIPOカウントダウンに向けて</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2012/000960.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2012://1.960</id>

    <published>2012-05-18T07:55:03Z</published>
    <updated>2012-05-18T07:55:32Z</updated>

    <summary>FacebookのIPOがいよいよ目前に迫った。 Facebook Prices Its IPO at $38 【Wall Street J...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>FacebookのIPOがいよいよ目前に迫った。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052702303448404577409923406193162.html?mod=WSJAsia_hpp_LEFTTopStories">Facebook Prices Its IPO at $38</a><br />
【Wall Street Journal: May 17, 2012】</p>

<p>アメリカ時間の5月18日に上場されるが、売り出し価格は1株あたり38ドルで市場から184億ドルを調達する計画だ。時価総額にして1040億ドルの企業が誕生する見込みだ。</p>

<p>この数ヶ月は、この、今のところ成功が約束されたように見えるIPOについて様々な報道がされていた。関心の中心は、創立者でCEOのマーク・ザッカーバーグの成功譚だ。</p>

<p><a href="http://www.nypost.com/p/news/business/facebook_fever_tUsamHM4hoonBTHRkZaA5O">Mark Zuckerberg could become second wealthiest man in US following Facebook IPO</a><br />
【New York Post: May 17, 2012】</p>

<p>ザッカーバーグは個人資産の多さでいきなりビル・ゲイツと並ぶ存在になりそうだ。富豪として名を連ねるウェーレン・バフェットやラリー・エリソンを飛び越しての位置づけとなる。</p>

<p>こうなるともはや単なるサクセスストーリーといっていいのかすら怪しくなる。直感的には、20世紀後半のアメリカ財界が築きあげてきた全ての仕組みの上で実現された大成功としかいいようがないからだ。その点で、バフェットやエリソン、ゲイツの肩の上にいるのがザッカーバーグといえばいいか。</p>

<p>ビル・ゲイツによって築かれたPCが普及した世界があればこそ、ザッカーバーグは子供の頃からプログラミングに取り組めた。</p>

<p>ラリー・エリソンのオラクルや、今はオラクル傘下にあるサンがあればこそ、ザッカーバーグはWWWを使ってそのプログラムの成果であるFacebookをウェブのなかに放ち、多くの人々の目に触れ、ユーザーを獲得することができた。</p>

<p>ウォーレン・バフェットが、バークシャー・ハサウェイのアニュアル・レポートを通じて、株式市場の展望（と苦言）をしてきたからこそ、アメリカにおける株式市場の整備が進んでいった。</p>

<p>これらの先行した成功者の「成功」の上に、ザッカーバーグの成功があるように思える。だから、見る人によっては、これはこの数十年のアメリカの産業界の集大成のように思える。</p>

<p>もちろん、ザッカーバーグの成功は、シリコンバレーで過去20年に渡り整備されてきた起業支援システム、つまり、ベンチャーキャピタルやコンサルタント、弁護士からなるシステムがあればこそ、でもある。文字通りの「錬金術」がそこでは考案され、彫琢されてきた。彼らサポーターも、株式の保有を通じて、この成功の果実にありつくことになる。</p>

<p><a href="http://business.time.com/2012/02/02/social-windfall-facebook-ipos-billion-dollar-winners/#mark-zuckerberg">Social Windfall: Facebook IPO’s Winners</a><br />
【TIME: January 31, 2012】</p>

<p>アクセル・パートナーズのようなVCや、ピーター・シーエルのような投資家が、早期にFacebookに投資したリターンを得る。この、成功する逸材を見つけて投資をして、無理矢理にでも成功にまでこぎつけようとするシステムは、やはりシリコンバレーならではのものだろう。エンジニアを育成することは工学部を設置すれば可能だ。起業のための融資のシステムをつくることも銀行があれば可能だろう。しかし、そのシードマネーを注ぎ込んだスタータップを、牧場よろしく十分な規模にまで育て上げ、初期投資を越えるリターンを得ようとうする仕組みは多分、一朝一夕にはできないだろう。この、作物を育てるような感覚は、フロンティア精神の今日的姿のように思えてならない。</p>

<p>ところで、上のTIMEの記事では、上場後、ザッカーバーグをはじめとして株主が得るリターンが記されているわけだが、一つ気になったのは、シェリル・サンドバーグだけ、桁が一つ小さく１億ドルである、というところだ。もちろん、十分な金額だと思うが、ザッカーバーグが282億ドル、ピーター・シーエルでも25億ドルであるのを見るとやはり桁が違う。</p>

<p>これを見ると、サンドバーグが雇われのCOOというビジネスエグゼクティブに過ぎないことがよくわかる。他の株主は、文字通り投資家ないし資本家として参画している。COOはあくまでもOfficerであって、ボードメンバーでないこともわかる。会社のガバナンス構造の現実を見せられるようだ。つまり、投資家になるだけの成功は、起業による成功の報酬として得られるもので、エグゼクティブとしての成功はそれとは次元が異なるものということになる。</p>

<p>そうなると、IT企業のエグゼクティブの成功者が、たとえばメグ・ホイットマンのように、eBayのCEOをやめた後にカリフォルニア州知事に出馬し、落選した後に改めてHPのCEOに就任する、という具合に、エグゼクティブ＝執行官としての、プロの道を歩むのもわかる。エグゼクティブとしての成功を糧に、次のエグゼクティブの場を求める。そう考えると、Googleのエリック・シュミットもNovellのCEOからの転身だった。プロのエグゼクティブにはプロとしてのキャリアパスがあるわけだ。</p>

<p>となると、ホイットマンがeBayで得た報酬を選挙資金にして政治家になろうとしたのと似た道を、サンドバーグやシュミットも選択してもおかしくないように思える。その点で、いささか唐突ではあるが、この11月の大統領選を経て、もしもオバマ大統領が再選された場合、サンドバーグやシュミットにも政府入りという道が浮上するように思えてならない。サンドバーグだけに限れば、大統領選の前にFacebookのIPOがあるのも、何かタイミングとして意味があるようにすら思えてくる。少なくとも、第一期のオバマ政権には、ワシントンDCとシリコンバレーを往復した経験のあるスタッフは散見された。</p>

<p>ザッカーバーグによって集大成された、過去数十年のアメリカのビジネスインフラは、今度は、政治と文脈を共有することで、広い意味でガバナンス＝統治のインフラの彫琢に向かうのかもしれない。20世紀後半のアメリカ大統領は、大統領が政府運営の要ということで、州知事出身の人物がほとんどだった。エグゼクティブの経験が重視されたからだ。となると、今度は、州知事出身に代わり、ビジネスエグゼクティブ出身というのが、もう一つの大統領へのパスの一つとなるのかもしれない。その意味では、共和党のミット・ロムニー候補の浮上は、一つの徴候なのかもしれない。</p>

<p>ともあれ、日本時間ではすでに今日だが、5月18日にFacebookのIPOに注目したい。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>ノマドでないとモバイルでは出遅れる</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2012/000959.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2012://1.959</id>

    <published>2012-04-24T08:16:38Z</published>
    <updated>2012-04-24T08:17:33Z</updated>

    <summary>FacebookやGoogleがどうしてスマートフォンやタブレットに出遅れたのか－そして、引き続き引き離されそうか－というのを取材経験から推...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>FacebookやGoogleがどうしてスマートフォンやタブレットに出遅れたのか－そして、引き続き引き離されそうか－というのを取材経験から推察したNYTの記事。</p>

<p><a href="http://bits.blogs.nytimes.com/2012/04/22/disruptions-with-new-comforts-growing-complacent/?ref=technology">Disruptions: With New Comforts, Growing Complacent</a><br />
【New York Times： April 22, 2012】</p>

<p>ほとんどその答えは、このエントリーのタイトルで表されているのだけど、要するに、FacebookにしてもGoogleにしても、開発要員たるエンジニアにとって快適な環境を提供し過ぎている、というのが、筆者の指摘のポイント。</p>

<p>通勤時のバスはWi-Fiが設定されていて、そこからラップトップを開くことができる。オフィスに入ればずっとラップトップないしフラットスクリーンのデスクトップに囲まれた開発環境。複数のモニタが並ぶのは当たり前。ランチになっても有名なフリーカフェテリアがあるから外に出る必要もない。オフィス、というよりはキャンパスというほうがいいだろうけど、そこは福利厚生施設も整っていて、ジムもあれば、デイケアセンターもある。その他、マッサージルーム、ドライクリーニング、レンタカーも可能。生活のほとんどすべてが、キャンパス内で完結可能となっている。まさに、キャンパス。そしてそのドーミトリーのようなもの。そうやって、まさに大学の研究室のように、四六時中、社員が開発に従事できるようにしている。</p>

<p>裏返すと、モバイルで必要となる、何か行動を促すような情報の利用を、ラップトップではなくスマフォらを使って利用する機会がほとんどない。そのような環境下ではモバイルに適したアプリケーションなど開発できなくても仕方がない。</p>

<p>つまり、FacebookにしてもGoogleにしても、あまりにPCセントリック、ないし、ウェブセントリックにすぎる環境だということ。</p>

<p>対して、モバイルのアプリを開発したスタータップの多くは、未だに会社のウェブサイトすらない。つまり、彼らにとっては、モバイルこそが彼らのフィールドであって、決して、モバイルはPCやウェブの環境の延長線上にあるものではないと捉えている。</p>

<p>要するに、時間はあるが金はない、だからぶらぶらするには事欠かない学生ないし学生あがりの人々がモバイルに関わったほうが、モバイルユーザーが欲しいと思うもの、あるいは、実際に継続して使えるようなものが作れるはずだ、ということでもある。</p>

<p>以上の見方は、この記事の筆者の経験から出た推測で、見解をサポートするような数量的根拠はない。だから、とりあえずこの話を信じるかどうかは読者の側に委ねられるわけだが、それにしても、これはもっともらしい説明でさしあたってはそうだろうなと信じてもいいように思えてくる。</p>

<p>とはいえ、この話は何もFacebookやGoogleのようなウェブ企業に限った話ではなくて、比較的規模の大きい会社ならどこにでも当てはまりそうなところが少し怖いところだ。</p>

<p>それにしても、シリコンバレーの企業の新陳代謝はとてつもなく早い。そんなことも感じさせる記事だ。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Pebble－時計型ウェアラブル・インターフェースの試み</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2012/000958.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2012://1.958</id>

    <published>2012-04-14T03:14:49Z</published>
    <updated>2012-04-14T13:33:13Z</updated>

    <summary>Pebbleという時計型のARガジェットがちょっと気になる。Kickstarterで10万ドルを募ったところ、あっという間に50万ドルを集め...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>Pebbleという時計型のARガジェットがちょっと気になる。Kickstarterで10万ドルを募ったところ、あっという間に50万ドルを集めてしまったという。</p>

<p><a href="http://mashable.com/2012/04/11/iphone-watch-pebble-kickstarter/">iPhone-Friendly Watch Gets $500,000 Kickstarter Funding in a Day</a><br />
【Mashable】</p>

<p><a href="http://techcrunch.com/2012/04/13/how-the-pebble-smart-watch-hit-2-million-on-kickstarter-qa/">How The Pebble Smart Watch Hit $2 Million On Kickstarter [Q&A]</a><br />
【TechCrunch】</p>

<p>この間のGoogle Glassの公表の際に、Appleの場合はGlassではなくWatchに行くだろう、という見通しに触れたはずだけど、このPebbleはその方向のプロトタイプの一つといってよさそうだ。</p>

<p>Pebbleについては幾つか気になるところがあるのだけど、まずは二つほど。</p>

<p>●このプロジェクトがKickstarterで開発資金を調達したこと。</p>

<p>一つの商品がサポーターとともに出来上がっていく。Kickstarterは今までも何度か触れてきたけれど、大抵の場合は、アーティスト予備軍による映画やアート作品の制作、研究者予備軍によるニッチな研究プロジェクト、大学卒業の冒険旅行的な世界クルーズなど、おおむね個人によるプロジェクトをサポートするためのファンドレイジング方法として機能してきた。</p>

<p>けれどもこのPebbleの場合は、スタータップが想定する商品の開発資金を提供するということに近い。感覚的には同人誌的なノリに近い。「同人・物（ブツ）」とでもいうべきもの。</p>

<p>当然、そうして資金提供した人たちは、βテスター的な位置づけも得られるのだろうし。</p>

<p>なんというか、「同人・物（ブツ）」とは書いたけれど、むしろ、アメリカだとよく見かける、まずは地元から始まったアイスクリーム屋やダイナーが住民のサポートを受けながら事業を拡大していくのに似ている感じがする。そんな予感がする。</p>

<p>そういう周りの支援とともに大きくなる事業は、食べ物関係のように、素材や道具が誰でも手に入れることができて（＝コモディティとして流通していてい）、わりと簡単に始められるからこそ、サポーターの後押しで大きくなることができる。</p>

<p>Pebbleの場合は時計だから機械製品なのだが、後述のようにアイデア商品的な感じもするところがあって、その特徴を、ウェブを介して広く人々の支援を受けて行なっていく、というところがある。</p>

<p>もちろん、Kickstarterで資金を提供する側のいい意味での軽さもあるだろう。普通のものってつまらない、何か面白いものはどこかにないのか？ないなら作りたいって言ってる奴らに作ってもらおう・・・的なノリの人たちが集まる場所として、DIYを支持する人たちが集まる場所としてKickstarterが機能しているからこそ、Pebbleのような商品のアイデアが支持されるといえるのかもしれない。</p>

<p>●腕時計を賢くするものだが、通信機能はスマートフォンに委ねているところ。</p>

<p>Pebbleには直接的には広域のデータ通信機能は搭載せず、あくまでもそのような通信機能はスマートフォンに委ねているところ。その意味では、スマフォやタブレットを母艦扱いにして、あくまでもその利用を容易にするためのツールとして位置づけていること。</p>

<p>その点では、非常に原初的なウェアラブル・インターフェースといえる。</p>

<p>ウェアラブルコンピューティングと言わないのは多くの計算／演算機能はスマフォ（やタブレット）の方で請け負うわけで、その意味でPebbleは「邪魔にならないインターフェース」というところがポイント。体に装着しているから、普段は注意を向ける必要はなく、注意が必要な時はそのことを教えてくれるものとして位置づけられる。</p>

<p>この発想は、スマフォの普及が見えたからこそ可能となる機能の絞り込みだろう。</p>

<p>クラウド化によって計算資源のネットワーク側での保持の可能性も強まってくると、結局のところ、計算資源と通信資源と認知（インターフェース）資源をどう分配するか、それらをトータルでどうデザインするかが大事になるが、とはいえ、それらを一社でやろうとすると変数が多すぎて焦点がどうしてもぼやけてしまう。だから、大企業が行おうとすると、垂直統合型で全部を制御しようとするGreedy=欲張りなものになりがちだ。けれども、Pebbleの場合は、大企業の競争を通じて、それらの配分の実勢が見えてきたところで、ウェアラブルなインターフェースに特化したところが面白い。いい意味でパラサイトな開発の仕方だ。キンドル同様にEペーパー、Eインクを利用して、その分バッテリーの持ちを長くする、というのは、現実的。</p>

<p>このように、このPebbleのプロジェクトは、いろいろと思考を触発してくれる。</p>

<p>とはいえ、当初はアイデア商品の性格は免れないだろうから、この方向をどう軌道修正していくかが今後は気になる。その点では、もともと自転車野郎だった開発者が、自転車に乗っている時に、簡単に利用できるガジェットが欲しかった、と感じたことが開発のきっかけだったというところに注目したい。同じく利用シーンにおける直観をうまく今後の開発・改良に反映していってほしいと思う。</p>

<p>それにしても、開発チームの彼らはカナダ出身なのだという。英語圏というかアングロサクソン圏は、本当に国境を無効化しつつある。もちろん、彼ら自身が、リチャード・フロリダいうところのクリエイティブ・クラスだからなのだろうけど。この点もなかなかに興味深いところだ。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>GoogleのProject Glassが実現させる世界</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2012/000957.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2012://1.957</id>

    <published>2012-04-05T01:27:41Z</published>
    <updated>2012-04-05T09:58:50Z</updated>

    <summary>前に伝えたゴーグル型インターフェースであるGoogle Glassの計画概要が、ようやくGoogle自身によって公表された。 Project...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p><a href="http://www.defermat.com/journal/2012/000953.php">前に伝えたゴーグル型インターフェースであるGoogle Glass</a>の計画概要が、ようやくGoogle自身によって公表された。</p>

<p><a href="http://">Project Glass: Google Shows Off, Teases Augmented Reality Spectacles (VIDEO)</a><br />
【Huffington Post: April 4, 2012】</p>

<p><a href="http://mashable.com/2012/04/04/google-glasses-project-glass/">Google: Here’s What Our Sci-Fi Glasses Look Like</a><br />
【Mashable: April 4, 2012】</p>

<p><a href="http://bits.blogs.nytimes.com/2012/04/04/google-begins-testing-its-augmented-reality-glasses/">Google Begins Testing Its Augmented-Reality Glasses</a><br />
【New York Times: April 4, 2012】</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2012/04/05/technology/google-offers-look-at-internet-connected-glasses.html?ref=technology">A Rose-Colored View May Come Standard</a><br />
【New York Times: April 4, 2012】</p>

<p>Project GlassのGoogleのリリースはここ。</p>

<p><a href="http://">Project Glass: Thoughts, designs, and stories.</a></p>

<p>そこにリンクされてもいるけれどYouTubeの紹介ビデオはここ。</p>

<p><a href="http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=9c6W4CCU9M4">Project Glass: One day...</a></p>

<p>上のYouTubeのビデオを見ると、基本的には現在、スマフォやタブレット、あるいはPCの上で利用されている各種サービス、つまり、メール、地図検索、位置把握、ビデオチャット、デジカメ、・・・、等の機能が、メガネ型視覚インターフェースに音声入力で操作できるようにされているもの、と思えばいい。日本で言うと、ちょっと前にあった『電脳コイル』というアニメの中で示されていた世界がほぼそのまま実現されるようなもの。</p>

<p>目を覚ましたところでいきなり画面に各種アイコンが立ち上がるあたりは、メガネをかけたまま寝ていたのか、オマエ？と思わず突っ込みたい（笑）ところだし、食事をしながらメールチェックというのもなんだか鬱陶しいな、とは思うものの、家を出て情報をチェックするあたりは、今でもスマフォで多くの人が行なっていることだから（歩きながらスマフォを覗き込むというスタイル）、その多くはやはり慣れの問題であり、周りの人々もやっていること、という点では、社会習慣の問題でしかないのだろうと思う。と考えれば、実際に実現すれば、かなりの部分、こういう方向に振る舞うように思えてくる。</p>

<p>ところでこのビデオは、画面を見ると、NYのローワーマンハッタンを舞台にしている。そこで出てくる細かい状況は、意外なほどリアルだし、シリコンバレーを拠点とするGoogleがデモビデオを作るのに、パロアルトやサンフランシスコではなくNYを選んだというのも、実際にGoogle Glassが実現した場合は、情報の密度が濃い大都市部での利用の方が利便性が高いということを示唆しているように思える。その点で、過密都市のNYを取り上げるのはよくわかる。FoursquareやTumblrはNYで始まったわけだから。</p>

<p>主人公が向かう本屋は、Strand Bookと言っているので、多分、あの巨大な在庫を抱えるStrand Bookstoreのことだろう。実際に行ってみるとわかるが本当に巨大な書店なので、そこで欲しい本を店内に入ったら在庫検索できるというのはとても現実的だ。</p>

<p>また、途中で友達と立ち寄るコーヒースタンドのヴァンであるMUD Coffeeは実際にローワーマンハッタンにあるお店で、NY滞在中には何度か通ったところで、とても懐かしかった。地元のStrandに行って、地元のMUDに立ち寄る、というのは、とてもNYerぽいw　しかも、その後にグラフィティをデジカメでとってしまうあたりも。むしろ、ローワーマンハッタンでイメージされる風景を一通り盛り込みながらストーリーとしてきちんとつないでいるところはうまくできている。最後も、ビル（タウンハウス？）の屋上から、川べりにあるマンハッタンの風景をとらえるところも。</p>

<p>（ちなみに、ローワーマンハッタンの洒落たお店はよく東京にも紹介される。確かMUDも最近、東京に店舗ができたはず。フェアトレードのことも気にかけた珈琲店で、本当にお勧めです）。</p>

<p>今の段階で想像できるものは一通り盛り込んだビデオなので、あまり驚きはないのだけれど、その一方で、全て盛り込んでしまうあたりの力技は、いい意味でとてもGoogle的な振る舞いと思った。</p>

<p>ここのところ、すっかりAppleやAmazon、Facebookのフォロワーとなってしまって、その結果、むしろ昔のMicrosoftのように、巨大ゆえのEvil感が増してきたよう感じられていただけに、こういう素朴な「とにかく出来ると思えば出来てしまうのです」という感じのプレゼンテーションは、Googleはこういう技術開発志向の会社だったというのを思い出させてくれる。その意味で会社のプレゼンとしても良いプロジェクトだと思う</p>

<p>描いたビジョンを実現させるフロントランナーのGoogleとして、是非、この分野のパイオニアとなってもらいたい。そうなれば、タブレットとは異なる世界を開く先導者になるはずだから。</p>

<p>それにしても、ARというかVR。90年代初頭の夢が今度は実現させられるのか。となるとはその次は何になるのだろうか。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Wikipediaをより賢くするWikidataプロジェクト</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2012/000956.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2012://1.956</id>

    <published>2012-03-31T08:26:00Z</published>
    <updated>2012-03-31T08:26:47Z</updated>

    <summary>Microsoftの設立者の一人であるPaul Allenらからの資金援助を受けて、Wikipediaをよりスマートにするプロジェクトが立ち...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>Microsoftの設立者の一人であるPaul Allenらからの資金援助を受けて、Wikipediaをよりスマートにするプロジェクトが立ち上がるという。</p>

<p><a href="http://blogs.wsj.com/digits/2012/03/30/techies-team-up-to-make-wikipedia-smarter/?mod=WSJBlog&mod=">Techies Team Up to Make Wikipedia Smarter</a><br />
【Wall Street Journal: March 30, 2012】</p>

<p>プロジェクト名はWikidata。あるWikipediaでデータが更新された場合、世界中のWikipediaでその更新が反映されるようにするもののようだ。プロジェクト名にdataとあるように、従来はテキストから成っていたWikipediaをデータを中心のものに更新しようとするプロジェクトとされる。記事中にあるように、そうすることで、今までencyclopedia（百科事典）であったものをAlmanac（年鑑）にする。Semantic Webへの展開の一歩とするようだ。</p>

<p>正直なところ、これだけの情報では今後具体的にWikipediaがどうなるのか、また、どれくらいのタイミングでどの程度の変化が生じるのか、はっきりしない。とはいえ、先日起こったSOPAを巡るウェブ上の動きの際に見られたように、Wikipediaの振る舞いがウェブのあり方に一つのモメンタムを作り出すことも確かだ。ある意味でハッカー的な情報の捉え方が最も純粋に表現されているウェブサービス（ないしアプリケーション）の一つと見てもいいのだろう。であれば、今回の動きも、今後のウェブのあり方に何らかの影響を及ぼすのかもしれない。</p>

<p>ウェブの可能性として「協働」が取り上げられる場合、まず間違いなくWikipediaが一例として取り上げられる。その観点からも、もう少し詳細な続報を気にかけたい。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>パンクされたWhitney Biennial</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2012/000955.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2012://1.955</id>

    <published>2012-02-28T01:28:01Z</published>
    <updated>2012-02-28T01:28:26Z</updated>

    <summary>ニューヨークのホイットニー美術館でもうすぐ始まるビエンナーレに関する、フェイクサイトのことに触れたNYTのブログ記事。 Whitney Bi...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>ニューヨークのホイットニー美術館でもうすぐ始まるビエンナーレに関する、フェイクサイトのことに触れたNYTのブログ記事。</p>

<p><a href="http://artsbeat.blogs.nytimes.com/2012/02/27/whitney-biennial-punkd/?ref=design">Whitney Biennial Punk’d</a><br />
【New York Times： February 27, 2012】</p>

<p>「whitney2012.org」というサイトは、フェイク、つまり「まがいもの」、もっとくだけていえば「なんちゃって」なサイトであって、ホイットニー美術館のオフィシャルサイトである「whitney.org」とは関係がない。そのことをまず伝えている。</p>

<p>で、そのフェイクサイトで何が書かれているかというと、ビエンナーレのスポンサーのうちのニ社が社会的に許しがたい企業行動を行なっているので、ホイットニー美術館としては彼らの寄付金を返金することにした、アーティストには迷惑がかかるかもしれないが了解して欲しい。そのようなことが記されている。</p>

<p>何も知らない人が読めば、ああ、ホイットニーの理事会（Board of trustees）というのは随分高潔な人たちなのだな、ビエンナーレ直前に既に受け取ってしまった寄付金を返すとは。きっと開催準備に寄付金の多くは既に使ってしまったのだろうから、その分のお金をどうにかして調達してきたということなのだろうな、きっと理事会にはそのような資産家や、あるいはファンドレイジングを出来るだけの人物がいるのだろうなぁ・・・などと思ってしまうことだろう。</p>

<p>それくらい、このフェイクサイトの内容はカッコイイ。そんな印象を与える。</p>

<p>ただ、このサイトがフェイクということになると、そういった印象は当然反転する。</p>

<p>で、ここで大事なのはこれが「フェイク」と言われるにとどまっているところだ。少なくとも上のNYTのブログではそのような書き方にとどまっている。実は、最初にフェイクの訳として「偽」という言葉を使おうと思ったのだけで、それでは一方的に「真偽」を確定させることになって、元々のフェイクサイトの位置づけや、そのサイトを「フェイク」と呼ぶこの記事を書いた人の意図を裏切るように思えてきたためだ。</p>

<p>このように、このサイトの扱いは考えれば考えるほどいろいろと微妙な感じがしてくる。いろいろなものを「宙吊り」にするコミュニケーションそのものに思えるからだ。そして「宙吊り」のコミュニケーションは、一般にアート全般に担わされている、あるいはアーティストが担っていると自負している社会的役割のように思えるからだ。そして、そう見てくると、そもそもこのサイト自体が一種のアート作品として解釈可能のようにすら思えてくる。</p>

<p>普通に考えれば、ホイットニーの名を語る時点で、あるいはホイットニーのロゴと見まごう（というよりもほぼ同一の印象を与える）ロゴを使った時点で登録商標の流用等の理由で法的処置が取られそうだ。あるいは、サイト内で言及されているニ社から名誉毀損で訴えられそうだ。そのような結末を想像してしまう。賠償や裁判という方向に至る前に、少なくとも差止め要求のような手段を通じて、裁判所命令としてサイトをクローズさせる手続きが取られるのではないか、とか。</p>

<p>ただ、もしもそのような方向に向かうのならば、そのような行動を起こした側は、二つの問題を抱えそうだ。一つには、そのような行動を起こすことでサイトに書かれたことについて何らかの態度表明をしてしまうこと。事実として認めるか、虚偽として認めるか、はともかくとして、とにかく当事者として何らかの説明が要求されてしまうことだろう。二つ目は、そのようにして「宙吊り」のコミュニケーションを真偽のどちらかに回収することで、アートをわかっていないというように見られてしまうかもしれないということ。一般の企業や団体ならいいのかもしれないが、ホイットニー自体が当のアート作品の目利き役である美術館である点で、この宙吊りのコミュニケーションの扱いはデリケートなことのように思えてくる。</p>

<p>さらにいえば、このように考えてくると、そもそもフェイクサイトに書かれている内容が、このフェイクサイトの制作者自身もはなから信じていなくて、文字通りのフェイク、想像上のしろものとして作っているのではないか、とも思えてくる。要するに、書かれている内容の真偽など最初から関係ない。あえていえば、ホイットニーさん、よもやこんなことはしてないですよね？という、架空の話の上でのこととも思えてくる。つまり、一種のパロディとして位置づける。位置づけ的には、Saturday Night Liveのようなコメディアンによるパロディと大して変わらないように思えてくる。</p>

<p>この点については、このサイトの巧妙なところでもあるのだけど、ビエンナーレのチケット購入やメンバー登録サイトにもリンクが張られているところで、このサイトをフェイクであると気が付かないままの人は、もしかしたら実際にビエンナーレのチケットを買ってしまうかもしれない。誤解が誤解のまま回ってしまうコミュニケーション回路自体の提示と解釈してもいい。そうして、このサイトそのものが一つのコミュニケーションゲームをしているようにも見えてくる。</p>

<p>かようにこのサイトは、宙吊りのコミュニケーションのあり方をさらっと目の前に出してくれている。</p>

<p>教訓として、ウェブの情報は真偽がままならないね、という風にとってもいい。パロディとしてとるなら、仮に司法の場に持ち込まれても、これは「表現の自由で守られた・・・云々」という人たちも出てくるだろう。上で書いたように、アートの範疇で扱うなら、そんなことはそもそも大事ではない、ということになる。</p>

<p>そして、多分一番大事な点は、多くの人たち、当事者以外の人たちにとっては、ここにある内容の真偽にはほとんど拘泥しないということだろう。当事者でないということは、大なり小なり、その内容を想像的に理解するということだからだ。そして、だからこそ、真偽判定ではなく解釈ゲームに興じることができる。</p>

<p>当のビエンナーレは３月から始まる。当面は、ホイットニー美術館自体が、このサイトをどう扱うのかが気になる。放置したままなら、このフェイクサイトを一種のバズ発生装置として理解したということになるのかもしれない。サイト閉鎖の要求を出したら、サイトそのものは目にすることはできなくなる。それでも、このフェイクサイトがあった、という事実だけは語られてしまうのだろう。それが大きな波及効果をもつのかどうかはわからない。しかし、最低限、宙吊りのコミュニケーションがあった、そんな出来事があったということになるのかもしれない。となると、次に来るのは、そのようなお騒がせに終わった出来事もアートとみなすのかどうか、ということかもしれない。</p>

<p>ともあれ、ウェブのコミュニケーションについていろいろと考えさせてくるイベントである（あった）ことは間違いないと思う。実際、ここまでこうやって書かせてしまう力を秘めていたわけだから。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>コロンビアとスタンフォードのメディアイノベーションプロジェクト</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2012/000954.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2012://1.954</id>

    <published>2012-02-27T09:35:41Z</published>
    <updated>2012-02-27T09:36:19Z</updated>

    <summary>コロンビア大学のジャーナリズムスクールと、スタンフォード大学のエンジニアリングスクールが共同して、メディア分野のイノベーションを研究するth...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>コロンビア大学のジャーナリズムスクールと、スタンフォード大学のエンジニアリングスクールが共同して、メディア分野のイノベーションを研究するthe David and Helen Gurley Brown Institute for Media Innovation.を設立する。</p>

<p><a href="http://www.wired.com/epicenter/2012/01/cornell-stanford-columbia/">Take That, Cornell! Stanford and Columbia Partner (in Manhattan and the Valley) for Media Innovation</a><br />
【Wired Epicenter: January 31, 2012】</p>

<p>コロンビア・ジャーナリズムスクールのリリースによれば、両校に3000万ドルの研究基金を拠出したのはHelen Gurley Brown女史。彼女は雑誌『コスモポリタン』の編集長であり作家でもある。ふるっているのは、彼女の夫のDavid Brown氏がスタンフォードとコロンビア・ジャーナリズムスクールの両校の卒業生であること。このDavid Brown氏はスピルバーグらとともに『ドライビング・ミス・デイジー』等の映画の製作にも関わっていたという。</p>

<p>この提携により、コロンビアのJスクールはシリコンバレーに足がかりを得ることができるし、スタンフォードはNYでの拠点を作ることができる。何よりも、西海岸と東海岸のコラボレーションが実現する。</p>

<p>それにしても、この記事を見かけた時、コロンビア大学には、ジャーナリズムスクールのあるモーニングサイトハイツキャンパス内に工学部も擁しているのに、学内ではなくスタンフォードにパートナーを選んだのはなぜ？と思ったのだが、要するに、プロジェクトの資金提供者であるBrown女史の意向が西海岸と東海岸の接続にあったということなのだろう。スポンサーの意向は強い、ともいえるし、そのようないささか恣意的なスポンサーの意向があればこそ、学外との交流も始まる、と好意的に解釈することもできるだろう。</p>

<p>実際、留学時にJスクールの講演や講義にも顔を出したが、ビジネススクールやロースクールと比べると設備や環境はどうしても見劣りした。もちろん、プレスは書いてなんぼのもの、という気概があったのも確かだった。そこにこのようなプロジェクトが立ち上がる事自体、ジャーナリズムとテクノロジーの接続が、当のジャーナリズム自身の存亡に関わることだという認識があるからだろう。それをBrown女史のように、ジャーナリズムとして直接的に想起される新聞やテレビの出身ではなく、雑誌ジャーナリズム、つまりいわゆる「文芸」ジャーナリズムの出身者が水先案内人になるところがとてもNYらしい。ぎりぎりのところでまだスノッブな精神が残っているから、と捉えたい。</p>

<p>もちろん、このようなプロジェクトで、ジャーナリズムとテクノロジーの抱える問題が全て解決するなどとは思わないが、しかし、このように交流のための土台を作ろうとする意思は注目に値すると思う。</p>

<p>ちなみに、英語の場合、mediaという言葉はしばしばjournalismとほぼ同義として使われる。このあたりはカタカナの「メディア」とは若干ニュアンスが異なる。Mediaの原義である「媒介」が「人と人、社会と人を結ぶコミュニケーション＝ジャーナリズム」の意味で使われていると捉えればいい。だから、NYはメディア都市というのは、NYはジャーナリズム都市というのに近い。なお、ドラマやスポーツなどの娯楽部分についてはentertainmentと呼ばれることが多く、こちらはもっぱらハリウッドのイメージだ。</p>

<p>ともあれ、このような動きが生じることはまずは歓迎すべきだろう。少しでも東海岸と西海岸の距離を縮めることに貢献することに期待したい。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>ポストジョブズ時代に向けたGoogle Glass</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2012/000953.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2012://1.953</id>

    <published>2012-02-24T06:42:31Z</published>
    <updated>2012-04-05T09:20:46Z</updated>

    <summary>昨日のNikeについでARの話となるが、Googleがメガネ型（ゴーグル型？）のインターフェースを年内に発表するという動きがあるようだ。 B...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p><a href="http://www.defermat.com/journal/2012/000952.php">昨日のNike</a>についでARの話となるが、Googleがメガネ型（ゴーグル型？）のインターフェースを年内に発表するという動きがあるようだ。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2012/02/23/technology/google-glasses-will-be-powered-by-android.html?_r=1&ref=technology">Behind the Google Goggles, Virtual Reality</a><br />
【New York Times： February 22, 2012】</p>

<p>Glassという表現なので、文字通りにはメガネ型になるのだと思う。とはいえ、複数形（glasses）ではないので、むしろ単眼型のゴーグルタイプになるのかもしれない。よくSF映画にあるメガネの画面に情報が映り、そこで情報処理をするタイプのモノのようだ。ドラゴンボールのスカウターといえばイメージが湧く人もいるかもしれない。あるいは、ゴーグル型インターフェースというとVirtual Realityであり、90年代初頭にジャロン・ラニアーが、トレードマークであるドレッドヘアにヘッドマウントディスプレイを装着した姿を思い出す人もいるかもしれない。実際、上の記事でもVirtual Realityという言葉がタイトルに使われている。当時のイメージで言えば、ゴーグルをつけるとその画面に異なる世界の映像が投影されてその中を動くことができる、というものだった。冷戦終結からさして時間が経っていないため、アメリカでは軍事利用の可能性についてよく伝えられていたように思う。逆に日本の場合は、不動産会社が新築マンションの内装のイメージを伝えるのに利用できる、というようなことが言われていたように記憶している。</p>

<p>ともあれ、この話がちょっと面白いかもと思ったのは、ここのところ、タブレットにしてもソーシャルにしてもすっかりフォロワーのポジションになりさがってしまったGoogleがITの領域で新しい局面を作ろうとしているように見えるからだ。そして、その際に彼らが手を着けたのが90年代に人口に膾炙したVRであり、視覚占有型のインターフェースであるところだ。それが、ポストジョブズの時代に向けた、後続世代の参照点になっていることだ。</p>

<p>拙著『ウェブ×ソーシャル×アメリカ』でも触れたように、タブレットやソーシャルという2000年代後半のウェブの動きは、基本的に60年代から70年代にかけて構想されていたものがようやく民生品として身を結んだものだった。裏返すと、PCやウェブの立ち上がり期の夢は一通り実現されてしまってそれに代わる目標が必要になる。それが『ウェブ×ソーシャル×アメリカ』の基本的な問題意識だった。</p>

<p>そのような問題意識に対して、タブレットやソーシャルで後塵を拝したGoogleが選んだのが90年代のVRだったということになる。これは、あまりにわかりやすい方向性で少しばかり笑ってしまうところもあるのだが（←いい意味で）、とはいえ、スマフォやタブレットの普及ですっかりユビキタス・コンピューティングの方向がリアルになってしまった現在では、ロジカルな次のステップは、いわゆる「ウェラブル（＝着る）・コンピューティング」になるのは必然だろう。だから、Googleが再びイノベーションのフロントランナーに躍り出ようとするなら、この領域に向かうのは（少なくとも技術的観点からは）当たり前になる。</p>

<p>もっとも、ウェアラブルの方向は他社も考えていて、たとえば、Appleはリストウォッチ型の「装着」コンピュータの開発を考えているようだ。このあたりもギークの王国であるGoogleとスタイリッシュな美を尊ぶAppleの差が如実に現れているようで面白い。</p>

<p>とまれ、Googleのメガネ型の方向で具体的に興味深いのは、やはり直接視覚への情報提供を考えているところだ。つまり視覚情報をどう扱うかということだ。ここでこの話がVRよりもAR、しかも昨日のエントリで記したように「拡張ではなく知覚を強化する」原義に近い方向のARとより親和性が高いように思える。</p>

<p>ちょっとここで寄り道になるが、Lytvoというカメラがある。</p>

<p><a href="http://news.cnet.com/8301-17938_105-20125910-1/lytro-camera-5-things-to-know-before-you-buy/">Lytro camera: 5 things to know before you buy</a><br />
【CNET News： October 26, 2011】</p>

<p>この会社のカメラは、写真を撮る前にフォーカスを合わせる必要がなく、シャッターを押すことでまるごと光学情報を記録するもののようだ。その光学情報を事後的に人間の視座に合わせてフォーカスを合わせて、私たちが普段見ている写真にする。</p>

<p>考えてみれば、照準を合わせるという操作はあくまでも人間の都合に合わせた動きに過ぎず、カメラは反射する光の情報を全て受け取る（時に、映画は無意識をも写しとる、と言われていた事に近い。人間が知覚する以上の「現実」がそこにはあることになる）。そのようなカメラの特性を直接的に利用しようとする。そして、その平面的な光学情報に基づきたとえばあるアルゴリズムを通じてアングルを変えた際の様子を補いながら映像とすることもできるだろう。想像するに、ひょっとしたらGoogleのメガネ型インターフェースにはそのような要素も入ってくるのではないか。となると、文字通り、人間の視覚を強化する方向にも向かうのかもしれない。</p>

<p>とはいえ、当面はタブレットの対抗商品として位置づけることだろうから、既存のアプリの受容媒体や、あるいは操作インターフェースの一部として使うことが想定されるのだろう。もちろん、タブレットの先行（失敗）事例としてAppleのNewtonのような商品があったことを考えると、Googleの動きは時期尚早なのかもしれない。仮に商品として革新的なものができあがったとしても、市場が追い付いてこないのかもしれない。となると、多分にこのGoogle Glassの開発方向は、Google内のR&Dの士気を高めるもののようにも思える。そのために、昨年、エリック・シュミットからCEOを継いだ、創業者であるラリー・ペイジのギークな感性が選び出したものなのかもしれない。</p>

<p>このあたりのことは実際の製品が公開されないことにわからない。</p>

<p>ただ一ついえることは、ウェブ関係の多くの企業が、ジョブズの後の時代に向けて具体的に動き出そうとしていることだ。それは、先日発表されたFacebookのIPOや、AmazonのKindle Fireの動きにも感じられたことだ。GoogleのVRへの接近もそのようなものの一つとして考えたいと思う。</p>

<p>しかし、そう考えれば考えるほど、当のジョブズの残したAppleがタブレットの次に何をするのか。リストウォッチ型のウェアラブルがそうしたポストジョブズの動きの一つなのかどうかが気になるところだ。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Nike+のエコシステムとスポーツのデモクラタイズ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2012/000952.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2012://1.952</id>

    <published>2012-02-23T02:41:04Z</published>
    <updated>2012-02-23T08:14:22Z</updated>

    <summary>Nikeが、データトラッキング能力を強化した、Nike+ BasketballとNike+ Trainingを発表した。 Nike’s Ne...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>Nikeが、データトラッキング能力を強化した、Nike+ BasketballとNike+ Trainingを発表した。</p>

<p><a href="http://allthingsd.com/20120222/nikes-new-high-tech-sneakers-will-tell-you-how-much-air-you-got-on-that-dunk/">Nike’s New High-Tech Sneakers Will Tell You How Much Air You Got on That Dunk</a><br />
【All Things D:　February 22, 2012】</p>

<p><a href="http://mashable.com/2012/02/22/nike-plus-basketball-training/">Nike Unveils Nike+ for Basketball and Workout Training</a><br />
【Mashable:　February 22, 2012】</p>

<p>記事の中に埋め込まれた映像を見れば分かる通り、基本的にはトラッキング機能を盛り込んだバッシューによって、バスケットボールの試合中の動きを逐一データとして記録し蓄積することで、その行為の後に、当の本人自身がその動きを「第三者的」に見ることができるし、残されたデータを分析することができるし、記事にもあるようにNikeがEcosystemと呼ぶ600万人のユーザーのデータをもとに、クラウド的にその行動を分析することも可能となる。ビッグデータと呼ばれる、データサイエンスの動きを応用することもできる。簡単にいえば、ある体型（身長、体重、腕のリーチ、歩幅、等々）をもった個体にとって最適な動きは何か、であるとか、5人のチームとして組むには、どのようなスキルやポテンシャルを持つ人達で組ませるのがいいのか、という問いに対して、相応の提案ができてしまうのだろう、ということだ。つまり、個人にとっての改善方向や、チームビルディングの要件、などにも使える。</p>

<p>ここでは、Augmented Reality が言葉の意味通り「（知覚機能が）増大された」現実として解釈され、実践されている。逆に、ARを「拡張現実」と訳されたものを無造作に受け入れるのには落とし穴があるように思う。それはあたかも今ここにある現実を「引き伸ばす」ようなものに思えるから。つまり、自分たちの現実をどこか（空想的な異界？）にまで伸ばすような、いささか空想的で、こういってよければ文学的な感じが漂う。しかし、Augmentという言葉は本来「増やす」という意味で、この文脈ではもっと物質的な点から人間の知覚機能の限界を超えて、空間的、時間的、それに知覚機能的に「増やすこと」を指している。そして、このNikeのエピソードが示すように、私たちが持たないセンサー機能を機械的に増やすことで、私たちが今持ち合わせている知覚の幅を「増大」させるものだ。簡単にいえば、Augment＝増大とは、腕が新たに二本加わることであって、今ある二本の腕が長くなって（＝拡張して）遠くにまで届くようになることを意味するのではない、ということだ。そして、後者として使うなら、やはり“Extended Reality”と呼ぶのが筋だろう。</p>

<p>こう見てくると、Augmented Realityは、あくまでも「付加＝add-on」されるものとして捉えるべきものだ。つまり、温度計がなければ私たちは温度の存在を実感できない。知覚可能に再現できない。センサーによる計量化、データ化は、そのような対象の客体化、オブジェクト化を意味する。今回のNike +の話で言えば、ユーザーは第一に自分自身の行動パタンを自分自身で確認することができるということで、これは言ってしまえば模試を複数回受けて自分自身の強み、弱みを知ることに近い。あるいは、従来でも、自分の演技をビデオに撮影してもらっていて、動作をチェックすることに近い。ここまでは、いわば自己分析だが、それを踏み台にして理想的な状況を想像して振る舞うようになれば、それは、一種のイメージトレーニングとなる。だから、Augmented Realityのひな形は、既に個別領域ではローテクを利用して実行されてきていたわけで、それを大々的に行なっていこうということだ。</p>

<p>おそらく、スポーツ科学や人間科学で検討されてきたことが、Nike Ecosystemに属する人であれば共有できることになるのだろう。そうして今まではプロスポーツ選手やワークアウト施設のインストラクターの間に流通していたであろう知識や知恵のある部分は、Nikeのユーザーも知ることができるのかもしれない。そうやってスポーツ科学の知見がデモクラタイズされていくことになるのだろう。</p>

<p>Nikeの動きは昔から不思議であったのだが、言ってしまえば「スポーツのデモクラタイズ」をずっと目指してきたのかもしれない。そのためにこそ、イノベーションを進めていく。それは、シューズの素材としてニットを採用する次のような動きにも見て取れる。</p>

<p><a href="http://www.fastcodesign.com/1669098/nike-unveils-its-big-new-paradigm-shoes-knit-like-socks">Nike Unveils Its Big New Paradigm: Shoes Knit Like Socks</a></p>

<p>単なるスポーツの道具では済まさない可能性を提示しようとするところに、どうやらNikeが動態感を与える秘訣があるようだ。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>連邦議会、放送波のオークションを視野に入れ始める</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2012/000951.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2012://1.951</id>

    <published>2012-02-20T07:15:05Z</published>
    <updated>2012-02-27T07:09:58Z</updated>

    <summary>アメリカ連邦議会で放送波のオークションが検討されているという。 Congress to Sell Public Airwaves to Pa...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>アメリカ連邦議会で放送波のオークションが検討されているという。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2012/02/17/business/media/congress-to-sell-public-airwaves-to-pay-benefits.html?_r=2&pagewanted=2&hp">Congress to Sell Public Airwaves to Pay Benefits</a><br />
【New York Times： February 16, 2012】</p>

<p>狙いは、メディア政策の方針が変わったからというような原理的なものではなく、単純に、給与支払税のカットによって税収が低下するにもかかわらず、足下の不況で長く続いている失業者手当の支払いのための財源を確保するため。</p>

<p>逆に、そのような財源確保という大義があるため、共和党、民主党の両党が合意、というか妥協できる案として浮上してきているという。</p>

<p>予定ではオークションによって250億ドルが調達できる見込みで、これを350億ドルといわれる失業保険の財源とする。</p>

<p>そのようにすることで、放送波として割り当てられた周波数帯をモバイルインターネット用に利用する案が出てきているようだ。当然、ITや通信関係の企業が関わろうとしている。それによって景気浮揚の効果もあると見込まれている。</p>

<p>もっとも、そのようなインターネットによる経済浮揚策として夢を語るのは主には民主党関係者ばかりで、共和党側からは、これはあくまでも財源確保によって、これ以上経済を悪くしない緩和策でしかないという声も聞こえているようだ。</p>

<p>また、当然、既存の放送事業者は反対を表明していて、少なくとも件の立法が連邦議会で通過した暁に、具体的な周波数の選定やオークションの実務を取り仕切るFCCに対して制約を付け加えるために、留保事項を法案に付け加えようとロビイングに走っているという。</p>

<p>実を言うと、この記事に書かれた報道はNYTでしか今のところ確認できていない。そういういう意味では、件の法案がそもそも不成立に終わる可能性もある。そう思うと、メディアコングロマリットの本社が集まるNYだからこそ、半分は観測記事的に書かれた可能もなくはない。そういうところは、この記事の冒頭で“a generational shift in the country’s media landscape”、つまり、「アメリカのメディアの景観における世代的な転回」と本件が形容されているところからも見て取れる。</p>

<p>ということで、実際に法律が通過するまでは何ともいえないところがある。しかし、大統領選のある年に、有権者の反感を買うような政策は取り入れにくく、逆に言うと有権者受けが良い政策を選択したい、という方向が、共和党、民主党に限らず政治家が求める方向であるとすると「財源を確保する」という大義はなかなか捨ておけないものと思われる。</p>

<p>もちろん、実際に放送波がオークションされ、そればモバイルインターネットとして利用されるとなると、スマフォやタブレットの意味合いは全く変わってくるし、ここのところ映像に力を入れているGoogle (YouTube)やAmazonにとっては願ったりかなったりのことだろう。彼ら自身が、オークションに参加することは当然ありえることだろう。あるいは、上場を経た後のFacebookも関心を示すのは間違いないだろう。</p>

<p>となると、確かに、NYTが形容したように、「テレビからインターネットへ」という「（メディア技術の）世代的変化」を、アメリカのメディア業界にもたらすきっかけになるような法案になるのかもしれない。</p>

<p>とはいえ、繰り返しになるが、今のところ、本件はNYTでしか見かけない。まずは、続報に注意をしておくことにしたい。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>G-mail manとプライバシー</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2012/000949.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2012://1.949</id>

    <published>2012-02-08T05:51:26Z</published>
    <updated>2012-02-08T05:53:58Z</updated>

    <summary>Googleの統合プライバシーポリシーを受けて、MicrosoftがG-Mail Manというビデオを公開した。 Microsoft Con...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>Googleの統合プライバシーポリシーを受けて、MicrosoftがG-Mail Manというビデオを公開した。</p>

<p><a href="http://blogs.wsj.com/digits/2012/02/02/microsoft-continues-sniping-at-google%E2%80%99s-snooping/?KEYWORDS=Gmail+Man+microsoft">Microsoft Continues Sniping at Google’s Snooping</a><br />
【Wall Street Journal: February 2, 2012】</p>

<p>肝心のG-Mail Manのビデオは次で見られる。</p>

<p><a href="http://www.youtube.com/watch?feature=youtu.be&hl=en&v=TDbrX5U75dk&gl=US">Gmail Man</a></p>

<p>といっても、このビデオ自体は、どうやら去年の7月にはアップされていたらしい。とはいえ、Googleの統合プライバシーポリシーの発表のほぼ直後に、しかも、そのGoogle傘下のYouTubeにアップしてきているところが、二重にシニカルだ。“Don’t be evil”を社是とするGoogleからすれば、自社に対する批判的でネガティブなビデオがあっても、それを取り除くことなどできないだろうから。そうして、相手のターフに入って公然と批判してみせることで、いわば（MicrosoftがGoogleという）鬼の首を取ったり、というメッセージも同時に伝わるわけで。一本取ったり、というか。うまい。ニヤリとさせられる。何よりも笑える。フォーマットはどうみても定番のシットコムなわけで。</p>

<p>こういうPRができるところは、有名なところでではペプシとコカのコーラ戦争以来の、パブリックスペースでのネガティブキャンペーンの経験値のなせるわざといえそうだ。そういえば、今回のSuper Bowlアドでも、相変わらずペプシはコカを茶化すようなCMを流していたし。</p>

<p>あるいは、広告に限らず、Saturday Night Liveに代表されるような、社会風刺、政治風刺の表現の伝統があるのも大きい。公の場で公然と批判する。しかし、そのような所作は当然敵も作りうる。だからこそ、できるだけ笑いの中にくるんだものとする。直接的なメッセージだけなら、これはひどい！と金切り声のように連呼するだけになるところを、見かけを含めて二重・三重にメッセージを畳み込むあたりは、やはり伝統の上に成り立つ風刺の文化というしかないように思えてくる。ある意味で、言葉で真剣に喧嘩をし、時にその言葉によって本当に傷ついたり、社会的惨事を引き起こしたりしてきたからこそ醸成されてきた、言わずに済ませることを避けるための、巧妙な表現手法の文化があればこその出来事だ。</p>

<p>上のビデオにしても、mail-manならぬG-mail-manというキャラを作って全編をコミカルな構成にしている。細かいところを見れば、色々なレトリックを見てとれる。たとえば、G-mail manの所業に対して最初に悲鳴を上げるのが少女であるが、そこでは子供は嘘をつかないことがコードとして扱われる。いや、子供が言ったことには目くじら立てない（立てられない）コードというべきか。</p>

<p>ところで、当のGoogleの統合プライバシーポリシーについては、それが発表された時に、ちょっと疑問に思ったことは確かだ。というのも、2000年前後に頻繁に起こった、それまで異なる業界と思われていた金融系の会社、すなわち、貯蓄銀行、生保、損保、投資銀行、などが合併した時に、今まで別々に持っていた顧客情報をデータベースとして一つに統合するのはプライバシー保護の観点から適切なのか、という問が示されていたことがあったからだ。実際、留学時のロースクールの授業や講演会でそのような話題を何度も見かけた。容易に想像が付くと思うが、貯蓄額や収入という情報と保険の情報が掛け合わせると、企業にとっては幾つか有益な知見を得ることができ、それに基づき何らかの行動を起こすことも可能だ。確か、議論としてあったのは、そのような情報を交差させた分析はどの程度まで許容出来るのか、ということだった。もしも、これに制約をつけようとするなら、端的に言って、データベースの規模を指定して、一定規模を越えたデータベースについては、その統合を禁じるという方向に向かってもいいわけだ。そのような議論が当時なされていたように思う。</p>

<p>そういう経験からすると、今回のGoogleの統合プライバシーポリシーについて、同様の議論が起こっているのかどうか、が気になった（きちんと調べればきっとしかるべきロースクールや団体で検討していると思うが、今はちょっとわからない）。ただ、ウェブは今でも成長途上にあると一般には理解されているので、今回のGoogleのような動きを直接ルールによって予め縛るのは容易ではないだろう。そのため、当局が事態を知るのはどうしても事後になりがちだからだ。</p>

<p>その意味では、具体的に他の選択肢が示されることが大事であり、今回であれば、Microsoftが、プライバシーを統合しないHotmailを提示してきたわけだ。となると、やはり競合状況が維持されているのは大切だ、ということになる。制度や法律を理念的に記すだけでは不十分で、どうしても現実的な実装や実行が必要となるからだ。</p>

<p>そして、このMicrosoftとGoogleの争いは、初見以上に様々な争点、というか、両社のそれこそ企業としての成り立ちの違いを反映しているように見える。</p>

<p>Googleが統合ポリシーを示してきたのは、G-mail manのビデオが示したように、それが広告的利用にどうしても必要だからだ。Googleの収益は基本的にウェブ上の広告から成り立っている。その点で、テレビや新聞等のメディア企業と変わらない。このあたりの、Googleをメディア企業として見る話は、シヴァ・ヴァイディアナサンの“The Googlization of Everything”という本に詳しい（ちなみに本書は最近『グーグル化の見えざる代償』というタイトルで邦訳が出ている。先に言っておくと、この本の帯には簡単な推薦文を寄せている。一応disclaimerとして記しておく）。広告の展開に統合データベースがどうしても必要だ、ということになる。</p>

<p>一方のMicrosoftの収益源は未だにオフィスとウインドウズであり、かつての独禁法訴訟もあって、たとえば、ウインドウズとエクスプローラの統合は禁止されている。しかし、Googleの場合は、Chromeを見ればわかるように、ブラウザを基点にしてクラウド・コンピューティングを先導しているわけで、この点では統合環境をより作りやすくしている。つまり、収益構造の点や、制度的制約の点で、似たようなサービスを提供していても、GoogleとMicrosoftは大いに異なる基盤の上に成立している。</p>

<p>ここで事態を複雑にしているのは、Googleからみればウェブ上の仮想敵はFacebookであることだ。Facebookがそのサービスの特性から、最初からユーザーIDでログインすることが求められる。つまり、最初から各種サービスが一元的に統合されている。それに対して、もともとは検索から入ったGoogleはそうではない。だから、ボトムアップでバラバラに提供していたサービスを集約させる手続きがいる。それが、今までのGoogleの企業行動の印象（ウェブの自由をできるだけ尊重する）と異なるように見えてしまう。しかもタイミングとしても、こうした動きが生じているのは、CEOがエリック・シュミットからラリー・ペイジに移ってからのことで、その分、本当にポリシーが変わってしまったのでないか、とすら想像で来てしまうところだ。だからこそ、“Don’t be evil”に対する非難の強度も増してしまう。</p>

<p>ともあれ、このような一般の印象操作の部分は差し引いても、統合プライバシーポリシーに疑問を持つ場合は、ユーザーの側でさしあたっては自衛策と思えることをするしかない。その意味でも具体的な選択肢が提出されることは大事なことだ。</p>

<p>それにしても、かつてEvil Empireと呼ばれたMicrosoftが、“Don’t be evil”を掲げるGoogleを風刺する事態が来るのは何ともいえない所がある。Appleの再興を含めて、確かにこの業界は10年間で景観が全く変わってしまう。その意味では、近々上場し企業として大人の仲間入りをするFacebookの参画で、その景観がさらにまた大きく変わってしまうのかもしれない。となると、次は、どの会社がどの会社を風刺してくるのだろうか。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>SOTUをインタラクティブに補うGoogle+ Hangout</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2012/000948.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2012://1.948</id>

    <published>2012-01-25T01:57:13Z</published>
    <updated>2012-01-25T01:57:39Z</updated>

    <summary>SOTU（State of the Union）＝一般教書演説の後に、オバマ大統領はGoogle+ Hangoutを用いて、アメリカ市民と一...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>SOTU（State of the Union）＝一般教書演説の後に、オバマ大統領はGoogle+ Hangoutを用いて、アメリカ市民と一種のバーチャルタウンミーティングを行うが、その意義について記したAtlantic Monthlyの記事。</p>

<p><a href="http://www.theatlantic.com/politics/archive/12/01/how-the-internet-has-become-an-outlet-for-lonely-teensand-barack-obama/251865/">How the Internet Has Become an Outlet for Lonely Teens—and Barack Obama</a><br />
【The Atlantic: January 24, 2012】</p>

<p>SOTUのライブ中継は、テレビ放送だけでなくホワイトハウスのサイトからも行わるため、もっぱらこのGoogle+ Hangoutの実行も、ホワイトハウスが独自に行うPR機会であるように思われる。だが、そうではなく、むしろ、これはオバマ大統領にとって人々との対話を行うよい機会として、つまり、文字通りのインタラクションの機会として位置づけるべきだという。</p>

<p>大統領就任以前のオバマ大統領は、ブラックベリーを常に携帯し、彼の友人や仲間、スタッフと密に交信をしながら選挙戦や政策過程に望んでいたという。そのようなインタラクションが常時あるからこそ、臨機応変に柔軟な対応が行われていた。しかし、大統領就任後は、秘密保持や警護の関連から自由なコミュニケーションを行うことができなくなってしまった。そのような大統領にとって、Google+ Hangoutを使うビデオチャットによるシステムは、人々の意見や疑問としてフィードバックを得るためのいい機会になる。だから、この記事のタイトルは、ホワイトハウスに囚われたオバマ大統領と孤独なティーネージャーを類比的に捉えるものとなっている。</p>

<p>オバマ以後のホワイトハウスは見た目では外部に向けた発信を各種ウェブのアプリケーションを活用して（YouTubeやFacebookなど）積極的に展開してきたイメージがある。以前留学した時に、前職のブッシュ大統領のホワイトハウスについてジャーナリストに対してすら外部に流す情報を管理しようとする傾向が強いと指摘する四大ネットワークのニュース制作者の講演を聞いたことがあるが、それに比べればオバマのホワイトハウスはオープンにすることに積極的であると思っていた。</p>

<p>しかし、それはあくまでも受け手である人々からの視点でしかなく、そのような場を政策過程の一つのプロセスとしてうまく活用できないか、というのが上の記事のポイントだ。つまり、情報公開によって、確かに情報の出し手と受け手との間で無用な不信を除き、一定の信頼関係を築くことはできるかもしれないが、それだけでは足りない、ということだ。その次のステージに行くことはできないか、というのがここでの趣旨だろう。そのための第一歩として、政府要職にある人物（この場合は大統領）に直接的なフィードバックとしてインプットを与えることが出来るかどうか、というのがさしあたって課題ということのようだ。</p>

<p>だから、ここでの主題は「PRの場から協働機会の場へと（ホワイトハウスの）サイトを変えるにはどうしたらよいか」というものだ。そのため、記事ではその後グループシンキングの（サイバー）心理学的な検討に向かっている。そちらは直接記事を見て欲しい。</p>

<p>（たとえば、グループシンクというと、いわゆる「ワイガヤ」型の、皆で集まってアクティブに議論することが想定されているが、しかし、実際に創造的な作業が行われるのは、オープンスペースよりもプライベートが確保された孤独な状況においてだ、という議論なども引用されている。つまり、創造性のためには何でもかんでもオープンにすればいいというわけでもない、ということのようで、これはこれで興味深い話だ。）</p>

<p>要約すれば、「情報公開後が定着した後、そのパフォーマンスを上げるためにはどうしたらよいか、私たちはウェブの活用の第二ステージにどうやら登っているようだ」ということなのだろう。ホワイトハウスのウェブサイトの利用については、今後、そのような観点から見ていくことも必要になるのだろう。まずはSOTUから、ということになりそうだが。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>混戦化する共和党予備選</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2012/000947.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2012://1.947</id>

    <published>2012-01-23T07:05:40Z</published>
    <updated>2012-01-23T07:05:49Z</updated>

    <summary>サウスカロライナ州での共和党予備選ではニュート・ギングリッチ候補がミット・ロムニー候補を12ポイントも引き離して圧勝した。 Gingrich...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>サウスカロライナ州での共和党予備選ではニュート・ギングリッチ候補がミット・ロムニー候補を12ポイントも引き離して圧勝した。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2012/01/22/us/politics/south-carolina-republican-primary.html?ref=politics">Gingrich Wins South Carolina Primary, Upending G.O.P. Race</a><br />
【New York Times: January 21, 2012】</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052970204616504577175513802679068.html?mod=WSJ_elections_article_liveupdate">Gingrich Wins in South Carolina</a><br />
【Wall Street Journal: January 22, 2012】</p>

<p>アイオワで8票差という僅差で首位に立ち、続くニューハンプシャーで安定的にトップを獲得したロムニーが独走するのか、と思われていた矢先での逆転劇となった。予備選前の予想通り、どうやら今回の共和党予備選は本命不在のまま、混戦が続く模様だ。アイオワで8票差で二位についたリック・サントーラム候補に加え、首位は得られないものの各州で安定的に支持を集めているロン・ポール候補、の四者で基本的に、この先、予備選のゲームが進められる。既に大手の報道機関の見通しでは、本選の候補の決定には3月までかかる、場合によると4月以降にまでもつれ込むかもしれないというものになってきた。</p>

<p>既に候補同士での中傷合戦の動きも目立ち始めた。目下のところ注目を集めるのはロムニーの税金支払いの問題だ。彼は、マサチューセッツ州知事の前には、ベイン・キャピタルというベンチャーキャピタルの経営に携わっていて、キャピタルゲインという収入形態、あるいは収入の入金口座の所在地（タックスヘイブンで有名なケイマンの口座もあるのではと噂されている）のことなど、不透明なものが多く、合法的な節税かもしれないが、しかしもしかしたら脱税をしているかもしれない、という具合に疑惑が投げかけられる。それ以前に、いや、そもそも、一般のミドルクラスと比べても税率が低いのを享受してきた人間に統治者としての資格はあるのか、という疑問も出る始末で、候補者の人間性を問う声も出されている。今後は、このような人間性を問うような中傷合戦が互いになされていくことになるのだろう。</p>

<p>その一方で、エンドース合戦も熱が入り始めているようで、特定の候補を支持することで後日、副大統領候補として指名を得ようとか、あるいは、将来的にキャビネット入りを狙う動きも散見される。そのようにして、外野による応援合戦も本格化する。</p>

<p>2008年の大統領選では、オバマ陣営とマッケイン陣営とで明らかにウェブの活用の仕方に差があったが、さすがに4年経った今回は、どの候補者もウェブの利用は当たり前になったし、選挙戦の過程でウェブを通じた公開討論も当たり前になった。FacebookやYouTubeを使うのはもはやイロハのイとなった。ウェブ上のメディアサイトもすっかり定着し、4年前には新参者（new-comer）であったPoliticoも今では筆頭の政治ジャーナリズムサイトとなった。選挙戦や政治過程でウェブを援用するのはすっかり一般化した。</p>

<p>むしろ、今年の大統領選は様々なレベルで成熟したウェブの利用方法が現れているようにみえる。技術的な斬新さよりも応用面での工夫が目立つようだ。現場の意向を加味して、より実効性があって洗練された手法として磨き上げられているようだ。</p>

<p>たとえば、ニューヨーク・タイムズは“Election 2012”というアプリをスマフォやタブレット用に用意している。選挙戦に関わる自社のニュースだけでなく、他社のニュースもピックアップしており（もっとも網羅と言うほど多くはないが）、大統領選に関するウェブ上の情報の手軽なハブになろうとしている。4年まであればHuffPoが行なっていたことを、従来からあるマスメディアのニュースサイトが手をかけるまでになった。NYTはウェブサイトを有料化したが、選挙戦に関するニュースについては別アプリとして切り出すことで、広く利用されることを目指しているようだ。この点は、選挙戦を通じて情報戦が大事であり、その情報戦のツールとしてジャーナリズムがPR媒体として利用されることも見越してのものだろう。結果的に、どこのサイトの「影響力」が強いのか、というのもモニターされるのかもしれない。少なくとも、報道メディアやジャーナリズムにとっては「社会への影響力」が経済的収益力同様、会社の成立に不可欠のものとして理解されている。</p>

<p>こうしたウェブの活用は、現職のオバマ陣営も同じで、こちらも2012年の一般教書演説を選挙戦ツールの一つとして活用することを考えているようで、ホワイトハウスからウェブでライブ配信も行われる予定だ。今年の政策の方向性を示し、その線で予算を組むことを議会に嘆願する機会でもある一般教書演説は、広くアメリカの意思決定層（政治家、ビジネスエグゼクティブ、法曹家、アカデミシャン、等）の注目を集め、必ずアメリカ市民全体に向けて報道されるイベントだが、それを有権者との双方向のコミュニケーション機会として位置づける。共和党の候補が地方回りの予備選対応に忙殺されている時に、このようなナショナルカバレッジの演説を行いコミュニケーション機会を得ることができるところを見ると、なるほど、なんだかんだいっても、現職大統領が有利である、というのも頷ける。</p>

<p>それにしても、共和党の予備選は不透明だ。共和党については、同じコンサバティブでも、経済・財政面、社会面、宗教面での、という形容が付く形で分派があるのだが、どうも今年の予備選では、それらの歩調が合わなくなっているようだ。それは、今回のサウスカロライナ州での結果を見るとわかる。どの分派がその地域の共和党の多数派を占めるかが地域によって大いに異なる、ということだ。</p>

<p>ウェブによって、Tea Party Movementにせよ、Occupy Wall Streetにせよ、ある政治的メッセージを持った運動の機動力は確かに増したが、しかし、選挙はそうした活動に直接的には加わらない人たち（一般的には穏健派と言われる人たち）も当然関わる。むしろ、そのようなサイレントマジョリティ、あるいは、支持政党なしの独立派（インディペンデント）が、選挙結果の帰趨を決める。その意味では、より高度で複雑な、そして長期に亘るコミュニケーション戦が続かざるをえない。</p>

<p>この先、11月まではそのような動きが続くわけだが、とはいえ、先ずは次の予備選が行われるフロリダの動きに注目したい。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>スーパーボウルがストリーミングされる時代</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000946.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.946</id>

    <published>2011-12-21T07:06:58Z</published>
    <updated>2011-12-21T07:07:27Z</updated>

    <summary>来年2月のスーパーボウルがウェブやアプリでライブでストリーミングされるという。 Livestream the Super Bowl, Kic...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>来年2月のスーパーボウルがウェブやアプリでライブでストリーミングされるという。</p>

<p><a href="http://www.wired.com/epicenter/2011/12/livestream-super-bowl/?utm_source=twitterfeed&utm_medium=twitter">Livestream the Super Bowl, Kick Off Disruption of Broadcast TV</a><br />
【Wired： December 20, 2011】</p>

<p><a href="http://fifthdown.blogs.nytimes.com/2011/12/20/nbc-will-stream-super-bowl/">NBC Will Stream Super Bowl</a><br />
【New York Times： December 20, 2011】</p>

<p>スーパーボウルはアメリカンフットボールの全米ナンバーワンを決める頂上決戦で、２月という真冬の開催もあり、全米の人々が、家族や友人たちと一緒に、さながらパーティを開催するように、試合中継を視聴し、一喜一憂する、国民的イベントだ。多分、この盛り上がりは、一度、アメリカでスーパーボウル当日を迎えないとわからない。大リーグやNBAが盛り上がるであろうことは留学前から知っていたが、アメフトについては今一つイメージがわかなかったのだが、NFLの異常なまでの盛り上がりを見て、文字通り「アメリカン」なフットボールであることを、留学中に経験した。</p>

<p>スーパーボウルのスポンサーは企業の広告機会としては最高の舞台であり、毎年趣向を凝らしたCM群が放送されることでも有名だ。試合の休憩中に催されるコンサートやイベントでも大型アーティストが必ず呼ばれ、こちらも必ず注目を集める。要するに、全米最大のメディアイベントであり、祭りだ。そのため、単なるスポーツイベントにとどまらない、象徴的な意味も帯びている。</p>

<p>そのスーパーボウルがライブストリーミングをする。つまり、アメリカのメディア産業が、いよいよウェブやアプリ、PCやスマフォ、タブレットを、彼らのコンテント接触のために不可欠のものと認識したといっていいだろう。象徴的意味を持つとはそういうことだ。コンテントのメディアバリューを維持し続けるためにも、また、当日の視聴者によるバズ等の効果のために、ウェブを利用することが不可欠であるという判断がされたのだろう。</p>

<p>多分ここで賭けられていることは、将来のファン＝視聴者を維持していく、ということなのだと思う。テレビを観るかどうか、あるいは視聴率がどの程度になるか、という直近の関心もあることは間違いないし、それらの数字だけなら、場合によるとまだまだウェブを等閑視しても平気だということになるかもしれない。けれども、20年後、30年後も、今同様に、スーパーボウルが、全米の関心を集めるビッグ・イベントであり続けるのか、という視点に立てば、ウェブを利用する人々を無視できない、ということになるのだと思う。アメリカの場合、若年層の人口も増え続けていることで、メディアビジネスとしても、新規の視聴者の育成と確保が大事だという認識をもちやすいことも影響していることだろう。</p>

<p>コンテントといっても、プロスポーツは本質的に興行ものであることはやはり大きい。球場に足を運んでくれる熱心なファン、とりわけ地元のファンがいるからこそビジネスとして成立する世界だ。また、音楽のアーティストと同様、素朴に子供が未来の夢を賭ける存在であることも大きい。さらには、体一つで個人が偉業を成し遂げる、という点でも、一つのロールモデルになりうる。未だにスターを生み出しうる、稀有なメディア分野だ。このように、スポーツは、微妙に教育や公共とも接点のある領域といえる。</p>

<p>当日のライブ配信がどのように行われるのか、また、それを巡ってどのような解釈がなされるのか。リアルなイベントのレベルでも、それを取り巻く言説のレベルでも気になる動きといえる。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>デザインとは問題解決のことである</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000945.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.945</id>

    <published>2011-11-28T06:41:54Z</published>
    <updated>2011-11-29T04:08:15Z</updated>

    <summary>NYTでコールハース＆オブリストの『プロジェクトジャパン』の表紙の写真を見つけたので書評かと思いきや、そこで論じられていたのはまさにその写真...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>NYTでコールハース＆オブリストの『プロジェクトジャパン』の表紙の写真を見つけたので書評かと思いきや、そこで論じられていたのはまさにその写真が示している「物体としてのプロジェクトジャパンという本のデザイン」であった。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2011/11/28/arts/design/innovations-that-make-everyday-life-a-little-easier.html?_r=1&pagewanted=all?src=tp">Innovations That Make Everyday Life a Little Easier</a><br />
【New York Times: November 27, 2011】</p>

<p>いささか拍子抜けだったのだが、ART & DESIGNのセクションだから当然といえば当然であると納得し、次いで、よくよく考えると、この記事は「デザイン」という言葉でアメリカ人ないしはニューヨーカーが何を連想するか、ということを示すいい例のように思えてきた（ロンドン発の記事であることを考えると、英米圏といってもいいのかもしれない）。</p>

<p>記事の冒頭に書かれているように、「私たちの生活をより効率的（efficient）もしくは、より楽しく豊かに（enjoyable）にしてくれる－理想的には両方だが－新たな方法を見つけることがデザインが歴史を通じて果たしてきた役割の一つだった」わけで、「しばしばデザイナーが行なってきたことは、技術的な飛躍を、便利と感じたり、魅惑的だと感じたりするものに翻訳することで実現してきた」わけだが、時に同じことを「問題解決のために新たな方法、さらにはよりよい方法を考案することで実現してきた」という。</p>

<p>つまり、デザインと言う言葉は、何らかの問題を解決するために思案することに力点が置かれる。この文脈では、デザインには「設計」や「建設」という言葉を当てるほうが適切になる。</p>

<p>そして、この記事では、そうした「知恵を使って設計したこと＝デザイン」の事例として四つのことを取り上げている。『プロジェクトジャパン』のブックデザインもその一つだ。</p>

<p>『プロジェクトジャパン』では、メタボリズムという60年代の建築運動についてコールハース＆オブリストが集めた多岐に渡る資料群、つまり、関係者へのインタビューや関係資料などの一次資料や、それらに関する論評群が溢れており、それらカオスのような資料群を、読者にとっていかにわかりやすく秩序だてて構成し、一冊の本に仕立て上げるのか、というのが、デザインを通じて解決すべき問題だった。</p>

<p>ブックデザインを担当したIrma Boom氏によれば、エッセイやインタビューを一定の間隔を空けて配置し、セクションごとに色分けすることで内容の視認性を高めたという。確かに今、手元にあるこの本を見ると、確かに頁の縁がピンクや緑と分けられていて、たとえばピンクの縁の頁はインタビューに当てられている。そうやって「混沌の中に秩序」を生み出し、可読性を上げるという、問題解決を行なっている。</p>

<p>記事では、この他に、そのようなデザインによる問題解決を、NYの地下鉄や健康状態のモニター、エネルギー効率の向上、などの（日常的な）事例をあげながら説明している。</p>

<p>ともあれ、この記事では、デザイン＝問題解決、という意味で用いている。そして、事例を見れば分かる通り、大なり小なり、全体の設計に関わるものとなっている。裏返すと、単なる意匠や工芸のようなニュアンスでは使っていない。</p>

<p>日本で聞くデザインと言う言葉は、その多くが実は意匠や工芸という意味のことで使われている。カタカナを使うなら「デザイン」ではなく「クラフト」を使うべきところだろう。裏返すと、デザインという言葉を日本ではもっぱら最終的な制作物を手がける人たちが占有する場合が多いように見受けられる。ちょうど、クリエイティブという言葉を、広告のコピーを練る人たちが占有するのと同じように。それはそれで慣行としての言葉遣いであり、それらの言葉が関係者の間の中で使われている分には、特段に目くじらを立てる必要もないだろう。しかし、同じ言葉を外部の人間とやり取りする際に使うには、十分注意する必要がある。多分、上記の文脈のデザイン＝設計という言葉が当てはまるのは、日本であれば建築や工学の方に携わる人達のほうだろう。</p>

<p>コンピュータやウェブの登場で、記号操作や計算処理にもとづくシステムの設計にもデザインと言う言葉が使われている。これらの文脈で言うデザインとは、利用者や利用シーンを勘案した上でどのような仕組みのものを構築するか、そのための設計、というニュアンスが強い。欧米の場合、上のNYTの属するセクションが示すように「ART & DESIGN」という具合に、もっぱら意匠を操作する部分はARTというカテゴリーで語られる。「美と設計」と訳して理解してもいいのかもしれない。</p>

<p>ウェブの遍在で、以前、マルチメディアという言葉で予期されたことは、もはや日常の事実になっている。そこでは意匠と設計は分離され、異なる価値軸の下でそれぞれ構築されていく。デザインという行為の可能性を最大限引き出すためにも、ここで一度、概念用語の使い分けについて考えなおしてもいい時かもしれない。ちょうど、翻訳語の耐用年数が過ぎたので、現代の人にとってのリアリティを引き出すためにも古典を翻訳し直す意味がある、と語る村上春樹のように。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Google Music、公表される</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000943.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.943</id>

    <published>2011-11-17T07:56:01Z</published>
    <updated>2011-11-17T07:57:47Z</updated>

    <summary>昨日のエントリーで記したGoogleの音楽サービスが見込み通り、Google Musicとして公表された。 Google Opens a D...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>昨日のエントリーで記したGoogleの音楽サービスが見込み通り、Google Musicとして公表された。</p>

<p><a href="http://mediadecoder.blogs.nytimes.com/2011/11/16/google-opens-a-digital-music-store/?ref=media">Google Opens a Digital Music Store</a><br />
【New York Times： November 16, 2011】</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052970203611404577042633416621056.html?mod=WSJ_Tech_LEFTTopNews">Google Unveils Google Music Service</a><br />
【Wall Street Journal： November 17, 2011】</p>

<p>要点を記すと：</p>

<p>●　まずはアメリカのみでスタート。</p>

<p>●　見込み通り、Sony、Universal、EMI、が楽曲を提供。</p>

<p>●　ライセンスのもとで1300万曲が用意される。</p>

<p>●　まずは800万曲からスタート。</p>

<p>●　1曲99セントという値付けはまだ観測に過ぎない。価格についてはこれから公表。</p>

<p>●　世界中で2億台を超えるAndroidベースのスマートフォン＋タブレットが稼働中。</p>

<p>●　ユーザーは2万曲まで「ロッカー」にアップロードできる。</p>

<p>とりあえずは、アメリカでのサービス開始がどうなるかに注目というところだろうか。</p>

<p>それにしても、1300万曲がライセンスされる、という記述には素朴に驚いた。音楽というコンテントの数の多さと、それを音楽会社三社が管理下に置いている事実の双方に対して。</p>

<p>ソーシャルネットワークは、そうした世界規模での実数の把握も同時にもたらすことになる。世間ではビッグデータといって、もっぱらデータの分析に関心がが集まるが、その前に、まずは世界の実数把握がどんどん容易になり、かつ実際に記録されていく、という事実がもたらす含意について考えたほうがいいように思えてくる。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Google、ソーシャルネットワークで音楽ビジネスに乗り出す</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000942.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.942</id>

    <published>2011-11-16T05:28:12Z</published>
    <updated>2011-11-16T05:29:42Z</updated>

    <summary>Googleがウェブ上での音楽ビジネスに参入に乗り出すとWSJが伝えている。 Google to Unveil Online Music S...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>Googleがウェブ上での音楽ビジネスに参入に乗り出すとWSJが伝えている。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052970204190504577040543401572780.html?KEYWORDS=sony+EMI">Google to Unveil Online Music Store Wednesday</a><br />
【Wall Street Journal： November 16, 2011】</p>

<p>公表はアメリカ時間で水曜とあるから、事実ならもうすぐ発表ということになる。</p>

<p>ともあれ、記事によれば、ダウンロードタイプの音楽ビジネスをGoogleが始める。音源の提供には、Sony Music Entertainment、Universal Music Group、EMI Music、が参加する。</p>

<p>もっとも、EMIについては、つい先日、レコードビジネス部門をUniversalに、音楽出版部門をSony（を中心とした投資家グループ）に売却することが公表されている。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2011/11/12/business/media/emi-is-sold-for-4-1-billion-consolidating-the-music-industry.html?scp=2&sq=sony%20emi&st=cse">EMI Is Sold for $4.1 Billion in Combined Deals, Consolidating the Music Industry</a><br />
【New York Times： November 11, 2011】</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052970203503204577038303658583424.html?KEYWORDS=sony+EMI">In EMI Split, Digital Overtones</a><br />
【Wall Street Journal： November 16, 2011】</p>

<p>そのため、実質的には、Sony とUniversalの音楽ビジネス二強がGoogleと組むことになる。2008年のSonyによるBMGの買収と、EMIの解体によって、音楽ビジネス自体は、SonyとUniversalにWarnerを加えたBig 3にまで寡占が進んだ。（興味深いのは、BMGの時は音楽出版部門はUniversalが取得していることで、今回のEMIはUniversalとSonyで立場が逆転したことになる）。Googleからすれば残るはWarnerとIndependents（いわゆるインディーズ）のみ、ということになる。</p>

<p>Googleが予定するサービスは有料ダウンロード型というから、基本的にはAppleのiTunesに近い。一曲あたり１ドルの対価でダウンロードしたファイルは、Googleの開始したソーシャルネットワークであるGoogle + 上で友人など１－２名に対しては無料で聴かせることができるという。</p>

<p>発表にあたり問題となるのはユーザーが既に所有する音楽ファイルを収納するGoogle Music Beta というサービスで、これにより個人的にクラウド的な利用、つまり複数の端末からのファイルの利用をアクセスを通じて可能にするもの。これについては、音楽会社と話がまとまっていないという。</p>

<p>いずれにしても、以上のスペックはWSJの観測記事なので、実際の内容はGoogleの発表を待つしかない。</p>

<p>とはいえ、Amazonがクラウド型のコンテント利用サービスを始めようとしているところで、Googleはダウンロード型のサービスを自社のソーシャルネットワークサービスであるGoogle + を通じて開始するわけだ。こうなってくると、Googleの性格も、検索をはじめとするオープンなインフラ的企業というものから、徐々にサービス企業のものへと変更されつつあるように思われる。そして、それにあわせて、Google自身がむしろ、ウェブの断片化、閉域化を結果的に促進しているようにも思える。</p>

<p>こうなってくると、ソーシャルネットワークという名とは裏腹に、少し前にあったWalled Gardenのようなサービスに徐々に向かいつつあるようにも思われる。そこでは何らかの形で「パスポート」と呼ぶのにふさわしい登録と身分証が、個々のサービスごとに作られていく。Gmailで実質的に自分のメール内容をいつでもGoogleに晒すことが可能な状態にあることが当たり前になっているところで、今更ナイーブになるのもおかしなものなのかもしれないが、確かに改めて匿名性、そのための追跡可能性の制限、等が同時に提案されていかなければならないのだろう。それは、アメリカの場合であれば、先行する民間企業の振る舞いに対して、政府当局が後追いながらも制約を加えていくという、ちょうど金融商品の取引と同じような事態が定着していくのだろう。たとえば、登録ユーザーのプライバシー情報をめぐるFacebookとFTCとの間の取り決めのように。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2011/11/11/technology/facebook-is-said-to-be-near-ftc-settlement-on-privacy.html?scp=1&sq=Facebook%20FTC&st=Search">F.T.C. Said to Be Near Facebook Privacy Deal</a><br />
【New York Times： November 10, 2011】</p>

<p>そのようなパスポートでログインした後のコミュニケーション活動については、シェアをどう実現するか、つまり、技術的にどのようにするか、経済的にどう関係各位に対価を分配するか、などを含めて、議論がなされていくのだろう。EMIが目先のキャシュを生み出すレコードビジネスと、長期的なライセンス付与の管理＝決定権を握る音楽出版ビジネスにわざわざ分けられて売却されたことも、もちろん関係する。</p>

<p>音楽出版とは英語のMusic Publishingの直訳が定着したものだが、publishingとは文字通りあるものをpublicにする、すなわち公開することにある。となると、そろそろ出版という訳を当てはめ続けることも見直したほうがいいのかもしれない。</p>

<p>音楽ビジネスはNapsterこの方、常にウェブ上のコンテント流通・配信の最前線を形成してきた。そして、シェアが当然、むしろシェアを促す方向に人々を向かわせるソーシャルネットワークの時代になって、再び制度やビジネス上の最前線となっている。</p>

<p>まずは、Googleの公表を待つことにしたい。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Post-Webの世界を拓くJeff Bezos</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000941.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.941</id>

    <published>2011-11-15T09:14:25Z</published>
    <updated>2011-11-15T09:15:06Z</updated>

    <summary>GoogleのAndroidベースのタブレットとしても本命視される、AmazonのKindle Fireが予定よりも一日早く出荷を開始した。...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>GoogleのAndroidベースのタブレットとしても本命視される、AmazonのKindle Fireが予定よりも一日早く出荷を開始した。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052970204323904577037963397348788.html#ixzz1dkiA99dw">Amazon Hoping Software Lights a Fire Under Tablet</a><br />
【Wall Street Journal: November 15, 2011】</p>

<p>このKindle Fireの発売にあわせて、Steven LevyがJeff Bezosにインタビューを行っている。</p>

<p><a href="http://www.wired.com/magazine/2011/11/ff_bezos/?utm_source=feedburner&utm_medium=feed&utm_campaign=Feed:+wired/techbiz+(Wired:+Tech+Biz)">Jeff Bezos Owns the Web in More Ways Than You Think</a><br />
【Wired: November 13, 2011 】</p>

<p>Levyが行ったインタビューなだけに、なかなか示唆に富むものとなっている。幾つか気になったところを以下に記してみる。</p>

<p>先ず、Kindle Fireの投入は単なるタブレット市場の活性化以上の意味があるということ。それは、AppleとAmazonの企業としての特徴に起因する。簡単にいうとAppleはPost-PCの担い手であり、AmazonはPost-Webの担い手であるという違いだ。</p>

<p>Appleはあくまでもハードウェア企業であり、主な収益源はiPadやiPhoneという自社製の端末販売だ。そのため、iOSや端末の新機能の投入が企業戦略上の要となる。そのデバイス志向を反映して、Apple製品の設計思想はダウンロード志向となる。</p>

<p>一方、Amazonはあくまでも物品販売が中心で、それはデジタル化された商品＝コンテントにも当てはまる。Appleとの対比でいえばPost-Webを狙うクラウド志向の設計思想を持つことになる。今回のFireについても、OS部分はAndroidを採用することで開発を省力化し、その一方でコンテントの接触に関わる部分については専用ブラウザであるSilkの開発に集中した。</p>

<p>Silkについては使ってみないことには実感ベースの判断は難しいのだが、Bezosのインタビュー内容からすれば、Amazonのクラウドサービスを前提に開発されたという。そのため、ある特定の処理＝計算をするに当たり、Kindleとサーバーとの間で計算資源を割り振ることで、タブレット側の負荷を下げ、動作の敏捷性を増しているという。つまり、あくまでも「はじめに（Amazonの）クラウドありき」の発想が大前提であり、その下で開発されたのがFireなわけだ。そこから、Appleのダウンロード志向に対してFireはストリーミング志向と位置づけられる。そして、その分、デバイス側のハードディスク容量を減らす等して、Fireの原価を下げることに貢献しているようだ。</p>

<p>ここで気にかけるべきは、いつの間にか、所有とアクセスの間の線引きが曖昧になっていることだ。Amazonのクラウド志向の発想では、FireのユーザーはあくまでもAmazonのサーバーに蓄積されたコンテントをその都度引き出して＝ストリームを呼び出して、利用することになる。Silkを専用に開発したのも、おそらくは、初動のアクセス速度を上げることで、ユーザーが今接触しているコンテントのファイルがどこにあるかを意識させないようにするためだろう（これは、クラウド側のサービスであればどこの会社も気にかけていることだ）。</p>

<p>Bezosはしばしば、Fireはサービスである、と言っているが、確かにコンテント接触がサービスの本質であるとするならば、そのサービスの実現のためのシステムをどう構成するか、そして、そのシステムの構築に関わる費用をどうするか、は頭の働かせどころだ。そして、既に稼動しているクラウドの利用が前提となるのであれば、クラウド＋デバイスのトータルでシステムを考案するのが望ましい。そこから、デバイス側＝Fire側のスペックが決まってくる。</p>

<p>Levyも記事中で指摘しているが、Fireがあくまでもクラウド型のストリーミング志向のサービスを享受するためのパスポートであるとするならば、Fireだけを取り出してiPadとの間でタブレットとしてのスペックを比較しても意味が無いことになる。その点で比較すべきは、NetFlixやSpotifyのようなストリーミング型のエンタメサービスの方かもしれない。</p>

<p>ともあれ、クラウド＋タブレット＝サービス、という枠組みでFireは見ることが必要だ。そして、そのフレームがPost-Webを見通すための鍵となるのだろう。</p>

<p><br />
さて、次に面白かったのは、Bezosの発想として、Amazonはあくまでも低マージンのスケールメリットを目指す企業である、というところだ。そもそもクラウドサービスにしても、自社でEコマース用に開発をしている中で出てきた発想だった。自社開発をしたのはそのようなシステムが外部になかったからであり、実際に作ってみると、これはウェブで完結したサービスであれば必要なインフラになると気づいたのだという。</p>

<p>ウェブ企業としてはパイオニアである第一世代の企業だからこそ、道なき場所に道を作ったことが結果的に副産物としてのビジネスも生み出した、ということになるわけだが、それも低マージン志向＝より多くのユーザーに利用してもらう、という決意がなければ途中でぶれてしまっていたことだろう。そして、そのような低マージン志向のスケールメリット志向が、結果的には、より多くの人に利用してもらう＝デモクラタイズという社会的価値を実現することに繋がっていることも面白い。どこか、松下幸之助の水道哲学に通じるような発想を感じる。</p>

<p>多分誤解してはいけないのは、Bezosの発想は、物販業≒流通業なら低マージン志向で当たり前だろう、と捉えることだ。そのような見方は既にAmazonが世界随一のEコマース企業になっている事実から遡行した捉え方に過ぎない。そうではなく、Bezosの発想は、あくまでも多くの人に利用してもらうにはどうしたらよいか、そのためには何をデモクラタイズすればいいか、というところにあるということだ。</p>

<p>彼のそのような考え方は、インタビューの最後のほうで問われた、Amazonとは別にBezosが起業したロケット開発会社であるBlue Originに対する姿勢からも伺える。月に行きたいからBlue Origin を設立したのか、という問いに対して、Bezosは、いや安くで宇宙に出れる方法を実現したいから、と答えている。</p>

<p>本業とは別の企業の経営というと、どうしてもSteve JobsにおけるPixarのことを思いだしてしまう。果たして、Blue OriginはBezosにとって、異なる文脈、異なる人脈を生み出し、回りまわってAmazonの将来にも異なる航路を指し示してくれるのだろうか。</p>

<p>それにしても、アームストロング船長の月面着陸がきっかけになって科学に興味を持ったというのは、これもまたとてもわかりやすい動機だ。Bezosが科学・工学を学んだ上で、経営者となっていることは改めて記憶しておいていいことだろう。</p>

<p><br />
最後に、これはその発言に目を通した所で、Bezosよ、お前もか！と驚いてしまったことなのだが、Bezosは、Long Now Foundation（LNF）にも寄付をしているという。LNFというのは、長期（long-term）的視点にたって地球のことを考えようと設立されたFoundation だが、その創立者にはSteward Brandもいる。BrandはいうまでもなくWhole Earth Catalogを発行しJobsの人生に多大な影響を与えた人物だ（詳細は拙著『ウェブ×ソーシャル×アメリカ』を参照いただきたく）。</p>

<p>LNFに言及された文脈は、経営者として長期戦略をどう考えるか、というものだったが、Bezosの視点は、短期戦略については多くの競合がいるので自由度がないが、10年以上先のことは、そのような競合が明確でないから自由に考えられるというものだ。もちろん、そのように考えられるのは、自分たちが常にイノベーションを恐れない、つまり、自分たちが今優位にある技術やノウハウを自分たち自身で破壊することも厭わない企業文化を持っているという自負があるからなのだが。そのような経営姿勢の現れとして、LNFのような活動を支援し、Blue Origin のようなサイド・プロジェクトを立ち上げているということなのだろう。</p>

<p>ともあれ、BezosもBrandの影響の下にある、というのは驚きだった。Amazonの本社はシアトルにあり、シリコンバレーからは遠い。にも関わらず、シリコンバレーのウェブ企業のような印象をもった背景には、どうやらBrandの影があったということだ。つくづく、歴史を紐解けば、飛び地となったところに同種の文化が発見されることは時折見られることではあるのだが、文化というものは、地理的要素、つまり特定の地域への集約だけで決まるのではなく、人間の伝播を通じて実現されるものだということに改めて気付かされた。あくまでも人が何かを創りだすことの集積によって、総体としての文化が現れるということだ。</p>

<p>その意味で、Jeff Bezosは確かにSteve Jobs後の経営者の最先鋒といえるのだろう。彼の一挙手一投足にこれからも注目していきたい。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>100万人が支持するニッチ番組がHuluをはじめとするストリーミングの主戦場</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000940.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.940</id>

    <published>2011-10-30T23:58:41Z</published>
    <updated>2011-10-30T23:59:52Z</updated>

    <summary>HuluやNetFlixのストリーミングサービスでは、（従来の地上波ネットワークのように）2000万人が好む番組ではなく、日本のアニメをはじ...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>HuluやNetFlixのストリーミングサービスでは、（従来の地上波ネットワークのように）2000万人が好む番組ではなく、日本のアニメをはじめとして、従来の常識から比べれば遥かに少ない、100万人ぐらいの人が死ぬほど見たがる番組を取り揃えていく、という話。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2011/10/29/business/media/hulu-and-netflix-gain-an-advantage-with-anime.html?src=recg">Animation Gives an Edge to Streaming Services</a><br />
【New York Times: October 28, 2011】</p>

<p>NYTの記事をいつも通りブラウズしていたら、いきなりハガレン（『鋼の錬金術師』）のイラストが現れてびっくりしたわけだが、要するにコアとなるファンがいるような番組、一般のアメリカ人の視聴者から見たらニッチとしかいいようのないコンテントを取り揃えるのが、HuluやNetFlixのようなストリーミングサービスの方針だという。</p>

<p>ハガレンについて初めて知ったのは、NY留学中のことで、ユニオンスクエアに面したBarns & Nobleの店舗で、アメリカの子供たちが日本のコミック（ドラゴンボールやワンピース等）を座り読み（彼らはどこでも座るｗ）しているところで、アニメ版の絵を見かけた。確かNYのケーブルチャンネルのどこかで英語吹き替え版も放送していたはず。当たり前だけど、ハガレンが人気のあるシリーズとは当時知るよしもなく。ただ、日本のアニメを特集する雑誌もあるんだくらいに思っていた。</p>

<p>当時はYouTube前の時代なので、アメリカ人の映像接触は基本的にケーブルとレンタルのDVDだった。</p>

<p>ということで、クールジャパンがどうこう言われる前から、一定の数の子供（と大人）の支持が日本のアニメやマンガにあることは、経験としてわかっていた。なので、Huluのような映像プラットフォームが、スティッキーな視聴者を確保しようと思ったら、きっと日本のアニメを使うだろうな、とは思っていた。</p>

<p>もっとも、このNYTの記事を読んでいくと、日本のアニメは、100万人が愛するニッチコンテント分野の一つでしかなくて、その他に、韓国やスペインのドラマも組み込まれている。</p>

<p>アメリカ人の目で見れば、従来だったらケーブルのニッチチャンネルに放送権が売られていたジャンルを束ねる感じだ。細かいところはHuluの契約内容を見ない限りわからないことだが、Huluがケーブルでないことだけは明確なので、そのようにニッチチャンネル群から気になる作品をピックアップしてアーカイブとして加えていくことはできるはず。</p>

<p>そうして、非アメリカ製だが相応の人気のある作品群が用意されていく。そこで、おそらくは、吹き替えなり字幕なりの処理もされていくのだと思う。となると、HuluやNetFlixはスペックだけで言えば、グローバルに通用する映像配信機構を、アメリカ向けのサービスを用意しながら整備していくことができる。</p>

<p>その映像配信機構の部分で、Hulu、NetFlix、YouTube(Google)、あたりを中心に、これにAmazonやAppleが絡む形で競合が繰り広げられていくことになる。このように、アメリカの中でいまだ群雄割拠の状態なわけだが、仮にその状態に一定の方向性が見られるようになると、つまり、アメリカの中での国内予選が終わると、他のウェブサービスと同じように、アメリカ国外にも一気にカバレッジを増やしていくことになると思う。そのタイミングがいつ頃になるのだろうか。そのタイミングには、ブルーレイディスクやゲームコンソールのような、従来のテレビ・AV機器に関わる事業も巻き込まれていくことになることだろう。面白い時代がやって来ることになる。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Channel-centricに転身するYouTube</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000939.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.939</id>

    <published>2011-10-27T09:44:49Z</published>
    <updated>2011-10-27T09:45:43Z</updated>

    <summary>YouTubeが来週あたり、プロの映像制作会社によるチャンネルを幾つか提供することを発表するという。 YouTube Close to An...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>YouTubeが来週あたり、プロの映像制作会社によるチャンネルを幾つか提供することを発表するという。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052970203687504577000071926368522.html?mod=WSJ_Tech_LEFTTopNews">YouTube Close to Announcing Video 'Channels'</a><br />
【Wall Street Journal: October 27, 2011】</p>

<p>UGC（User-Generated-Content）で今までやってきたYouTubeだが、グローバル映像プラットフォームとしての地位を確立すべく、映像のプロも取り込もうとしてきているようだ。この話自体は、前々から伝えられてきたことでもある。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052970204612504576609101775893100.html">YouTube Goes Professional</a><br />
【Wall Street Journal: October 4, 2011】</p>

<p>提携先としては、IACのElectus、News Corp.の一部門であるShineReveille、RTL GroupのFrenchmantleMedia だという。最後のRTLはフランスのテレビ局であるM6等を保有する会社で、パートナー先が英米だけでないところが新しいところだ。</p>

<p>映像配信プラットフォームは、足下の欧米での景気後退の煽りも受けて、各社とも戦略の見直しを迫られている。</p>

<p>先日発表されたように、長らく売りに出されていたHuluは、結局売却がとりやめになった。DVDのレンタルから始まり今ではストリーミング大手となったNetflixは、DVDレンタル部門とストリーミング部門を事業会社として分割する計画を発表直後にとりやめにした。状況は思いのほか、混沌としている。</p>

<p>YouTubeの動きは、こういう混乱の中で、先行者優位を再度強化するために手を付けているように見える。今後は、ハリウッドメジャーが乗るかどうか、あるいは、有力な映像プロデューサーが個人名の表明と共に参加するのか、にもよるだろう。</p>

<p>今回、RTLが参加しそうだということを聞いて気になっているのは、YouTubeは（ということはGoogleは）従来からあるリージョン・コードを果たして採用するのかどうか、ということだ。リージョン・コードの存在によって、たとえばアメリカで買ったDVDは日本製のプレーヤーでは再生できないということが起こる。これは、DVDの頒布をエリア単位で管理・調整していこうというものだ。同じように、放送権についても、通常は国単位で販売がなされる。</p>

<p>これらは、映画館や放送局といった当該コンテントの流通の末端が、各国の地元企業であることが多いために生じたルールだ。しかし、いうまでもなくYouTubeのようなウェブの映像配信プラットフォームは、原則的にはそのような制約を受けない。もちろん、映像提供会社との契約によって、あるいは、YouTubeの内規として、従来からあるリージョン・コードを尊重する、という選択もある。その一方で、そのようなリージョン・コードに囚われずに、異なるアクセス権の設定（販売方法を含む）を行うこともできる。</p>

<p>インターネットは冷戦終結後、軍事利用だけでななく民間利用もできるよう商業化が解禁された。同じ90年代に起こったのは、通信衛星の商業利用としての衛星デジタル放送の事業化だった。たとえば、News Corp.のルパート・マードックは、既に欧州で事業化していたBSkyBに加えて、アメリカ、アジアで同様の衛星放送サービスを展開することを計画した。そうすることで、世界中の映像配信の要を握ることが出来るからだ。アジアでは、香港のスターTVや、日本のJSkyB（後に他の衛星放送会社と合併し、今のスカパーとなった）を試み、アメリカでは紆余曲折あったがDirecTVを所有（後に売却）することで、所期の計画を一応は完成させた。</p>

<p>YouTubeの動き、あるいはHulu等の他の映像配信会社の動きは、往時の衛星放送競争の頃を思い出させる。ただ、YouTubeが衛星放送の動きと異なるのは、既にウェブが普及した所から始まること、また、ウェブの初期のルールからリージョン・コードが厳格には設定されずに展開してきたことがある。</p>

<p>たとえば、私はWall Street Journalがウェブ上で配信されるようになったかなりの初期から契約しているが、このように外国人でも閲覧し、必要があれば契約できる仕組み＝環境が提供されてきた。</p>

<p>となると、映像についても、そのような環境、つまり、リージョンに囚われずに、ユーザーがアクセス可能（有料か無料かという制約はあるのは当然だろうが）な状況はまずは確保されることを期待したくなってしまう。</p>

<p>特にYouTubeについては、サービス名に「You」と冠しているように、パソコンの画面に向かう一人一人の視聴者＝ユーザーがその成長を支えてきた。その際のポイントは（文化コード的なものによるアクセス権の設定はあっても）基本的には誰もがアクセス可能だということだった。となると、YouTubeについては、その方向を引き続き堅持して欲しいところだ。</p>

<p>ともあれ、来週になれば提携先も明らかにされるのだろう。まずはその発表に注目したい。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>電子の啓蒙主義を掲げたAmazonのKindle Fire</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000938.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.938</id>

    <published>2011-09-29T04:45:07Z</published>
    <updated>2011-09-29T04:45:47Z</updated>

    <summary>Amazonが長らく期待されていたタブレット型KindleであるKindle Fireの発売を公表した。 Amazon’s Tablet L...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>Amazonが長らく期待されていたタブレット型KindleであるKindle Fireの発売を公表した。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2011/09/29/technology/amazon-unveils-tablet-that-undercuts-ipads-price.html?ref=technology">Amazon’s Tablet Leads To Its Store</a><br />
【New York Times: September 28, 2011】</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052970204138204576598670632549928.html?mod=WSJ_Tech_LEFTTopNews">Amazon Fights the iPad With 'Fire'</a><br />
【Wall Street Journal: September 29, 2011】</p>

<p>WSJの記事にあるように、一般のユーザーに対して最も魅力的なのは価格にあるのは間違いなく、タブレット市場を創造し牽引するAppleのiPadの499ドルに対して、Kindle Fireは199ドルであり、iPadの半額以下の値付けとなっている。</p>

<p>タブレットの特性として誰もが第一にイメージするタッチスクリーン機能をつけただけでなく、ストレージをクラウド型にするなど、タブレットとクラウドの、つまりは、端末とネットワークの双方から、現在最もビジネスシーンを牽引する二つの大きなトレンドを組み込んだ仕様となっている。端末というよりは、トータルな読書「サービス」の実現に力を入れているといっていいだろう。実際、Amazon CEOのジェフ・ベゾスも上のNYTの記事の中でそう明言している。</p>

<p>そういう姿勢が象徴的に現れているのは、Kindle FireのCMの冒頭でヴォルテールの次の一文を採用したところにも見られる。</p>

<p><a href="http://www.youtube.com/watch?v=jUtmOApIslE&feature=player_embedded">Kindle Fire TV Commercial—Amazon's New Kindle Ad</a></p>

<p>“The instruction we find in books is like fire. We fetch it from our neighbours, kindle it at home, communicate it to others, and it becomes the property of all.”</p>

<p>要するに、書物の教えは、燎原の火の如く人々の間に広がり、その教えは皆のものとなる、ということだ。ヴォルテールは18世紀の啓蒙主義者の一人であり、ディドロの「百科全書」にも寄稿していた。いうまでもなく啓蒙主義の運動は、18世紀末のフランス革命を精神的に用意することになる。</p>

<p>（ちなみに、最初にKindle Fireという商品名を聞いたときには、どうしてFireなんだ？と疑問に思ったのだけど、このヴォルテールの引用を見て、なるほど、そうだったのか、と感じたのだった。キンドルももはや固有名詞として認識していたからすっかり忘れていたのだけど、Kindleという名前の背後にもこういう文脈があったのだと改めて感じたのだった）。</p>

<p>このCMの冒頭は、細かく見ると、</p>

<p>ペンでインクで紙に書く<br />
→　活字を組んで出版する<br />
→　Kindleで電子的にpublishする</p>

<p>という流れで、書くこと、出版することの変遷が描かれていて、今回のKindle Fireがそうした出版文化の流れの中にあることも示していて、興味深い。</p>

<p>このCMの印象として、ゲームや映画のようだ、という声もあるようだが、あながちそれも外れていないと思っている。個人的には、ニコラス・ケイジが主演した『ナショナル・トレジャー』のように思えた。そこでは、アメリカ憲法の原文が物語の中心になっていたわけだけど、その歴史的文書を扱う印象とつながるように思えた。</p>

<p>そう思うと、先ほど啓蒙主義はフランス革命を用意したと書いたが、アメリカの場合は、より直接的に独立宣言や憲法制定の記憶を呼び覚ますのかもしれない。つまり、アメリカ建国の出発点にある動きの一つとして思い出されるということだ。</p>

<p>もちろん、そのようなことを想起するのは、アメリカ人でも高等教育を受けた人に限られることは間違いないのだろうが、逆に、その一種のペダンティックな部分に、AmazonがKindle発売以来想定しているユーザーイメージがあるように思われる。簡単にいうとアメリカ内外で英語の本を読む人たちというイメージだ。</p>

<p>いうまでもなくAmazonは本のオンライン販売事業として始まった。しかし、業容を拡大していく過程で、様々な商品を扱うようになり、今ではWal-Martのような巨大スーパーと伍するような一大流通業者に変貌した。その変貌の結果、Amazonのイメージが拡散してしまったのも事実だ。その拡散した企業像を改めて創業時のものにゆり戻そうというのが、実は、Kindle発売の狙いの一つなのかもしれない。</p>

<p>いってしまえば、AmazonはKindle Fireを通じて、電子の啓蒙主義を再度推し進める社会的使命を担う、というところだろうか。百科全書派のように、Kindleを使って世界に知を広く頒布させることを目指す。大型書店の多くが創業時に記した「知の頒布」の使命をウェブの時代に引き継ぐと宣言することで、社会的な大義を自分たちの側に引き寄せるということといってもいい。その意味で、今回のKindle FireのCMは、84年にAppleが出したビッグブラザーCMに類するような、メッセージ先行型の、マニフェスト型のCMといっていいと思う。</p>

<p>ただ、Amazonが違うところは、全くのゼロからのスタートではなく、既に世界中にユーザー層を抱えたところから始まっていることだ。iPadの半額でFireを出せるのも、Kindleという商品が、Eリーダーとして書籍を読むだけでなく、書籍の購入を（果ては他のAmazonで取り扱う商品を）促す個人用販売窓口でもあるからだ。</p>

<p>個人的には、DVDプレイヤーの登場初期を思い出す。単体のDVD再生機が10万円を超える価格帯で販売されていたところで、確か2－3万円で売られていたプレイステーションのようなゲーム機がDVD「も」再生できた。いうまでもなくゲーム機はソフトの売上からのキャッシュ・フローも期待できたため、同じ効用を桁が一つ違う値段で実現することができた。</p>

<p>Kindle Fireは、映像や音楽のコンテントのビューアーとしても使えるようになっているが、大事なことは、いまのところ、Eリーダーとしての性格が第一に位置づけられているところだ。そのため、最初からペイメントの仕組みを組み込み、かつ、ユーザーもそれが前提で購入する。ペイメントの仕組みが大前提になっているところが、他のタブレットと大いに異なるわけだ。</p>

<p>AmazonはKindle Fireの販売を通じて、啓蒙主義の役割を引き継ぐという社会的大義を引き受け、その実現のためにKindleを販売する。そのKindleはペイメントの仕組みを標準装備することで更なる知の頒布を促すツールとなる。</p>

<p>啓蒙主義というイメージは直接的には百科全書的な書物のイメージから始まったのだろうが、図らずも昨今の時勢と呼応するところがある。アラブ革命のように実際に民主的な動きが起こり、ユーロ危機やアメリカ財政危機のような経済的混乱が起こっている。そのような混乱の中でこそ啓蒙的活動も現実的意味を持つのだろう。Kindle Fireへの期待がアメリカ国外の方でより盛り上がっているように見えるのも、そうしたことが理由の一つとしてあるのかもしれない。</p>

<p>おそらくKindle FireはAmazonが想定した以上にKindleのイメージを膨張させているのだろう。その膨張をただの象徴バブルに終わらせるか、それともリアルな実績として事実化させるのか。Amazonがどこまで本気なのか、注目したい。</p>

<p>それにしても、今回の件で、ますますジョブズとシュミットの引退後の世界で活躍する人物としてジェフ・ベゾスの株が上がったように感じる。この感覚ももうしばらく温めておきたいと思う。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>タブレットはAmazonをどう変えるのか</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000937.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.937</id>

    <published>2011-09-05T08:47:02Z</published>
    <updated>2011-09-05T08:48:27Z</updated>

    <summary>前回のエントリーでAmazonがダークホース的に気になる存在になってきたと書いたが、実際、そのような動きが見受けられるようになってきた。 ま...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p><a href="http://www.defermat.com/journal/2011/000936.php">前回のエントリー</a>でAmazonがダークホース的に気になる存在になってきたと書いたが、実際、そのような動きが見受けられるようになってきた。</p>

<p>まずは、Kindleのタブレットの発売を見越してamazon.comのウェブサイトもリニューアルされる予定だという。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424053111904716604576549413463996484.html?mod=WSJ_Tech_LEADTop">Amazon Tests Website Redesign</a><br />
【Wall Street Journal: September 5, 2011】</p>

<p>基本的には、タブレットのインターフェースに合わせてウェブサイトの構成を変えていく。ちょうど雑誌社のウェブサイトがiPadの登場を機にリニューアルされたのと似たようなことなのだろう。</p>

<p>タブレットでは、一つ一つのアプリが専用のブラウザのように振舞うので、基本的にはタブレットの画面のフレームがそのままアプリのフレームになる。そのフレームのあり方に合わせて、むしろ、ブラウザで（PC上に）表示されるサイトのデザインが変更されることになる。上のWSJの頁にあるリニューアルイメージでは、従来のサイトのように、データベース的な構成で、多数の情報が盛り込まれているものとは異なり、背景は白を基調として、一つ一つの情報に焦点が当たるような構成、要するによりゆったりとした構成になるということだ。</p>

<p>キーボードやマウスがあり、サイズが異なるPC画面上で展開されるブラウザ中心のウェブの利用では、いわゆるデータベースのイメージに引きずられて、一つのサイトに多数の情報が掲載される。しばしば、目にうるさいほどの情報量が溢れることになる。とはいえ、物販サイトという性格から情報はどうしても増えざるを得ない。その結果、一種のレガシーとしてECサイトのイメージが固定されてきていた。</p>

<p>そのレガシーデザインを、タブレットの導入をきっかけにして見直すことになるのだろう。</p>

<p>よくよく考えてみれば、過去10年ほどの間でユーザーのウェブの利用傾向については、集団についても個人についても、いろいろと経験値が溜まっているはずだ。それらを踏まえれば、利用者にとって無理のないデフォルト時の情報量、利用者に応じた情報の取捨選択（表示するものと隠すものの選択）、ナビゲーションの傾向等、そもそもサイトの設計思想から変更することも可能だろう。</p>

<p>加えて、Amazonの場合、自社製のタブレットを販売するのであるから、さらに微細な部分で、ハードとソフトの調整も可能なように思われる。前にも書いたように、Kindleが届いた時、既にパーソナライズが終わっていた。Kindleは電子リーダーとあると同時に、Amazonユーザーごとに割り当てられた個人端末でもある。</p>

<p>このあたりを考慮して、Amazonのタブレットは、電子リーダーとしての利用を考え、当初は7インチ型のもののみを市場に投入するようだ。</p>

<p><a href="http://techcrunch.com/2011/09/02/amazon-kindle-tablet-photo/">Amazon Is Only Launching A 7″ Tablet? Genius. (Plus A Mockup!)</a><br />
【TechCrunch: September 2, 2011】</p>

<p>一般的にタブレットは7インチと10インチの二系統があるが、その小さな方を選択するわけだ。この選択によって、タブレットとウェブサイトの両方で、どのようなデザインに落ち着くのか、気になるところだ。</p>

<p>面白そうなのは、もともとのKindleが電子リーダーであったことからすれば、新たなタブレットもそのようなものとして想定されるのではないか、ということだ。つまり、読書に利用される機能がデフォルトのものになる。とすれば、そのような様式の下で、文字通り、（ウェブ）世界を本のように捉える行為が助長されるようになるのかもしれない。</p>

<p>ウェブは、リンク構造からハイパーテキスト性が強調されてきた。「ブックマーク」というようにそのイメージはウェブ総体が本だ、というイメージにかなりよってきた。その一方で、しばしば本は世界、本は宇宙、という言い方もされてきた。ところが、従来は、ウェブと本が別々の存在であったため、こうした発想は比喩レベルのものにとどまっていた。それが、電子リーダーであるKindleが、その仕様でウェブ上の資源にアクセスすることで、文字通り本を読むように、ウェブを読む行為が生じてくるのではないか。そんな空想も可能ではないか。つまり、Kindleが一種のブラウザのように機能する。そのブラウザは、PC上で開発された「ブラウザ（ぶらぶら見てまわる）」とは異なり、「リーダー（注視し読解する）」を踏まえたものになるのかもしれない。</p>

<p>以上は、もっぱらタブレットが「メディアビューアー」になっていることから連想される、コンテント消費／受容に関わる変化だが、AmazonがECサイトの最大手であることを考えれば、Amazonの動きは、Eコマース全般、ひいては物理的な世界におけるコマースにも影響しそうに思えるこ。端的にいって、Wal-Martあたりが、Amazonの変化にどう対応してくるのか。</p>

<p>Amazonは、コマースとコミュニケーションとテクノロジの微妙なバランスの上に成り立っている。そのバランスが、タブレット×クラウドが当たり前になった状態でどのように変わるのか。購買行為が所有意識と連動していることを考えれば、所有の感覚を変える契機にもなるのかもしれない。</p>

<p>かように、暫くの間、Amazonに関する興味は付きそうにない。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>ダークホースとして浮上するAmazon</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000936.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.936</id>

    <published>2011-09-01T06:23:18Z</published>
    <updated>2011-09-01T06:24:30Z</updated>

    <summary>Kindleの機能を包含した、Amazon Tabletの発売に注目が集まってきているようだ。 Analysts see Amazon mo...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>Kindleの機能を包含した、Amazon Tabletの発売に注目が集まってきているようだ。</p>

<p><a href="http://www.chicagotribune.com/business/breaking/chi-analysts-see-amazon-as-credible-tablet-foe-for-apple-in-4q-20110829,0,7366130.story">Analysts see Amazon mounting solid tablet challenge to Apple in 4Q</a><br />
【Chicago Tribune: August 29, 2011】</p>

<p>強気の予測では、第四四半期にヒットを飛ばし、iPadに迫る商品になるというのもある。そこまでいかなくとも、GoogleのAndroid タブレットして筆頭ポジションを取ることで、Androidタブレットの将来を左右するような商品になると見込まれている。いずれにせよ、Kindleという足がかりを既に持っているため、そこからの延長線でビジネスイメージを作ることができることが魅力のようだ。</p>

<p>振り返ると、Amazonは、Schmidtの夢（クラウド）にしても、Jobsの夢（タブレット）にしても、クラウドとかタブレットとか名指さずに、企業資産の合理的活用という点から真っ先に始めた企業でもある。</p>

<p>本質的に自社の資産がサーバー群からなる分散型コンピュータであることに気づいたAmazonは、その資産の稼働率を上げるために自社のコンピュータ資源を外部企業が利用できるようにした。Schmidtが「クラウド」という用語を使う前のことだ。</p>

<p>タブレットにしてもe-readerであるKindleを市場投入して軌道に載せている。もちろん、初期Kindleはタッチパネル式ではないため、使用感という点ではiPadに代表されるタブレットとは全く異なる。その一方で、iPadの利用の多くがアプリをはじめとしたメディア・ビューアーに傾斜していることを踏まえると、本というメディアのリーダー＝ビューアーとしてスタートしたKindleは、タブレットで求められるユーザーの欲望を先んじて形にしたといえる。</p>

<p>ここのところ何回か触れたが、SchmidtもJobsも経営の最前線から退陣したことを考えると、消去法的ではあるけれども、創業者としてAmazonを率いているJeff Bezosの、IT業界における経営者としての位置づけが結果的に高まってきているように思える。</p>

<p>実際、Vanity Fairが発表したNew Establishmentリストでも、FacebookのZuckerberg、GoogleのBrin & Pageに続いてBezosはしっかり第三位を確保している。</p>

<p><a href="http://www.vanityfair.com/online/daily/2011/09/the-2011-new-establishment-list--and-the-top-spot-goes-to---">The 2011 New Establishment List: And the Top Spot Goes to...</a><br />
【Vanity Fair: September 1, 2011】</p>

<p>New Establishmentとはさすがにセレブ仕様のVanity Fairだけのことはあるが、しかし、その上位はウェブ系の起業家、創業者、投資家が名を連ねていて、在NYのVanity Fairの視線でも、シリコンバレーを何か新たなこと＝予想もつかない変なこと＝クリエイティブなことが起こる場として捉えたいということなのだろう。新たなクリエイティブクラスとはウェブ周辺に生まれるというメッセージでもある。同時に、彼らウェブ系の企業形をそのように位置づけることで、きちんと社会の方に目を向けさせようとする（NY的な）メッセージも背後に込められているように思える。</p>

<p>ともあれ、そのリストの三位にBezosはしっかりランクインしている。</p>

<p>Amazonの強みは、わざわざ言うまでもないことだが、実際に物販をしていることだ。その物販の経験と資源を活用してデジタル化された情報商品を売ることもできる。物販事業が最初からあるので、彼らの場合、まず「売る」というところから考え始められるところも強みだろう。メディア事業の場合は、とにかく「ペイモデル」として成立するかどうかを、厳格に検討するところから始めることができる。</p>

<p>以前、購入したKindleがアメリカから届き開封したときに驚いたのは、既にその機械が自分用にパーソナライズされていることだった。タブレットで問題になる無線データ通信についてもAmazon側で予め各国のローカルキャリアと契約を交わし、開封後から3G通信が可能だった。だから、第一印象はe-readerが来たというよりも、Amazonの個人ターミナルが送られてきた、という感じに近かった。もちろん、実際の利用はデジタル本を読むことが中心なのだが、端末のあり方として、Amazonの本業である物販業の性格が明確に体現されたもののように思えた。「顧客満足」の一環としてのKindleであり、その裏返しとしての顧客囲い込みの端末としてのKindleである。この点は、日本の本については現地法人であるAmazon.co.jpを利用しているとわかりにくいところかもしれない。</p>

<p>SchmidtとJobsが退陣した今、Googleにせよ、Appleにせよ、企業統治の空白期間が暫くの間は生じるのはやむをえないことだ。その空白期間の間に末脚よろしく先頭に立って業界を先導するのがAmazonとBezosになるのかもしれない。</p>

<p>もっともレースと違って企業活動にはゴールはない。となると、Bezosに期待を寄せることでむしろウェブの世界にタブレットやクラウドに代わる新しい何かを見出そうとすることが大事なのかもしれない。そして、それはGoogleやAppleには直接関わりなかった「物販」の視点から生じると思っていいのだと思う。そう考えると、Grouponのようなクーポンやポイントの電子化の話あたりが出発点になるのかもしれない。バーチャルグッズの売買も間違いなく範疇だろう。その時、これら「売り方の工夫」のようなものを新たな夢として、つまり文化的な成果として認識して言祝ぐことができるかどうか、そのあたりの受け手の感性も問われるのかもしれない。</p>

<p>息の長いプレイヤーであるAmazonとBezosに改めて関心を寄せたい。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>GoogleによるMotorola Mobility買収の示唆すること</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000935.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.935</id>

    <published>2011-08-30T06:13:40Z</published>
    <updated>2011-08-30T06:14:08Z</updated>

    <summary>先日のJobs退任のエントリーで少し触れたが、8月中旬のGoogleによるMotorola Mobilityの買収は、その後の報道を見ている...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p><a href="http://www.defermat.com/journal/2011/000934.php">先日のJobs退任のエントリー</a>で少し触れたが、8月中旬のGoogleによるMotorola Mobilityの買収は、その後の報道を見ていると、Googleが製造ラインを持つ方向に舵を切ったというよりもMotorolaが持つ17,000のパテントの確保が目的だったということで、社会的にはコンセンサスが取れてきているようだ。</p>

<p><a href="http://www.economist.com/node/21526416">Patently different</a><br />
【The Economist: August 20, 2011】</p>

<p>パテントを獲得するために125億ドルを出すことの是非については、もちろん市場関係者の間で議論がなされているようだが、ここではそのことには触れない。買収に至った理屈としては、AndroidやiPadなどの、タブレット／スマートフォンを製品化していく上で、随所に各種特許＝パテントが関わり、商品開発時における処理手続きに手間取ったり、あるいは、商品の市場投入後に訴訟を起こさせられ販売を差止められたり・・・といった事件が起こり、結果的に、企業戦略を描く上での大きなハードルになってしまう。つまり、製品の開発と市場投入のスケジュールを組む上で障害になることがパテント関連で増えてきたことの裏返しとして、そのような交渉コスト・訴訟コストを引き下げ、また営業上のリスクを下げるために、パテント獲得競争が過熱化してきたわけだ。</p>

<p>実際、Google-Motorolaのディールの前には、破産したNortelの資産整理の過程で、AppleとMicrosoftらが共同してNortel保有のパテントを落札するという動きが7月にあった。パテントとは直接は関係しないが、パテントを含めた安定的な取引関係を築くために、MicrosoftがNokiaとパートナー契約を結ぶ動きもあった。</p>

<p>Nortelはカナダの通信機器メーカーで、確か2000年頃には、ブロードバンド時代を控え、独自開発の光多重方式（光ファイバの利用効率を上げる技術）等で注目を集めていた企業だ。その企業が破綻したのにも驚いたが、そのパテントが競売に掛けられてAppleやMicrosoftに移ったというのにもまた驚いた。</p>

<p>MotorolaにしてもNortelにしても通信機器メーカーとして有名を馳せた時のある企業だ。その昔、携帯電話事業がまだ立ち上がらず自動車電話事業と呼ばれていた頃には、Motorolaの日本進出が、日米の経済摩擦の一つとして議論されていたこともあったぐらいだ。そういう時代を知っていると、Motorolaのマーケットポジションも随分変わってしまったものだと感じる。正確にいうと、もともとあったMotorolaがソリューション部門と携帯電話部門とに分かれ、後者が今回、Googleの買収対象になった。ソリューションと機器に分けた上で売却という動きは、IBMがPC部門をLenovoに売却した時のことを彷彿とさせる。</p>

<p>多分、今回のMotorolaの一件が含意していることは、少し引いて俯瞰して考えてみると、コンピュータ業界（しかもソフトウェア業界）と通信業界の間で、パテントの再配分がなされたことにあると思う。そして、そのことが意味していることは、モバイル（タブレットとスマートフォンを含む）の世界では、ゆくゆくはコンピュータ業界が主導権を握ることになるということなのだろう。</p>

<p>これは、テレビやビデオに代わってPCがウェブの登場に合わせて映像や音声も扱う、つまり、映像コンテントや音声コンテントの再生を行うマルチメディア機器になったことからすれば当たり前のことと思えるかもしれない。しかし、テレビやビデオに代わって、という部分についていえば、そもそもアメリカには有力なAV機器メーカーが存在しないこともあり（80年代は日本の家電メーカー、2000年代は韓国メーカーと言う具合にアジアのメーカーが主要なサプライヤーになって久しい）、この方向には大きな社会的反発はなかった。</p>

<p>むしろ、テレビかPCか、という文脈で言えば、PCの興隆はアメリカ国内でのテレビ市場の奪還に端を発していたといっていいだろう。80年代を通じて日本製のAV機器に自国市場を席巻されたアメリカ政府が出してきたアイデアが、デジタルテレビであり、その具体化の一つがPCでもあった。少し補うと、次世代テレビ市場を巡って、日本が提案した（アナログ）ハイビジョンに対してアメリカ側がカウンターで出してきたアイデアがDTV＝デジタルテレビだった。結局、日米ではデジタルテレビの規格は異なるものが採用されたが、PCについては、ATV（Advanced TV:高度化テレビ）や情報スーパーハイウェイ構想などもあり、むしろ次世代テレビを具体化させるものとして期待が持たれた（この7月に完了した地デジへの移行という出来事も、もとを辿れば、アナログハイビジョンがアメリカ市場で採用されなかったことに端を発してた）。</p>

<p>十数年経ってみると、確かにPCはマルチメディア機器に変貌し、iPadをはじめとするタブレットはその方向に拍車をかけている。テレビ対PCの動きは、アメリカではケーブル対PCの形で、たとえば、NetFlixのようなストリーミングサービスとケーブルのペイチャンネル／PPVサービスとの間での競争が生じている。Motorolaはケーブル用の端末（STBという）のメーカーでもあるため、Googleの買収の目的には、AndroidベースのGoogle TVでの橋頭堡の確保もあったといわれる。けれども、具体的なテレビの製造は、今はSamsung等アメリカ国外のメーカーが引き続き強い。</p>

<p>大雑把に言えば、アメリカ国内に拠点を持たない商品分野については、コンピュータ産業の成長過程で必要であればコンピュータ産業の中に組み込まれることは問題ないと見られてきたといっていい。テレビしかり、ゲーム機しかり。ゲームについて言えば専用機はMicrosoftを除けば日本の二社であり、もともとPCゲームもあったということから、北米ではネットを使ったもの、ソーシャルゲームへと移行することに大きな抵抗はなかった（いささか脱線するが、専用機市場でも、制作体制としてゲームエンジンを用いるなど、相対的にソフトウェアやウェブに親和性の高いモジュール志向が選択されているように思われる）。</p>

<p>ただ、モバイル機器については、インフラの部分で、インターネットと携帯電話の二つがあり、後者の携帯電話事業については、AT&TやVerizonといった巨大会社が控えている（いずれも、旧AT&Tの分割会社が20年あまりをかけて生き残った二強とも言える存在）。たとえば、少し前にあったNet-neutralityの議論でも、結局、有線については中立性を確保するが、無線の部分についてはモバイル事業の性格を考えその限りではない、というところに落ち着くほど、通信会社のアメリカにおける地位は大きいわけだ。その強さの源泉は、長年にわたるサービスの提供から、顧客基盤を、法人にしても個人にしても持っていることに発している。またインフラ事業として、連邦政府だけでなく州政府とも料金設定等をはじめとして長年にわ渡って折衝が繰り返され関係が築かれてきた。</p>

<p>そう考えると、今回のGoogle-Motorolaの動きは、こうしたアメリカ社会に根を張った通信会社との間で行われる、端末やネットワークの設計の折衝においても遠からず影響を与えていくものとなるのかもしれない。それは、Wi-Fiと無線データ通信（3G/4G/LTG等）とのデュアル搭載の駆け引きにもつながるのかもしれない。既にアプリとしてのゲーム利用ではWi-Fiの速度や安定性の方を好むユーザーも出てきているという。デュアルの接続方法は要らないというユーザーもいる。実際、iPhoneでのiTunesの利用にはWi-Fiが求められたりしている。モバイルインターネットと呼ばれる領域が、文字通りインターネットとして構築されるのか、それともあくまでもインターネット的なデータ通信ネットワークとして構築され続けるのか、こうした設計の選択にも影響を与えていくことになるのかもしれない。</p>

<p>こう考えると、確かにパテント確保が第一優先事項だったかもしれないが、その傍らで、携帯電話会社に端末を供給する立場になって将来的なネットワーク構築の設計方向についても交渉に臨むということもGoogleの中にはあったのではないかと感じる。既にAppleは端末提供メーカーとして直接AT&Tらと交渉してきた。Androidを採用するアメリカ国外のメーカーがGoogleのMotorola買収についてさしあたっては歓迎の意を示したのも、まっさきに商品化されるアメリカ市場において、通信会社との折衝役をGoogleが（Motorolaを通じて）担うのではないかと思ったこともあったのではないだろうか。</p>

<p>タブレットをきっかけにして、コンピュータ業界と通信業界の間のつばぜり合いが、製品開発やネットワーク開発のレベルを含めて加熱する。今回の買収は、そのことを見越してのGoogleの動きとして捉え、今後の経緯を見ていきたい。ここで思い出すべきは、AppleがiTunesで行ったように、ユーザーの利用意向を集約させて音楽業界と折衝し、デジタル音楽の流通方法を安定させ、結果的に音楽業界そのもののビジネスモデルを変えてしまったことだ。同様のことが、GoogleやAppleらの個別の動きによって、無線通信業界についても起こるのかもしれない。もちろん、図らずもタッグを組んでしまったように見えるほど、相手は巨大だ。その意味で、AT&TやVerizonからの反撃も含めて今後の動きに注視したい。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Steve Jobs後のAppleはいかに</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000934.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.934</id>

    <published>2011-08-25T01:38:44Z</published>
    <updated>2011-08-29T08:24:47Z</updated>

    <summary>長らく闘病問題が取り沙汰されていたSteve JobsがとうとうAppleのCEOを辞任することを表明した。 Steve Jobs Resi...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>長らく闘病問題が取り沙汰されていたSteve JobsがとうとうAppleのCEOを辞任することを表明した。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424053111904875404576528981250892702.html?mod=WSJ_hp_LEFTTopStories">Steve Jobs Resigns as Apple CEO</a><br />
【Wall Street Journal: August 24, 2011】</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2011/08/25/technology/jobs-stepping-down-as-chief-of-apple.html?_r=1&hp">Jobs Stepping Down as Chief Executive of Apple</a><br />
【New York Times: August 24, 2011】</p>

<p>後任のCEOには現在COOを務めるTim Cookが就任する。もっともJobsは経営の前面からは退くものの引き続きボードメンバーとして残りChairmanの役割を担う。つまり、Appleが株主をはじめとする社会とどう関わっていくか、その部分の意思決定には引き続き関わる。</p>

<p>先日の世界同時株安の際に一瞬でもAppleはExxon Mobilを抜きNYSEで時価総額が最高の企業となった。つまり、Appleはもはや世界中の経済に大なり小なり影響を与えうるビッグ・プレイヤーになったわけだ。従って、ボードメンバーにとどまるJobsの役割はCEOを退いても引き続き大きい。</p>

<p>今後は彼が築き再興させたAppleの企業文化をどう継承可能な形にしていくか、が重要だろう。しばしばJobsはカリスマ経営者として讃えられる。彼の個性がしばしばAppleの製品に反映されていると解釈されてきた。そのいわば魂の部分をどうやって代替／継承するかという問だ。</p>

<p>というのも、かつてのWintelの影に隠れる嗜好性の高いファンダムからなるAppleであれば、そのようなカリスマ問題がもファンとしてのユーザーコミュニティが支えると答えることができる（実際、今回の辞任レターの宛先には、Apple Communityも記されていた）。しかし、今や、必ずしもApple ファンだけがApple製品を利用しているわけではない。かつてのWin-telのように、使いたいアプリがあるからやむなく、というネットワーク外部性の効果からユーザーになっている人たちもいるからだ。そのような後発ユーザーにとっては、Jobs=カリスマ、という構図はわかりやすかった。そのような緩いAppleユーザーにとってJobsはいわばAppleブランドのアイコンとしてあった。つまり、Jobsの退陣は、Appleの今後のブランドコミュニケーションにこそ影響を与える。</p>

<p>従って、CEO退陣後もJobsが折に触れて筆頭PRマンとして公の場に出ればいい、ということでもあるが、しかし、それができるのであるならばおそらくCEOを辞めたりしないだろう。むしろ、彼無しの企業コミュニケーションをどう展開するかこそが本当の経営課題だと言える。</p>

<p>あまり比べようがないかもしれないが、Bill GatesがMicrosoftのCEOから退いて以後の展開とも被るのかもしれない。毀誉褒貶はあれど、Gatesはコンピュータ産業のビジョナリ、業界のスポークスマンとして機能していたのは確かだ。その彼が退陣してからのMicrosoftは、知っての通り、GoogleやAppleの追撃を受けたわけで、変化の早いこの業界では、船の進路を決めるキャプテン＝CEOの役割はやはり大きい。</p>

<p>もちろん、船の進路を容易に変えられるような機敏な動きがしにくくなるほどMicrosoftの存在が大きくなったということもある。これは単にMicrosoftが巨大企業になったというだけでなく、Windowsが社会の隅々にまで行き届き、その分、社会の慣性も引き受けることになってしまったこともある。</p>

<p>この点、Appleはまだ体裁上はチャレンジャーの地位を保っている。タブレットによってPCを打ちのめす途上にある。だから、その征服劇をしばらくは続けていけば船の進路は当座の間は保たれる。だから、問題はその次が浮上する段になった時、引き続きAppleが自主的に革新（innovate）できるかどうかが鍵になる。</p>

<p>*</p>

<p>それにしても、今回のJobsの辞任は、春先にあったGoogleのEric SchmidtのCEO辞任とあわせて、拙著『ウェブ×ソーシャル×アメリカ』の冒頭で提起した「JobsとSchmidtのバトン継承」という問題が現実化したことになる。</p>

<p>タブレットもクラウドもIT産業の二大潮流として軌道に乗っている。とりわけ、タブレットについてはPCと代替が具体的に進み、PC産業の再構築を促すまでに至っている。タブレットと同系機器としていいであろうスマートフォンについても、先日のGoogleによるMotorola Mobilityの買収に至り、主には、通信産業とIT産業との間でのパテントの再配分という形で、通信業界とIT業界の企業体としての垣根を崩しつつある。もちろん、崩れる方向にドライブがかかるのは、背後にクラウドというネットワーク中心型の情報システム構築のパラダイムシフトがあるからだ。</p>

<p>こうした潮流を作るのに貢献したJobsとSchmidtが第一線を退くことで、この先をどうするのか、という問いが現実化した。とりわけ、Jobsは自らの個人史を前面に出し、彼の会社や製品の差別化を図ってきた。映画のように、Apple（とPixar）の商品には、Directed by STEVE JOBS というクレジットが常に記されてきたわけだ。</p>

<p>『ウェブ×ソーシャル×アメリカ』の中で今日のシリコンバレーの経営は、実務家とビジョナリ（主には創業者）の双頭体制が望まれているということを書いた。実はその時紙幅の都合で書けなかったのだが、Jobsという人物はシリコンバレー初期の起業家だっただけに、この双頭制とうまくいかなった。Jobs自身がスカウトしたJohn Scullyらによって、JobsがAppleの経営から退かされたのは有名な話だ（しばしば「追放」という感傷的な言葉で形容される）。おそらくはこの経験があってJobsは双頭制に移行することが出来なかった。なによりも、Apple追放後、NeXTやPixarと起業や企業買収を行い自ら経営者としてのリベンジを図ってしまったことも大きいのかもしれない。NeXTという存在がなければAppleに戻るきっかけはなかったかもしれないし、Pixarという存在がなければハリウッドとシリコンバレーという水と油のような関係の二つの業界を繋ぐ特異な存在にはなれなかったかもしれない。忘れてはならないことだがPixarの売却によってJobsはWalt Disneyの株主でありボードメンバーでもある。iPadという商品が、PCというよりもテレビとゲーム機の融合進化形態としてマルチメディアガジェットとして一般に受け止められつつある現実を見れば、Disneyとの接点は大きい（もちろん、iPodを通じての音楽業界との様々な折衝経験もiPadには生きているだろうが）。</p>

<p>このあたりのJobs個人史とApple社史との関係については、発売が前倒しになったJobsの伝記（自伝？）を通じて改めて考えてみたい。</p>

<p>ともあれ、これで一つまたIT業界は節目を迎えることになる。Googleは創業者のPageがCEOを引き継いだ。Motorola買収にもそのあたりの判断は見て取れるのだろう。JobsやSchmidt、それに先行したGates等によって、80年代に産声を上げたコンピュータ産業は名実ともにアメリカの産業のトップに躍り出た。その王国を引き継ぐ第二世代の経営者たちはこの巨大な船をどこに向けて進ませるのだろう。『ウェブ×ソーシャル×アメリカ』で書いたように、このことはとても気になって仕方がない。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>ソーシャルネットワーク第二幕が始まる</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000933.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.933</id>

    <published>2011-07-03T01:50:56Z</published>
    <updated>2011-07-03T01:52:14Z</updated>

    <summary>ソーシャル・ゲーム会社であるZyngaがIPOの準備を始めた。 Virtual Farms, Rich Harvest 【Wall Stre...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>ソーシャル・ゲーム会社であるZyngaがIPOの準備を始めた。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052702304584004576419813801652724.html?mod=WSJ_Tech_LEADTop">Virtual Farms, Rich Harvest</a><br />
【Wall Street Journal: July 2, 2011】</p>

<p>Facebook上のアプリの一つとしてゲームを始めた会社が上場に到るまでの成長を遂げたというのは、いろいろと示唆に富む。</p>

<p>プラットフォームとゲームハウスという関係でいえば、プレステとファイナルファンタジーのようなもので、つまり、SCEとスクエア・エニックスのような関係であり、裏返すと、それぐらいの経済的リアリティをソーシャルゲームが持ち始めたと解釈できるからだ。</p>

<p>そのように成功する会社が出始めた一方で、MySpaceのようにマードックグループから放出され、新たに所有主を見つける会社も片方である。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052702304584004576415932273770852.html?KEYWORDS=MySpace">News Corp. Sells Myspace for a Song</a><br />
【Wall Street Journal: June 30, 2011】</p>

<p>MySpaceが鳴り物入りでNews Corp.に買収された時は、FortuneやForbesのようなビジネス誌がこぞってディールに向かうまでのバックストーリーを特集として掲載していた記憶があるので、ビジネスの世界も動きが早いと思う。</p>

<p>こうしたMySpaceの動きがある傍ら、Googleも新ソーシャルネットワークサービスであるGoogle ＋の開始を公表している。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2011/06/29/technology/29google.html?src=me&ref=technology">Another Try by Google to Take On Facebook</a><br />
【New York Times: June 28, 2011】</p>

<p>もちろん、こちらは、先日Appleが発表したiCloudの影響も受けてのことだろうが、Googleも改めて本格的にソーシャルネットワークに乗り出す。</p>

<p>ここまで見れば、ソーシャルネットワークについては、新旧交代のタイミングにあるように思える。つまり、FacebookとMySpaceとで始まった第一幕から、Facebook、Apple、Googleらの間の乱戦から始まる第二幕が始まるというところだろうか。</p>

<p>ただし、この乱戦は、もはやウェブの中で中核的な動きとなってきたため、第一幕の時のように自由に競争を行える状況ではない。連邦政府の目も厳しくなっている。たとえば、TwitterにもFTCによる反トラストの疑いがかかり始めている。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052702304450604576418184234003812.html?KEYWORDS=Twitter+antitrust">Antitrust Regulator Makes Twitter Inquiries</a><br />
【Wall Street Journal: July 1, 2011】</p>

<p>反トラストの観点からは、Googleも検討対象に挙げられており、Google自体が、そのためのロビイストを雇うにまで至っている。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052702304584004576420201707481380.html?mod=WSJ_Tech_LEFTTopNews">Google Hires 12 Lobbying Firms Amid FTC Probe</a><br />
【Wall Street Journal: July 1, 2011】</p>

<p>いうまでもなく、Facebookはこの数年の間ずっとPrivacyの確保という公共政策的課題を抱えている。</p>

<p>以上を見ると、ソーシャルネットワークがウェブの中心的話題となる「第二幕」においては、「ソーシャルネットワーク」についての様々な動きの中で、本当のところ、何が検討されているのか、設計されているのか、そのことに関心を持つ必要性が高まったと言えるだろう。単に、ソーシャルゲームは買いだなどというレベルの話ではないわけだ。</p>

<p>ともあれ、この6月末になって、突然、いろいろと動き出したように思える。第二幕の今後の進行が楽しみだ。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Google、Hulu獲得に乗り出す？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000932.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.932</id>

    <published>2011-07-03T01:13:22Z</published>
    <updated>2011-07-03T01:13:57Z</updated>

    <summary>売りに出されるHuluの獲得に名乗りを挙げる会社として、予想通り、Googleの名も聞かれるようになった。 Google may be po...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>売りに出されるHuluの獲得に名乗りを挙げる会社として、予想通り、Googleの名も聞かれるようになった。</p>

<p><a href="http://www.latimes.com/business/la-fi-ct-google-hulu-20110702,0,1828073.story">Google may be poised to bid for Hulu</a><br />
【Los Angels Times: July 2, 2011】</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052702303763404576420052696869570.html?mod=WSJ_Tech_LEFTTopNews">Google, Among Others, Considering Bid for Hulu</a><br />
【Wall Street Journal: July 1, 2011】</p>

<p>Googleにとってのメリットは、幾つかのテレビ映像の配信権の獲得と、YouTube用に配備中のブロードバンド網の活用方法の獲得、というところにあるようだ。</p>

<p>前者の配信権獲得についてはYahoo!等、他の（ポータル系）サイトの関心を集めるところだが、むしろ、後者のブロードバンド網の使途の確保というところがGoogleにとっての意思決定には大きな影響を及ぼすように思える。インフラの保有は多大なリスクを伴うからだ。もっとも、Googleがどの程度本当にインフラの部分に関わっているのかにもよる。また、インフラといっても光ファイバのような導線に関心があるのか、それともYouTube等の動画配信のための効率的なサーバー配備を目指しているのかにもよる。</p>

<p>ともあれ、このコンテントの獲得とインフラの配備の調整・協調を見ていると、十数年前に同じことを行っていた衛星放送のことを思い出す。衛星の場合も最終的にはインフラ側の、衛星保有企業が全体の方向性を決めた。</p>

<p>同様の事態が起こると想定すれば、インフラと端末（Android Phone/Tablet）に関与しているGoogleの「本気度」はとても高いことになるが、さてどうなるのか。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Huluは誰のものになるのか</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000931.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.931</id>

    <published>2011-06-24T08:49:18Z</published>
    <updated>2011-06-24T08:50:13Z</updated>

    <summary>テレビ番組配信サイトであるHuluが売りに出されるようだ。 Website Hulu Considers Sale 【Wall Street...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>テレビ番組配信サイトであるHuluが売りに出されるようだ。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052702303936704576400133483416612.html">Website Hulu Considers Sale</a><br />
【Wall Street Journal: June 22, 2011】</p>

<p>目下のところの株主は、メディアコングロマリットであるNews Corp、Disney、PEファームのProvidence、それに先日Comcastに買収されたNBC Universalであり、今回の売り出しによって、この少しばかり複雑な株主構成をシンプルに出来るのではないかといわれている。</p>

<p>もっとも、News CorpはFox、DisneyはABC、NBCUはいうまでもなくNBC、と、地上波テレビの四大ネットワークのうちの三社が株主として参加することでテレビ番組の配信契約が比較的容易に結ばれ、実際に地上波で流されていたテレビ番組をウェブ上で配信できた経緯もある。</p>

<p>比較的容易に、というのは、当然ながら、Huluとそれぞれのメディア会社が必ずしも協調してビジネスを進めてこれたわけでもないからだ。同一コンテントをテレビで見るかウェブで見るかというのは、結局のところ、ゼロサムゲームになるためだ。今回、Huluが売りに出されるのも、ちょうどコンテントの配信契約の見直しがなされるタイミングにあるから、というのもあるようだ。また、ケーブルテレビオペレーター最大手のComcastがNBCUを傘下に収めたことで、反トラスト法的関心を呼ぶことになる。</p>

<p>そのような経緯から、今回、Huluが売りに出される、というか、正確に言うと、Huluの経営陣が新たな資本家を求めたことになる。</p>

<p>（難しいのは、配信契約というアドバンテージがなければ、Huluもただの映像配信サイトに過ぎなくなるところだ）。</p>

<p><br />
ということで、当然、買い手は誰か？という推測が飛び交うことになる。</p>

<p><a href="http://blogs.wsj.com/deals/2011/06/22/who-might-buy-hulu-let-the-guessing-begin/">Who Might Buy Hulu? Let the Guessing Begin!</a><br />
【Wall Street Journal: June 22, 2011】</p>

<p>Yahoo!、eBay、Microsoft、というウェブ系の常連の名前に加えて、おそらくはHuluの最大の競合であるNetflixによってDVDやビデオのセールスに影響が出てきたWalmartの名前も挙がっている。</p>

<p>その中で、Googleに買収されるのを期待するのが以下の記事。</p>

<p><a href="http://www.slate.com/id/2297498/pagenum/all/">Goolu</a><br />
【Slate: June 23, 2011】</p>

<p>Netflixのカウンターパートを作るのが、結果的に映像制作セクター≒ハリウッドにも得策である、という意見となる。</p>

<p>面白いのは、他の可能性のある買収先へのコメントで、たとえばYahoo!が買うとスタータップはどれもダメになるであるとか、Appleではまたもやプロプライエタリネットワークに囲われてしまうであるとか、なかなか辛辣だ。</p>

<p>その上で、Googleがよいのは、やはりウェブ上の広告の商流を最も強く手に入れているところだ。いわゆるディスプレイ広告についてもGoogleの売上は上がってきている。</p>

<p>とはいえ、この話は、最終的には映像制作会社、つまりはハリウッド側の意向が大きく影響する。DVDや、最近であればBlurayのようなパッケージ販売のルールをいつまで残すのか、また、衛星やケーブルによる多チャンネル放送において各国で作ってしまった流通契約上の窓口会社をどうするか、さらには、パッケージでも放送でも既に導入してしまっている「リージョン・コード」をどうするのか、等の、既存システムの扱いが浮上するからだ。</p>

<p>少なくとも活字文化の方では、リージョンの存在はほとんど関係なく、ニュースサイトであれば契約すれば、NYTでもWSJでも読むことができる。AmazonのKindleで購入すればほぼリージョンは関係なく電子本は購入できる。ほぼ、というのは、稀に、たとえば、Asia-Pacificでは購入できないKindleの電子本があるからだ。もちろん、物理的な本を購入するのであれば、そのようなリージョンによる制約はない。基本的には在庫があるかないかだけが障害になるくらいだ。</p>

<p>そのようなテキスト文化財の世界的な流通性に比べれば、映像の流通は、もともとその流通の上で様々なインフラや機器が必要だったため、簡単にはいかない。つまり、映像配信の本流は、いまだに一つの世界市場ではなく、分割された地域市場の集積として扱われている。</p>

<p>その意味では、HuluでもNetflixでもGoogleでもAmazonでもいいから、そのような映像の世界市場を構想できる会社が出てくることが一番業界的にはインパクトがあるだろう。そして、その点では、もしかしたらAppleのSteve Jobsが最もboldな試みを映像においても行うのかもしれない。マーケットのルールを変える、という点では、Jobsの行動力には注目したいところではあるが。</p>

<p>なんにせよ、Huluが曲がり角にあることだけは間違いないようだ。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>iCloudはcloudなのだろうか</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000930.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.930</id>

    <published>2011-06-08T01:10:19Z</published>
    <updated>2011-06-08T12:16:40Z</updated>

    <summary>Appleのスティーブ・ジョブズが、AppleのクラウドサービスであるiCloudを発表し、「ポストPC時代」の到来を言祝いだ。 Apple...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>Appleのスティーブ・ジョブズが、AppleのクラウドサービスであるiCloudを発表し、「ポストPC時代」の到来を言祝いだ。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2011/06/07/technology/07apple.html?ref=technology">Apple Unveils ‘Cloud’ Music and Storage Service</a><br />
【New York Times: June 6, 2011】</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052702304474804576369572596840588.html?mod=WSJ_Tech_LEFTTopNews">Apple Opens Locker for Songs</a><br />
【Wall Street Journal: June 6, 2011】</p>

<p>具体的には実際の商品を手にとってみないことにはなんともいえないところはあるのだが、しかし、ジョブズらのプレゼンテーション（Apple.comで見られる）を見た印象は、Appleはとことん「利用者経験」に照準した会社だということだった。</p>

<p>日頃はWindows PCを使っている立場から気になったのは主に以下の二点：</p>

<p>● iCloudを設定することで、（Windows PC上の）iTunesを経由しなくても、Appleのサービスを享受できる。</p>

<p>● iCloudを経由することで、従来のPCに相当するデバイスのインターフェースデザインを、たとえば、iPhoneやiPadのような、タッチパネル式のスワイプ型へと変更することが容易になる。</p>

<p>前者は、要するに「母艦」としてのPCを必要としないということ。Macを使っていないPCユーザーからすると、iPhoneとの相性を考えるとPCとは別にMacも持っておいたほうがいいのでは、と思わせるところがあるのだが、同時にタブレットとしてのiPadにも関心がある。となるとMacが中途半端な買い物になるように思えていたわけだが、iCloudによる母艦外しはそのようなWindows ユーザーの懸念を払拭してくれそうだ。</p>

<p>このように母艦としてのMac、という見方を捨てさせて、その上でMacをiCloud端末の一つとして再定義する、というのが二番目のユーザーインターフェースの「i シリーズ」での一本化、ということに繋がる。</p>

<p>これはある意味で、Appleが導入に手をつけた「GUI＋マウス」というユーザーインターフェースが、Windows で流用されることで一般化したのを、改めてひっくり返すような動きともいえる。タッチパネルベースで実現した「操作性」を、改めてキーボード付きの個人向けデバイスに当てはめることで、端末としての「ポストPC」を実現する動きと見ることができる。</p>

<p>つまり、技術の進展によって新たに可能となった「インターフェース」技術をに最大限に活用することで、日々利用する「道具」としてコンピューティングのあり方を変容させようとする動き、ということだ。</p>

<p>これは、確かにハードからソフトまで一体化して設計しないことには実行が難しいという点で、とてもAppleらしい動きだ。同じことが果たしてWindows PCで行えるのかどうか。むしろ、Windows PCのメーカーが、iCloud以後の状況をどう見るのかはとても気になるところだ。</p>

<p>（さらにいえば、AppleがiTunesをはじめとしてメディア体験に照準していることを踏まえると、Windowsだけでなく家電におけるリモコンのあり方もそろそろ本気で見直さないといけないのではないだろうか）。</p>

<p>このように、iCloudは確かに個人におけるコンピュータの利用経験を大きく変えるメルクマールとなる出来事のように思える。ただ、その一方で気になるのは、果たしてこれはcloudなのか、という点だ。</p>

<p>Cloudという言葉には、それが空に浮かぶ「雲」を意味することから、漠然とインターネットのオープンで分散的なイメージが伴うように思う。それと比べると、このiCloudはCloudというよりは、Apple用の「ネットワーク」、メディア業界でよく言われる”Walled Garden（壁で囲われた庭）”の様に見えるところがある。この「オープンでない」ところはiPhoneでアプリが登場した頃からいわれていたことだ。ただ、今までは、アプリ・デベロッパーの囲い込みを意味していたのが、iCloud以後はむしろユーザーの囲い込みを意味するように思えるところだ。</p>

<p>もちろん、Cloudをいう概念を実践しようとすると、大なり小なり「囲い込み」的な動きに見えてしまうのかもしれない。だから、この点は、iCloudの動きを受けて、エリック・シュミット言うところの”Gang of Four"の、Appleを除いた残りの三者、つまり、Google、Amazon、Facebookの三者がどのような「クラウド」を具体化してくれるかによるのだと思う。</p>

<p>ただ、iCloudの第一印象は、これがウェブベースのサービスというよりは、イメージとしては、PCかスマフォかを問わずデバイスフリーでアクセスできるようにしたある会社の企業内ネットワーク、を見ているような「クローズドネス」を感じさせるところがある。</p>

<p>そして、おそらくは、そのような方向への動きが加速するように思うからこそ、Appleの囲い込み――というか、iPhoneに端を発したモバイル／タブレットにおける囲い込み的傾向に抵抗する動きも生じてくる。</p>

<p>その意味で、iCloudの発表当日に、iPhoneをバイパスするために、HTML5を活用し（ブラウザ上でアクセス可能な）アプリライクなウェブサイトを発表したFinancial Timesの動きは注目に価するだろう。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2011/06/08/technology/08ftapp.html?_r=1&ref=technology">Financial Times Introduces Web App in Effort to Bypass Apple</a><br />
【New York Times: June 7, 2011】</p>

<p>Appleの仲介によって利用者＝購読者のデータへのアクセスに制限がつくだけでなく、購読者に対してマルチプラットフォームでのデジタル版FTへのアクセスの価格付けをできないという点で購読者の利便性も損ねてしまう、ということからのようだ。</p>

<p>（ニュースサイトについては、ウェブサイトでの購読契約とモバイル／タブレットでの購読契約が別立ての料金プランであることが多い。しかし、利用者からすると、デバイスごとに分かれる契約のあり方が奇異に映るときもある）。</p>

<p>この他、FTはAppleがますます独立系のアップ開発企業に制約をもたらすようになる、という見方も伝えている。</p>

<p><a href="http://www.ft.com/intl/cms/s/2/dfddde4a-9119-11e0-acfd-00144feab49a.html#axzz1OdTtSMz3">App developers caught in iCloud storm</a><br />
【Financial Times: June 6, 2011】</p>

<p>FTがイギリスのニュース会社であることも、Appleに対する温度差の違いなのかもしれない。FTのような具体的な動きがどの程度出てくるかは気になるところだ。</p>

<p><br />
*</p>

<p>ともあれ、Appleの動きがここまで強大になるとは、10年前は思いもよらなかった。ジョブズのカリスマ性というか執念に改めて驚かされる。</p>

<p>これは『ウェブ×ソーシャル×アメリカ』（講談社現代新書）で詳しく書いたことだが、スティーブ・ジョブズはカウンターカルチャーの洗礼を受けた人物で、もともと何事に対しても「対抗／抵抗」することに意味を見出すタイプの人物だった。その心的傾向に加えて、事実としてAppleから一度追い出されたり、あるいは、自分たちが導入したGUIなどのインターフェースをWindowsでコピーされたり（これは一時期裁判でも争われた）と、ビジネスの現場でも「反骨」こそが大事だと実感する機会が多くあったのだろう。</p>

<p>そして、その対抗心や反骨心を、コンピューティングにおけるユーザー経験を向上させるところに注力してきたからこそ、多くの信奉者を生み出し、実際に商品も売れていった。その結果が、2011年時点での圧倒的存在感に繋がっている。</p>

<p>そのような存在感、ある意味で業界のナンバーワン企業、リーディングカンパニーとしての地位を確保したからこそ感じるのだが、その反骨精神をどの時点でナンバーワンであることと折り合いをつけるのかが気になってしまう。折り合いをつける気は全くないという結論の可能性も含めてだ。</p>

<p>ジョブズの反骨精神がユーザー経験における継続的革新の実現に繋がることで、Appleは今の地位にまで上り詰めた。だからこそ、この企業がこの先どうなるのか、はとても気になる。</p>

<p>ジョブズの継承者は一体何を継承するのだろうか。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>LinkedInがIPOを完了</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000929.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.929</id>

    <published>2011-05-20T00:03:37Z</published>
    <updated>2011-05-20T00:04:42Z</updated>

    <summary>LinkedInがNYSEに上場した。幸い市場からは好意的に受け止められ、売出価格のおよそ倍の価格で初日の取引を終えたようだ。 Linked...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>LinkedInがNYSEに上場した。幸い市場からは好意的に受け止められ、売出価格のおよそ倍の価格で初日の取引を終えたようだ。</p>

<p><a href="http://www.businessweek.com/news/2011-05-19/linkedin-surges-in-first-day-of-trading-after-share-sale.html">LinkedIn Surges in First Day of Trading After Share Sale</a><br />
【Bloomberg BusiessWeek: May 19, 2011】</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748704816604576333132239509622.html?mod=WSJ_Tech_LEADTop">LinkedIn Shares Soar After IPO</a><br />
【Wall Street Journal: May 19, 2011】</p>

<p><a href="http://dealbook.nytimes.com/2011/05/19/linkedin-soars-in-i-p-o/?ref=technology">LinkedIn Soars in Debut</a><br />
【New York Times: May 19, 2011】</p>

<p><a href="http://www.ft.com/intl/cms/s/0/0b2f605a-8224-11e0-a063-00144feabdc0.html#axzz1MqJvVSDw">LinkedIn stock soars after IPO</a><br />
【Financial Times: May 19, 2011】</p>

<p>784万株を一株45ドルで売り出したところ、順調に取引価格は122ドルまであがり、おおよそ90ドルあたりで取引を終えたとのこと。</p>

<p>上のBWの記事によれば、仮に一株100ドルで換算すると企業価値は94億ドルとなり、2011年に想定される売上（第一四半期の売上が残りの３四半期でも堅持されるとする推定）に対して25倍の規模になる。65ドル前後での取引を想定していた市場関係者からすると、100ドルは予想以上の高値であったようだ。</p>

<p>もちろん、上場直後の高揚感はIPOでは当たり前といえば当たり前だが、Facebookの株式の未上場市場での高値も話題になっているように、既に往時のインターネットバブルの再来を指摘（懸念？）する声も聞かれる。</p>

<p>何にせよ、久方ぶりのウェブ企業のIPO、それも注目を集めるSNSの一社であるLinkedInのIPOが好調なスタートを切ったことから、今後想定される、FacebookやTwitterのIPOにも否が応にも関心が集まることになりそうだ。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>新世代IT経営者として注目を集めるSheryl Sandberg</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000928.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.928</id>

    <published>2011-05-19T03:19:56Z</published>
    <updated>2011-05-19T03:20:25Z</updated>

    <summary>FacebookのCOOであるSheryl Sandbergを特集したBusinessWeekのカバーストーリー。 Why Facebook...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>FacebookのCOOであるSheryl Sandbergを特集したBusinessWeekのカバーストーリー。</p>

<p><a href="http://www.businessweek.com/magazine/content/11_21/b4229050473695.htm">Why Facebook Needs Sheryl Sandberg</a><br />
【Bloomberg BusinessWeeek: May 12, 2011】</p>

<p>Sandbergについては、拙著『ウェブ×ソーシャル×アメリカ』の6章や7章で触れてもいるが、上の記事から彼女の略歴として新たに気づいたことは、世界銀行に務める時もLawrence Summersの推薦というか引きがあったというところ。だとすると、Sandbergは当初からSummersのprotégé（秘蔵っ子、一番弟子）であったということ。世界銀行、HBS、財務省、Google、Facebook、という彼女のステップアップの中でSummersは相応の役割を果たしたということなのだろう。ある意味で、とてもアメリカらしい話。</p>

<p>もちろん、Sandberg自身のポテンシャルが高かったことがSummersの目に止まったからだと思うが、その一方で、そうして得られたチャンスを活かして今の地位に至ったわけで、それがとてもアメリカっぽい。確かZuckerbergとの出会いにはダボス会議での遭遇があったはずだけど、それもSummersなり財務省なりのネットワークがあったこととも繋がるのかもしれない。</p>

<p>Sandbergのマネジメント手法は記事の方を見てもらうことにして、ここでは記事の後半にあるように、彼女が今後のITなりウェブ業界を先導する経営者の一人として注目を集めていることに触れておきたい。</p>

<p>一つには、「女性の経営者」としての役割で、この点ではMeg Whitman（元eBay CEO）やCarly Fiorina（元HP CEO）の後続として位置づけられているところ。いわゆる「女性の社会進出」という文脈での位置づけで、Sandberg自身は、自分の成功経験やそのための条件を講演会を通じて語り、それを通じて、いかに女性が経営者として成功することがまだまだ稀なことであるかも同時に訴えている。たとえば、TEDでもそのような講演をしている。</p>

<p><a href="http://www.ted.com/talks/sheryl_sandberg_why_we_have_too_few_women_leaders.html">Sheryl Sandberg: Why we have too few women leaders</a></p>

<p>また、リーダーシップについての講演も海軍兵学校（United States Naval Academy：いわゆる「アナポリス」）で行っている（たとえば<a href="http://www.youtube.com/watch?v=YEu-L1St6h0">ここ</a>）。</p>

<p>ここから想像できることは、Sandbergの、Facebook後の次のステップとして、再び政府入りすることもありえるし、自ら選挙に出て公職に就くこともあり得る、ということだ。その究極的なゴールには「女性初の大統領」というものもありえるだろう。もちろん、そのためにくぐるべきステップは多々あるし、そもそも本人がそこまでの地位を望まないかも知れない。ただ、アメリカ社会（というかアメリカの世間）がSandbergを見る目の中には、そのような期待も出始めてきている、ということだと思う。このことは気にかけておいてもいいことだと思う。</p>

<p>いずれにしても、発言の一つ一つに注目が集まる経営者の一人としてSandbergが認識されたことは間違いない。そして、彼女に企業だけでなく社会のリーダーとしての期待が集まり始めていることもおそらく間違いないだろう。今後の彼女の活動の広がりに注目し続けたいと思う。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>MicrosoftによるSkype買収の行方</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000927.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.927</id>

    <published>2011-05-12T14:21:05Z</published>
    <updated>2011-05-12T14:22:54Z</updated>

    <summary>噂通り、Microsoftが85億ドルでSkypeを買収することが公表された。 Microsoft Dials Up Change 【Wal...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>噂通り、Microsoftが85億ドルでSkypeを買収することが公表された。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748703730804576314854222820260.html?mod=WSJ_hp_LEFTTopStories">Microsoft Dials Up Change</a><br />
【Wall Street Journal: May 11, 2011】</p>

<p><a href="http://dealbook.nytimes.com/2011/05/10/microsoft-to-buy-skype-for-8-5-billion/?ref=technology">Microsoft to Buy Skype for $8.5 Billion</a><br />
【New York Times: May 10, 2011】</p>

<p><a href="http://www.ft.com/cms/s/2/9461dbb4-7ab8-11e0-8762-00144feabdc0.html#axzz1M0MD4i00">Microsoft in $8.5bn Skype gamble</a><br />
【Financial Times: May 10, 2011】</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2011/05/11/technology/11skype.html?_r=1&ref=technology">For Microsoft, Skype Opens Vast New Market in Telecom</a><br />
【New York Times: May 10, 2011】</p>

<p><a href="http://www.ft.com/cms/s/0/202a2290-7bf5-11e0-9b16-00144feabdc0.html#axzz1M0MD4i00">Microsoft must simplify for speed</a><br />
【Financial Times: May 11, 2011】</p>

<p>Skypeは世界中で毎月1億7000万人のユーザーが平均100分以上りようしているという。最近では単なる音声通話だけでなく、ビデオも併用することが増えている。</p>

<p>VoIPはもう5、6年ぐらい前から国際通話で利用されることが多かった。空港の出発ロビーで、パソコンにヘッドファンとマイクをつけて通話している姿を見かけたものだった。それが今では、すっかり日常に溶け込みつつある、ということになる。</p>

<p>「Skype会議だん」という言葉をTwitter上で最近見かけるように単なる通話ではなく会議のような複数の人々による通話も増えている。あるいは、アメリカのテレビ報道を見ていると、中継方法としてSkypeによる映像付きインタビューを行うのも普通に見られるようになった。</p>

<p>いわゆる電話の高度化、マルチメディア化は、Skype＋PCを通じて必要とするユーザーを通じて進められてきた、というのがここのところの実態で、そのトレンドをMicrosoftががっちり取り込もうとした、というのが今回の買収ということになる。</p>

<p>メール、チャット、Twitter、等々、インターネット上では既に多様なコミュニケーションの方法があり、ユーザーはそうした「多様なコミュニケーション形態」に慣れることで、たとえば、チャットの経験を通話経験に転用しようというような、あるコミュニケーション形態で当たり前になった経験を、他のコミュニケーション形態にも適用することを普通に考える。そのような思いつきに応えることでアプリケーションの開発が進んでいく。</p>

<p>もっとも、コミュニケーション形態の多様化の支援というのは、Facebookのようなソーシャル・ネットワークのサービスの本質でもある。どんな手段であれ、登録ユーザーの間の「ソーシャル・ネットワーク＝社交」機会を増やすことがFacebookらのサービスの目的だ。だから、今回のSkype買収はMicrosoftなりのソーシャル・ネットワークへの一里塚の確保といっていいのだろう。もっとも85億ドルによる買収が経営戦略上妥当なのかどうかについては投資家を中心に疑問も出ている（MSのCEOのバルマーに対する風あたりも強くなっているようだ）。</p>

<p>Skypeは以前eBayに買収された。その時の想定ではオークション時のコミュニケーションの支援に役立つというものだったが、どうも想定通りには使われず、結局、スピンオフされた。そのようなサプライヤーの側の都合でのコミュニケーション支援よりも、VoIPの当初の目的通り、コストの安い電話方法であるという性格からユーザー数を増やしていった。つまり、利用者からの、消費者からの、ボトムアップの利用意向に応じてサービスの具体化を図るほうが、この手の基本機能サービスとしては適切な対応方法になりつつあるということだろう。そして、Microsoftもそうした基本機能として、PCやスマフォやゲーム機に搭載していくことになるのだと思う。</p>

<p>しかし、それにしても、インターネットないしソーシャルネットワーク分野での、Microsoftの起死回生の策が、まさかVoIPに向かうとは思っていなかった。それこそ90年代によく聞かれたマルチメディア市場を制するのは誰か、という問いに対しては、PC事業者に加えて、電話、ゲーム、家電、が名を連ねていた。当時から、インターネットベースの通話サービスは大幅なコストダウンが可能で、インターネットのキラーアプリと言われていた。そうしたシナリオが10年代に入ってようやく現実化してきた、ということかもしれない。</p>

<p>また、日本であれば先日の311の地震時に経験されたように、既存の電話網は急激なトラフィック増に対応できず「つながらない」状態が生じる。簡単に電話ができる携帯電話の普及からそのような機会も実体験も増えてきた。インターネット経由というのはそのような際の迂回路の一つになりうる。これも震災時に経験されたことであった（もちろん、その一方で、インターネットは電源の確保という問題もあるの確かだが）。</p>

<p>つまり、単にコストだけでなく、ネットワークトラフィックの扱い、という点でも考慮対象になる状況が利用者側にもできつつある、ということだろう。</p>

<p>もちろん、SkypeのようなVoIP企業に対する既存電話事業者の風あたりが強いのは想像に難くない。現状では、携帯電話会社と組まないことには実質的に通話サービスが提供できないスマフォ市場ではとりわけデリケートなものだ。とはいえ、アメリカでは、主に反トラスト法の観点から、VoIPアプリをスマフォが拒絶するのはNGだ。であれば、ここから先は、携帯電話会社による無線データ網の配備と、Wi-Fiのようなインターネット網配備のどちらが広がっていくのが速いのか、ということに掛かってきそうだ。</p>

<p>タブレットコンピュータでは、3GとWi-Fiのデュアル装備とWi-Fiのみの場合、最近ではWi-Fiのみのものが好まれるという傾向もあるようだが、このあたりも、ユーザーの利用意向（端末は必ずしも一つではないという事実など）や行動様式が鍵を握るところのようだ。</p>

<p>今後は、MicrosoftがSkypeをどう扱うのかにまずは注目していきたい。戦略や戦術によっては、Skypeの成長を減速させることもありえるからだ。</p>

<p>なにはともあれ、シンプルだが、久しぶりの、わかりやすい大型買収であったことは間違いない。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Intel、3Dチップ投入でムーアの法則を堅持する</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000926.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.926</id>

    <published>2011-05-05T01:21:12Z</published>
    <updated>2011-05-05T08:47:43Z</updated>

    <summary>Intelが従来のCPUチップの設計方法を革新する3Dチップを公表した。現行のチップ（2D）の設計方法が1959年以来基本的には変わらなかっ...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>Intelが従来のCPUチップの設計方法を革新する3Dチップを公表した。現行のチップ（2D）の設計方法が1959年以来基本的には変わらなかったことを踏まえると、50年ぶりの設計思想の変化ということになる。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2011/05/05/science/05chip.html?_r=1&ref=technology">Intel Increases Transistor Speed by Building Upward</a><br />
【New York Times: May 4, 2011】</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748703937104576303180600624322.html?KEYWORDS=Intel">Intel, Seeking Edge on Rivals, Rethinks Its Building Blocks</a><br />
【Wall Street Journal: May 5, 2011】</p>

<p><a href="http://www.ft.com/cms/s/2/788fc624-7664-11e0-b05b-00144feabdc0.html#axzz1LSwCBRsF">Intel claims 3D chip revolution</a><br />
【Financial Times: May 5, 2011】</p>

<p>実は、最初に3Dチップと聞いたときは、流行りの3D映像処理用のチップを開発したのかと思い、見過ごしていたのだが、よく見ると、50年ぶりの開発方法の変更、ということで驚いた。</p>

<p>Intelによれば、2Dから3Dへと移行することでチップに搭載できるトランジスタの数を増やすことができ、CPUの速度を増すことができる。これにより、有名なムーアの法則、つまり、おおよそ二年ごとにCPUの速度が二倍になる、という法則が継続されることになる。</p>

<p>もともとムーアの法則は、Intelの創始者の一人であるゴードン・ムーアが1965年に提唱したもので、当時は10年後の75年までを見通してのものだった。それが今でも適用できるということは、むしろ、過去40年間に亘り、ムーアの法則をまさに「法則」たらんとして、技術開発が進めれられきたということになる。これはこれでとても興味深い現象だと思う。</p>

<p>つまり、ムーアの法則は、人間の開発力も含めてのものだから、それを維持しようと思えば、人間が開発努力を続けるしかない。いわば自縄自縛の状態にあるわけだが、この「ムーアの縛り」が、むしろ、Intelをはじめとした半導体関連会社での技術革新を促してきたわけだから。</p>

<p>よくよく考えれば、イノベーションという言葉がマネジメントのテーマとして喧伝されるように成った背景の一つには、いわゆるIT革命があり、そのIT革命を支える、基幹の技術革新がCPUの速度の向上ということだった。CPUの速度が増し、記憶容量コストが劇的に下がると見通せるからこそ、新たなソフトウェアの開発が進められてきた。つまり、ムーアの法則が信じられるからこそ、今日のイノベーション志向のマネジメントの信憑性が増してきた。</p>

<p>要するに、ムーアの法則はイノベーションの神話を支える土台として機能してきた。</p>

<p>だからこそ、ムーアの法則の総本山であるIntelは、その法則の堅持に必死になった。</p>

<p>今回の3D化は、ざっと見た限りでは、今日的な（つまりムーアが想定していなかったとおぼしき）ナノテクを使っているように見えるのも、ムーアの法則の堅持こそが目標にあるからに思えてくる。このあたりは、実に興味深い。</p>

<p>この3Dチップは使用電力の点でもより省エネタイプのものになるという。これも今日的要請の一つだろう。とりわけ、311後の計画停電で情報機器の電源確保の問題がクローズアップされたことを踏まえると、こちらも興味深い。</p>

<p>ソフトウェアの分野は、従来とは異なる、あっと言わせるようなアプリケーションの開発が中心で、その分、衆目を集めやすい。それに比べれば、チップ開発というのは、それが基幹部品でもあっても、地味で目立たない。しかし、こうしたハードウェアの部分があるからこそソフトウェアの世界も成立しうる、というのが、311を通じて再確認させられたことだと思う。</p>

<p>50年ぶりの開発方法の革新によって、ムーアの精神は保持しながら、現在利用可能な技術を駆使しながら、現代の社会的要請にも応えていく。いわば、ゴードン・ムーアの「法則」が、松下幸之助の水道哲学よろしく、Intelのモットーとなっているわけだ。だからこそ、前社長のアンディ・グローブの言うとおり、「（常に自らを破壊して未来を先取りしようとする）パラノイアだけが生き残る」ことができる。</p>

<p>今回のIntelの公表は、一見地味だが、その含意は当初想定した以上に深いといえる。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>cloud-fundingによる株式発行が解禁か？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000924.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.924</id>

    <published>2011-04-09T07:07:27Z</published>
    <updated>2011-04-10T01:07:36Z</updated>

    <summary>SEC（アメリカ証券取引委員会）が、株式発行に当たって、クラウド・ファンディングを可能とする方向で、法改正を検討し始めているというWSJの記...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>SEC（アメリカ証券取引委員会）が、株式発行に当たって、クラウド・ファンディングを可能とする方向で、法改正を検討し始めているというWSJの記事。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748704843404576251160999848924.html?mod=WSJ_hp_LEFTWhatsNewsCollection">SEC Boots Up for Internet Age</a><br />
【Wall Street Journal: April 9, 2011】</p>

<p>もしも実現すれば、超小口の投資家が、比較的資本金の小さな会社の起業を直接支えることができるようになる。</p>

<p>クラウド・ファンディングについては、たとえば、Kickstarterのようなサイトで、主にはある活動を行うのにお金を必要とする個人が支援を呼びかけることで一般化してきた。ただし、そこでのファンドレイジングは株式取得ではなく、いわば一種の寄付のような形でお金を集める仕組みを動かしていた。実は、寄付というのも適切ではなく、Kickstarterの場合はファンドレイジングの直接の対象とした行動に関連した何かを資金拠出者に用意する、等の形で、一種の販売行為として対処してきた。</p>

<p>しかし、言うまでもなく、ウェブを通じて広く薄く資金拠出を訴えることは、対象が会社の株式になれば、有価証券の取引になる。それを可能としようというのが、SECが考えていることのようだ。</p>

<p>今のところ、本件はWSJが伝えているくらいなので、この検討が本当に起こるのかどうかは、しばらく様子を見たほうがいいことだとは思う。</p>

<p>だが、もしも実現すれば、スモールビジネスの起業のあり方は随分変わることになる。また、同時に、個人が小口の株主として、スモールビジネスと関わることができるようになる。お金の回り方が大きく変わることになる。</p>

<p>まずは続報を待ちたいと思う。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>テレビ化に向かうYouTubeの意図</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000923.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.923</id>

    <published>2011-04-07T00:02:05Z</published>
    <updated>2011-04-07T00:04:52Z</updated>

    <summary>YouTubeが、テレビに模したチャンネル概念を中心に、サイトを再構成する計画が浮上してきているようだ。 YouTube Recasts f...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>YouTubeが、テレビに模したチャンネル概念を中心に、サイトを再構成する計画が浮上してきているようだ。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748704013604576247060940913104.html?mod=WSJ_hp_LEFTWhatsNewsCollection">YouTube Recasts for New Viewers</a><br />
【Wall Street Journal: April 6, 2011】</p>

<p>有料のプレミアムチャンネルも用意する予定で、このWSJのレポートによれば、YouTubeの再構成（リニューアル）は、今年中にはスタートする見込みとのこと。</p>

<p>ユーザーのアクセス数では先行者優位性から頭一つ抜け出た位置にあったYouTubeだが、ここのところ立て続けに起こっている、NetFlixやAmazonの映像・音楽コンテントでの新サービスの提供合戦の中で、単にユーザーからの投稿だけでは早晩アクセス数を誇れなくなると考えてのことだろう。</p>

<p>なによりも、視聴者（＝消費者）だけでなく、コンテントの制作者まで含めて、映像交換プラットフォームという「エコシステム」を構築していると考えるGoogle/YouTubeからすれば、制作者側にも映像を制作し投稿する動機付けと、一定の報酬が得られる仕組みを作ることは急務だと捉えいるのだと思う。そのため、プレミアムチャンネルのような形の、オリジナルの映像コンテントの提供にも力を入れようとしているのだろう。</p>

<p>この、コンテントへのシフトは、この手の映像配信プラットフォームであれば必ず一度は通過する過程なので、むしろ気になるのは、その過程をGoogleはどう乗り切るのかということだ（過去、Yahoo!やMySpaceなどがそうしたコンテントシフト＝メディア化をして、むしろ、ウェブとしては失速していることがあるため）。</p>

<p>たとえば、チャンネル概念を採用するのは、多くの利用者の中で映像体験といえばテレビ、という通念があるからだろう。また、テレビ受像機の方に一種のセットトップボックスのような機械（Google TVやApple TV等）を接続して、テレビモニターにインターネット経由の映像を映し出すことも試みられていることも増えている。</p>

<p>つまり、テレビ視聴体験の間に直接ウェブ的なものが割り込みをかけることが徐々に日常化してきていることの表れでもあるだろう。</p>

<p>とはいえ、ここで思い出しておきたいのは、YouTubeはもともと映像投稿サイトとして、つまり、映像を扱うソーシャル・ネットワークの一つとしてスタートしたという事実だ。最近では、もっぱら「映像」配信に注目が集まり、しかも、映像投稿が、ブログや他のソーシャルネットワークサービスに比べれば、熟練を要するものであるため、むしろセミプロユースのものになってしまった観があるが、もともとは間口の広いものとしてスタートしていたということだ。</p>

<p>そのことを踏まえれば、仮に「チャンネル」を一時は重視する方向に向かったとしても、それを出発点にすることで再度、映像を通じたユーザーのコミュニティ、というよりもクラスター、を順次、その都度創り上げていくところに力を入れてくるように思われる。</p>

<p>つまり、YouTubeのテレビ化は、ステップとして、将来の映像中心型のソーシャル・ネットワークを目指したものであるのだろう。FacebookやAmazonとは異なるパスを通りながらのソーシャル化といってもいいのだろう。</p>

<p>年内に一体、どのようなリニューアルを試みてくるのだろうか。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>ハッカージャーナリズムを問い直す</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000921.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.921</id>

    <published>2011-04-01T00:47:17Z</published>
    <updated>2011-04-01T00:47:50Z</updated>

    <summary>コロンビア大学のジャーナリズムスクールで発行される、Colunbia Journalism Reviewが、ハッカージャーナリズムを取り上げ...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>コロンビア大学のジャーナリズムスクールで発行される、Colunbia Journalism Reviewが、ハッカージャーナリズムを取り上げている。</p>

<p><a href="http://www.cjr.org/currents/the_hacker_off_the_couch.php">The Hacker, Off the Couch</a><br />
【Columbia Journalism Review: March / April 2011】</p>

<p>「ハッカー」も「ジャーナリズム」もともにその解釈の仕方は人それぞれと言ってもいいくらい多様な言葉なので、その組み合わせである「ハッカー・ジャーナリズム」の意味も、相当幅の広いグラデーションを持っていることだろう。そのように指摘した上で、ここでは、上のCJRの記事に従って捉えてみたい。</p>

<p>この記事はBrian Boyerという人物が行っていることに沿って、ハッカージャーナリズムについて記している。</p>

<p>Boyerは、もともとプログラマだったが、ある日、IT情報サイトであるBoing Boingでノースウェスタン大学のジャーナリズムスクールで、プログラマでジャーナリズムに関心がある人に奨学金を出す仕組みがあることを知り、そのプログラムにアプリケーションを出すことになる。</p>

<p>ノースウェスタン大学は、シカゴ大学と並ぶ中西部の名門私立大学で、日本では同校のビジネススクールであるケロッグ・ビジネススクールで有名だ。そして、BoyerがアプライしたMedill Schoolもジャーナリズムスクールの中では有名なところだ。</p>

<p>そのような伝統も名声もあるジャーナリズムスクールがプログラマに奨学金を出したのは、ウェブを活用したジャーナリズムのあり方を具体的に模索し開発するには、プログラマの知識が不可欠だと考えていたからだという。</p>

<p>（ちなみに、文中にもあるように、コロンビア大学でも、ジャーナリズムスクールとコンピューターサイエンスの二重学位（dual degree）プログラムが始まっているとのこと。アメリカの大学では、学際的な人材の育成には、このようにdual degreeを設置し、必要単位を調整し、個別にdegreeを取る場合よりも修業期間を短縮できるプログラムが利用される。）</p>

<p>さて、この記事で興味深いのは、Boyerが見つけた、ジャーナリズムの次の定義だ。</p>

<p>journalism as a way to inform people and help them better self-govern</p>

<p>つまり、ジャーナリズムとは「人々に知識や情報を与え、より良い自己統治≒自己判断を支援する方法」である、というものだ。要するに、普通の人々が、何らかの判断をする際に参考になる知識・情報を提供するという役割こそがジャーナリズムであるという見方だ。</p>

<p>このようなジャーナリズムの定義は、確かに、情報の流通を加速化させたウェブに適した見方であるし、そのようなウェブを実際に作りあげるプログラマ≒ハッカーが理解しやすい捉え方だ。</p>

<p>そして、このような「有用な情報の伝播」がジャーナリズムであるならば、必要なときに必要な情報にアクセスできる環境を作ることが大事になる。Boyerが応募したノースウェスタンのプログラムも、もともとはそのような、ある種の「生きたデータベース」を作ることであり、そのためには、ウェブの可能性を見いだせるような想像力をもった人材が、旧来のジャーナリズム側に存在しないという問題意識からのものだった。</p>

<p>標語的に言えば、文中にあるように、「（プログラムの）コードと（新聞の）リードが両方わかる人材」を求めていた、ということだ。</p>

<p>ここで興味深いのは、いわば「一面トップは大見出し！」のような新聞のレイアウトの部分から再検討しながら、つまり、ウェブの「誌面」の顔つきを具体的にプログラムする一方で、そのレイアウトに盛るべきリードを実際に考える、ということをしていることだ。</p>

<p>つまり、画布に描くか、彫刻を彫るか、ビデオアートにするか、というように土台となる枠組みを考えながら、同時に、そこでどのような表現を実際に込めるか、ということを考えることになる。</p>

<p>自由度の高い中で、ゼロベースで、どのような表現がどのような枠組みに適しているか、を考案していくことが、ウェブのジャーナリズムには求められることになる。</p>

<p>そのようなデザインが達成すべき目的として、Boyerが見出したのが、先述した、人々の自己統治を促す方法、というものだった。そして、自己統治、という以上、それは一種の規範性を帯びるものになる。その点は、記事の最後で、「より良いプログラムは一種の法になる」というBoyerの発言にも垣間見られる。</p>

<p>TwitterやFacebookの登場や、WikiLeaksのような存在がクローズアップされたのが2010年度の動きだった。</p>

<p>2011年度が始まる日に、そのようなウェブ上の情報流通基盤が、ジャーナリズムとどう関わり、どのような想像力の下で社会に一定の地位を築くようになったか。そのようなことを見直すのに調度良い見方をCSJの記事は与えてくれたように思う。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>ホワイトハウス前報道官、Facebook入りか？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000919.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.919</id>

    <published>2011-03-29T02:45:41Z</published>
    <updated>2011-03-29T09:40:08Z</updated>

    <summary>オバマ大統領のホワイトハウスで、Press Secretary（報道官）を務めていたRobert GibbsがFacebook入りする話が浮...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>オバマ大統領のホワイトハウスで、Press Secretary（報道官）を務めていたRobert GibbsがFacebook入りする話が浮上しているという。</p>

<p><a href="http://dealbook.nytimes.com/2011/03/27/facebook-may-hire-robert-gibbs-former-obama-aide/?src=dlbksb">Facebook May Hire Robert Gibbs, Former Obama Aide</a><br />
【New York Times: March 27, 2011】</p>

<p>現段階では公式の発表はないので、単なる噂のレベルだが、もしそのような方向に事態が動くと興味深いことが幾つか起こるように思われる。</p>

<p>Gibbsはシカゴ時代からのオバマ大統領の側近の一人で、先日Press Secretaryを退官したのも、もっぱら2012年の大統領選でのオバマ大統領の再選を目指してのものだといわれていた。</p>

<p>ここのところ、ホワイトハウスが主要スタッフの入替が続いている。Chief of Staff（首席補佐官）がRahm EmmanuelからWilliam Daleyに変更になった。Communications DirectorにはDavid Axelrod に代わってDavid Plouffeが就任した。</p>

<p>Emmanuelは先日、シカゴ市長に選出された。そのEmmanuelに代わってChief of Staffを引き継いだDaleyは長らくシカゴ市長を務めてきたDaley 家の一人だ。つまり、オバマの地盤としてのシカゴ、イリノイは、しっかりホワイトハウスに根づいている。</p>

<p>ちなみに、Daley自身はJ.P. Morgan出身のビジネス・エグゼクティブであり、ボーイングや製薬会社のボードメンバーも務めていた。下院で共和党が多数派を示す中、実業界との調整がどうしても必要になる中での抜擢と言われている。</p>

<p>一方、Axelrodは文字通り、2012年の大統領選に向けてシカゴに戻った。代わりにホワイトハウス入りしたPlouffeは2008年の選挙参謀の一人で、大統領選終了後に、むしろホワイトハウス入りしないことが不思議がられていた。そのまま、選挙のプロとして残ったPlouffeは2010年の中間選挙の民主党の参謀も務めていた。</p>

<p>こうした2012年の再選を目指した、ホワイトハウスのスタッフの入れ替えの中で、GibbsもPress Secretaryから退官した。そして、もっぱらGibbsもその再選チームに参加するものと思われていた。</p>

<p>そこでふって湧いたのが、Facebook入りの話だ。</p>

<p>上のNYTの記事によれば、Facebookでは、今までのホワイトハウス報道官の経験を活かして、Facebookの対外的なコミュニケーションを監督・実践して欲しい、ということのようだ。</p>

<p>これは実は面白い話だと思っている。というのも、Facebookは、全世界で6億人のユーザーを抱える巨大なバーチャル国家のようなもので、そこではただの企業としての経営だけでは間に合わなくなっているからだ。そのために、FacebookのNo.2であるCOOには、世界銀行や財務省での勤務経験のあるSheryl Sandbergが就任している。</p>

<p>（Facebookのバーチャル国家的様相については、拙著『ウェブ×ソーシャル×アメリカ』（講談社現代新書）の中で記しているので、関心のある方はそちらもご覧頂きたく。）</p>

<p>つまり、一つの国や政府のように、人々の日々のコミュニケーションのデリケートな案件（プライバシー等）について、ユーザーに説明したり、あるいは、外部の関係者・関係機関に説明をしつつ、賛同を得ることが求められることが、今のFacebookには必要になっているわけだが、そのような対外的なコミュニケーションの司令塔と実践を、実際に政府広報官を務めたGibbsに依頼したいという話だからだ。</p>

<p>むしろ、この話があまりにも説得性を持つがゆえに、噂レベルに過ぎないGibbsのFacebook入りが、ブログでも取りさたされるようになっている。</p>

<p><a href="http://www.vanityfair.com/online/daily/2011/03/facebook-to-hire-robert-gibbs-cell-phone-combatant.html">Facebook to Hire Robert Gibbs, Cell Phone Combatant?</a><br />
【Vanity Fair: March 28, 2011】</p>

<p><a href="http://www.politico.com/news/stories/0311/52074.html#ixzz1HvXr05NN">A well-tread path from D.C. to Silicon Valley</a><br />
【Politico: March 28, 2011】</p>

<p>単なる噂にとどまるのか、それとも実際にFacebook入りするのか、しないにしても、オバマ再選チームに加わるのか。</p>

<p>GibbsのようなPress Secretaryの去就にこれほど関心が集まるのも珍しい。もちろん、それは現在注目の的であるFacebookからの誘い、ということもあるのだろうが、そもそもその事実が、Press Secretaryに代表される、対外的なコミュニケーション、従来はPublic Relationsと言われたものの巧拙が、企業や組織の不沈に関わるものとなったことを表しているのだろう。</p>

<p>ウェブが遍在化した社会では、噂も風評も信頼も等しくウェブの情報頒布・流通回路に乗ってしまう。外部からどう見られるかは、それらの外部とのインタラクション抜きには考えられない。</p>

<p>Gibbsの一件は、そのような社会の中に私たちがいることを明らかにする、兆候的な出来事なのかもしれない。</p>

<p>*</p>

<p>追記：</p>

<p>Gibbsに限らず、FacebookのPublic PolicyやワシントンDCへの関わりは以下の記事が参考になる。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2011/03/29/technology/29facebook.html?smid=tw-nytimes&seid=auto">Facebook Prepares to Add Friends in Washington</a><br />
【New York Times: March 28, 2011】</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>欧米でインフレ化するスポーツコンテント</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000918.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.918</id>

    <published>2011-03-28T01:13:25Z</published>
    <updated>2011-03-28T01:14:58Z</updated>

    <summary>欧米を中心に、スポーツコンテントの放送権が今までに増して高騰している、という。 Television: Inflated assets 【F...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>欧米を中心に、スポーツコンテントの放送権が今までに増して高騰している、という。</p>

<p><a href="http://www.ft.com/cms/s/0/d2a693b2-5653-11e0-82aa-00144feab49a,dwp_uuid=9a36c1aa-3016-11da-ba9f-00000e2511c8.html#axzz1HqUEc5Rl">Television: Inflated assets</a><br />
【Financial Times: March 24, 2011】</p>

<p>ウェブやDVRの影響でタイムシフト視聴が当たり前になり、テレビ放送時のライブ視聴が回避されるようになったが、そのような中で、スポーツ中継における、勝敗の決する「今」は数少ないライブの価値を増すものだ、というのがその理由だ。</p>

<p>とはいえ、このロジックは、ウェブの登場以後、かれこれ10年余り言い続けられてきたことで、むしろ、それが事実としてすっかり定着してしまったことの方に改めて驚いた。</p>

<p>記事中にあるように、アメリカのスーパーボウルや、ヨーロッパのプロサッカーリーグの放送権が過去5年、ずっと上がり続けているという。しかも、買い手である放送事業者、ならびにその買値のコストを実際に払うことになる広告主となる一般企業からすると、スポーツの他に大量の視聴者、しかも広告主に取ってより意味のある、若い視聴者や可処分所得の高い視聴者へのアクセスを短期に大量に可能とするコンテントは、スポーツ以外に見当たらない、というのが定番の見方のようだ。そのため、放送権の購入コストが上がるのは、放送事業者からするとやむなきものという認識になっているという。記事中にあるように、これはポーカーゲームのようなものとなる。</p>

<p>記事のタイトルにある「インフレした資産」というのはそのような意味を持つ。</p>

<p>問題は、インフレした資産＝スポーツ放送権が、調整可能なインフレなのか、それともバブル化しているのか、というところだ。記事の最後は、後者の視点に立ち、テレビの脆弱性（fragile）に懸念を表明している。つまり、スポーツそのものへの関心が減る、関心は減らないが広告主にとって有意な視聴者数が減る、すなわち、可処分所得の高い人や若者の数が減る、などなど。</p>

<p>少なくとも映像視聴をテレビからウェブに誘導しようという動きは増えているのは、<a href="http://www.defermat.com/journal/2011/000912.php">前のエントリーでも紹介した</a>とおりだ。</p>

<p>たとえば、Google/YouTubeは現在、ハリウッドの「エージェンシー」と個別にインタビューを進めているという。</p>

<p><a href="http://www.ft.com/cms/s/2/d72f8d9a-589b-11e0-9b8a-00144feab49a.html#axzz1HqUEc5Rl">Hollywood makeover for YouTube</a><br />
【Financial Times: March 27, 2011】</p>

<p>ここではハリウッドが対象となっているから、エージェンシーのクライアントとしては俳優やシナリオライター、映画監督などが第一だと思うが、もちろん、ミュージシャン、アーティスト、そしてスポーツ選手も含まれる。そのような人の個人チャンネルをYouTube上で作っていこうというものだ。</p>

<p>これはTwitterやFacebookのようなソーシャルネットワークが、関心や興味のある人の事前登録を可能にし、その人達に向けてYouTube上での映像配信を告知することが容易になった結果でもある。</p>

<p>先日も、GoogleYouTube上で、Lady Gagaのインタビューを配信していた。公開インタビューはアメリカではよく行われるため、その中継ないし配信というのは一番わかりやすい、個人が行う情報発信のあり方だ。”Actors' Studio”と言う、映画俳優にインタビューを行う番組のようなものだ。</p>

<p>このように、現在は、テレビ的ライブ中継とウェブ的ライブ配信が同時並行で進んでいる。とはいえ、結局のところ、問われるのは人々＝視聴者がどちらを選ぶのか、ということになる。そして、その時の誘引がコンテントだけなのか、コンテントの周辺にあるユーティリティも含めてなのか、がポイントになる。つまりは、利用者のリテラシーをどこに置くかということだ。</p>

<p>いずれにしても、2011年になって映像配信の話題が以前にも増して増えているように思える。注意しておきたいと思う。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>ロフティヘッドの映像プラットフォームへ舵を切り返したウェブ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000912.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.912</id>

    <published>2011-03-23T02:39:05Z</published>
    <updated>2011-03-23T02:39:13Z</updated>

    <summary>Netflix、Hulu, AOL等が、ウェブ上で、ドラマなどオリジナルの映像作品を制作し配信する方向に動き出している。PC/ウェブだけでな...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>Netflix、Hulu, AOL等が、ウェブ上で、ドラマなどオリジナルの映像作品を制作し配信する方向に動き出している。PC/ウェブだけでなくタブレットでの視聴も見越してのことだという。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748703292304576212372568499988.html?mod=WSJ_Tech_LEFTTopNews">Web Shows Get Ambitious</a><br />
【Wall Street Journal: March 21, 2011】</p>

<p>たとえば、Netflixは、デヴィッド・フィンチャー監督でケビン・スペイシー主演ドラマの制作の契約を交わしたという。</p>

<p>随分前から言われているように、Netflixは今ではストリーミングによる映画視聴サイトであるから、ハリウッドを中心に権利所有者がNetflixでの配信をいっせいに引き上げれば、同社のウェブビデオサービスでの立場は一気に崩れてしまうからだ。実際、従来でれば、ケーブルテレビ経由で見られていた映画の多くは、当のケーブル会社が提供するインターネット接続サービスを通じてNetflixを視聴することでパイパスされ始めている。月額の定額制の導入でNetflixの方が圧倒的に価格競争力を持つからだ。加えて、視聴のためのハードもPCではなく、テレビのモニターを利用することも可能になってきた。フラットTVの大画面では映像の密度の高い映画やゲームの方が映えることも影響する。</p>

<p>そのような視聴環境の変化もあり、Netflixに限らず、Hulu、AOL、等も乗り出している。Huluはキーファー・サザーランド出演のドラマを作るという。このあたりは、むしろ、ハリウッドの制作体制が、現実的にはプロデューサー・システムであり、そのプロデューサーに知名度の高い（つまりオスカー受賞歴などのある）俳優も組まれいることも影響している。いい意味でタレントドリブンで制作を開始できる。契約条件も変えていくことができる。</p>

<p>ここでは名前が上がっていないが、映像配信については、もちろんAmazonの存在も捨ておけないだろう。</p>

<p>このような映像配信会社がいわば新たなケーブルテレビのようにプロダクションにアプローチしているのに対して、それらの動きをさらに俯瞰した上で、映像配信のメタなポジションを占めようとしているのがGoogleのようだ。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2011/03/21/business/media/21carr.html?ref=technology">The Evolving Mission of Google</a><br />
【New York Times: March 21, 2011】</p>

<p>一般的な印象では、YouTubeを持つGoogleは、先述のような「予め造りこまれた映像作品」だけでなく、より機動力のあるライブ性の高い映像の配信に力を入れようとしているように見える。それは「配信」ではなく、映像の「共有」、つまりは「ソーシャル」と呼ばれる特性の方に関心があるように思えるからだ。Googleの最大の資産は、ユーザーの利用、という理解も影響していると考えていいだろう。</p>

<p>とはいえ、さしあたっての動きは、NBA（バスケット）やNHL(アイスホッケー）の配信許可をそれぞれのリーグと交渉し、Lionsgateのようなプロダクションに映像作品のアーカイブの配信を依頼している。あるいは、1億ドルを用意して名のあるセレブリティに各人のチャンネルをYouTube上に作ってもらうように依頼している。その点では、むしろ、正当なメディア企業の動きに近い。</p>

<p>どうしてそのようなメディア企業の動きをしているかというと、Googleからすると、ウェブ上でコンテントが（金銭的な価値が低い＝安いという意味での）コモディティになってしまうと、Googleの収入源であるアドバタイジングも同様にコモディティになってしまい、それは長期的にはウェブのエコシステムに影響し、Googleの収益にも影響を与えるかもしれない。そのように考えているように思える。</p>

<p>この見方は興味深い。というのも、もっぱらGoogleというとロングテールの方に力を入れてきた企業であったように思えるが、この見方は、ロングテールよりもロフティヘッドの方にこそ、今はテコ入れをしないといけない段階になったということを意味すると思うからだ。</p>

<p>そうして、ウェブにも、ロフティヘッドを占めてきた、クオリティ・コンテントの制作と受容が行えるようにすることに力をいれる。そうして、既存のメディア制作の関係者たちが、ウェブへの移民をつつがなく行えるような仕組みを作る。そのための水先案内人として、メディアコンテントのウェブでの配信を試みているのだろうし、たとえば、Google One Passのような、コンテントの契約の仕組みもそのような動きの一つと見ていいだろう。</p>

<p>いずれにしても、先日発表されたNYTの有料化の動き等も含めて、当のメディア企業も、ウェブを21世紀の終の棲家としようとする動きが出始めていることも確かだろう。映像を含めてコンテント作品の受容拠点として、ウェブへのメディアの移民が始まったと思ってもいいのだと思う。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>App StoreはAppleの占有物なのか？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000914.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.914</id>

    <published>2011-03-22T10:07:02Z</published>
    <updated>2011-03-22T10:07:49Z</updated>

    <summary>Amazonが、Androidの上でApp Storeを開始した。 Amazon Opens an Android App Store 【N...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>Amazonが、Androidの上でApp Storeを開始した。</p>

<p><a href="http://bits.blogs.nytimes.com/2011/03/22/amazon-opens-an-android-app-store/?ref=technology">Amazon Opens an Android App Store</a><br />
【New York Times: March 22, 2010】</p>

<p>それに対して、Appleが”App Store"は同社のトレードマーク（商標）である理由から、AmazonがApp Storeを名のるをやめさせるように、裁判所に差止め（injunction）請求をしている。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748704139004576215392658777706.html?mod=WSJ_Tech_LEFTTopNews">Apple Sues Amazon Over Term 'App Store'</a><br />
【Wall Street Journal: March 22, 2010】</p>

<p>Amazonは正確には”Appstore"とスペース無しの一単語として導入しているようだが、そんな違いは音で聞いたらわからない。ということで、差止めを請求している。このあたりの、知財上（商標保護）のやり取りは、裁判所の判断等に任せることにしたいが、ユーザーの感覚としては、「アップストア」という言葉自体はもはやほとんと普通名詞として、機能に対して使っているように思うので、それをどうするか、ということになるのだと思う。</p>

<p>もっとも、Appleについては、ここのところ、そのプラットフォームのクローズドなところに対しては、外部から批判が絶えない。前に書いたように、そのようなAppleシステムの閉鎖性について疑問を投げかけ続けてきた、Tim WuもFTCのアドバイザーになったこともあるので、裁判所の命令とは別に、政策としてこのような事態にどう対処するか、という動きが出てくるのかもしれない。</p>

<p>ともあれ、そのような商標上の問題は脇に置くと、今回のAmazonの動きは面白い（以下では煩雑になるのでApp Storeを普通名詞的に使うことにする）。というのも、Amazon事態は、マルチプラットフォーム対応で、とにかくユーザーへのアクセスを確保しようとしているように思えるからだ。</p>

<p>まずは、Androidの上で独自のApp Storeを作るところは、インターネット上でECサイトを作った同社の歴史の反復のように見える。</p>

<p>もちろん、GoogleがAndroidをオープンにしているからこそ成立するものだ。というのも、Google自身もAndroid上でApp Storeを提供しているからで、やろうと思えば、AppleのようにAmazonのApp Storeの展開を排除することもできるはずだが、Googleはオープンを選択したのでそのようなことにはならない。むしろ、競合となってもいいのでAmazonのApp Store開設を認めている。容易に想像がつくように、AmazonがAppleと競合してくれればいいからだ。実際、NYTの記事にもあるように、AmazonとAppleは、デジタルコンテントという形のAppで競合している。本も音楽も映画も、という具合にだ。</p>

<p>裏返すと、GoogleのAndroidは、Amazon App Storeのようなプラットフォームの複数並存を支える、メタ・プラットフォームになっているともいえる。</p>

<p>つまり、App Storeとしては、Apple、Google、Amazon、が並び立つことになる。</p>

<p>面白いのは、同じApp Storeを開催しても、三者で実際に提供するAppの扱い方が異なるところだ。つまり、App Storeをデパートと見做せば、そのデパートに入るテナントやテナントが扱う商品への対応方針が異なるようなものだ。</p>

<p>一番厳しいのがAppleで、同社の場合は、Appの中身の吟味を厳格に行う。いわば、テナントの商品の内容や価格についても厳格にコントロールしようとする。</p>

<p>一方、最もそういう縛りがゆるいのがGoogleで、個々のApp事業者の自主判断に任せる。その意味では、デパートというよりもむしろバザーのような、人の集まる場所を単に用意するだけの、イベント主催者のようなものだ。</p>

<p>Amazonはこの中間で、テナントの商品にも一応きちんと口をだす方針だ。</p>

<p>もちろん、これはAmazonが既に本に限らず、何でも売るECサイトとして圧倒的な地位を築いているからであり、口をだす一番のポイントは、今までウェブ上の商売で集めてきた顧客リストと、顧客の決済手段であるクレジットカードによる金流にも既に関わっているからだ。だから、AmazonのApp Storeに属するものは、Amazonのレコメンデーションエンジンの中で推奨してもらうこともできる。</p>

<p>つまりは、このようにして、リアルな商品の買い物実績から推測された嗜好性に従って、デジタルコンテントのような「イマジナリー」な商品も紹介されるようになるということだ。もちろん、逆のルートも可能だ。</p>

<p>このような意味で、AmazonのApp Storeへの参画は、タブレットやスマートフォンの可能性をさらに広げていくことになるだろう。</p>

<p>AmazonがAndroid Kindleを売りだすかもしれない、という観測も、このような文脈でリアリティを持つことになる。</p>

<p><a href="http://bits.blogs.nytimes.com/2011/03/18/is-amazon-working-on-an-android-kindle/">Is Amazon Working on an Android Kindle?</a><br />
【New York Times: March 18, 2010】</p>

<p>いずれにしても、Androidの登場によって、iPadが開拓したタブレットコンピュータという端末の市場が、徐々にオープンにされていく方向にあるのは興味深い。さらに、Kindleのような専用端末や、あるいは、スマートフォンの一部機能も、タブレットの中に収束していくような方向にあることも、面白い。</p>

<p>いってしまえば、PCの最初期の出来事（Apple vs Microsoftによる端末のオープン化）と、ウェブの最初期の出来事（ECサイトの登場によるエコシステムの構築）が、同時期にあわせて起こっているということだろうか。</p>

<p>このような潮流も踏まえた上で”App Store"という商標がどういう道を今後辿るのか、注目しておきたい。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>【お知らせ】 『ウェブ×ソーシャル×アメリカ』（講談社現代新書）、発売中です。</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000913.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.913</id>

    <published>2011-03-22T06:22:10Z</published>
    <updated>2011-03-22T06:23:41Z</updated>

    <summary>3月18日に講談社現代新書から、拙著 『ウェブ×ソーシャル×アメリカ――〈全球時代〉の構想力』 が発刊されました。 講談社のサイトで、中身の...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="COMMENTARY" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>3月18日に講談社現代新書から、拙著</p>

<p>『ウェブ×ソーシャル×アメリカ――〈全球時代〉の構想力』</p>

<p>が発刊されました。</p>

<p>講談社のサイトで、中身の一部を試し読みできます。　→　<a href="http://www.bookclub.kodansha.co.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2880938&x=B">こちら</a></p>

<p>本の写真の下にある「試し読み」をクリックすると、専用画面がポップアップします。<br />
プロローグ、目次、第一章の一部が閲覧できます。</p>

<p>アマゾンのサイトは<a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%96%C3%97%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB%C3%97%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB-%EF%BC%9C%E5%85%A8%E7%90%83%E6%99%82%E4%BB%A3%EF%BC%9E%E3%81%AE%E6%A7%8B%E6%83%B3%E5%8A%9B-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E6%96%B0%E6%9B%B8-2093-%E6%B1%A0%E7%94%B0-%E7%B4%94%E4%B8%80/dp/4062880938/ref=pd_ts_b_3?ie=UTF8&s=books">こちら</a>。</p>

<p>アマゾンの他にもオンライン書店で扱っています。<br />
たとえば、上の<a href="http://www.bookclub.kodansha.co.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2880938&x=B">講談社サイト</a>で本の写真の脇にある「購入する」をクリックすると、オンライン書店の一覧がポップアップします。</p>

<p>もちろん、大手書店を中心に配本されていますので、気になった方は店頭でご覧いただければ幸いです。</p>

<p>『新潮』連載中の『アメリカ・スケッチ2.0―ウェブと文化の未来を考える』とは、また異なる視点で、主には「ソーシャル」の方を切り口にしています。</p>

<p>とはいえ、連載では分量的に書ききれないこと、文芸誌では内容的に少し遠いと思われる企業やビジネスのことなどについての記述も多いので、新潮連載の背景事情を知る上でも役に立つ面もあるかと思います。</p>

<p>どうぞ、よろしくお願いします。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>日本の危機で試されるグローバルサプライチェーンの弾力性</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000911.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.911</id>

    <published>2011-03-21T01:15:03Z</published>
    <updated>2011-03-21T01:15:45Z</updated>

    <summary>震災と原発危機による日本の生産性の低下が、ハイテク部品の供給を滞らせることで、国際的なサプライチェーンマネジメントを混乱させている。改めて、...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>震災と原発危機による日本の生産性の低下が、ハイテク部品の供給を滞らせることで、国際的なサプライチェーンマネジメントを混乱させている。改めて、システムとしての弾力性＝resiliencyがマネジメントの課題として浮上している。</p>

<p><a href="http://www.businessweek.com/magazine/content/11_13/b4221018714000.htm?chan=magazine+channel_11_13+-+japan+crisis_japan+crisis+sr">Now, a Weak Link in the Global Supply Chain</a><br />
【Bloomberg BusinessWeek: March 17, 2011】</p>

<p>2000年代半ばから、消費者に直接アピールする耐久消費財の分野では、日本メーカーのビジビリティは下がったように受け止められてきたが、その反面、ハイテク部品の供給においては競争力を確保していっていた。つまり、国外のメーカーの製品を構成する部品の枢要な部分を日本製品が占めることが増えてきた。</p>

<p>その結果、今回の震災による、そのような部品の供給力の低下が、世界中の耐久消費財を中心とするメーカーの業績にも影響を与えている。そのような、グローバルサプライチェーンの危機のマネジメントについてNYTがHPやAppleの取材を引きながら検討している。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2011/03/20/business/20supply.html?ref=technology">Stress Test for the Global Supply Chain</a><br />
【New York Times: March 19, 2011】</p>

<p>この記事では今回の震災・原発危機によって懸念される供給力の低下について、situation roomやemergency roomという表現を使いながら、状況への対処が喫緊であることを伝えている。</p>

<p>ちなみに、situation room とは、状況（平時は危機、有事は戦況）をモニターしながら対策を随時練っていく司令室のこと。emergency room とはいうまでもなく緊急治療室ということ。</p>

<p>特に、emergency roomという比喩が使われるのは、今日のサプライチェーンは、リーンなjust-in-time system(カンバン方式)を全面的に採用しているため、身体と同じ、生物学的な複雑系となっていると捉えられているからだ。</p>

<p>そのイメージから逆に、グローバルサプライチェーンの管理目標がresilient＝弾力的であることの回復というところに置かれている。</p>

<p>このNYTの記事では、最終的な対策として、第一に、畳長性（redundancy）を組みこんだシステムのバックアッププランを予め用意することが指摘されている。</p>

<p>そして、第二には、かつてトヨタがアイシン精機の供給力の低下に対して短期間（二日間）で行った供給体制の組み直しに言及している。後者については、記事中で発言を引用されているMITの教授のように、グローバルサプライチェーンのいわば具体的患部において自発的な修正が起こることに期待するし、期待してもよいという見方なのだと思う。もちろん、それだけの弾力性が日本の製造業とそれを支える環境には備わっているというのが件のMIT教授のもつ信頼なのだろうが。日本側としてはそれが試されていることにある。</p>

<p>第一の畳長性の確保については、サプライチェーンに限らず、一般的にシステム設計を行うときに加味されるもので、たとえば、よく引かれる例としては、かつて打ち上げ直後に空中分解してしまったスペースシャトルのチャレンジャー号の事例がある。</p>

<p>チャレンジャーの爆発については、当時、予算削減もあってNASAが従来採用されていた二系統の独立したチェック機構を一本化してしまったためだからだと言われている。もちろん、予算の増額のためにそう言っているという批判もあるが、そのような批判とは別に、畳長性を確保することで、危機に対するシステムの弾力性を確保する、というのはバックアッププランとしては妥当なものだ。</p>

<p>となると、その弾力性をどの程度確保するか、あるいはどうやったら確保できるかという方向に知恵の矛先が向かうことになるとおもう。</p>

<p>というのも、リーンなサプライチェーンは、在庫管理的には合理的だし、キャッシュ・フローの管理の上でもまっとうというのが、情報技術登場以後の、概ね過去20年ほどの傾向だったからだ。だから、その経営者ならびに経営スタッフに行き渡った考え方を改めて書きなおさなければならないのかもしれない。</p>

<p>問題は、多分、グローバルサプライチェーンの定着によって、フローが当たり前になった製造業のシステムをどうマネージしていくのか、ということで、これには、おそらくは、先行してグローバル化した金融市場への対処方法が、まずは参考になるのだと思う。</p>

<p>つまり、金融業においてグローバルな連鎖倒産を回避するために、銀行のBIS規制で、自己資本比率、というのがあるけど、行き過ぎたリーン・システムのバックアッププランとして同じ発想で言えば、在庫保持率、という概念もでてくるのかもしれない。そうして、金融のフローと同じように、製造業の供給フローが止まらないように、滞らないようにすることを、それこそグローバルな目標とする。今回の日本の危機は、このようなグローバルサプライチェーンの設計方法にも再考を迫っているのだと思う。</p>

<p>たとえば、つい先日の歴史的高値をつけた円高ドル安の、通貨パニックについては、G7の協調介入によって「鎮め」られた。このような協調に近いものが、システムの畳長性の確保のために製造業にも求められるのかもしれない。金融の国際化に伴うバックアップ体制に近いものを、情報化しサプライチェーン化したグローバル製造業に対しても適用の仕方を考案するタイミングなのかもしれない。</p>

<p>それは、リーマンショックの直後、Too Big to Failという発想がウォール街の銀行群には当たり前のごとく適用されたのに対して、GMやクライスラーなどの自動車メーカーの救済にアメリカ連邦政府が乗り出そうとした時に議論が噴出したこととおそらくは同じ根を持つ課題なのだと思う。</p>

<p>つまり、本質的にフローである金融業で常識化した対応策を、どの程度、製造業にも当てはめられるものなのか。それは、同時に、どの程度、製造業がフロー化してしまっているのか、ということの理解をも求めるものなのかもしれない。</p>

<p>いずれにせよ、今回の危機は、海外の報道対応（テーマや論調）を見ることで、この20年ほど、日本がどのようなイメージで捉えられてきたか、を知るのによい機会になるのだろう。その意味で、このグローバルサプライチェーンの件も捉えるのが適切なのだと思う。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>New York Timesのウェブサイト、有料化へ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000909.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.909</id>

    <published>2011-03-20T12:55:09Z</published>
    <updated>2011-03-20T13:00:03Z</updated>

    <summary>New York Timesがかねてから導入を公表していていたウェブサイトの有料化計画を公表した。この3月28日から導入される。 The T...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>New York Timesがかねてから導入を公表していていたウェブサイトの有料化計画を公表した。この3月28日から導入される。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2011/03/18/business/media/18times.html?_r=1&ref=technology">The Times Announces Digital Subscription Plan</a><br />
【New York Times: March 17, 2011】</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748703818204576206493926595616.html">New York Times to Launch Pay Wall March 28</a><br />
【Wall Street Journal: March 17, 2011】</p>

<p><a href="http://www.washingtonpost.com/blogs/faster-forward/post/new-york-times-to-charge-for-frequent-web-mobile-access-too-much-too-soon/2011/03/17/ABjB6al_blog.html">New York Times to charge for frequent Web, mobile access: too much? too soon?</a><br />
【Washington Postl: March 17, 2011】</p>

<p>料金プランは、まずは月額単位で15ドルから。PC、スマートフォン、タブレット、の組み合わせで料金プランが作られる。</p>

<p>なお、契約せずとも毎月20件までは無料でアクセスができる。それ以上になると契約が督促される。FTがとってきた方法に近い。</p>

<p>まずはカナダで先行して有料化を始め、28日かアメリカ＋全世界で有料化を行う。</p>

<p>NYTが本格的な有料化を図るのは今回が初めてだ。以前、Op-Edなどの分析記事についてのアクセスを制限するサービスを導入したが支持を得られず、比較的短期で取りやめ、全面的にアクセス可能な状態に戻った。</p>

<p>今回はどうなるのだろうか。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Do-Not-Trackの法制化でイノベーションサイクルに入るウェブ広告</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000908.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.908</id>

    <published>2011-03-17T04:18:24Z</published>
    <updated>2011-03-17T04:19:16Z</updated>

    <summary>先日FTCで提案されたDo-Not-Track ルールが、商務省、ホワイトハウスの検討を経て、連邦議会での立法過程に入ったようだ。 Whit...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>先日FTCで提案されたDo-Not-Track ルールが、商務省、ホワイトハウスの検討を経て、連邦議会での立法過程に入ったようだ。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748704662604576202971768984598.html?mod=WSJ_business_whatsNews">White House to Push Privacy Bill</a><br />
【Wall Street Journal: March 15, 2011】</p>

<p><a href="http://www.washingtonpost.com/blogs/post-tech/post/the-circuit-online-privacy-hearing-netflix-looks-at-content-creation--google-ita-may-get-approval-this-week/2011/03/08/AByJ8ed_blog.html">The Circuit: Online privacy hearing, Netflix looks at content creation, Google-ITA merger</a><br />
【Washington Postl: March 16, 2011】</p>

<p>具体的なDo-Not-Track の実施事態は、ブラウザを通じたオプトアウトの導入となりそうだとのこと。</p>

<p>大事な点は、Do-Not-Track の実施によって、個人データへの到達に一定の線が引かれることだ。これで、ウェブ広告の個人追跡志向にも限界が設定され、ウェブ上における「広告」のあり方＝開発方向も再検討されることになると思う。</p>

<p>簡単にいえば、広告接触や効果に追跡に一定の歯止めがかかることで、改めて、かつてのようなプル型の、イメージ型の広告に注目が集まるのではないかと思う。</p>

<p>その場合、ウェブの能力を考えれば、ユーザーを集めて自発的な情報開示に基づいて、より精度の高い広告の投入が検討される。その時に、人々が集まるサイトとして、昨今であれば、ソーシャル・ネットワークが注目を集めることになる。そのため、逆に、ソーシャル・ネットワークが広告主にユーザープロファイルを売っている、という嫌疑がかかることになる。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2011/03/16/business/media/16adco.html?_r=1&ref=technology">When the Marketing Reach of Social Media Backfires</a><br />
【New York Timesl: March 15, 2011】</p>

<p>こういう状況を考えると、privacy billの導入による人為的なルールの登場は、このような議論に一定の歯止めをかけることになるのだろう。</p>

<p>とはいえ、ルールがあるところには必ず抜け道がある。そして、抜け道があるところで、新たな商品開発が行われるのは、既に、金融商品において見られることだ。そのような規制当局と事業者とのイタチごっこが、金融商品だけでなく、今後は、広告の手法開発でも起こるようになる、ということだろう。</p>

<p>イタチごっこが起こるのは、アメリカの場合、ルールがないところは（自主判断で）新たなルールをつくってもいい、という発想が普通だからだ。その分、常に新たな規制当局のルール導入による事業リスクを持つ。裁判となるlegal riskも抱えることになる。</p>

<p>とはいえ、そのようなゲームのルールの流動性が、商品開発というイノベーションを生み出すことも確かだ。そして、その意味で、ルールを臨機応変に導入しうる規制当局の機動力も、実はこのようなイノベーションゲームを生み出すための要件となる。</p>

<p>いずれにしても、今回のような動きを通じて、ウェブ上の広告のあり方が水路付けられ、ひいては、ウェブ上の「メディア」のあり方も変えていくことになる。</p>

<p><a href="http://www.defermat.com/journal/2011/000907.php">先日のHuffPoの動き</a>とあわせて考えれば、今は、既存のメディアの慣性を持たない、その意味では真性のウェブメディアが登場するタイミングなのかもしれない。面白くなってきた。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Huffington Post Media Groupはジャーナリズムの新形態を模索する</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000907.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.907</id>

    <published>2011-03-16T00:21:24Z</published>
    <updated>2011-03-16T00:22:02Z</updated>

    <summary>AOLと合併して新たにHuffington Post Media Groupとなった旧HuffPoが、今後のメディアグループの戦略として人材...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>AOLと合併して新たにHuffington Post Media Groupとなった旧HuffPoが、今後のメディアグループの戦略として人材の調達に乗り出している。その中で、Twitterの共同創始者の一人であるBiz Stoneが"social impacｔ”に関する戦略アドバイザーとして参画することが公表された。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748704893604576200324012553968.html">Twitter's Biz Stone to Advise AOL</a><br />
【Wall Street Journal: March 14, 2011】</p>

<p>Stoneが担当するのは、cause-based initiativeといわれるもので、今のところ想定されているのは、、あるコミュニティの中でのボランティアを促すシステムを構築することと、フィランソロピー活動を行っている企業のビデオを作ること、などのようだ。もちろん、今後、さらにアイデアは広がっていくことだろう。</p>

<p>要するに、ソーシャルネットワークのもつポテンシャルを生かして、人々の接続を促し、また、社会的な行動をしている企業の紹介役を努める。単にレポーティングをするのではなく、人々の行動の動機付けを行うところまで着手する。その意味では、既に従来型のジャーナリズムの域を越えたことを行おうとしている。</p>

<p>Stone自身は、「複数の企業に働きかけて、新しいビジネスの仕方を考案していく」と答えており、彼自身もTwitterでの経験を活かして「提案型」の情報流通を試みようとしている。</p>

<p>Stoneは彼のブログでもそのようなことを書いている。</p>

<p><a href="http://www.bizstone.com/2011/03/biz-and-aol.html">BIZ AND AOL</a><br />
【Biz Stone Blog: March 14, 2011】</p>

<p>Stoneの招聘とsocial impactについてはArianna Huffingtonも記している。</p>

<p><a href="http://www.huffingtonpost.com/arianna-huffington/huffpost-aol-biz-stone-an_b_835250.html">Biz Stone and the Power of Giving Back</a><br />
【HuffingtonPost: March 14, 2011】</p>

<p>なお、HuffPoには以下のリリースがアップされている。</p>

<p><a href="http://www.huffingtonpost.com/2011/03/14/the-huffington-post-media_n_835283.html">The Huffington Post Media Group Makes Key Announcements</a><br />
【Huffington Post: March 14, 2011】</p>

<p>リリースにあるとおり、今回の発表の多くは、経験のあるジャーナリストの引き抜きであり、Huffington Post Media Groupをジャーナリストのドリームチームにしようとするものだ。</p>

<p>たとえば、NYTやLos Angeles Timesでエディターを務めたJohn Montorioが文化・エンタメのエディターにつき、NBCとMSNBCでアナリストを務めたHoward Finemanがグループのeditorial director（編集監督）に就任する。</p>

<p>このように、新聞とテレビの両方からとにかく「ジャーナリスト」を集めている。たとえてみれば、新たなサッカーチームを作って、そこに優秀な選手を集めて、いきなりリーグ優勝を目指すような布陣を敷こうとしているようなものだ。裏返すと、それくらいジャーナリストが個人名のたった専門業とみなされているわけだ。</p>

<p>その分、個性派の人物が集められていることになる。たとえば、John Montorioについては、Journalism vs Churnalism　というフレームで紹介されている。</p>

<p><a href="http://techcrunch.com/2011/03/13/john-montorio-joins-huffington-post/">John Montorio Joins HuffPo: Journalism vs Churnalism Battle Rages On</a><br />
【TechCrunch: March 14, 2011】</p>

<p>ここでjournalismと対比されているchurnalismとは、もっぱらアクセス数の向上を上げるために情報を早期にアップスすることを重視する姿勢で、そのためソースの確認や背景の確認を重視しないものを指している。プリント媒体であればイエロージャーナリズムに近いが、内容の扇情性よりも、とにかくSEOの向上に照準を当てているところが、新たにchurnalismという名で呼ばれる理由のようだ。そして、John Montorioの参加は、もっぱらchurnalismの方向にあったAOLからすれば大きなニュースであるということだ。</p>

<p>いずれにしても、Biz Stoneの参加もあわせて考えると、HuffPoとAOLの統合で起こることは、ウェブ上での「ジャーナリズム」のあり方そのものの変化、ということになりそうだ。</p>

<p>churnalismというのは何もAOLだけにあてはまるものではなくて、いわゆるアグリゲーターやポータルのような、ウェブ上に既にある情報を取りまとめるサイトで取られてきた方法だ。その場合、ニュースソースの多くは、従来からあるプリントや放送などの媒体で、第一にはそれらの媒体に向けて作られてきた情報がウェブにアップされたものをであった。</p>

<p>こうした事態に最初の変化が現れたのが、Web 2.0以後の、ブログが一般化してから登場したHuffPoのようなサイト群で、これらの多くは当初はブログの組織化として始まり、その過程で、従来メディアのウェブサイトの記事も参照されることになった。</p>

<p>HuffPoのような、ブログ型のポイントは既存のニュース記事を複数読み、コメンタリーを提供する。つまり、多数ある情報を選び取り了解するための指針としてのブログエントリーであり、そのような指針を与えるナビゲーターとしてのブロガーであった。</p>

<p>したがって、今回のMontorioのようなジャーナリストの移籍は、コメンタリーの元であるニュースそのものの制作の部分にHuffPoが乗り出そうとしていることの現れなのだろう。これは、この数年の新聞やニュース雑誌の経済的低迷を反映したものでもある。オリジナルのニュースを、（紙や放送ではなく）ウェブ用に作り、ユーザー提供する方向だ。</p>

<p>その上で、Stoneのようなソーシャル・ネットワークの経験者を招聘することで、提供する情報に、その利用者や読者である人々の意向や疑問を反映させる。つまり、利用者の観点からの疑問に応える。</p>

<p>ただし、利用者の観点と言っても、単に興味本位の情報取得にとどまらないようにするために、cause-based initiativeという形で、取材や情報伝播の「社会的目的」をユーザーや読者に訴えることにも力を入れる。つまり、ウェブ時代に即した社会的（公共的）な情報を提供する主体として、ジャーナリズムの役割やあり方についての新しい形を提案していく。おそらくは、このようなことをHuffPoは想定しているのだろう。さらには、ウェブ時代の「啓蒙」の在り方を示唆するものとなるようにも思える。</p>

<p>いずれにしても、Huffington Post Media Groupの試みは、「新聞の未来ではなくジャーナリズムの未来こそが重要な課題である」という、この数年、アメリカのジャーナリズムに関するシンポジウム等で強調されてきた課題に対する、実践的な解答を与える試みとして位置づけられる。興味深い動きだ。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>なし崩し的展開でもいいから今は分散社会的な対応を行おう</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000906.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.906</id>

    <published>2011-03-14T01:47:31Z</published>
    <updated>2011-03-15T01:20:59Z</updated>

    <summary>（訂正）　 以下の文中で言及した気流シミュレーションに貼っていたリンクは、直接のリンク先であるtweetの発信者である早野氏が引用を取りやめ...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="COMMENTARY" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>（訂正）　 以下の文中で言及した気流シミュレーションに貼っていたリンクは、直接のリンク先であるtweetの発信者である早野氏が引用を取りやめたため、外しました。ご了承頂きたく（3月15日10：00）。</p>

<p>*</p>

<p>3月11日の東北地方太平洋沖地震による福島原発事故（危機）を受けて、東京を含む関東圏では、東電による計画停電が発表された。</p>

<p>加えて、3月14日現在、東京では今でも余震が続いている。</p>

<p>仮に足下の原発の危機が去っても、失った発電能力を短期に回復することは容易なことではないだろう。したがって、しばらくの間は、放置しておけば計画停電を行うような状況が続くことになる。飛行機でいえば、いわば片肺飛行を続けながら目的地への着陸を目指すようなものだ。</p>

<p>とはいえ、計画停電は、その計画の周知を含めて広域における混乱を誘発するかもしれない。また、そのエリア内で本当に電力を必要とする場所（病院とか養護施設、あるいは信号等）の電力の確保の問題が生じる。</p>

<p>だから、早期に計画的であれ、停電の事態を抜け出すために、「節電」で対処することを励行しよう。</p>

<p>ウェブにおける「常時接続」ならぬ「常時電力確保」の状態を全体として維持することができれば、差し当たっての心理的抵抗（不安や憂鬱）は随分と軽減できるからだ。</p>

<p>計画停電というのは、あくまでも東電（とおそらくは政府）が確信をもってとりうる対応手段の一つだろう。管理責任を追求される彼らの立場からすれば「計画」的に対応せざるを得ない（また、従来型のマスメディア記者は、その責任追及を習い性と実行せざるを得ない。けれども、そのような、一種の意地の張り合いにまで私たちが巻き込まれる必要はないと思う）。「計画停電」という発表は、もちろん、一種のショック効果が期待されている。人々が各人のレベルで一度事態を受け止めてもらうにはその事態の極々一端を停電という形で実感してもらう必要もあるからだ。</p>

<p>とはいえ、ショック効果は一度で十分であり、その後は、受け止める人々の方でもやれることはある。それが受け止める側の自主的な対応だ。それを私はNYで目の当たりにしたことがある。</p>

<p>私は2003年の夏、NYに留学した直後に、「大停電」の現場に居合わせた。地下鉄移動中に何度か電車が停止し、これはなんだかおかしいと思い、タイムズスクエアで地上に出ると有名な電光掲示場が全て消えていた。留学直後でよく事態を飲み込めないまま、とりあえず打ち合わせの目的地に到着すると、広域で停電が起きたようだから、とにかく散会しようということになった。道に出ると既に人でごった返していた。</p>

<p>とりあえず、ブロードウェイに沿って、約100丁目分くらいを4時間ぐらい掛けて帰った。夏場はNYは夜の8時過ぎくらいでも太陽が出ているので、何とか明るいうちにアパートにたどり着き、その日はとっとと寝てしまった。</p>

<p>翌日、目が覚めると、既にアパートの管理を担う職員（コロンビア大学が所有するアパートの職員で黒人やヒスパニックがほとんど）の人たちが黙々と管理作業をしていた。</p>

<p>NY全域では電力供給は回復しておらず、地元ニュース局であるNY1ではブルーンバーグ市長がとにかくニューヨーク証券取引所を止めるわけにはいかないのでウォール街のあるローワーマンハッタンのあたりから優先的に電力を確保する、ということを伝えていた。同時に、NBCやCBSなどのテレビ局では当然のごとく、電力供給の管理責任について政府や電力会社に対する批判や追及が行われていた。</p>

<p>しかし、街に出ると、そんなことはどこ吹く風、ま、インフラなんて時々おかしくなるよね、という具合に、割と人々は平然としていた。もちろん、911の経験もあったからだろうが、電気がつかなければロウソクを使えばいいぐらいの感じで、飄々と日常生活のモードに戻っていた。</p>

<p>この様子に、NYに行ったばかりの私は実は相当驚いたことを覚えている。人々の生活と政府の公式発表とは直接リンクしないし、しなくてもなんとかなる、というのがその時の印象の中心だった。</p>

<p>この時の経験にならえば、一部の地域にさしあたって我慢を強いる「計画停電」はトップダウンの管理者のとる手段でしかない。急いで付け加えるが、これは「計画停電」のような事態が生じてしまったことを責めているわけではない。そうではなくて、そのような、いわば管理人側の提案＝対処方法に対して、それを受け止める側でもやれることがあるのではないか、ということだ。</p>

<p>（もちろん、継続する余震や原発事故の存在は別の懸念ではあるが、しかし、こと大都市圏における停電への対処というのでは同じと思うのだ）。</p>

<p>さしあたって思いつくのは、自主的な節電であり、とりわけ大事な点はピーク時の電力需要の軽減だ。そして、その実施可能性について計画停電が始まって、できるだけ早い時期に事実として補足する必要がある。これは、緊急時にできるだけ確度の高い情報を確保することとも関わることだ。</p>

<p>たとえば、昨日来、楽天の三木谷浩史氏（@hmikitani）は節電のための手段を示し、楽天社員に対して自宅待機（もしくは在宅勤務）の可能性についてtweetを繰り返している。</p>

<p>三木谷氏のtweetはたまたま目にしただけだが、同種の対応が他の企業の経営者ならびに経営スタッフでもなされていることに期待したい。たとえば、昨日の日曜のような休日の状態であれば停電はせずに何とかなっていた。それは既に事実としてあるからだ。</p>

<p>（昨晩、都内のある商店街を歩いたが、ネオン照明のオンオフの対応にも多くのバラつきがあった。そのなかで目立ったのは明らかにフランチャイズ系の店舗の幾つかがネオンを付けていたことだ。おそらく、土日を挟んだため、本部からの判断が伝わっていなかったということもあるのだろう。平日の通常営業状態での対応に期待したい）。</p>

<p>もちろん、<a href="http://twitter.com/#!/hmikitani/status/46907078740160512">三木谷氏もtweetしていた</a>ように、「電力の消費の70パーセントは企業」であり「企業の消費が半分になれば65%になるはず」とあるように企業の存在は大きい。しかし、同時に「あと家庭が30%カットすればこれで50%」となるのも確かなのだろう。さしあたって、このような具体的な目標のもとで対処することで、可能なかぎり停電をせずに済む状態を目指すことが大事だと思う。そして、それは、上述したNYersのように、黙々と、やれることからやって行くということだと思う。</p>

<p>それは、企業であれば可能なかぎり在宅勤務で対処できることは対処するということなのかもしれない。それに付随して輸送に伴う電力消費を減らすということなのかもしれない。何が最善の策かはもちろんわからない。</p>

<p>しかし、まずはなし崩し的であっても構わないから、可能な限り、ピークを減らす分散型の対応をこの機に試みてもいいのではないかと思う。</p>

<p>震災直後の海外メディアでは、日本国内の人々の対応に対して、我慢強く秩序だった対処をしていることに賛辞を贈るものが多い。それはそれで誇りに思っていいことだろう。</p>

<p><a href="http://www.ft.com/cms/s/0/c8576f88-4c19-11e0-82df-00144feab49a.html#axzz1GX7d62QD">Japan is rich in resilience</a><br />
【Financial Times: March 11, 2011】</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748703597804576194572642844968.html?mod=WSJ_Opinion_AboveLEFTTop">Sturdy Japan</a><br />
【Wall Street Journal: March 12, 2011】</p>

<p>とはいえ、日本国内に住む者としては疑問に思うこともある。たとえば、今回の情報提供においては、Ustやニコ動によるネット再送信やネット中継が大切な役割を果たしたし、いまだに果たしていると思うが、これらも震災という事実の甚大さがなし崩し的に起こしたという印象は拭えない。</p>

<p>政府であれ、東電であれ、マスメディア記者との間で、とにかく「正確な」情報の授受に終始してしまう会見＝広報の場を中継で見ていても、今、私たちが必要とする、「指針」となる情報はどうやら得られそうにないと感じないではいられなかった。</p>

<p>むしろ、私も途中から参考にしたが、東京大学の早野龍五教授（@hayano）のような専門家による、福島原発の情報の解釈や推測が、この三日間ほどは最も「安心」を与えてくれ、同時に「指針」となるヒントを授けてくれたと思っている。解釈も推測も、早野教授の主観的判断に過ぎない。その点では絶対確実な情報ではない。しかし、震災直後、原発事故発覚直後に、多くの人々が求めていたのは、そのような絶対ではないが指針となる、判断材料となる情報だったはずだ。あるいは、判断の仕方そのものだ。</p>

<p>あわせて、早野教授のTLに登場する、MITやNASA等による<a href="http://twitter.com/#!/hayano/status/47055522184179713">原発の構造レポート</a>や気流シミュレーションの結果にも、その内容もさることながら、そのようなレポートが迅速に提示されることに素直に感心した。もちろん、これは、先日オバマ大統領が、代替エネルギーの一つとして原子力発電の推進を取り上げたことも影響しているだろう。実際、共和党からは、足下の日本の状況を鑑み、既に反対論が出始めている。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2011/03/14/science/earth/14politics.html?_r=1&hp">U.S. Nuclear Industry Faces New Uncertainty</a><br />
【New York Times: March 13, 2011】</p>

<p>そのような政策的対立があることはわかった上で、しかし、その迅速な情報提供には驚かざるをえない（この他にも、ウェブ上の情報提供についてはGoogleによる被災地情報の提供や、BBCやCNNによる映像情報というように、国外の企業によって、ウェブの能力を活用した情報提供が目立ったことはウェブ利用者なら既に了解済みのことだと思う）。</p>

<p>地震のような天災が起こらない限り事態が動かない日本という国の状況には、日本に住むものとして、海外メディアの賛辞とは別次元で思うところはないではない。</p>

<p>けれども、今は、そのようななし崩し的対応でも構わないから、分散的な発想や行動様式を試しながら、事態に対処していくことでよいのだと思う。そして、その限りにおいて、額面通り、海外の賛辞を受け入れ、多少の自惚れや自負とともに対処していいのだと思う。</p>

<p>そうすることで、彼らの賛辞に見られる、弾性のある＝resilientな、打たれ強い社会が現実のものになってしまえばいいからだ。</p>

<p>なし崩し的にでもいいから今は分散社会的な対応をしてみる価値がある時だと強く感じる。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>VCが期待する次代のスタータップ群</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000904.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.904</id>

    <published>2011-03-10T05:38:28Z</published>
    <updated>2011-03-10T06:35:25Z</updated>

    <summary>Wall Street Journalが今年で二度目になるベンチャーキャピタルの投資先スタータップのリストを発表した。最近のウェブバブルに向...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>Wall Street Journalが今年で二度目になるベンチャーキャピタルの投資先スタータップのリストを発表した。最近のウェブバブルに向かうような空気を反映してか、やはりウェブ関連、しかも、消費者向けサービスの会社に対する投資が多いようだ。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748703300904576178673309577828.html?mod=WSJ_Tech_LEADTop">The Top 50 Venture-Backed Companies</a><br />
【Wall Street Journal: March 10, 2011】</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748704758904576188842996426486.html?mod=rss_Technology">Web Start-Ups Get Upper Hand Over Investors</a><br />
【Wall Street Journal: March 10, 2011】</p>

<p>ウェブに直接焦点を当てていないスタータップには、ヘルスケアやB2B向けのサービスなどがあるが、いずれも、大なり小なり、ソーシャル・ネットワークやモバイルを組み込んだものになっているということだ。</p>

<p>記事中にある、リスト化に当たって必要となるスタータップの条件は、過去3年間で10億ドルに満たない株式発行によるファイナンスをした会社であること。より小さな、しかし、今後可能性があるとみなされているスタータップを見出すために、このような要件をつけたということだ。たしかに、株式調達額に上限を設けないと、それこそ、FacebookやTwitterのような未上場企業がリストの上位を占めてしまい、このようなサーベイを行う必要がなくなってしまう。</p>

<p>トップに選ばれたのは、サンフランシスコにあるCastlight Health Incというヘルスケアサービスの会社で、どうやら利用者が医療支出を最適化するために、いろいろと情報の比較ができる会社のようだ。昨今のヘルスケア改革の動きを反映した投資先のひとつということなのだろう。</p>

<p>記事についている50社のリストをざっと見た範囲では：</p>

<p>ウェブ関連としては、ワイヤレスとデータマイニング系が多い。</p>

<p>所在地としては、圧倒的にカリフォルニアが多く、時点がニューヨーク。とはいえ、イリノイやジョージア、テキサス、ワシントン、といった地域の会社もある。</p>

<p>創業は、2003年前後くらいが目立つが、なかには、90年代後半に起業したところや、極々最近に起業したところもある。</p>

<p>総じて、ウェブ系の企業については、カリフォルニアへの集積が進んでいる、ということはいえるのだろう。</p>

<p>リストをよく眺めると、いろいろ発見したり、気付いたりできそうな感じがする。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>【お知らせ】 講談社現代新書から本を出します</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000905.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.905</id>

    <published>2011-03-10T05:00:53Z</published>
    <updated>2011-03-22T06:12:55Z</updated>

    <summary>3月18日に講談社の現代新書から本を出します。 タイトルは、 『ウェブ×ソーシャル×アメリカ――〈全球時代〉の構想力』 です。 既に、アマゾ...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="COMMENTARY" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>3月18日に講談社の現代新書から本を出します。</p>

<p>タイトルは、</p>

<p>『ウェブ×ソーシャル×アメリカ――〈全球時代〉の構想力』</p>

<p>です。</p>

<p>既に、アマゾンで予約も開始しています。　　サイトは<a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%96%C3%97%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB%C3%97%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E2%80%95%E2%80%95%E3%80%88%E5%85%A8%E7%90%83%E6%99%82%E4%BB%A3%E3%80%89%E3%81%AE%E6%A7%8B%E6%83%B3%E5%8A%9B-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E6%B1%A0%E7%94%B0-%E7%B4%94%E4%B8%80/dp/4062880938/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1299462312&sr=1-1">こちら</a>。</p>

<p>『新潮』連載中の『アメリカ・スケッチ2.0―ウェブと文化の未来を考える』とは、また異なる視点で、主には「ソーシャル」の方を切り口にしています。</p>

<p>とはいえ、連載では分量的に書ききれないこと、文芸誌では内容的に少し遠いと思われる企業やビジネスのことなどについての記述も多いので、新潮連載の背景事情を知る上でも役に立つ面もあるかと思います。</p>

<p>どうぞ、よろしくお願いします。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>劇場化するFacebook</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000903.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.903</id>

    <published>2011-03-09T03:04:47Z</published>
    <updated>2011-03-09T03:05:17Z</updated>

    <summary>Warner Brothers がFacebook上で映画配信を行うと発表した。 Warner Bros. to Offer Movie T...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>Warner Brothers がFacebook上で映画配信を行うと発表した。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748703386704576186913491751144.html?mod=WSJ_Tech_LEFTTopNews">Warner Bros. to Offer Movie Through Facebook</a><br />
【Wall Street Journal: March 8, 2011】</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2011/03/09/technology/09facebook.html?_r=1&ref=technology">Warner Tests Renting Film on Facebook for Web Cash</a><br />
【New York Times: March 8, 2011】</p>

<p><a href="http://adage.com/article/digitalnext/facebook-starts-movie-rentals-takes-netflix-hulu-itunes/149274/">Meet Your New Media Company: Facebook</a><br />
【AdAgeDigital: March 8, 2011】</p>

<p>とりあえずは、バットマンシリーズの"The Dark Knight"のみを提供。"The Dark Knight"が選ばれたのは、Facebookユーザーの間で人気があるから。レンタルは、3ドル、もしくは 30 Facebook Credits で48時間のアクセス権を売る形での提供。将来的な競合はHuluやNetFlixといわれるが、現時点ではトライアルに過ぎない。Facebookが、現段階では、ビデオ視聴で6番目の利用数を誇るサイトとなっていることがポイントのようだ。</p>

<p>切実さという点では、Warnerの方が上だろう。というのも、過去10年ほど、売上に貢献してきたDVDの販売が今、どんどん落ちているからだ。ユーザーがオンラインに向かっているため、そことどう関わるか、がハリウッドメジャーの悩みどころとなっている。</p>

<p>なにしろ、既に映画興行だけでは収益は得られず、多くは、DVDの売上（レンタル、セル）と、海外収入だったからだ。その両方がオンラインの影響を受けている。</p>

<p>加えて、従来は、DVD→ブルーレイ、のようなより高い映像技術への乗り換えが、将来収益の期待に繋がり、株価にオプション価値を与える要素があったわけだが、ブルーレイが、景気後退の影響もあってか、想定したようには伸びていない、ということも影響している。</p>

<p>ちなみに、ハリウッドが3D視聴に拘るのも、おそらくは、これが技術開発起源のもので、とにかく将来化けるかもしれない、という期待、というか、見込みをする人が投資家側に生まれることを期待してのことだと思う。制御可能な範囲で将来の不確実性を増すことは、今日、イノベーションという言葉によって、さしあたっては肯定される、というか、否定されない、状況にあるからだ。</p>

<p>いずれにせよ、「新たな試み」は重要になる。オンラインについては、Time WarnerはAOLを完全に切り離したので、どこかパートナーを見つけざるを得ず、それがFacebookだった、ということのようだ。</p>

<p>とはいえ、気になるのは、Facebook Creditsを利用しての支払いの部分。</p>

<p>今のところ、Facebook Creditsは、ソーシャルゲーム内のデジタルグッズ購入用に、プリペイドカードで販売されている（しかもギフト用として）。時々、日本でもTSUTAYAや、Wal-Mart系のスーパーで、iTunesの購入用のギフトカードが売っていたりするが、あれと同じことだ。</p>

<p>もちろん、Facebookは今のところ、物販業に力を入れているわけではないから、Facebook Creditsを利用しての購入の3割を手数料として抜くところが実利的なところだろう。</p>

<p>だが、もしも、首尾よく、Facebook上で様々なもの（デジタルもフィジカルも）が売買されるようになると、Facebook Creditsも一種の疑似通貨のようになりうる。いわゆる「ポイント制」における「ポイント」として利用されることもありえる。そうなると、たとえば、今日、家電量販店でハードウェアを買って貯まったポイントで、値引きされたDVDを買うようなことが、Facebook上で起こることも考えられる。つまり、広い意味で、ワーナーの映画のようなエンタメコンテントが、Facebookという街の活性化を通じて提供されるコンテントのようなものになりうる。デジタルメディアに取ってのエコシステムとしてFacebookが位置づけられるということだ。</p>

<p>この他にもう一つ気になるのは、いまのところ、利用はアメリカ国内のユーザーに限られるが、Facebookの世界的広がりを考えれば、そのようハリウッドコンテントの提供が、アメリカ以外の国で利用する人に誘引にもなるのではないかと思う。</p>

<p>今のところ、Huluには、アクセス制限があるけど、リアルタイムで見られるなら、たとえばアメリカの映画やドラマにお金を払っても見る層は世界中には確実に存在すると思う。一種のペイテレビのプラットフォームとしてFacebookを位置づける。しかも、支払いは、さしあたっては為替を気にしなくて済むFacebook Creditsを使って、ということもあり得る。</p>

<p>端的に、このワールドワイドにウェブが広がった時代に、世界同時公開でない映画の慣習を時代遅れのものと思っている人たちも世界中に入るだろう。従来は、そのような声は、リージョンや国単位の配給会社（多くはその地域内の企業との合弁）の都合から難しかったわけだが、Facebookのようなグローバルなソーシャル・ネットワークは、そのような世界中のユーザーの声＝要望を集約させることも可能だ。そして、そのようなデータに基づく「事実」が明らかになった場合、企業の判断も、その事実に基づいて行われる可能性が高くなる。</p>

<p>ということで、今は小さな動きだが、それこそ「可能性」としては、映像コンテントの国際的な流通形態の変容に繋がるような動きだと捉えることも出来るだろう。</p>

<p>もちろん、こうした見立てそのものを第三者が提出すること自体が、Time Warner全体の株価上昇につながる、という点で、Warnerの本当の狙いかもしれないが。</p>

<p>ちなみに、この報道の後、NetFlixの株価は下がったということだ。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>インフラ誘致のための誘引材としてのデータセンター</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000902.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.902</id>

    <published>2011-03-08T06:13:34Z</published>
    <updated>2011-03-08T06:14:21Z</updated>

    <summary>ワイオミング州が、その寒冷な気候を生かして、データセンターの誘致に努めているという。 Wyoming Plays It Cool 【Wall...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>ワイオミング州が、その寒冷な気候を生かして、データセンターの誘致に努めているという。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748703883504576186812130179934.html?mod=WSJ_Tech_LEFTTopNews">Wyoming Plays It Cool</a><br />
【Wall Street Journal: March 8, 2011】</p>

<p>ワイオミング州といってもピンと来ない人に対して簡単に説明すると、カリフォルニアの北にオレゴンがあるが、そのオレゴンから東に入った二つ目の州（一つ目はアイダホ）。記事のリードにもあるが、鉱山と牧畜が産業の中心で、イメージはカウボーイ。人口は50万人余り！で全米で最も少ない。そのため、下院議員も一人しかいない（つまり州全体で一選挙区）。</p>

<p>その州が、もちろん、産業誘致を考えてのことだが、データセンターの誘致に努めている。</p>

<p>というのも、データセンターで利用する電力のおおよそ3割は、データセンターの機材が発した熱を冷却するために使われる。その分を寒冷な自然環境が補ってくれるから、というのが理由の一つ。</p>

<p>コストダウンのもうひとつの要因は、電力が安いということ。これは、近隣のアイダホ、ユタに続いて全米でも電力が安い地域である利点を活かそうとするもの。</p>

<p>このような従来の環境に加えて、データセンター関連産業については州の税制で優遇をしようという計画もあるようだ。</p>

<p>記事では、とりあえず、EchoStarというアメリカの衛星放送会社のデータセンターが既にワイオミングで稼動しているとのこと。ここにVerizonを何とか誘致したいということのようだ。</p>

<p>この話は、いわゆる西部のイメージを作る上でも役立ちそうなので、ちょっと記してみた。</p>

<p>ちなみに、全く、文脈が異なる話になるが、現在、アリゾナの南部で、Baja Arizaona（バハ・アリゾナ。「バハ」はスペイン語で「下」とか「低い」という意味）という独立州をつくろうとする動きがある。今年に入って下院議員の銃撃事件があったTusconを含む地域で、アメリカ史で「ガズデン購入」といわれる、追加でメキシコからアメリカに編入されたという歴史を持つ。そのBaja Arizaonaが、州の資格を主張する際に強調しているのが、人口がデラウェアやニューハンプシャーよりも多い、ということだ。この理屈からすると、ワイオミングよりも多い、ということになる。</p>

<p>上でワイオミングは、下院議員は一人のみ、と書いた。簡単に言うと、いまある50州の枠組みが、アメリカの場合、いつまでも続くと言い切れない理由の一つが、この人口の大小、増減、というリアリティだ。とりわけ、南西部を含むサンベルトと呼ばれる地帯は20世紀の後半を通じて人口が増えた地域だ。</p>

<p>そして、そのトレンドから取り残されているのが、ワイオミングのような西部の内陸部にある諸州ということになる。そこでは、いまだに広大な土地、というか荒地も残っている。</p>

<p>だから、今回のデータセンター誘致の件も、当事者であるワイオミング州からすればそれなりに切実な話であるということだ。</p>

<p>もちろん、今回のような話がなければ、少なくともテクノロジーに関する記事として触れられるような場所ではない。それも含めて、アメリカにはこういう場所もあるのだ、ということで紹介してみた。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>デジタル対応で成功するFinancial Times</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000900.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.900</id>

    <published>2011-03-07T03:22:36Z</published>
    <updated>2011-03-07T03:22:45Z</updated>

    <summary>デジタル化への対応を進めることで業績を伸ばしているメディアもある。Financial Timesもその一つだという。 Financial T...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>デジタル化への対応を進めることで業績を伸ばしているメディアもある。Financial Timesもその一つだという。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2011/03/07/business/media/07iht-cache07.html?ref=technology">Financial Times Digs Gold Out of Data</a><br />
【New York Times: March 6, 2011】</p>

<p>ニューススタンドの購買者にとって、惹句はスタンドからのぞくヘッドラインぐらいしかなく、購買後もどういう読み方をしているかわからない。それが、オンラインではわかる、という至極当然な説明がFTの担当者からされているのにはさすがに苦笑せざるを得ないが、それでも、その読者データの利用で、様々なことができてきた、という。</p>

<p>FTはWSJ同様、オンラインでも契約しないと大して記事は読めない。だから、基本的には、契約ユーザーの志向がデータマイニングでわかる、それが紙面構成に役立つし、広告主への説明にも活用される。</p>

<p>そのようなかいもあって、FTの売上に占めるデジタル販売の割合は、去年の19％から24％に上がっているという。</p>

<p>（売上総額が示されていないので、可能性としてはもちろん、デジタルが伸びただけでなく、紙版の売上が下がり、相対的にデジタルの比重が高まったということも考えられる。その場合でも、デジタルの重要度が上がっていることには変わりはない）。</p>

<p>また、デジタルでの契約者は、現在20万7000人で、これは昨年から50％の増。これに法人での利用契約が1000件という。売上では30％増ということ。</p>

<p>世界からアクセスできる英語メディアで契約者数が20万というのを多いと見るか、少ないと見るかは、結局のところ、その企業のコスト構造に依るが、このFTの場合は、やはり契約者数が伸びているというのはポイントだろう。</p>

<p>イギリスにおけるFTのライバルはNews Corp.であり、そのNews Corp.は今やWSJのオーナーであり、先日、iPadでしか見られないnewspaperをだしたばかりだ。この、英米、というか、英語圏をまたにかけた市場の争奪も、FTがデジタルに向かう、企業戦略レベルでの動機付けになっている。</p>

<p>FTはGoogle One Passの採用も考えているという。アメリカでは、新聞業界が中心になって、Googleへのカウンターとなるようなシステムを構築しようとしているが、どうも、イギリス勢については、そのような事を考えるよりも、より早期にグローバルリーチを確保するほうが得策と考えているようだ。</p>

<p>ちなみに、私はFTもEconomistも契約しているが、例えば、EconomistをiPhone<br />
のアプリで見るのは率直にいって便利だ。むしろ、このような契約による売上を重視する媒体では、用途や場面に応じて端末が複数登場していくほうが、その利便性は増え、契約の促進になっていくように思える。</p>

<p>それにしても、このFTの現状を伝えているのがNYTというのも興味深い。NYT自体はどのような方向を目指すのか。そのための、敵情視察のための取材の副産物としての記事と見るのは、少しばかり意地悪に過ぎるだろうか。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>VCではなく顧客の支持＝返礼でビジネスを回す</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000899.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.899</id>

    <published>2011-03-04T12:15:09Z</published>
    <updated>2011-03-04T12:15:51Z</updated>

    <summary>ここのところ、FacebookやTwitter、Grouponあたりを中心に、かつてのITバブルのような感じで、投資家の関心が高まっているこ...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>ここのところ、FacebookやTwitter、Grouponあたりを中心に、かつてのITバブルのような感じで、投資家の関心が高まっていることばかりが伝えられているが、そのような、投資家頼みの資金調達に頼るのではなく、実直に顧客からの支払いベースでビジネスを回すのが一番と言っている人物がいる。TumblrのCTOを務めていたMarco Armentがその人だ。</p>

<p><a href="http://gigaom.com/2011/03/03/instapapers-arment-seek-money-from-customers-not-vcs/">Instapaper’s Arment: Seek Money From Customers, Not VCs</a><br />
【GigaOM: March 3, 2011】</p>

<p>Armentは上の記事にあるように、今は、Tumblarを辞めて、Instapaperというサービスを提供する形で起業している。</p>

<p>彼の考え方は、ともすればウェブサービスは何をしているかわからなくなりがちだが、きちんと対価をユーザーから受け取ることで、サービスそのもののあり方を明確にして、実直にビジネスとして回していけ、ということで、極めてまっとうな考え方。</p>

<p>日常の営業業務でキャッシュを得、それを開発資金とすればよく、必要もない資金をVCや外部の投資家に頼む必要はないとしている。その一方で、顧客からは、自分たちのサービスに対する、いわば一種の返礼として、きちんと対価を支払ってもらうようにすればいい、と言っている。</p>

<p>極めつけは、自分のやりたいことをするにはマーケットの全てを手中に収める必要はなく、せいぜい5％もあれば十分だ、と捉えているところ。そのために、サービスに照準して、利用者の支払いがそのサービスを直接支えていることを利用者自身に理解してもらうことに努めるということだ。</p>

<p>至極まっとうな考え方で、ここのところの、プチITバブルの対極を行くものだ。</p>

<p>ただ、とはいえ、幾つか気になるところはあり、</p>

<p>まず、5％と言った時、その母集団はどれくらいの規模か、ということになる。アメリカで開発している場合は、英語圏はまず、その対象になる。アメリカ、イギリス、それにイギリス連邦加盟国、それにEUぐらいまでは黙っていても対象になる。まず、それだけの母集団の規模がある、ということ。</p>

<p>それから、Armentの言っている「返礼としての対価の支払」という考え方は、とてもアメリカ的なものであることだ。いわゆるフリーマーケットの存在や、バザーなどの寄付の機会が頻繁にある日常があるからこそ、「返礼としての対価」という考え方を人々に訴えることができる。</p>

<p>さらに、ウェブ企業はアプリ開発が基本となるが、ユーザーが当該サービスをアクセスしてくれるには、ウェブ利用の契約や、PCやスマートフォン、タブレットなどの端末の購入が、既に社会的慣習となっていることだ。それらが環境としてあり、直接、個々のウェブの企業がコストとして認識せずに済んでいる。だから、企業の規模がまさに小さい時にはこうした問題に直面しないが、大きくなると、このようなウェブ環境のエコシステムそのものが、事業に関わってこざるをえない。たとえば、net-neutrality等はその手の問題の一つだ。</p>

<p>もちろん、だからこそ、小さいままが一番、という態度をとれるのでもあるが。</p>

<p>とはいえ、一点目、二点目が当たり前と思えるのはアメリカという社会環境の下にあるから、というのは気にかけておいてもいいと思う。つまり、日常の営業活動が、どのような環境の下で成り立っているのかというのを気にかけるということだ。</p>

<p>Armentが至極まっとうなことを言ってるだけに、ベースとなる規模や慣習の違いを気にかけることは大切だ。シリコンバレーのVCだけがウェブ企業の起業のあり方を支えているわけではない、ということの事例でもあるだけに、尚更、その背景まで考慮に入れておく必要があると思う。</p>

<p>もちろん、Armentのような営業キャッシュフローベースでビジネスを回したところが、そのままユーザーベースを拡大して大きく成長することもある。特に、アプリ開発ではそれが起こりやすい。そのような、嬉しい期待の外れ方も実際には起こりうる。</p>

<p>いずれにせよ、FacebookやTwitterの周りで景気のいい話ばかりが飛び交う中で、このように実直にビジネスを回しながら、とはいえ、「返礼という支払い動機」を定着させようとする動きがあることは興味深いことだと思う。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Googleが支援するdigital Journalism</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000896.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.896</id>

    <published>2011-03-02T22:27:02Z</published>
    <updated>2011-03-02T22:28:00Z</updated>

    <summary>Googleは、journalismにおけるinnovationを後押しするために資金援助を行っている。その対象となるようなウェブサイトを紹...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>Googleは、journalismにおけるinnovationを後押しするために資金援助を行っている。その対象となるようなウェブサイトを紹介している、とてもFast Company的な記事。</p>

<p><a href="http://www.fastcompany.com/1731861/googles-journalism-prize-5-innovative-models">Google's Journalism Prize and the 5 Groups Who Should Win It</a><br />
【Fast Company: February 28, 2011】</p>

<p>興味深いのは、上で紹介されてるウェブサイトの多くはいずれも不偏不党の公正な情報を提供するというタイプのものではなく、むしろ、あるcause＝社会的正義に基づいて、つまりある立場を選択した上で、情報を公開したり、情報を収集することに集中したサイトであるということ。つまり、ジャーナリズムと言う時、「ジャーナリズムという活動を通じて達成される公共的善」の部分に重点が置かれていることで、そのような「公共的善」を実現するための情報の入手や流通に関わるのが、彼らの想定するjournalismの解釈であるようだ。</p>

<p>もちろん、この解釈は相当ウェブに傾斜したものではある。しかし、たとえば、メディアを経済的に支える「広告」の仕組みが、Googleの登場によって、「商品の提供者と必要者との間を情報的に媒介する役割」というぐらいまで抽象化されたところで、検索広告が生まれ、社会に定着したことを踏まえると、あながちありえない解釈ともいえないだろう。</p>

<p>実際、ある当事者に関わる情報だけなら、今日、その当事者のウェブを通じても得ることができる。そのため、ジャーナリズムと呼ばれるもので期待されるのは、それではカバーされない情報や、そうした情報の解釈（真贋を含む）に関するものとなるだろう。前者の究極が、いわゆるinvestigative reportingというものになる。そして、後者については、解釈のためにはある立場や視点をとらざるを得ず、そのため、何からの意味でadvocacy的要素を帯びることになる。アメリカの場合であれば、ウェブが登場してから、中立的なCNNの接触が減って、党派性を持つMSNBCやFoxへの接触が増えた、というのが顕著な例だろう。</p>

<p>いずれにしても、このような方向でのjournalismの変質をイノベーションとして捉え、Googleは支援していくことになるようだ。</p>

<p>なお、欧州については、そのようなjournalismのイノベーションの推進プログラムとしてウィーンに本部がある、International Press Institute(IPI)による</p>

<p><a href="http://www.ipinewscontest.org/">IPI News Innovation Contest</a></p>

<p>を中心に据えるようだ。</p>

<p><br />
なお、Googleの意向については、以下に挙げた同社のブログエントリーが参考になる。</p>

<p><a href="http://googlepolicyeurope.blogspot.com/2011/02/investing-in-news-innovation-in-europe.html">Investing in news innovation in Europe</a><br />
【Google European Public Policy Blog: February 23, 2011】</p>

<p><a href="http://googleblog.blogspot.com/2010/10/5-million-to-encourage-innovation-in.html">$5 million to encourage innovation in digital journalism</a><br />
【The Official Google Blog: October 26, 2010】<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>新聞社が自分で直接広告枠を売る時代</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000897.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.897</id>

    <published>2011-03-02T06:10:20Z</published>
    <updated>2011-03-02T08:12:00Z</updated>

    <summary>傘下に大手の新聞社とテレビ局をもつ、New York Times Co.、Hearst、Tribune、Gannett の四社が以前から形成...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>傘下に大手の新聞社とテレビ局をもつ、New York Times Co.、Hearst、Tribune、Gannett の四社が以前から形成していたコンソシアムの名でQuadrantOneという名のオンライン広告取引システムをつくるという。</p>

<p><a href="http://adage.com/article/digital/york-times-hearst-tribune-form-private-online-ad-exchange/149122/">New York Times Co., Hearst, Tribune and Gannett Form Private Online Ad Exchange</a><br />
【AdAge Digital: February 27, 2011】</p>

<p>といっても、優良物件としての NYTimes.com、USAToday.com 、About.comについては扱いの対象外ということなので、実際は、いわゆる販売にあぐねるメディア枠の売買が中心になる。要するに、土壇場まで売れ残る枠について、間にバイヤーを挟んで彼らの手数料分割高になって売れないという事態や、売れても彼らに手数料を引かれる、ということを避け、とにかく売上を立て、できれば多少なりとも利益に組み込みたい、というのが狙いとなる。</p>

<p>簡単にいうと、仲介手数料を通じてまで他のアドネットワークに販売を委ねることをやめるということ。足下の景気低迷で、止むに止まれぬ事態から、ということもあるだろうが、同時に、iPadのようなタブレット上のアプリによる提供も始まり、同一ブランドの異なるメディア提供の機会も今後は増えるであろうということを見越して、自分たちの手元に管理方法を一度できるだけ集約させたいというのもあるのだろう。</p>

<p>公平のために付け足すと、規模が大きくなれば仲介業者が介在することにはメリットもきちんと生じるものなので、今はとにかく過渡期にあるということ。そして、アメリカのメディア企業、とりわけ、ジャーナリズムに関わるメディア企業は、そのような現状認識の下で、いわばルビコン川を渡ってしまったということだと思う。</p>

<p>昨日のTina BrownのNewsweek+Daily Beast やArianna Huffington のHuffPo+AOLもあることだし、今年は、アメリカのジャーナリズムはウェブやタブレットとともに、大分様変わりしていく年になるような予感がしてきた。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Tina BrownはNewsweekをいかに再生するのか？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000890.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.890</id>

    <published>2011-03-01T10:50:16Z</published>
    <updated>2011-03-01T10:51:30Z</updated>

    <summary>Newsweekを買収したDaily Beastが、AtlanticからアルファブロガーであるAndrew Sullivanを引き抜いたとい...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>Newsweekを買収したDaily Beastが、AtlanticからアルファブロガーであるAndrew Sullivanを引き抜いたという。Sullivanの他にも知名度のあるブロガーやエディター、ライターの獲得にDaily Beastは奔走しているようだ。</p>

<p><a href="http://mediadecoder.blogs.nytimes.com/2011/02/27/andrew-sullivan-joins-tina-browns-team-at-the-daily-beast-and-newsweek/?ref=media">Andrew Sullivan Joins Daily Beast and Newsweek</a><br />
【New York Times: February 27, 2011】</p>

<p><a href="http://mediadecoder.blogs.nytimes.com/2011/01/31/newsweek-daily-beast-hire-two-more/">Newsweek and Daily Beast Hire Two More</a><br />
【New York Times: January 31, 2011】</p>

<p>Newsweekの再建を任されたTina Brownの近況については例えば次の記事が参考になる。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2011/02/21/business/media/21-tina-brown-newsweek-daily-beast.html?hp">Tina Brown’s Quiet Restart of Newsweek</a><br />
【New York Times: February 20, 2011】</p>

<p>Tina Brownは、雑誌の名編集長と呼ばれる人物の一人で、84年から92年までVanity Fairを、92年から98年までNew Yorkerの編集長を務めた。VFでは写真家のAnnie Liebovitzを起用し、今に続く同誌の、グラフィカルな構成の雛形をつくった。VFにせよ、NYerにせよ、在任中は数々の賞を受賞した。NYerを退社した後は、Talkという雑誌を立ち上げたが上手くいかず、その後は執筆やテレビ番組の進行役を務めていた。</p>

<p>その彼女が、メディアグルの一人であるIACのBarry Dillerと組んで始めたのが、今回Newsweekとの合併を決めたDaily Beastというウェブサイトマガジンだ。今後は、両者の統合を図っていくようだ（なにしろ、会社としては、The Newsweek Daily Beast Companyとなったため）。</p>

<p>Tina BrownはNewsweekとDaily Beastとを統合しつつ、新たな雑誌とウェブサイトの両方の再生を図ることを期待されている。</p>

<p>正確に言うと、再生というよりは新生だ。つまり、VFに写真の要素を大々的に入れ、それを通じていわゆるセレブリティへのアクセスもある雑誌のポジションを確立したようなことを、今回も期待されている。</p>

<p>とはいえ、不安要素は多い。</p>

<p>第一には、身も蓋もないことだが資金のこと。NewsweekはWashington Post CompanyからSidney Harmanという人物に一旦買い取られた。Daily Beastとの合併はHarmanと行われた。そのHarmanが再建に用意している資金は、3年間で4000万ドルということだが、しかし、その額は、Newsweekが昨年の一四半期だけで費やしたコストに相当するという。この額の感覚をどうするか、ということ。</p>

<p>また、上のNYTの記事によれば、Tina Brown が成功させたといわれるVFやNYerも当時、雑誌の収支としては赤字だったということ。要するに、Tina Brown自身は衆目を集める手立てには長けていても、雑誌を単体で利益を生むようなことをしたことはないということだ。この点は、非常に危ぶまれる。</p>

<p>ちなみに彼女が在任中だった90年代はアメリカは好景気を経験していた時で、いうまでもなく好景気時は、（放っておいても、というのはいささか語弊があるかもしれないが）広告がガンガン入ってくる時だ。だから、好景気の時は、とにかく発行部数を増やし広告の売上を上げるのは理にかなった方法になる。その意味では、Tina Brownの取った、「目立つ」方法は間違っていなかった。セレブリティとのアクセスは当然、彼らからの信任にもつながる。</p>

<p>不安要素の第二点は、Tina Brownが既に57歳である、ということ。これは、ウェブをメディア化していくときにプラスとなるかマイナスとなるかは、微妙なところだ。</p>

<p>ウェブとしての流通性を高めるために、冒頭に紹介したように、たとえば、Andrew Sullivanを彼のブログごと移籍させる、というようなことに着手しているわけだが、ブログの集積とブロガーのネットワークということであれば、先日AOLによる合併が決まったHuffington Postの方が圧倒的だろう。</p>

<p>（ブロガーのサイトごとの移籍というのは面白い現象ではある。ブロガーがいわば新聞のコラムニストのような位置づけを得た、ということだ）。</p>

<p>もちろん、Arianna Huffingtonの今後の手腕にもよるが、とりあえず、AOLは一定数のユーザーベースは持っている。これをベースにメディアとしてのレバレッジをかけられるHuffPoとはやはり環境が違う。VFに写真を導入し、というようなことが、果たしてブロガーを参集するぐらいで何とかなるものなのか、というのも当然疑問になる。</p>

<p>こう書いてくると、Newsweekの将来には簡単な成功の道はないように思えてくる。</p>

<p>少なくとも確実なのは、NYTの記事にもあるように、「ゼロベースで新しいサイトと雑誌を作ったほうが早いし、その方が重要だ」ということだろう。つまり、Newsweekは様変わりせざるを得ない、ということだ。</p>

<p>BusinessWeekもBloombergに買収されて記事の内容が全く変わった。それでも、彼らは一応、BusinessWeekという看板は残している。それと同じようなことがNewsweekにも起こるということだろう。</p>

<p>いずれにしても、ウェブはユーザーの動きにどこまで適応するか、というのが第一で、ついで、そのユーザーに対して、ウェブ上開発されている広告手法をどう差し込むか、そして、それを翻ってどう誌面の方に転用するか、が大事になる。この点で、Tina Brownが一体どんな新生Newsweekを世に送り出すのか、その続報に期待したいと思う。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Twitter人気が示唆する10年代の新しい金融取引の可能性</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000893.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.893</id>

    <published>2011-02-28T04:58:26Z</published>
    <updated>2011-02-28T04:59:56Z</updated>

    <summary>J.P.モルガンがファンドを通じて、Twitterへの出資＝株式取得を検討中との報道。 J.P. Morgan Fund in Talks ...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>J.P.モルガンがファンドを通じて、Twitterへの出資＝株式取得を検討中との報道。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748704288304576171033398632972.html?mod=WSJ_Tech_LEFTTopNews">J.P. Morgan Fund in Talks to Take Twitter Stake</a><br />
【Wall Street Journal: February 28, 2011】</p>

<p>件のファンドは、先日伝えられていた以下のもの。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748703515504576142410532498754.html">J.P. Morgan Plans New-Media Fund</a><br />
【Wall Street Journal: February 14, 2011】</p>

<p>基本的には、ソーシャルやデジタルと冠したサービスを提供するウェブ企業を中心構成されるファンドということのようだ。Groupon やZyngaも対象となっている。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748703515504576142693408473796.html?mod=WSJ_Tech_LEADTop">Zynga's Talks With Investors Value Gaming Concern at Over $7 Billion</a><br />
【Wall Street Journal: February 14, 2011】</p>

<p>Twitterについては、むしろ、テックバブルの再来ということで、しばらく前から注目を集めていた。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748703716904576134543029279426.html?mod=WSJ_hp_LEFTTopStories">Twitter as Tech Bubble Barometer</a><br />
【Wall Street Journal: February 10, 2011】</p>

<p>Twitterの評価額が上がり続けているのがバブル化の予兆ではないか、ということ。</p>

<p>冷静に考えれば、年初にあったゴールドマンによるFacebookへのファンドを通じた出資がSECの規制に引っかかりそうであり（未上場企業が500以上の株主をもった場合、実質的に上場≒公開企業と同じものと見なす、という規制）、後続の投資家が、またゴールドマンと同業のJ.P.モルガンが、Facebookの次に位置する企業はどこか、と探すと、筆頭がTwitterで、次点にGroupon やZyngaが浮上する、ということなのだろう。TwitterやGroupon については、Google等から買収のオファーがあるにもかかわらず、それを受け入れないでいるのは、こうした、未上場株のレベルでの取引が、ウェブ企業の周辺では局所的に盛り上がっているから、ということなのだろう。同時に、ファンドで一度アンブレラを作り、取引情報を秘匿することで、仲介者としてのファンド≒投資銀行が、出資先企業に対しても、投資家に対しても情報的に優位に立つことを考えてのことだと思われる。</p>

<p>少し話はずれるが、こうした投資銀行（≒ファンド）と未上場株取引の興隆は、もしかしたら、世界の株式市場が互いに買収の対象になっていることとも関係しているのかもしれない。</p>

<p>先日発表されたように、ドイツの証券市場であるBörseが,アメリカの中核的証券市場であるNYSE（New York Stock Exchange）を買収する方向にあるようだ。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748703310104576134653031893900.html?mod=WSJ_hp_LEFTWhatsNewsCollection">Germans in Talks to Buy Big Board</a><br />
【Wall Street Journal: February 10, 2011】</p>

<p><a href="http://dealbook.nytimes.com/2011/02/09/nyse-euronext-and-deutsche-borse-in-merger-talks/?hp">German Börse in Talks to Buy the Big Board</a><br />
【New York Times: February 9, 2011】</p>

<p>つまり、ニューヨークにおける証券取引で、ドイツの意向が反映されるような可能性も今後はありえる。ドイツは、リーマンショック以前から、ヘッジファンドを規制しようと主張してきたこともあり、全般的に野放図な金融取引のあり方に懐疑的なスタンスをとっている。たとえば、それはドイツが大陸欧州における製造業の中心だから、ということも影響していると思う。</p>

<p>そして、アメリカ国内においても、Wall Street vs Main Street と言われるように、ウォール街の金融産業は、製造業等の実業から不当に利益を得ている、あるいは、倫理に反する利益の上げ方をしていると非難されることは多い。製造業が中心となる地域が欧州とアメリカ国内で結託した場合、ウォール街（＋ロンドンのシティ）の動きが牽制されるような事態も生まれなくはない。</p>

<p>となると、上場先の株式市場の制約を受けずに、未公開株のレベルで売買が秘密裏に行われるのは、ウォール街からしてみれば一種の防衛策になる、というでもある。もっとも、既にFacebookの取引について、規制当局＝SECは疑問に感じているようなので、そうそう続けられるものではないかもしれないが。</p>

<p>いずれにしても、金融産業の過去20年間ほどの「イノベーション」とは、実質規制をいかにしてかわしながら、新しい取引形態を築くか、という点に焦点があたっていたといっていいだろう（一連の金融工学商品がそのいい例）。その意味で、ここのところの、ゴールドマンやJ.P.モルガンの動きも、そのような視点で捉えてみてもいいように思う。</p>

<p>場合によると、2010年代に特徴的な金融取引のあり方が、既に現れ始めているのかもしれない。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>FacebookのNo.2のSandberg、大統領のアドバイザリーメンバーへ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000892.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.892</id>

    <published>2011-02-28T00:02:32Z</published>
    <updated>2011-02-28T00:03:47Z</updated>

    <summary>ホワイトハウスで主催される、the Council on Jobs and Competitiveness（雇用と競争力の検討会）のメンバー...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>ホワイトハウスで主催される、the Council on Jobs and Competitiveness（雇用と競争力の検討会）のメンバーが発表され、第一回の会合が開催された。例のImmelt（GE）とOttellini（Intel）が参加する会合だ。</p>

<p><a href="http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2011/02/24/AR2011022402637.html">Business leaders to Obama: We need more skilled workers and less uncertainty</a><br />
【Washington Post: February 24, 2011】</p>

<p><a href="http://blogs.wsj.com/washwire/2011/02/24/jobs-council-gets-off-to-competitive-start/">Jobs Council Gets Off to Competitive Start</a><br />
【Wall Street Journal: February 24, 2011】</p>

<p>22人のメンバーの所属は以下が詳しい。</p>

<p><a href="http://blogs.wsj.com/washwire/2011/02/23/obama-picks-22-for-jobs-council/">Obama Picks 22 for Jobs Council</a><br />
【Wall Street Journal: February 24, 2011】</p>

<p>メンバーとして興味深いのは興味深いのは、FacebookのNo.2である、Sheryl Sandbergもメンバーとして検討に加わったことだろう。Zuckerbergではなく、というところが、この会合が実務家の、経営者の経験がある人たちによって、現実的で（できるだけ）即効性のある提案を行っていこうという性格のものであることがよくわかる。</p>

<p>SandbergはFacebookに移籍する前は、世銀、財務省、Google、と政府のような公共性の高い組織と民間企業の両方に席を置いていた。ある意味で、民間企業の経営者の立場で政府の諮問会議に参加するというのは、彼女が描いていた理想的状況のひとつかもしれない。問題解決を行うのは、政府であれ企業であれ、組織だから、というのが彼女の見方だからだ。</p>

<p>今後の会合の進展の中で、Sandbergがどのような役回りを担うのか、興味深く見ていきたい。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Rahm Emanuel、シカゴ市長選で圧勝</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000891.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.891</id>

    <published>2011-02-23T06:24:42Z</published>
    <updated>2011-02-23T06:26:18Z</updated>

    <summary>オバマ大統領のホワイトハウス首席補佐官を務めていたRahm Emanuelがシカゴ市長選で圧勝した。 Emanuel Triumphs in...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>オバマ大統領のホワイトハウス首席補佐官を務めていたRahm Emanuelがシカゴ市長選で圧勝した。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2011/02/23/us/chicago-mayor-election.html?hp">Emanuel Triumphs in Chicago Mayoral Race</a><br />
【New York Times: February 22, 2011】</p>

<p><a href="http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2011/02/22/AR2011022206506.html?hpid=topnews">Rahm Emanuel elected Chicago mayor, avoids April runoff with majority of vote</a><br />
【Washington Post: February 22, 2011】</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748703529004576160151854450230.html?mod=WSJ_hp_MIDDLENexttoWhatsNewsSecond">Emanuel Wins Big in Chicago</a><br />
【Wall Street Journal: February 23, 2011】</p>

<p>シカゴの投票数の55％を確保し、他の6候補を押さえての圧勝。対抗馬と目されていたGery J. Chico候補（現職シカゴ市長のRichard M. Daleyの元Chief of Staff=首席補佐官）は24％にとどまり、再投票を経ずにEmanuelのシカゴ市長選出が決定した。</p>

<p>シカゴ市長の交代は22年ぶり。現職のDaleyは父もシカゴ市長を務めていたので、父子で合わせて、過去55年間のうち42年間はDaley父子がシカゴの市政を牛耳ってきたことになる。</p>

<p>ということで、Emanuelの選出は、シカゴ市にとっては大きな変化となる。Daley家はアイルランド系であるのに足して、Emanuelはユダヤ系というのも、新しい変化だ。</p>

<p>シカゴは、19世紀末には摩天楼が登場し、アイルランド系やポーランド系のカソリックが多かったこともあり、早い段階で労働者側の組合運動が起こったところで、それがシカゴ市やイリノイ州の政治の軸を作ってきた。</p>

<p>シカゴは現在人口数で、ニューヨーク、ロサンゼルスに次ぐ全米第三位の年だが、近年、人口は減り続けており、遠からずヒューストン（テキサス州）に抜かれそうな情勢にある。一般的には都市としてのピークを過ぎたと認識されている。だから、今回のEmanuelの勝利は、都市としての衰退がDaley家の市政に起因するところがあるという空気があり、そこで新風を入れたいということもあったのだと思う。</p>

<p>Emanuelはオバマの首席補佐官を勤める前は、イリノイ州選出の下院議員で、2006年の下院の中間選挙を指揮し、デモクラットが過半数を獲得した立役者だ。その流れは、確実に、2008年に大統領選でデモクラットのオバマ候補の勝利にも繋がっている。</p>

<p>そうしたホワイトハウスとの繋がりも、今後のシカゴを浮揚させるためには必要だとみなされたといっていいと思う。</p>

<p>いずれにしても、Emanuelはシカゴ市長になったことの影響は今後ジワジワと出てくるように思う。</p>

<p>さらにいえば、これでEmanuelはオバマ後のデモクラットの大統領候補の一人に名を連ねることになった。もちろん、本人が希望しない限り、実際にそのような動きは起こらないが、シカゴ市長は、ニューヨーク市長が他の州知事と並んで、大統領候補とみなされるポジションだからだ。</p>

<p>つまり、連邦議会下院議員よりも、州知事や大都市市長を務めたほうが、政治的にアピール力があるということになる。単純な比較は余り意味が無いことだが、日本で国会議員と県知事や市長とどちらかが格が上か、といえば、多くの人は国会議員だと答えるだろう。そのような視点で、アメリカの政治の動きを見てはいけない、ということを、Emanuelの例はよく示していると思う。</p>

<p>州知事や大都市市長が大統領候補のリストに載るのは、巨大な行政組織を切り盛りした経験（特に予算の扱い）と、それに伴う各界とのネットワークの幅広さにある。この点で、Emanuelが今後、どう化けるのか、というのも気になるところ。</p>

<p>2012年の大統領選に向けて、現在、GOPは候補者選びに余念が無い。そのようなスケジュール感覚で言うと、仮にオバマが再選された場合でも、デモクラットは、2016年の大統領選に向けて、2014年には準備を始めなければならなくなる。シカゴ市長となるEmanuelの場合、今から約3年半はある。概ね大統領の一期分の期間だ。そう考えると、あながち、Emanuelが次の候補のひとりになるという線もない話ではない。なにしろ、彼は既にワシントンDCやデモクラットの重鎮とはネットワークを築いているからだ。</p>

<p>いずれにしても、この先が楽しみだ。</p>

<p>ところで、最後にもう一つ。</p>

<p>上述したようなことを考えると、やはり、アメリカの場合は、選挙日程が予め（機械的に、と言えるほど）定められていることの意味は大きいと感じる。いつまでにどのようなことを用意すればいいか、見通しを立てやすいからだ。その見通しの立てやすさは、主体たるEmanuelだけでなく、彼の周りのスタッフ、さらには、彼を神輿として担ごうとする人たちにとってもそうだ。</p>

<p>選挙戦は長丁場になるため、真剣にそれに加わろうとするものは、あるタイミングで、たとえば今務めている会社を辞めて、キャンペーンに加わることになる。その功労に応じて、連邦政府入りすることも夢ではないからだ。いわゆる猟官制であり、これには弊害があることは十分わかっているが、しかし、厳格な選挙戦スケジュールと猟官制の存在が、企業にいる人が政治的な行動にか関わろうとするためのきっかけとインセンティブになっていることは否定できないと思う。</p>

<p>何事にもタイミングと見通しが必要で、そのような枠組みが選挙の形でアメリカには備わっている。アメリカでは選挙と政治は不可分のものだといわれるのは、こうしたところにもある。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>デトロイト化するシリコンバレー？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000889.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.889</id>

    <published>2011-02-20T23:38:42Z</published>
    <updated>2011-02-20T23:40:12Z</updated>

    <summary>元Sun MicrosystemsのCEOで同社の創業者メンバーの一人でもあったScott McNealyがインタビューを受け、シリコンバレ...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>元Sun MicrosystemsのCEOで同社の創業者メンバーの一人でもあったScott McNealyがインタビューを受け、シリコンバレーはかつてあった活力を失っているとに答えている。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748704422204576130520662465078.html">Former Sun CEO Worries About Region's Prospects</a><br />
【Wall Street Journal: February 10, 2011】</p>

<p>製造もデザイン（この場合は設計だと思う）もcomputing（多分プログラムを実際に稼動させるサービス）もシリコンバレーでは行っておらず、海外に出てしまっている。こうした変化に、教育も規制も政策も全く追いつけていない、というのがMcNealyの主張。</p>

<p>加えて、企業のオプションを減らして活力を削ぐように、連邦政府も州政府もシリコンバレーに首を突っ込み、必要のないところまで規制を行う。企業年金も多すぎるし、組合化も過剰である、というのが、さらにシリコンバレーの勢いを減速させている、という見方のようだ。</p>

<p>要するに、McNealyの目からすれば、シリコンバレーはデトロイトのようになってしまったようだ。デトロイトは、アメリカの自動車産業の象徴としていわれる。自動車業界のBig 3のうちGMとChryslerは、リーマンショックの直後に連邦政府の救済措置を受け入れなければならないくらい硬直化した組織となっていたと言われている。</p>

<p>McNealyはSunの創業者であったことを踏まえれば、いささか企業経営者の視点から事態を見すぎてしまっているようにも思えるが、FacebookやTwitter、Zyngaのようなウェブ企業を除くと、シリコンバレーも経済情勢はあまりよくないというのが実情だ。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748704081604576144580448501232.html?mod=WSJ_WSJ_News_SanFranciscoBayArea68_4">In Silicon Valley, Recovery Remains Limited</a><br />
【Wall Street Journal: February 15, 2011】</p>

<p>McNealyも指摘しているように、Facebookのように現在注目を集めるウェブ企業の多くは、ソフトウェア開発が中心の労働集約的な企業が多いため、仮に成長しても、その経済波及効果は大きくない、ということだ。要するに、モノを作らなかいから、設備投資も大していらないため、知的能力の高い人達の中だけで利潤が回るに過ぎない、という見方だ。</p>

<p>この点は、McNealyが、ワークステーションやサーバーを製造し販売してきたSunのCEOであったことが効いてくる。</p>

<p>そして、だからこそ、例のSOTUでオバマ政権の政策として主張されたように、</p>

<p>● 未来の被雇用者予備軍の技能を、主にMath & Scienceの点から底上げする一方で、</p>

<p>● 大望のある優秀な留学生がアメリカ国内で起業することで就労機会を増やすようにするようビザのあり方をてこ入れする、</p>

<p>必要がでてくることになる。</p>

<p>その意味では、McNealyの受け答えは、大きな構図にも当てはまっていることになる。</p>

<p>記事を読む限り、McNealyはすっかり隠居を決め込んだ元経営者のようにも見える。その分、彼の発言は、過去のシリコンバレーを懐かしむトーンに包まれているような印象を持つ。</p>

<p>となると、大切なのは、彼とともに嘆息するのではなく、こうした状態を受けて何をするのか、ということにある。</p>

<p>ということで、IntelのOtelliniやGEのImmeltが、連邦政府入りしたところで何をするのか、気にかけたい。<br />
彼らはともに、製造業の経営者だから。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>オバマ、西海岸へ行く： 数学と科学が次代を支える</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000888.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.888</id>

    <published>2011-02-19T23:11:28Z</published>
    <updated>2011-02-19T23:12:32Z</updated>

    <summary>State of the Union (SOTU：一般教書演説)で、アメリカ経済を浮揚させるために、イノベーションに焦点をあてた（産業）政策...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>State of the Union (SOTU：一般教書演説)で、アメリカ経済を浮揚させるために、イノベーションに焦点をあてた（産業）政策を進めようとしているオバマ大統領がシリコンバレーのCEOとのミーティングを行いに、西海岸に出向いた。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748704900004576152254129083120.html?mod=WSJ_Tech_LEADTop">Obama Talked R&D With Jobs, Zuckerberg</a><br />
【Wall Street Journal: February 18, 2011】</p>

<p><a href="http://bits.blogs.nytimes.com/2011/02/18/the-mystery-of-obamas-dinner-with-tech-execs/?ref=technology">The Mystery of Obama’s Dinner with Tech Executives</a><br />
【New York Times: February 18, 2011】</p>

<p><a href="http://www.siliconvalley.com/ci_17415024?nclick_check=1">Obama meets with Silicon Valley tech elite</a><br />
【SiliconValley.com: February 18, 2011】</p>

<p>サンフランシスコに着いたオバマ大統領は、有名なベンチャーキャピタルの一つであるKleiner Perkins Caufield & Byers（KPCB）のパートナーを務めるJohn Doerrの私的晩餐会に参加した。</p>

<p>そのディナー参加メンバーは以下のとおり。</p>

<p>- John Doerr, partner, Kleiner Perkins Caufield & Byers<br />
- Carol Bartz, president and chief executive officer, Yahoo<br />
- John Chambers, C.E.O. and chairman, Cisco Systems<br />
- Dick Costolo, C.E.O, Twitter<br />
- Larry Ellison, co-founder and C.E.O., Oracle<br />
- Reed Hastings, C.E.O., Netflix<br />
- John Hennessy, president, Stanford University<br />
- Steve Jobs, chairman and C.E.O., Apple<br />
- Art Levinson, chairman and former C.E.O., Genentech<br />
- Eric Schmidt, chairman and C.E.O., Google<br />
- Steve Westly, managing partner and founder, The Westly Group<br />
- Mark Zuckerberg, president, and C.E.O., Facebook</p>

<p>AppleのJobsやFacebookのZuckerberg、GoogleのScmidtと言うまでもなくシリコンバレーのオールキャストという感じだ。</p>

<p>基本的には、ハイテク企業のCEOが集まっているが、Doerrの他に、Stanford UniversityのPresident（総長）であるJohn Hennessyが参加しているのも興味深い。様々な意味でStanfordがシリコンバレーに深く関与していることの現れだ。大学で起業の元となる研究を行い、実際に起業も支援し、そうして立ち上がったスタータップの経営に携われる人材も同時に育成する。そのような協力体制があればのことだろう。</p>

<p>晩餐会は非公開であったため、何が歓談されたか詳細は不明だが、とはいえ、基本的には、SOTUの内容を、シリコンバレーのCEOらがどう受け止めたかを聞き出し、どのような条件であれば実際に、シリコンバレーの企業群とホワイトハウスの間で連携可能か、などについての意見交換が行われたのだろうといわれている。</p>

<p>会場には、Steve Jobsが参加しており、健康問題への懸念をとりあえずは払拭する形になった。また、日頃ラフな格好でメディアに現れるZuckerbergがスーツ姿で登場したのも注目を集めたようだ（しかし、その様子は就活中の学生のようにも見え、彼がとても若いCEOであることを改めて確認された感じがする）。</p>

<p>このサンフランスシスコでの晩餐会の翌日には、オバマ一行はオレゴンにあるIntelの工場を訪れ、CEOのPaul Otelliniの歓待を受けた。Otteliniのスピーチを受けてオバマもスピーチを行うという構成だった。</p>

<p><a href="http://www.oregonlive.com/politics/index.ssf/2011/02/president_obama_wraps_up_speec.html">President Obama wraps up speech, visit to Intel and leaves Portland</a><br />
【OregonLive.com: February 18, 2011】</p>

<p>Intelが訪問先として選ばれたのは、OtelliniホワイトハウスのCouncil on Jobs and Competitivenessのメンバーとなるからでもある。</p>

<p>そのOtelliniのスピーチはある意味でオバマのものよりも興味深かった。スピーチのデリバリー（伝え方）はもちろんオバマの方が上手い。Otelliniのスピーチはよくある原稿読み上げ型だ。それでも、その内容はとてもよく出来ていた。</p>

<p>オバマがSOTUでも触れていたように、Otelliniが強調したのは、経済成長のためにはイノベーションが必要であり、そのイノベーションを進めるためには、Math & Science、つまり、数学と科学の訓練を受けた人材が不可欠であることを強調したことだ。</p>

<p>しかも、単にメーカーの研究員としてMath & Scienceが重要だといったのではなく、むしろ、イノベーションに必要な知的能力、思考力の母胎として、Math & Scienceを位置づけていた。</p>

<p>つまり、Math & Scienceの訓練を受け習得することで、critical-thinking（論理的思考力、批判的思考力）とproblem-solving（問題解決力）が養われると指摘した上で、その能力によって、次の四つの役割を担うことが出来るとしていた：</p>

<p>innovator, <br />
thinker, <br />
scientist, <br />
entrepreneur</p>

<p>つまり、イノベーションを起こす人、熟考出来る人、科学者、起業家、という役割をMath & Scienceを学ぶことで担うことが出来る。</p>

<p>いうまでもなく、Scienceには、いわゆるnatural scienceだけでなく、social scienceを含む。いわゆるrigorous(厳密)な思考力を要求される分野だ。</p>

<p>また、四つの役割の中にthinkerとあるのも興味深い。要するに、状況を深く理解し、持てる知識と知恵を総動員して、そもそも何が問題かをあぶり出し、どの問題から手をつけるか優先順位をつけ、実際の対応策を描くようなタイプの思考力を持つ人を、一つのプロとしてthinkerとしているところだ。</p>

<p>いずれにしても、この四つの並びが、IntelのCEOの口から語られたのは面白い。</p>

<p>実際、Otteliniは、優秀な人材は、ハイテク企業や製造業では不可欠と考え、外国籍の人間でもアメリカ企業で働けるよう、ビザのあり方について自説を展開していた（実際、ワシントンDCでロビイングも行っている）。</p>

<p>そういう人物が、GEのImmeltと同じように、実際にホワイトハウスに関わるようになるわけだ。たとえば、インドや中国からの留学生で、アメリカで工学博士や工学修士を取得した人が、そのままアメリカで働いたり、起業出来る環境をつくろうとするのかもしれない。</p>

<p>というのも、アメリカでもBrain Drain（頭脳流出）が今後問題になると考えられているからだ。</p>

<p>だから、アメリカ人でMath & Scienceを扱える人材を増やしながら、外国籍の人間がアメリカに留まるように出来る方向で政策を考える。</p>

<p>この点で参考になるのは、オバマのスピーチの方で、そちらでは、アメリカが科学技術で競合するであろう国としては、中国とドイツが挙げられていた（日本は言及されなかった）。中国については製造業全般での競争力が、ドイツについては、環境関連をはじめとする先端技術の分野についての競争力ということなのだろう。具体的なベンチマーク対象として特定の国を挙げ、そことの競合をどうするかについて策を練ろうとしているわけだ。</p>

<p>サンフランシスコの晩餐会にしても、オレゴンのインテル工場の訪問にしても、極めて具体的な文脈で、SOTUの目標を実現させていこうとするように思われる。</p>

<p>アメリカのトップ企業の経営者と連携しようとする動きは、既に2012年の大統領選を視野に入れているからのようだが、それでも、政策を具体化させていくプロセスとして具体的な訪問と、その意義を記憶にするためにスピーチを行う。そうすることで、初発のモメンタムを得ようとするわけだ。</p>

<p>いずれにしても、Math & Scienceが次代を支える、という発想は傾聴に値する。今後の具体策、とりわけシリコンバレーとの連携がどうなるのか、そして、どれくらい具体的にイノベーションが進められるのか、続報に期待したいと思う。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>インターネットは公共の広場であるとヒラリーは言う</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000886.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.886</id>

    <published>2011-02-16T10:13:04Z</published>
    <updated>2011-02-16T10:14:44Z</updated>

    <summary>クリントン国務長官が、インターネットの自由についてスピーチを行った。 Hillary Clinton: Internet repressio...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>クリントン国務長官が、インターネットの自由についてスピーチを行った。</p>

<p><a href="http://www.bbc.co.uk/news/world-us-canada-12475829?utm_source=twitterfeed&utm_medium=twitter">Hillary Clinton: Internet repression 'will fail'</a><br />
【BBC: February 15, 2011】</p>

<p>このBBCが一番簡潔に伝えていて、インターネットの自由をアメリカとしては大事にしていきたい、ということ。その一方で、例のWikiLeaksによるアメリカ外交文書の漏洩については「theft＝窃盗」と位置づけている。</p>

<p>このジレンマはなかなか根深く、NYT等の報道にそれは見て取れる。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2011/02/15/world/15clinton.html?_r=1&ref=hillaryrodhamclinton">U.S. Policy to Address Internet Freedom</a><br />
【New York Times: February 14, 2011】</p>

<p><a href="http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2011/02/15/AR2011021504505.html">Clinton calls for 'serious conversation' about Internet freedom</a><br />
【Washington Post: February 15, 2011】</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748703312904576146343476689806.html?KEYWORDS=hillary">Clinton Calls for Global Standards for Internet Use</a><br />
【Wall Street Journal: February 15, 2011】</p>

<p>インターネットの自由の確保については、たとえば、具体的には国外へのインターネットのアクセスに制限する国に対して、circumvent program=回避プログラムを開発することの助成を行うとしている。</p>

<p>しかし、そのような具体策が報じられている傍らで、件のWikiLeaksについては、刑事罰の裁判が行われ、検察側からTwitterアカウントについての情報開示が請求されている。Assangeら被告の弁護士たちは、それはFreedom of Expressionの原則にもとる、ということで、情報開示を拒んでいる。</p>

<p><a href="http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2011/02/15/AR2011021506483.html?sid=ST2011020802057">WikiLeaks, free speech and Twitter come together in Va. court case</a><br />
【Washington Post: February 16, 2011】</p>

<p>つまり、自由と検閲、自由とプライバシー、自由とセキュリティ、等が、一緒くたになって問題化してきている。そのセキュリティも、cyber-crimes（サイバー犯罪）やに関する方針が今年中に取りまとめられるという。</p>

<p>こう見ると、インターネットの自由も、従来何となく語られてきた漠然としたものではなく極めて具体的な権利の束として制定される日はそう遠くないようだ。</p>

<p>クリントン長官は、件のスピーチの中で、インターネットはpublic space（みんなの場所≒公共の広場）になったと指摘した後、具体的に、town square、classroom、marketplace、coffeehouse、nightclubと行ったものを挙げていた。街の広場であり、教室であり、市場であり、コーヒーハウスであり、ナイトクラブであると。これらが、アメリカ人ならイメージできるpublic spaceとして挙げられた。</p>

<p>ただし、これら一つ一つのpublic spaceのイメージは、やはりアメリカのもの、あるいはコーヒーハウスがわざわざ組み込まれているところからすると、アングロサクソン的なものと言っていいのかもしれない。</p>

<p>コーヒーハウスはイギリスでその昔、サロンのように人々が集い、お喋りをし、様々な情報を交換し、そうして新しい情報や物語を作っていった場所だ。街の広場とは、英米人が集う文字通りの広場であり、教室は子供が教育される場であると同時に大学であれば教授と学生が議論を交わす場だ。市場も、フリーマーケットやグリーンマーケットのような人々が三々五々やってきてはモノの交換をしながら意見を交わすところだ。ナイトクラブは、酒を交わしながら時に秘密の情報のやりとりが行われる場としてある。</p>

<p>そのような「情報の交換の場」として経験的に（アメリカ人が）理解できる場を掲げながら、インターネットの自由が具体的に象られていくことになる。</p>

<p>となると、おそらくは、そのイメージをどこまでアメリカ以外、あるいは英米以外の国の人々が無理なく共有できるのか、というのがこれからのポイントになってくるのだと思う。</p>

<p>イメージの共有は、コンセンサスの醸成とは異なり議論を経て実現されるものではない。むしろ、文化的理解の延長線上で、感覚的に、まさに気分として得られていくものだ。</p>

<p>片方にエジプト等の中東で起こった出来事があり、もう片方に先述のコーヒーハウスのような風習がある。今であれば、この二つの間で、具体的に、インターネットの自由がイメージされていくように思える。</p>

<p>抽象的な理念がどう具体化されていくのか。その具体化に、スピーチでも触れられている、Social Mediaと呼ばれるFacebookやTwitter等の一連のサービスがどう関わってくるのか。どうやらこの一年はそうした疑問を抱えながらインターネットの動きをながめていくことになりそうだ。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Internet Kill Switchを巡って</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000884.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.884</id>

    <published>2011-02-14T01:27:29Z</published>
    <updated>2011-02-14T01:28:35Z</updated>

    <summary>今週のThe Economistが、Internet Kill Switchについて短いが要点を押さえた記事を掲載している。 Reachin...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>今週のThe Economistが、Internet Kill Switchについて短いが要点を押さえた記事を掲載している。</p>

<p><a href="http://www.economist.com/node/18112043?story_id=18112043">Reaching for the kill switch</a><br />
【The Economist: February 10, 2011】</p>

<p>エジプトでインターネットがシャットダウンされた経験から、この話題は注目をあびるようになった。</p>

<p>上の記事にもあるように、1月末の、エジプトのシャットダウンが起こる直前に、アメリカでは、有事において、インターネットをシャットダウンさせる権限をアメリカ大統領に与える法案が連邦議会上院で検討されていた。</p>

<p>有事とはいわゆるサイバーアタックを想定している。アメリカ国内の社会経済的に枢要な施設のシステムが国外からハッキングされた場合、インターネットを一時的にシャットダウンさせることができる、というのが法案の主旨で、これは昨年から折りにふれ話題に出ていたサイバー・セキュリティ、つまり、インターネット上の保安のための措置の一つとして考案されていた。</p>

<p>この法案については、アメリカの主要紙（NYT、WSJ、等）ではほとんど取り上げていない。WiredやCNETがとりあげていたぐらいだ。</p>

<p><a href="http://www.wired.com/threatlevel/2011/01/kill-switch-legislation/">Internet ‘Kill Switch’ Legislation Back in Play</a><br />
【Wired: January 28, 2011】</p>

<p><a href="http://news.cnet.com/8301-31921_3-20029282-281.html">Internet 'kill switch' bill will return</a><br />
【CNET: January 24, 2011】</p>

<p><a href="http://voices.washingtonpost.com/posttech/2011/02/experts_weigh_in_on_kill_switc.html">Experts weigh in on 'kill switch' legislation</a><br />
【Washington Post: February 4, 2011】</p>

<p>The Economistの記事にもあるが、同様のシャットダウンの措置の権限については放送（テレビ、ラジオ）では導入されているため、インターネットも同様に、というぐらいの認識が主要紙の想定していたことなのかもしれない。</p>

<p>しかし、実際にエジプトでインターネットがシャットダウンされるところを目撃した後では、Internet Kill Switchの含意が様々に想像されてしまい、簡単には進めにくくなった、というのが実情のようだ。</p>

<p>もちろん、それはInternet Kill Switchが悪用された場合の怖さが想像されるようになってしまったからで、その点で、興味深いのは、エジプトの直後に、ドイツ、オーストリア、オーストラリアの各国政府が、そのような権限を求めることはしない、と声明を出しているところだ。そのような反応を即座に行う政府も存在するという点で、この話題が、非常に扱いの難しい問題であると言うことがわかってくる。</p>

<p>いくつかの価値がせめぎあう場面ということなのだろう。</p>

<p>エジプト直後には「インターネットの自由」が強調されるようになった。もちろん、これは生得の権利というものではないだろうから（なぜならインターネットが存在しなければそのような自由も想定され得ないから）、そのような権利をどう正当化していくのか、という話がある。たとえば、「表現の自由」から構成していくという方向もあるだろう。</p>

<p>他方、コミュニケーションの分野では「通信主権」ということもあって、むしろ、ある国がもつ主権の一つとして構成される。もちろん、民主政の下では主権者は国民ということになるので、字義通りに捉えれば、人々の集合的な権限ということになるのだが、実際は、主権の所在を巡る問題にはなりがちだ。</p>

<p>あるいは、通信主権といっても、インターネットの場合、その分散構造から、どこからどこまでを「ある領域の」インターネットというかは言葉で言われるほど容易ではない。また、インターネットはネットワークとして「しぶとい」構造を持つので、起こりうるシャットダウンに対してユーザーの方が備えることも可能となる。</p>

<p>たとえば、エジプトの一件以来、インターネットユーザーによる自己防衛的なネットワーク構築として、Mesh Networkに関心が集まっている。</p>

<p><a href="http://www.newsweek.com/2011/02/01/hackers-egypt-rescue-get-protesters-back-online.html">Hackers' Egypt Rescue: Get Protesters Back Online</a><br />
【Newsweek: February 1, 2011】</p>

<p>各人のPCにルーター機能を盛りこみ、その機能を持つPC同士ではインターネットのように通信しあうことができる。さらには、そのなかの一台が何らかの手段でインターネットに接続できれば、基本的にはそのPCとMesh Networkで通信するPCがみなインターネットを活用することが出来るというものだ。さらに、インターネットとの通信の仕方はもはや有線に限らない。無線でもいいとなるとその手段はさらに増える。</p>

<p>この点は、The Economistの記事でも言及していて、仮にInternet Kill Switch法案がアメリカで成立したとしても、「実際に」インターネットを所期の通りシャットダウンすることは容易ではない、ということのようだ（そのため、法案は、もっぱら法を定めることにより、問題の所在を認識し、それに対して抑止力を行使する意志がある、ということに重きを置いているようにも思える）。</p>

<p>いずれにせよ、インターネットを巡る様々な「価値観」が衝突する場に、Internet Kill Switchの話題があるようだ。</p>

<p>エジプに続きアルジェリアでもシャットダウンか？という話題がウェブの中を駆け巡るようになっている、最近の状況では、件のInternet Kill Switch法案を検討するタイミングとしてはあまり適切ではないだろう。したがって、アメリカ国外の情勢がある程度落ち着いたところで、再度、この話題が登場するのかもしれない。</p>

<p>その時、アメリカの動きが興味深いのは、おそらくは賛否両論がきちんと提出されることだ。裏返すと、ドイツやオーストリアやオーストラリアのように、即時にある価値選択（この場合は、Internet Kill Switchのような法案は提出しない→インターネットは自由であるを堅持する）をしないところだ。</p>

<p>これら三国の、あまりに早過ぎる反応は、穿った見方をすれば、この議論そのものを早期に封じるものであるように思えなくもないからだ。ドイツとオーストリアはテレビとナチの関係を想定してのものかもしれないし、オーストラリアについては、例のJulian AssangeとWikiLieaksの話題を気にしてのことなのかもしれない。</p>

<p>だから、多分、大事なのは、Pro/Con（賛成・反対）を提示して、ある手続きをもってどちらかを選択したという事実をきちんと記録していくことなのだろう。その点で、アメリカが、通常は頻繁に見られるように、Internet Kill Switchについても、Pro/Conを検討していくことに期待したいと思う。さすがに、エジプトの一件の後では、こっそり法案を通すということも不可能だと思いたいからでもあるのだが。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>意味よりもクリック－ウェブ広告の向かう道</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000880.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.880</id>

    <published>2011-02-11T05:55:18Z</published>
    <updated>2011-02-11T05:56:10Z</updated>

    <summary>案の定、マジソン街（アメリカの広告業界）で、AOLのHuffPo買収について、広告を出す側の視点から議論が生まれているようだ。 Advert...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>案の定、マジソン街（アメリカの広告業界）で、AOLのHuffPo買収について、広告を出す側の視点から議論が生まれているようだ。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748703716904576134081838041792.html?mod=WSJ_newsreel_technology">Advertisers Weigh AOL, Politics</a><br />
【Wall Street Journal: February 10, 2011】</p>

<p>HuffPoはリベラル支持、つまりデモクラットの支持に偏ったサイトであることはアメリカ人なら誰もが認めるものだ。そのリベラルへの傾斜が、HuffPoの影響のもとで再編されるAOLのサイトでの広告出稿に影響を与えるかどうかが、件のマジソン街で議論され始めたことだ。</p>

<p>影響があるという人たちは、当然、GOP支持の人達やユーザーがAOLから逃げ出す可能性を考えており、それによりHuffPoの上で展開されるべき広告内容やスポンサーにも配慮しなければならないとする。</p>

<p>一方、影響がないと考える人達は、なんであれ、大事なことは人々が集まってかつそこで見たウェブ広告をクリックするかどうか、だけが問題だと考える。</p>

<p>どちらが正しいかは、今後の様子をみなければわからないが、しかし、傾向としては、クリックの成果が意味を持つ方向に行きそうなのは、現在、広告を取り巻く「研究開発」の動向からすれば自然なものに思われる。</p>

<p>たとえば、先日、上場したNielsen Holdngsが、ニューロマーケティングといって、脳科学の成果の工学利用に多大な関心を示していることからもわかる。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748703293204576105881414446162.html?KEYWORDS=Nielsen+Holdings">Nielsen, Demand Media Jump on Debut</a><br />
【Wall Street Journal: January 26, 2011】</p>

<p>先月（1月）末に上場したNielsen Holdingsは上場で得た資金をNeuroFocusというニューロマーケティングを行う会社の投資に回している。</p>

<p>Nielsen Holdingsは、テレビの視聴率や雑誌の閲読率など、メディアへの接触実態を調査する会社の持ち株会社だ。ウェブが登場する以前は、テレビ視聴率の測定をほぼ独占することで磐石なビジネスを展開していたが、ウェブの登場で消費者の接触率の測定や、その利用の仕方が多様化することで、それへの対応を迫られた。</p>

<p>いうまでもなく、Googleのようなウェブ企業は、技術志向でイノベーション志向の企業だ。そこで開発される様々な「新たな測定手法やデータの活用法」に対してNielsenとしても対応せざるを得なくなった。そして、そのための技術開発には資金が必要になり、その資金需要を満たすために上場「せざるを得なかった」。</p>

<p>そして、上場した以上は、収益の拡大も目指さねばならず、そのために投資家にわかりやすい視点として、「技術開発の可能性」という経営戦略の軸を導入し、それにより将来の成長性を確保する必要がでてきた。そのための、一つの投資先がニューロマーケティングという「脳科学」の成果に基づく、未来の可能性だ。</p>

<p>ここには、鶏と卵的な状況がある。つまり、上場した以上は資金を研究開発に費やし成長オプションを（投資家に）示さなければならない。その一方で、Googleのような研究開発型企業と伍していくためには、自ら技術開発に手を染めなければならず、そのためには資金が必要となるから、IPOが次善の策となる・・・という具合だ。</p>

<p>その結果、広告行為は、常に測定対象とされ、その測定軸や効果と連関させるために、脳科学、あるいに、認知工学の成果が援用されるようになる。いや、援用しなければならなくなるといったほうがいいかもしれない。</p>

<p>こうして、意味よりもクリックの方が、広告の「意味」を形成する、と思われる広告理解の認識図式が強化されていく。</p>

<p>そのフレームのもとで、HuffPoのようなサイトの、「広告掲載メディア」としての可能性が測定されていく。</p>

<p>容易に想像できる仮説としては、リベラルか保守か、デモクラット支持かGOP支持かという政治的傾向性とは関係なく、食品・飲料などの日常品についての嗜好はあるだろう、とか、車やジュエリーなどの奢侈品的要素をもつものについては、その人の収入や居住区（勿論、収入と居住区にも相関はあるはずだが）の方が影響因子として強いとか、そのようなものだ。</p>

<p>そして、こうした仮説が、上手く行けば、ニューロマーケティング的なものによってある程度は保証され、そこから一つの支配的言説が形成されていくかもしれない。もちろん、その逆もあり得る。全く役に立たないかもしれない。</p>

<p>とはいえ、データ志向だけは強化される方向にあることは間違いないだろう。</p>

<p>そして、そうすることで、政治的傾向と消費的嗜好の相関の有無も確認されるかもしれない。</p>

<p>いずれにしても、HuffPoのような「特徴のある」ジャーナリズムサイトと広告の相性が明らかになるに連れ、従来、ジャーナリズムの文脈でしばしば示されてきた商業主義への忌避という態度も見直されるのかもしれない。そして、商業主義とは別の軸で、ジャーナリズムの存立基盤についても具体的に考えることが出来るのかもしれない。</p>

<p>その意味でデータ志向が活用されるならば、確かに、新しい可能性を開くように思える。</p>

<p>意味よりもクリック、ということを肯定的に捉える立場も生まれてくるかもしれない。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Tim Wu、FTCのアドバイザーとして連邦政府入りへ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000879.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.879</id>

    <published>2011-02-10T01:37:01Z</published>
    <updated>2011-02-10T01:40:41Z</updated>

    <summary>net neutralityの提唱者であり、コロンビアロースクール教授のTim Wuが、FTC=連邦取引委員会のアドバイザーに就任することが...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>net neutralityの提唱者であり、コロンビアロースクール教授のTim Wuが、FTC=連邦取引委員会のアドバイザーに就任することが決定した。</p>

<p><a href="http://bits.blogs.nytimes.com/2011/02/09/tim-wu-creator-of-net-neutrality-term-joins-f-t-c/?smid=tw-nytimesbits">Tim Wu, Creator of the Term ‘Net Neutrality,’ Joins the Federal Government</a><br />
【New York Times: February 9, 2011】</p>

<p><a href="http://voices.washingtonpost.com/posttech/2011/02/ftc_names_net_neutrality_exper.html">FTC names net neutrality expert Tim Wu senior adviser</a><br />
【Washington Post: February 8, 2011】</p>

<p>上のNYTの記事の最後にあるとおり、Wuのtweetで、今後政策の話はしない、とあったのでもしかしたら、政府入りするのかな、と思っていたのだが、まさにそのとおりの展開になった。</p>

<p>FTCは、司法省反トラスト局同様、反トラスト法（日本の独禁法に相当）をカバーする。つまり、ある産業の競争の維持や、その際の目的の一つである消費者保護を専門とした連邦政府機関だ。</p>

<p>Tim WuのFTCでの役割は、"a senior adviser for consumer protection and competition issues that affect the Internet and mobile phones" とあるから、</p>

<p>「インターネッ」トと「モバイル」の領域で「消費者保護」と「競争維持」</p>

<p>において、助言を行う立場になる。</p>

<p>しかも、コロンビア大学のリリースによると、これらの「長期に亘る」有り様を検討するのがWuのミッションのようだ。</p>

<p>ということは、実質、Wuが連邦政府内における、net neutralityの将来像の雛形を描いていく役割を担うことになるのだろう。</p>

<p>Wuは、近著、”The Master Switch"で、ラジオ時代からの、アメリカのメディア産業の独占と競争の繰り返しについてまとめている。また、その観点から、Jonathan Zittrain同様、Appleの独占というか、全てをコントロールしようとする方向にとても強い疑念を示している。net neutralityの提唱からわかるように、Wu自身は基本的には、インターネットの特性である「オープン」を支持する側の人物だ。</p>

<p>FTCの委員長（組織のトップ）のJon Leibowitzによれば、Wuには「消費者保護」「競争」「法」「技術」の交叉する軸を扱ってもらうという。</p>

<p>FTCや司法省反トラスト局は、原告としてある企業を独禁法違反で訴えることができる。その権能を考慮すれば、もしかしたら、近い将来、FTCがAppleに独禁法違反を理由に訴えるような事態が生じるかもしれない。あるいは、そこまでいかなくても、FTC=連邦政府として、iPhoneやiPadのAp Marketについてそのコントロールの強さを減じるようなガイドラインを制定することぐらいは行ってくるように思われる。</p>

<p>実は、私はコロンビア大学の留学時に、Tim Wuの講義を取っていた。当時は、Wuはバージニア大学に所属しコロンビアには客員教授として2ターム（9月から5月）で来ていた。その後、スタンフォードやシカゴでも客員を務めた後に、コロンビアの教授に就任した。</p>

<p>Wuは、台湾人の父とイギリスの母の間でカナダのトロントで生まれた。大学はカナダのMcGill大学で学び、その後ハーバード＼ロースクールに進み、そこで、Lessigに出会ったという。この間に、一度、シリコンバレーのIT企業で（確か）マーケティングの担当を行ったこともあったと聞いた。つまり、（インターネットに代表される）テクノロジーに明るいロースクール教授という希少なタイプだった。</p>

<p>コロンビアで私がとった講義はCopyright Lawだったのだが、その中身は、単なるCopyright Lawの条文や判例の検討だけでなく、WuいうところのCommunications Policy＝（メディア）コミュニケーション政策に関わるもので、Lessigを始めとしてサイバー法やインターネット法の範囲までを含む興味深いものだった。</p>

<p>だからといって、真面目一辺倒というわけでもなく、講義（そして試験問題！）では、マンガやラッパーを取り上げて、それらをどう法的に扱っていけばいいかというのを学生との間の議論（＝ソクラテス・メソッド）を繰り返していた。</p>

<p>また、おそらくは彼の個人的事情（イギリス人と台湾人のハーフで、カナダ出身だがアメリカで教えている）もあってか、コスモポリタン志向が強く、インターネットについては国際的な問題に関心を持ち、主には貿易問題の文脈で捉えていた。また、アメリカのマイノリティ（ロースクールではやはり黒人やヒスパニックは相対的には少ない）や留学生にもできるだけ公平な条件を与えようと務めていた。Wuという名前と、見た目は間違いなくアジア系であることも、こうした行動にも影響を与えていたように思う。</p>

<p>なにはともあれ、留学時代にとても印象に残った先生の一人であったことは間違いない。</p>

<p>そのWuがFTCに入るというのは、個人的にはとても喜ばしい感じがする。<br />
（アメリカ人なら、面と向かったら、I'm SO proud of YOU! とでもいうところw）。</p>

<p>Wuは、2008年の大統領選では早い時期からオバマ候補の支持を表明していたから、デモクラット支持の人物と思っていいだろう。今回のFTC入りもその延長線上にあると思う。</p>

<p>とはいえ、昔ながらの教条的なデモクラットかというとおそらくはそうではなく、もっと現実的な解を模索する人だと思う。現実的、というのは、インターネット技術の発展の可能性や、インターネット自身がイノベーションの苗床になることも踏まえての、制度設計を志向する、ということだ。</p>

<p>さしあたっては、先日、FCCが発表したnet neutralityのルールについて見直すところから着手するのかもしれない。Wu自身は、モバイル分野におけるnet neutralityの不徹底に不満を述べていたと思う。先述のAppleに対する態度とともに、直近では、スマートフォンやタブレットと呼ばれる分野でどのような振る舞いをするか、が気になるところ。</p>

<p>あわせて、ソーシャルの分野では、いわゆるプライバシー問題も扱うことになると思う。FTCはここのところ、ずっとこの問題に従事していたからだ。その意味では、Wuのアドバイザリー入りをきっかけに、彼の議論サークルの中にいる他の学者たち、たとえば、Zittrainなどが具体的に政策の現場にも影響を及ぼすようになるのかもしれない。</p>

<p>おりしも、長らくサイバー法の牽引役を引き受けてきたLessigがサイバー法よりも政府腐敗の方へと研究対象を移した時でもある。ちょうど、JobsやSchmidtの後景化に伴い、ウェブ企業の経営者が世代交代をし若返りの基調にあるのと同じように、政府のブレインも世代交代を図ろうとしているのかもしれない。</p>

<p>こうなった時のアメリカの変化は早い。2010年代はこんなところでもスタートしている。</p>

<p>それにしても、HuffPoのアリアナがギリシア出身であるのと同じように、カナダ出身のWuがアメリカの政策の中核で活躍することになる。この偶然の一致から、出生地を問わない登用という点にこそアメリカ社会の底力があるように感じるのは、考えすぎなのだろうか。</p>

<p>とにかく、2011年早々、いろいろな点で面白いことになってきた。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Eric Schmidt、Computingの未来を語る</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000878.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.878</id>

    <published>2011-02-07T23:52:47Z</published>
    <updated>2011-02-08T03:41:52Z</updated>

    <summary>来る4月にGoogleのCEOから降板するEric SchmidtがTelegraphのインタビューに応え、彼の考えるComputingの未...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>来る4月にGoogleのCEOから降板するEric SchmidtがTelegraphのインタビューに応え、彼の考えるComputingの未来について語っている。</p>

<p><a href="http://www.telegraph.co.uk/technology/google/8303847/Googles-Eric-Schmidt-predicts-the-future-of-computing-and-he-plans-to-be-involved.html">Google's Eric Schmidt predicts the future of computing - and he plans to be involved</a><br />
【Telegraph: February 5, 2011】</p>

<p>もっとも荒唐無稽な未来が示されているわけではなく、今までSchmidtが語り続けてきた、cloud × pervasive の未来が強調されている。(pervasiveはユビキタスとほぼ同義だが、英米では昔からpervasiveという言葉を好んで使っているように見える。多分、ユビキタスというのがどこか宗教ががった、神がかった言葉であることを加味してのことだと思っている）。</p>

<p>面白いのは、「今生まれた子供で寿命が90年の子を想定してみよう。その子が100歳になるのは2101年（＝22世紀）だ」というように状況を設定して未来のことを語ろうとしているところで、そうやって、Schmidtは今日でも議論されている長期に亘る問題の、「今日的重要性」に触れる。そして50年後であれば、cloud × pervasive が実現している、と捉えている。その50年後を一つの参照点にしながら、今日の開発案件の収束を想定していく。</p>

<p>この他に、Schmidtの応答で興味深いのは</p>

<p>「searchとlocationとsocialは収束していくことが次の大きな物語（big narrative）だ」</p>

<p>「searchはsocialになる」</p>

<p>というところだ。</p>

<p>加えて、Facebookが競合かという問に対して、FacebookもGoogleも別ルートであっても成長することで、互いに結果的にはポジティブな結果が得られる（から競合ではない）、と答えている。</p>

<p>つまり、ウェブというエコシステム全体がどういうパスでどう拡大していくのか、ということがSchmidtの関心事であり、かつ、そのようになる方向性については、極めてオプティミスティックである、ということなのだろう。</p>

<p>このような大きく、かつ、長期に亘る枠組みを示したあとで、この一週間ほどのGoogleの動き、たとえば、美術館を内覧できるArt Projectや、エジプトのspeak2tweetの話が挟み込まれると、これらの動きですら「未来を予見させる」ものに思えてくるから不思議だ。だから、ここでSchmidtが行っているのは、単なるインタビューへのロジカルな応答ではなく、レトリックを駆使した「未来の想像」自体の喚起なのだと思う。</p>

<p>Eric Schmidtの、このようなnarrativeには学べるところは多い。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Arianna Huffingtonは、AOLによるHuffPo買収を通じて、ウェブジャーナリズムのステージをどう変えるのだろうか？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000877.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.877</id>

    <published>2011-02-07T06:50:47Z</published>
    <updated>2011-02-10T01:30:08Z</updated>

    <summary>AOLがHuffington Postを買収することが発表された。もちろん敵対的買収ではない。買収後、AOLのコンテント部門はHuffing...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>AOLがHuffington Postを買収することが発表された。もちろん敵対的買収ではない。買収後、AOLのコンテント部門はHuffington Post Media Groupとして再編され、HuffPoの創立者であり最も目立った同社スポークスマンでもある（そして、リベラル派の急先鋒のadvocateである）Arianna Huffington女史が、そのHuffington Post Media Groupを統括することになるという。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2011/02/07/business/media/07aol.html?_r=1&smid=tw-nytimes">Betting on News, AOL Is Buying The Huffington Post</a><br />
【New York Times: February 7, 2011】</p>

<p>要するに、AOLが一種の胴元の存在にとどまり、HuffPoの下でAOLの（低迷する）コンテント部門をドラスティックに作り替える。</p>

<p>AOLはコンテントを何とかしないといけないとずっと言われ続けてきたわけだが（とりわけ、Time Warnerから切り離された2009年以降）、結局、自分自身ではほとんど芳しい成果を得られず、ブログ・ジャーナリズムをアメリカで確立するのに大きな役割を果たしたHuffPoが築いた資産を組み入れることで、一気にコンテント部門の最前線に飛び出そう、ということになる。</p>

<p>当のHuffPo自身の報道はこれ。</p>

<p><a href="http://www.huffingtonpost.com/2011/02/07/aol-huffington-post_n_819375.html">AOL Agrees To Acquire The Huffington Post</a><br />
【Huffington Post: February 7, 2011】</p>

<p>Arianna Huffington自身のポストもある。</p>

<p><a href="http://www.huffingtonpost.com/arianna-huffington/huffington-post-aol_b_819373.html">When HuffPost Met AOL: "A Merger of Visions"</a><br />
【Huffington Post: February 7, 2011】</p>

<p>このAriannaによれば、あるカンファレンスで、AOLのトップが「AOLはブランド認知はある（要するにAOLと聞いて、うん、知ってると答える人が多い）し、利用者の信頼やロイヤリティは高い（つまり、ずっと使ってくれている）。しかし、ブランド・アイデンティがない（要するに、AOLって何？と聞かれて、即答できる何かが存在しない」）」と、冷静に自社を分析していることに感服したとある。</p>

<p>で、この「AOLの空白のアイデンティティ」を埋めるものとしてHuffPoが選ばれた。</p>

<p>これは、つまり、HuffPoの顔であるAriannaを、AOLの新しい顔にする、ということでもある。</p>

<p>そして、当のAriannaの方は、HuffPoが軌道に乗ってきたところで、「イノベーターのジレンマ」（クレイトン・クリステンセン）に直面していたと言っている。</p>

<p>クリステンセンによれば、イノベーターとして成功したはいいが、その先にはイノベーションの法則性が持つ落とし穴が待っていて、「新たな」イノベーターに自分たちの足元を救われてしまう。その危険性にAriannaはどう対処すべきか悩んでいたという。</p>

<p>その意味で、今回のAOLによる買収提案は、HuffPo側にとっても、新たなステージを目指して自己革新できる（というよりも、しなければならない）機会として肯定的に受け止めたようだ。</p>

<p>この先のポイントは、AOLがHuffPoやAriannaのもとで、つまり、リベラル支持の、その意味では極めてメッセージ性の高いアドボカシー志向の下でうまく再編できるかどうかだろう。というのも、AOLには当然、コンサバティブなユーザーもいると思うからだ。</p>

<p>とはいえ、Ariannaのカラーを維持するのなら、デモクラット支持のリベラル（なにしろ、今回の買収を、AOLとHuffPoにとっての「スプートニク・モメント」と言い放つぐらいのオバマ支持者なのだから）を維持しないことには、そもそも買収した意味が無いことになる。</p>

<p>いずれにしても、この先、どうなるのか、様子を見たい。</p>

<p>直感的には、この二社が合併するのは、かなり妙なことだ。かたや、AOLは、インターネット以前のパソコン通信の頃からの事業者でそれこそTime Warner買収という企業買収史上最悪のディールを行った会社だ。そして、HuffPoは、ITバブルが弾けて以後、Googleの台頭を経て本格化したWeb 2.0の時代に登場した、インターネットならではのニュース＝コンテントサイトだ。</p>

<p>つまり、2.5世代くらい、両者の創業時のネット環境はずれている。企業買収の最初のハードルは、合併後の企業のカルチャーの調整にあるから、このギャップをどう埋めるかがAOLとHuffPoの最初の課題になる。</p>

<p>もっとも、Web 2.0以後は、もはやサービスレイヤーは様々なネットワークプレイヤーからは切り離れて生息可能になっている。その意味では、ジャーナリズムに特化したHuffPoはAOLの既存のビジネスとは「融合」させようもないのかもしれない。</p>

<p>その意味では、むしろ、HuffPoがこの後、ブログジャーナリズムの確立を通じて切り開いて来た地平をいかなる方向に向かわせるかの方が興味深い。</p>

<p>折しも、チュニジアやエジプトの一件で、ネットワークが実社会の変貌に一役買うことが分かり、WikeLeaksによってウェブ上の情報公開のルールやジャーナリズムのモラルについて議論が上がっている時だ。その意味では、ステージが何か変わりそうなタイミングであることは間違いないだろう。</p>

<p>このタイミングに、やり手のアドボカシーであるAriannaが何を仕掛けてくるのか。</p>

<p>2010年代の、ウェブ時代のCNNとしてグローバルリーチを果たすのか？</p>

<p>あるいは、直近！の2012年の大統領選挙で何をしでかすのか？</p>

<p>今から楽しみで仕方がない。</p>

<p>2005年に始まったHuffPoがアメリカのジャーナリズムの近未来を大きく変える。<br />
しかも、その中心人物のAriannaは、彼女の癖のある英語からわかるように、国籍はアメリカではなくギリシアだ。</p>

<p>外国籍の人間がアメリカ内部でアメリカの未来を決める。　</p>

<p>これが2010年代の、新しい、アメリカン・ドリームの姿なのかもしれない。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>国外との商流があればネットもシャットダウンしない</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000876.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.876</id>

    <published>2011-02-01T00:14:23Z</published>
    <updated>2011-02-01T00:15:55Z</updated>

    <summary>エジプトでのインターネット・ブラックアウトの後もエジプトの中で稼働を続けているISPであるNoor Groupのことを伝える記事。 Egyp...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>エジプトでのインターネット・ブラックアウトの後もエジプトの中で稼働を続けているISPであるNoor Groupのことを伝える記事。</p>

<p><a href="http://www.huffingtonpost.com/2011/01/31/egypt-internet-noor-group_n_816214.html">Egypt's Only Internet Provider Still In Service: Why Is Noor Online?</a><br />
【The Huffington Post: January 31, 2011】</p>

<p>この記事によれば、Noor Groupはエジプトのインターネットのうち8％を占めるものでしかないけれど、いまだに稼動している。<br />
なぜかというと：</p>

<p>○エジプトの金融産業の中核である、証券取引所や銀行群が利用するネットワークである。</p>

<p>○エジプト国外に本社のある多国籍企業が利用するネットワークである。</p>

<p>記事中で言及されている企業：FedEx, Pfizer, Novartis, Coca-Cola, Exxon, Mitsubishi（三菱）, Bristol-Myers Squibb</p>

<p>要するに、金融と貿易、という一国の経済活動に不可欠な「流れ」を支えるネットワークであるから、というのがその理由のようだ。そして、こうした流れが途絶えると、国の経済も破綻し（たとえば国家破産という結末とか）、国内の問題だけでは済まなくなる、ということなのだろう。</p>

<p>こうした状況は、しばしば国際関係論でいわれる、「自由貿易は国際政治的に極端な事態を回避させることができる」という主張にも呼応しているように見える。要するに、国境を越えて相互に依存する要素が増えることで、互いに極端な手段（たとえば軍事行動等）に訴えずに済む、という考え方を傍証するように思える。</p>

<p>今回のエジプトの出来事については、アメリカのクリントン国務長官は、先週末のテレビ等のインタビューで、”democratic and economic" 、つまり、「政治と経済」の両面からの安定性を求める、というようなことを答えていたと思うのだが、単に政治的安定だけでなく、経済的安定にも言及していたのは、経済的安定というのが他国との関係を考えるきっかけにもなるということだったのだろう。もちろん、アメリカを含む外国企業に対して多大な影響を与えない、という含みもあるのは確かだが。</p>

<p>このように、経済活動という流れの維持は、政治的決定を行う上で重要な「媒介項」の役割を担う、というのがここで想定されていることなのだろう。</p>

<p>ただし、一つ急いで付け加えておくほうがいいと思うことは、上の記事の引用元であるHuffington Post(HuffPo)はアメリカ社会の中では、割と明確にデモクラット＝民主党支持のサイトであること。そして、自由貿易が国際的安定をもたらす、というのは、デモクラットが主張してきたものであることだ。クリントン国務長官がデモクラットであることは言うまでもないことだろう。だから、同じ状況について、GOP＝共和党よりの言説は、また違った分析の仕方（等閑視を含め）をするのかもしれない。この点は、ある種のバランス感覚が必要になる。</p>

<p>とはいえ、経済活動の多くは不特定多数の人々の生活の基盤となる、いわば「見えないインフラ」で、インターネットが持つ「可視化能力」が、そうした普段を気にしないことを今回明らかにしたいうことは、最低限言えるだろう。だからこそ、今回のシャットダウンが「インターネット史上最悪の出来事」と呼ばれる由縁でもあると思う。</p>

<p>今回の出来事が2011年に入ってすぐに起こったからというわけではないが、もしかしたら、2010年代は、インターネットというのを公式にどのようなものとして位置づけるのか、そのことが主題となる10年になるのかもしれない。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>ホログラムで遊ぶMITの学生たち</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000866.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.866</id>

    <published>2011-01-31T02:47:14Z</published>
    <updated>2011-01-31T02:49:37Z</updated>

    <summary>他愛もないものだけれど、以下の記事は面白い。ホログラムの開発にStar Warsを使って遊んでいる。 MIT Demos Real-Time...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>他愛もないものだけれど、以下の記事は面白い。ホログラムの開発にStar Warsを使って遊んでいる。</p>

<p><a href="http://techland.time.com/2011/01/24/mit-demos-real-time-princess-leia-holography-via-kinect-hack/?xid=sflow">MIT Demos Real-Time Princess Leia Holography Via Kinect Hack</a><br />
【TIME TechLand: January 24, 2011】</p>

<p>Star Warsの一シーンで、レイア姫がハン・ソロに助けを求めるホログラム映像があったけど、そのベタな再現を行っている。</p>

<p>好意的にとれば、SFの中で先取り的に想像的に表現された技術を、実際に可能になったらデモしてみるということ。そして、過去の作品の引用的再現を行うことで、少なからず、それを見たものに笑いを誘う。デモというよりもプレゼントして上手い、という感じ。</p>

<p>この場合であれば、Star Warsの件のシーンは、かなり多くの人が、ああ、あれね、と合点することができる。そうして、このデモは、とても効率よく人々の記憶に残っていく。</p>

<p>言ってしまえば、想像力を刺激する材料が豊富なところが、遊び心へのスイッチの入れ方にも影響する、ということか。食材が豊富だと、料理のトライアルも増える、ということに近いのかもしれない。</p>

<p>とても他愛もないことだけど、それだけに、ちょっと注目してもいいと思う話題ということで。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Google.orgに見る、Larry PageとGoogle流への疑問</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000873.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.873</id>

    <published>2011-01-31T02:35:10Z</published>
    <updated>2011-01-31T03:26:23Z</updated>

    <summary>Googleの社内フィランソロピー組織であるGoogle.org(DotOrgと略称される)の迷走について記した記事。おそらくはLarry ...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>Googleの社内フィランソロピー組織であるGoogle.org(DotOrgと略称される)の迷走について記した記事。おそらくはLarry PageがCEOに昇格するという報道を受けてのものように思われる。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2011/01/30/business/30charity.html?_r=1&ref=technology">Google Finds It Hard to Reinvent Philanthropy</a><br />
【New York Times: January 29, 2011】</p>

<p>あのDotOrgの話か、と軽い気持ちで読み始めたのだけど、途中まで読んで、この記事はなかなかに含みのある記事だと思い始めてきた。</p>

<p>それは、記事自体の「内容」にも、これがこのタイミングで書かれたという「意図」の点でも。<br />
（つまりは、コンスタティブにもパフォーマティブにも、ということ）。</p>

<p>記事の内容としては：</p>

<p>Larry Pageが鳴り物入りで始めたDotOrgがどうもうまくいってない。</p>

<p>鳴物入り、というのは、従来は非営利法人を中心に行われてきたフィランソロピーやチャリティの分野を、主にはGoogle流の情報技術を活用してreinvent（再発明）しようとしたことから。それらは、Social Innovationと呼ばれたようだ。</p>

<p>うまくいってない点はいくつかあり、</p>

<p>一つは、マネジメントの問題。</p>

<p>トップに選ばれたLarry Brilliantの経営手法に問題があった。彼自身の作った組織にDotOrgに資金を流すconflict of interestが等閑視されていた。また、DotOrgのオフィスは社内組織とはいえ、Google本社とは離れたサンフランスシスコにあり、Googleの経営陣とのリエゾンに問題があった。組織のテコ入れにErich ShmidtがDotOrgを本社に移したほぼ直後にBrilliantはDotOrgを去っている。その後は、Business Development担当のMegan SmithがパートタイムでDotOrgも監督するようになった。</p>

<p>もう一つは、Googleの企業文化（Google流の追求）の問題。</p>

<p>Google流を追求したためか、エンジニアが挑戦するに足る課題が優先され、地に足の着いた手法の開発が劣後した。つまり、他の人達が作ったことのない「凄いアルゴリズム」の開発が優先された。記事中にあるものだと、インフルエンザの発生のトラッキングシステムを作ったが、しかし、それらはインフルエンザの発生源である開発国において、情報インフラが未整備なことから現実的な効果を持ち得ていない。Googleが好む「情報の集約（information aggregation）」とそれらを分析するアルゴリズムの提供では、問題の解決策にはならない。</p>

<p>・・・という具合だ。</p>

<p>もちろん、これらは相互に絡んだ問題でもある。</p>

<p>たとえば、後にDotOrgをレビューしに来たGooglerからすると、どうしてスケールアップが考えられていないのか、つまり、小さな問題の解決（＝アルゴリズムの開発）がより大きな問題に接続し社会的インパクトをもたらすようにデザインされていないのか、に疑問をもったという。</p>

<p>ここにあるのは、エンジニアと開発者、そして、イノベーションを促す問題発見者（ビジネスなら営業担当者に相当する）の間でのコーディネーションがなされていなかった、という指摘と見ることもできるだろう。</p>

<p>*</p>

<p>以上がこの記事の「内容」の大まかなポイントだが、次に気になるのはこの記事の「意図」についてだ。</p>

<p>一つには、Larry Pageのマネジメント能力に対する疑問が記されているように思う。もっぱら、今までは創業者として、Googleのエンジニア精神の体現者のような形であった彼が、日常業務を統括するCEOとして、Googleを切り盛りできるのか、という問だ。そして、DotOrgへの彼の関わり方を見ると、その疑問は募る、ということだろう。</p>

<p>記事中、書き手の多少の悪意を感じないではないエピソードとしては、Page ＋ Brinの二人は、DotOrgから「目を見張る解決策」が出てこないと急速に興味を失うであるとか、DotOrgの会議中はブラックベリーをずっと見放題で、時に突然その場で腕立て伏せを行う、常識的判断では「奇行」と言わざるをえない行動などが記されている。</p>

<p>これらは、「普通」に考えれば、エンジニアとしては優秀だが、マネージャーとしては問題あり、という風に解釈されるだろう。</p>

<p>だから、Larry PageがCEOになって本当に大丈夫なのか？、というのが、この記事の隠された意図のように思えてくる。</p>

<p>この点で興味深いのは、現在FacebookのCOOを務めているSheryl Sandbergへの言及だ。彼女は、Googleの広告エンジンのプロジェクトを見ていたが、記事によれば、同時に、DotOrgの創立期に中心的人物として関わった。彼女が世銀や財務省に勤務した経験から、非営利事業にも明るかったからで、彼女によれば「公共問題は一朝一夕で解決されるものではない」と述べている。彼女がマネジメントとのリエゾンを務めていた頃はDotOrgも何とかなっていたが、彼女がFacebookに移った頃から状況が変わった、ということのようだ。</p>

<p>Sandbergが移ったFacebookがSocial Networkとして単にアルゴリズムだけでなく、Facebookを利用するユーザーの知恵も含めて何らかのインパクトを与えようとしているように思えることを踏まえると、Googleの次の一手も気になる。</p>

<p>というのも、PageへのCEOの交代は、経営意思決定の速度をあげるためで、とりわけ、Social Network分野での劣勢を立て直すことが第一にされているからだ。しかし、上のDotOrgへの対処の仕方や、その初期の中心人物であるSandbergの流出を踏まえると、むしろ、今のGoogleには異なる要素が必要にされているようにも思えてくるからだ。</p>

<p>DotOrgの話は、要約すれば、経営のまずさから発しているもので、いわば大企業病の一つの現われのように思える。その大企業病を果たして治癒させることが出来るのか。そうした問をこの記事は問いかけているように見える。</p>

<p>さらにいえば、現在、DotOrgがBusiness Developmentのセクションにあることを考えると、「開発」と「イノベーション」は両立するのか、あるいは、「技術開発」と「イノベーション」は似て非なるものではないか、という疑問も生じさせる。</p>

<p>技術開発できることを使って問題解決をする、というのは、典型的にシーズ発想の見方だ。従来、Google流に注目が集まってきたのは、ユーザー本位のソリューションを提供しているから、ということだったはず。であれば、改めて単なる技術開発≒アルゴリズム開発から、問題解決＝イノベーションの提供、へと舵取りをしなければならないのだろう。そして、Schmidtが担ってきたのは、もっぱらこの「問題解決」を通じたユーザーとのリエゾンの確保であったように思う。</p>

<p>果たしてPageはそのような役割を果たせるのだろうか。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Al Jazeera、インターネットブレイクアウト、ウェブの位置づけの今後</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000872.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.872</id>

    <published>2011-01-29T03:00:01Z</published>
    <updated>2011-01-29T03:01:09Z</updated>

    <summary>エジプトにおける動きに対するAl Jazeeraの動きを伝えた記事。 On Al Jazeera, a Revolution Televis...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>エジプトにおける動きに対するAl Jazeeraの動きを伝えた記事。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2011/01/29/world/middleeast/29jazeera.html?_r=1&smid=tw-nytimes">On Al Jazeera, a Revolution Televised Despite Obstacles</a><br />
【New York Times: January 28, 2011】</p>

<p><br />
この記事のタイトルもそうだけど、アメリカの報道で、このような情報技術とメディア技術の節点を語るものはだいたい、「Revolution Televised＝革命が遠視（テレビ中継）された」というタイトルを含むものが多い。そして、この表現自体は、89年の東欧革命におけるCNNの果たした役割に起因している。</p>

<p>ただ、象徴的だな、と思うのは、89年の時のCNNの影響は、もっぱら衛星放送の受信によるものだった。しかも、ある意味で、そのような衛星から「降ってくる」放送の内容が、アメリカを中心にした「西側」の「大衆消費文化」の実態のイメージの総体を伝えていて、それ自体が、一つの「西側」の象徴として受け取られた（とされる）。しばしば、西に「憧れる」とか「羨望する」という表現で（少なくとも西側の人達からは）形容された。</p>

<p>つまり、東西冷戦という対立構図があり、各々の盟主として、ソ連とアメリカがあり、その盟主に従う諸国、という形で全体の構図＝世界観が決定されていた。だから、その頂上どうし（＝米ソ）の様子の違いを強調することで、その頂上に付き従う人達に影響を与える、ということが、メディアの数ある役割の中の一つとして認識されていた。当時は、このようにある種のプロパガンダ性を実際に執り行っているからこそ、表の世界では、プロパガンダ性に対する公式の批判もかなり強くあった。</p>

<p>しかし、今回のエジプトもその一つだが、ここのところ話題になっている、主にアラブ世界の話の場合は、公式には冷戦時のような盟主どうしの対立という大々的な枠組み＝世界観はない。プロバガンダ性という点では、むしろ、現地の人々の活動を短期間に効果的に組織化するものとして、主にはインターネットのような動員性をもつ情報技術が、肯定的に位置づけられる。そのような肯定性の方が際立っているように思う。例のGoogle Ideaのジャレッド・コーエンらが典型的だが、ボトムアップの、いわゆる「民主化要求」という表現で強調される。むしろ、デモクラシーを実現するツールとして絶対性を持つものとして位置づけられることの方が多いような印象がある。</p>

<p>そして、民主化「要求」のような、内側からの変化を求める動きを支えるものとしてインターネットのもつ「しぶとさ」が際立ってくる。</p>

<p>「しぶとさ」とは、インターネットが構造的にダウンしにくいものとして設計されているということだ。冷戦時に、アメリカ国内の意思決定ネットワークの「しぶとさ」を確保するために開発されたインターネットの水平分散の仕組みが、つまり、国防のために用意された「しぶとさ」が、他国においては、その国のシステムをゲリラ的にダウンさせるためのツールとして活用されている。現在、インターネットの政府にとっての位置づけは抜本的に変更されているように思える。</p>

<p>ここに、衛星放送とインターネットの並行性、つまり、冷戦時に軍事利用＝国防を目的に開発された技術がともに、他国において逆の方向で利用されている、という、興味深い動きを見て取ることができる。（一般化していってしまえば、技術の開発動機を180度裏切るような利用動機は容易に生じる、ということだ）。</p>

<p>そこから、政府だけでなく、むしろ、「みんな＝人々のインターネット」という位置づけも強化する動きが生じているようにも思える。</p>

<p>たとえば、インターネットの「しぶとさ」が、絶対的な「しぶとさ」として一般の人々にも了解されているがゆえに、エジプトで行われたインターネットの全面的停止、「インターネット・シャットダウン」や「インターネット・ブレイクアウト」という事態に、驚愕する人が世界中で現れてしまったのだろう。</p>

<p>Al Jazeeraは、ジャーナリズムメディアとして、使える手段はなんでも使う。衛星だけでなくインターネットも使う。むしろ、米国においてすら、ケーブルのチャンネルとして配備されている地区は限られるので、インターネット経由で、つまりは、TwitterやFacebookやYouTubeやAl Jazeera自身のサイトを通じて、実際にAl Jazeeraの報道に接触している人々のほうが多いと思われる。そして、そうした経験の記憶が、逆にインターネットのメディア性のイメージを形作っていくことにある（Twitterのソーシャル・メディア性ももっぱらイランの選挙の際の動きから「公式登録」されたことを思い出して欲しい）。</p>

<p>Al Jazeeraが、今回のエジプトにまつわる報道をクリエイティブ・コモンズ登録して、むしろ、積極的に世界中にインターネット経由で頒布されることを選択肢たことの意味も大きい。むしろ、（コーエンのいう接続技術の現れとして）個々の人々による伝播も、システムの稼働のための要件として見込んでしまっていることをも意味する。</p>

<p>Twitterやブログを含めて、アメリカで流れている反応からは、インターネット・ブレイクアウトのような、インターネットに対する所業こそが、直接的に、当該政府システムの横暴さを示している、という形で受け止められているように思える。</p>

<p>ここから、例の「インターネットの自由」がむしろ、絶対的な価値を持つものとして、人々の間で記憶されようとしている流れがあることに気付かされる。</p>

<p>つまり、インターネットのシャットダウンが、世界中の政府関係者から見たら、それだけはやっちゃいけない「象徴的」な「暴挙」として位置づけられた、ということを意味するようになると思われる。裏返すと、今後は、インターネットこそが、テレビや新聞に変わる、一国の体制のあり方に直結する「メディア」として位置づけられるということになるのだと思う。</p>

<p>既にアメリカは、昨年のGoogleの中国からの撤退をきっかけに、クリントン国務長官が「インターネットの自由」の確保を、民主国家の条件の一つとして、人権外交のような、外交上の重要な価値として位置づけている。その手前、今後は、ある政府のインターネットへの処し方を、その国の民主化度の一つのリトマス試験紙として大々的に位置付けていくことになるのかもしれない。</p>

<p>今回のエジプトの一連の動きがある程度の収束を見た後、「インターネット」という存在がどのように位置づけられるのか、また、どのように位置づけようとする意見や発言がどこから生じるのか、そのあたりに照準して、今後の様子を眺めておきたい。</p>

<p>おそらくは、そうした「インターネットの公式的価値」の設定と強化が、今後のウェブのあり方の方向性を占うことになるだろうから。</p>

<p>もちろん、今回のエジプトがチュニジアの後に起こった出来事であるように、エジプトの後にもまた別の地域で異なる動きが生じるのかもしれない。むしろ、この、「一連の」という形容がふさわしい、出来事の連続性に注目することも必要かもしれない。どの段階で、誰が、そうした「連鎖」に断絶を与えるか、というのも大きな決定になるように思われるからだ。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>LinkedIn、IPOの準備へ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000871.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.871</id>

    <published>2011-01-28T05:49:32Z</published>
    <updated>2011-01-28T05:51:58Z</updated>

    <summary>ビジネスマン向けのSNSサービスであるLinkedInが、株式上場に向けてSEC（証券取引委員会）に資料を提出したという。 LinkedIn...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>ビジネスマン向けのSNSサービスであるLinkedInが、株式上場に向けてSEC（証券取引委員会）に資料を提出したという。</p>

<p><a href="http://blogs.forbes.com/bruceupbin/2011/01/27/linkedin-s-1-here-it-is/">LinkedIn Files For IPO</a><br />
【Tech Forbes: January 27, 2011】</p>

<p><a href="http://www.huffingtonpost.com/2011/01/27/linkedin-ipo_n_815082.html">LinkedIn Files For IPO</a><br />
【Huffington Post: January 27, 2011】</p>

<p>リーマン・ショック後冷え込んでいたウェブ企業のIPOだが、このLinkedInの上場計画で、再燃するのではないか、というのが少なくとも投資銀行周辺の期待のようだ。</p>

<p>LinkedInの他に、FacebookやZyngaの上場にも期待が寄せられてる。</p>

<p>前回のITバブルの時も、2004年夏のGoogleの上場でテクノロジー企業株の売買に弾みについたのは確かなので、前回と同じく、3年あまり経ったところで、再度ブームを作りたい、というのは、わからない話でもない。</p>

<p>とはいえ、LinkedInのIPOについては、気になるところがないでもない。</p>

<p>LinkedInは、ビジネスの関係性を作ることにほぼ特化したソーシャル・ネットワークで、Facebook以上に顕名であり、実名であることが意味をもつサービスだ。</p>

<p>つまり、LinkedInの場合、そこに記された各人のパーソナルデータの秘匿性の高さもさることながら、相互に築きあげてきた関係性、つまり、LinkedInの中で日々更新されるソーシャル・グラフ自身、一つの貴重な、秘匿性の高い情報であると見ることもできる。</p>

<p>そのような情報の塊を持つ企業が上場することで、不特定多数の株主によって所有されることの含意、が気になるからだ。</p>

<p>そして、そのような秘匿性の高いユーザー情報を持つ、という点は、Web 2.0以後のソフトウェアに特化した企業に概ね共通する特徴でもあると思うからだ。ユーザーがサービスを利用することで始めて価値をもつサービスがほとんどだ。</p>

<p>多分、そのような性格をもったサービスで最初に大々的な注目を集めたのがYouTubeだと思うのだが、ここは、Googleに買収されることで、上述のIPOに伴う疑問は直接語られる必要がなくなった。</p>

<p>感覚的には、今まで未上場だった警備会社が上場するのに近い感じだろうか。</p>

<p>ある人の日常的で私的と思われる部分の維持に関与してしまっている会社をどのようにして信じ、どのようにしてその信頼が維持されると思うのか、というのが多分、ここでなんとなく気になっている疑問だと思う。</p>

<p>そして、このあたりの対処のしかたが、アングロサクソンってちょっと違うかも、と思わせることでもある。</p>

<p>多分、上のような疑問をもったら、たとえば、日本であれば、その会社の公共性の程度を事前に見極めて、ユーザーの情報の扱いについて、株主からの何らかの圧力が生じないようなルールなりガイダンスなりを法律にするところから始まるように思える。</p>

<p>一方、アングロサクソンでは、そういうことからは入らず、まずはとにかく始めてしまって、何かまずいことが生じたら、そこで対処方法を考えようとすると捉えていいるように思う。SECは証券取引の公正性の担保が中心だから、それ以外のところから何かルールメイキングが必要だ、という声が上がるのかもしれない。</p>

<p>一言付け加えておくと、上のような問題意識を示したのは、個人情報が大事だ、ということを言いたいわけでなく（確かに大事は大事だが）、むしろ、そのような懸念に対する処し方が、具体化されたところで対処すればいいとアメリカ（あるいはアングロサクソン）では考えられているであろうことと、それで十分何とかなるだろうという漠然とした確信があるように思えることだ。</p>

<p>今後続くであろうWeb 2.0以後のウェブ企業の上場については、このような点から留意しておきたい。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>SundanceとKickstarterのコラボが開く映画製作の可能性</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000870.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.870</id>

    <published>2011-01-26T23:46:51Z</published>
    <updated>2011-01-26T23:51:12Z</updated>

    <summary>インディーズ映画最大の映画祭であるSundanceがKickstarterとコラボで、インディーズ映画の製作支援を行っていくと発表した。 S...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>インディーズ映画最大の映画祭であるSundanceがKickstarterとコラボで、インディーズ映画の製作支援を行っていくと発表した。</p>

<p><a href="http://carpetbagger.blogs.nytimes.com/2011/01/26/sundance-kickstarts-audience-connections/?smid=tw-nytimes">Sundance Kickstarts Audience Connections</a><br />
【New York Times: January 26, 2011】</p>

<p><a href="http://mashable.com/2011/01/26/kickstarter-sundance/">Sundance & Kickstarter Collaborate to Get Filmmakers Funded</a><br />
【Mashable: January 26, 2011】</p>

<p><a href="http://www.fastcompany.com/1721101/sundance-institute-kickstarter-team-up-to-fund-artists?partner=rss">Sundance Institute Teams With Kickstarter to Fund Filmmakers</a><br />
【Fact Company: January 26, 2011】</p>

<p>サンダンスのリリースはここ。</p>

<p><a href="http://www.sundance.org/press-center/release/digital-services-announcement/">Sundance Institute Launches New Program to Connect Artists with Audiences</a></p>

<p>Kickstarterは、ウェブ上でのファンドレイジングを可能とするサイトで、企画実現のための資金を広くウェブで募るサイトで、アメリカでは注目を集めている。</p>

<p>Sundanceは今まで自分たちの映画祭に関わった人達のアラムナイ（英語だと「卒業生」とか「OB・OG」の意味）のネットワークへ働きかけ、Kickstarterへの参加を促す。</p>

<p>要するに、Sundance系のアーティストがKickstarterを通じてファンドレイジングを行えるようにする。そうして、実際に作品を製作する機会を増やすことを目指す。</p>

<p>Kickstarterの側のメリットは、インディーズ最大の映画祭であるSundanceというブランド名を使ってファンドレイジングを呼びかけることで、Kickstarterにおけるディールの成立数の増加、ならびに、ディールの成功確率を上げる。</p>

<p>Kickstarterは、成功したファンドレイジングの手数料が彼らの売上になるため、ファンドレイジングが成功すればするほどよい。また、Sundanceというインディーズの支援に繋がる活動は同社自身のイメージの強化にも繋がる。</p>

<p>ということで、互いにwin-winの関係を築くことができる。</p>

<p>（なお、Facebookもアーティストのプレゼンテーションの部分を中心に協力する。）</p>

<p>既にSundanceには、Kickstarterを活用して製作された映画もエントリーされている。たとえば、次のNYTの記事はそうやって製作された"The Woods"という映画のことを伝えている。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2010/07/08/movies/08kickstarter.html?_r=1">For Web-Financed Film Projects, a Curtain Rises</a><br />
【New York Times: July 7, 2010】</p>

<p><br />
今回の、Sundance＋Kickstarterのコラボが興味深いのは、こうした動きは、Sundanceを、演劇におけるオフ（orオフオフ）ブロードウェイのような存在に引き上げる可能性があるのではないかという点だ。</p>

<p>インディーズ最大といっても、アメリカの場合、やはりハリウッドの存在は大きい。独立系のプロデューサーが製作の中心になってきているものの、それも、ハリウッドメジャーとの契約による買い上げが最終的な製作資金に影響する。直接アドバンスで受け取ることもあるだろうし、メジャーとの契約が担保になる場合もあるだろう。</p>

<p>そうした状況に対して、異なる経路での資金調達の方法を開く、というのがKickstarterを活用するポイントだ。</p>

<p>また、オフ・ブロードウェイと言ったのは、ブロードウェイがロングランとなる演劇を提供する場であるのに対して、オフ・ブロードウェイはむしろイキのいい新人の作品、あるいは、役者の発掘、という要素を持っていて、ブロードウェイとの間で一種の役割分担が起こっていることを踏まえてのことだ。むしろ、新しい何かはSundanceから生まれるというポジションを確立することができるかもしれない。</p>

<p>さらにいえば、映画祭のようなイベントの位置づけも変わるのかもしれない。Facebookが参加していることも考えれば、たとえば、YouTube上で、ある作品のパイロット版を流し、その作品の完成のための資金を得たり、あるいは、その資金を得るための事実の一つとして、たとえば世界視聴者ボーティングのようなこともできるのかもしれない。このような作品ならこれくらいの金額を集めることは可能だ、というような経験値と積むことで、パイロット版の製作にあたりをつけることもできるのかもしれない。</p>

<p>これは、さすがに理想的すぎるシナリオかもしれないが、しかし、このような動きで、映画製作の幅が広がることもあるだろう。その結果、映画祭自体の位置づけも、完成品の品評会から、むしろ、完成に向けたチーム編成をする場に変わるのかもしれない。</p>

<p>そのような可能性を開く機会として、今回の動きを捉えることもできるのだろう。プロジェクトの結果生まれる第一作がどのようなものになるのか、気にかけておきたい。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>アメリカのnewspaperの苦闘：　NYTとLATの場合</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000865.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.865</id>

    <published>2011-01-24T07:28:19Z</published>
    <updated>2011-01-24T07:29:46Z</updated>

    <summary>WSJがNYTのペイウォールについて報告している。ペイウォールとは、NYTが導入を検討しているウェブサイトの段階的アクセス権の設定のこと。要...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>WSJがNYTのペイウォールについて報告している。ペイウォールとは、NYTが導入を検討しているウェブサイトの段階的アクセス権の設定のこと。要するに有料化なのだが、完全にクローズドにはしない方法を考案している。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748704213404576100033883758352.html">New York Times Readies Pay Wall</a><br />
【Wall Street Journal: January 24, 2011】</p>

<p>本紙の購読とセットで月額20ドル。オンラインのみの場合はその半額以下というから10ドルを切る値段ということになる。今の円・ドルレートだと、800円ちょっとで妥当な金額。日本だと新書を一冊買うのと変わらない。年間契約だと当然これよりも安くなることだろう。</p>

<p>幾つか記事中の事実をまとめておくと：</p>

<p>○NYTのサイト自体には、月に3000万人のユニークユーザーが訪れていて、それで、年間1億ドル≒800億円強の広告収入を得ている。</p>

<p>○3000万人のうち15％＝450万人がヘビーユーザー。</p>

<p>○サイト訪問者のうち半分はside doorである、検索やSNSからやってきている。</p>

<p>NYTはかつてTimes Directという、OP-EDなどの特定ユーザーが付きやすい記事に限り有料にして大失敗をしたことがある。今回は、そういうことのないよう、Financial Times と同じく、月間アクセス数を管理して上限を越えてアクセスしたい場合は契約を促すようにする。</p>

<p>ちなみに、私自身は、FTとThe Economistについては、結局、こうしたアクセス回数制限の結果、両方とも最終的には契約した。多分、上の値段ならNYTについても契約するのではないかと思っている。</p>

<p>*</p>

<p>ところで、面白いのは、WSJがNYTのオンラインへの取り組みを報道している傍らで、NYTはNYTで、Los Angels Timesの苦境を報告していることだ。苦境というよりは、LATはもはや崖っぷちにある、というのが次の記事の全体的なトーンだ。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2011/01/24/business/media/24latimes.html?_r=1&smid=tw-NYTimesAd">Despite Distinctions, Los Angeles Times Loses Standing at Home</a><br />
【New York Times: January 23, 2011】</p>

<p>LATは、2000年から発行部数は半減し今では60万。</p>

<p>興味深いのは、LATの退潮を、LAという都会の退潮と重ねているところだ。これは、実際、興味深い。LAが文化が商売の中心的地位を失いつつあるために、LATも伝えるべき内容を持ち得なくなっている、というようにも見える。</p>

<p>記事中では、昔LATの愛読者であった人達（主に高齢者）から見ても、今はLATに読むべきものがなく、Financial Times やWall Street Journalを読むばかり、ということだ。これは、同時に、newspaperとして求められている「書きもの」が変質してきていることを物語っているように思われる。</p>

<p>その変化は、主に、LATがChicago Tribuneを持つTribune社に買収されてからのことだ、ということも強調されている。Tribune社に買収されてから、編集スタッフも半減し、一面を始めとしてやたらと広告面が目立つようになり、以前と比べて「安っぽい」ものになったと伝えている。</p>

<p>結局、読み物をどう作っていくかが大事で、そのためにはスタッフの確保や拠点とする都市の文化や実業に深くコミットすることでその都市にとって不可欠の存在になることが大事だ、ということを強調している。</p>

<p>穿った見方をすれば、WSJが報道するようなNYTの内情の変化（経営的にどうするか、人減らしをするのか、紙面をどう構成するのか、想定読者をどこに置くか、など）の中で、LATをたたき台にしながら、NYTの今後について広くNYTの経営陣とNYTの読者に訴えているようにも見える。</p>

<p>これは、アメリカの場合、記者職と経営職が分かれているからこそ起こる、現場からの「抵抗」のようにも見える。いわば、記者が読者にとっての「見えない」利益を代弁して経営者に訴え、同時に、読者の共感を得ようとしているように思える。</p>

<p>こういうところは、とてもアメリカ的なところだと思う。</p>

<p>LATの記事にあるとおり、都市と新聞が手を携えて成長していく、というのは一種の物語≒神話としてある。いわば、ベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』を都市レベルで実践しているようなものだ。これは、勝手な憶測だが、あれほどまでにデカくて広いLAであれば、メディアが都市的紐帯を築くのに貢献した、というのも、一定のリアリティを持っているように思える。</p>

<p>ともあれ、紹介した二つの記事を照合させながら読むといろいろと見えてくるものはある。</p>

<p>こういうところは、アメリカのジャーナリズムの面白いところだ。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Eric SchmidtのCEO降板とGoogleの行方</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000864.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.864</id>

    <published>2011-01-21T00:09:31Z</published>
    <updated>2011-01-21T00:09:51Z</updated>

    <summary>GoogleのCEOがEric Schmidtから創業者の一人であるLarry Pageへと交代することが発表された。来る4月からPage体...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>GoogleのCEOがEric Schmidtから創業者の一人であるLarry Pageへと交代することが発表された。来る4月からPage体制へ移行する予定だという。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2011/01/21/technology/21chief.html?_r=1&ref=technology">Shake-Up at Google as Co-Founder Takes Over</a><br />
【New York Times: January 20, 2011】</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748704881304576094340081291776.html?mod=WSJ_hp_LEFTTopStories">Google's Page to Replace Schmidt as CEO</a><br />
【Wall Street Journal: January 20, 2011】</p>

<p>Schmidtによる説明は以下で読める。</p>

<p><a href="http://googleblog.blogspot.com/2011/01/update-from-chairman.html">An Update from the Chairman</a><br />
【January 20, 2011】</p>

<p>Googleは長らくSchmidt、Page、そしてもう一人の創業者であるSergey Brinによるトロイカ体制で経営が行われてきた。今回のPageのCEO引継ぎは、もっぱら経営判断をスピードアップさせるためのものだという。つまり、CEOとしてPageが日常の経営そのもの携わることになる。</p>

<p>PageのCEO就任後は、BrinはGoogleの戦略商品担当として、Googleの商品の戦略開発を行う。</p>

<p>Schmidtについては、明記にはないものの、上のSchmidtのブログ中では” As Executive Chairman..."とあることから、おそらくは日本でいうところの会長職のようなことを行うように思われる。つまり、日常業務の意思決定には直接関わらないが、Googleという会社への相談役であり、Googleと外部社会との関わりの方に軸足を動かすように思われる。</p>

<p>いずれにしても、BrinやSchmidtの役割、ならびに、Googleの組織改革の有無、等については続報を待ちたい。</p>

<p>ということで、以下は、以上の情報からの、私個人の憶測的見通し。</p>

<p>Pageについては、自身の創業会社のCEOになるわけで、当然、Schmidtとは異なり、他社での経営経験はない。SchmidtはGoogleに来る前は、NovelのCEOを務めていた。アントレプレナーだから自分の会社しか経験していない、というのは当たり前といえば当たり前のことだが、これがプラスに働くか、マイナスに働くか、は今後を見るしかない。どちらのケースも過去にはある。たとえば、Yahoo! については創業者が経営を引き継いでから戦略がちぐはぐしたということもある。</p>

<p>それから、Googleの株式所有については、IPO時にPageとBrinが経営意思の決定権を確保できるよう、マネジメント・ステイクとファイナンシャル・ステイクを分ける形の株式（Class AとClass B）を発行した。つまり、今までは、トロイカ体制といっても、それはあくまでもGoogleの企業経営の意思決定の場の話であって、ボードのレベルでは、PageとBrinは二人あわせて株主としての決定に影響をもっていたともいえる。</p>

<p>アメリカ企業におけるボードの最大の役割はCEOを雇うことなので、その意味では、ボードとしての判断として、今回のSchmidtのCEO降板、という事態になったのかもしれない。この場合は、トロイカ体制に不協和音が生じたため、という解釈もできる。</p>

<p>その一方で、Schmidt自身が、Googleよりもより大きいことをしたいと思ってきているのではないか、ということも想定できる。</p>

<p>具体的には、アメリカ連邦政府で何かするのではないか、ということだ。</p>

<p>Schmidtはオバマ大統領が大統領候補の頃から支持を表明し、大統領当選後もアドバイザーとしてオバマ政権の近くにいた。また、最近であれば、Jared Cohen　（Google　Idea)とともに、情報技術、具体的にはソーシャルメディアの可能性について、アメリカの著名な国際関係誌であるForeign Affairsに寄稿している。つまり、Schmidt自身の情報技術に対する関心も、一つの企業のレベルを超えて、より広範に、より公共的なものに移っているように思われる。</p>

<p>だとすれば、Executive ChairmanとしてGoogleにしばらく残った後、連邦政府の何らかの役職に就くことも大いに考えられる。あるいは、何らかのファウンデーションの要職に就くこともありえる。その場合も、PageやBrinと喧嘩別れでもしていない限り、Googleにとってもプラスに働くものだろう。既に、Google自体が十分公共的な存在であるし、また、Googleの事業領域がより公共的な事業であるエネルギー関係にも広がろうとしているからだ。</p>

<p>あるいは、Foreign Affairsの寄稿にもあるとおり、各国政府がインターネットに積極的に関わるようになることで、ウェブのフラグメンテーション（断片化）も進んでいる。その断片化をいかに抑えるかは、アメリカ国務省の外交方針としての「インターネットの自由」とも関わる。あるいは、かつて飛行機の登場によって制空権が重視され空軍が新設されたように、ウェブの浸透はCyber Warを予感させ、第五軍としてのサイバー軍をも創設しそうな勢いにある。つまり、外交と軍事の場でも、インターネットを熟知し、インターネットの関係者にツーカーで話ができる人材は重要になる。そういう意味では、Schmidtが文字通り、外交大使を務めるような事態が起こっても不思議ではない。</p>

<p>いずれにしても、以上は私の憶測だ。</p>

<p>しかし、一つはっきりしていることは、Schmidtだけでなく、先日発表されたSteve Jobsの治療のための経営現場からの一時離脱を含めて、2000年代のIT/ウェブ業界を支えた名経営者が後ろに退き、若い世代が経営の前面に立とうとしていることだ。ある意味で、2010年代のウェブはここから始まることになるといってもいいのだろう。</p>

<p>Googleからの今後の続報に注目したい。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>ComcastによるNBC-Uの取得、実現へ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000863.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.863</id>

    <published>2011-01-20T10:08:43Z</published>
    <updated>2011-01-20T10:09:19Z</updated>

    <summary>アメリカのケーブルオペレータ最大手であるComcastによる、NBC Universal株の51％の取得が、司法省反トラスト局とFCCの承認...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>アメリカのケーブルオペレータ最大手であるComcastによる、NBC Universal株の51％の取得が、司法省反トラスト局とFCCの承認によって、事実上、実現した。実際のディールは今月中に遂行されるという。</p>

<p><a href="http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2011/01/18/AR2011011806440.html">Federal regulators approve Comcast's acquisition of NBC Universal, with asterisks</a><br />
【Washington Post: January 18, 2011】</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748703954004576090121707066828.html">Comcast Wins Regulatory Approval for NBC Deal</a><br />
【Wall Street Journal: January 19, 2011】</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2011/01/19/business/media/19comcast.html?ref=media">Comcast Receives Approval for NBC Universal Merger</a><br />
【New York Times: January 19, 2011】</p>

<p>発表されてから一年あまりの連邦政府機関（FCC＋司法省反トラスト局）の審査を経て、条件付きながら、ComcastによるNBC-Uの支配権が確立される。</p>

<p>ケーブル大手による、四大地上波ネットワーク＝NBCの取得は初めてで、メディア産業的には、80年代に始まったケーブルがそれ以前の業界の主であった地上波を傘下に収めることで、ケーブルと地上波との主格逆転の事態が実現する、ということになる。2010年代は、もはや地上波ネットワークの時代ではない、ということを暗示するようなディールだ。概ね30年で、主客が入れ替わったことになる。</p>

<p>もっとも、このディールは制限付きで、Comcastが自社のケーブルネットワーク＋ブロードバンド網に、NBC-Uのコンテントを囲わないような条件が付けられている。</p>

<p>上の記事でも解説されているが、外部のオンラインビデオサービス（たとえば、Apple TVやYouTube等）がComcast-NBCU以外のコンテント事業者（たとえばViacomやDisney等）と、ある分野の映像コンテント（たとえば、音楽、スポーツ、コメディ、等のジャンル）について、オンライン配信の契約に至った場合、その契約条件とほぼ同等の契約内容で、Comcastは傘下のコンテント（多くはNBCUのもの）についてオンライン配信の契約をしなければならない。</p>

<p>このような制約により、ケーブルとブロードバンドという、二つの映像配信ネットワークをもつComcastがオンラインビデオ市場の成長を意図的に損ねないようにしむける、というのが、FCC+司法省反トラスト局の考えだ。</p>

<p>ただし、そのような条件は、実質的に、オンラインビデオ市場とケーブルテレビ市場を、主にケーブルテレビ市場の条件に沿った形で一つの市場にしようとする、一種の裁定行為と見られている。それによれば、おそらくはライセンス料の相対的高騰によって、実質的に、たとえば、Netflixのような、オンラインビデオストリーミング企業のビジネスモデルを破壊することになり、結果的に、既存メディアビジネス事業者の支配力が増し、オンラインビデオ市場におけるイノベーションや消費者便益を損ねてしまう、という意見も出ている。</p>

<p>このあたりは、今後、具体的なケースで、おそらくは裁判を通じて、検討されていくことになると思う。</p>

<p>その一方で、かつてのAOLとTime Warnerの合併のように、互いに相反する利益を持つ二つの企業グループは同じ傘の下でもうまく機能しない、という、主にオペレーション上の組織統合についての懸念を表明する、アナリストたちもいる。Comcastはファミリービジネスとして成長した企業なので、経営統合以前の、経営組織の作り方のところでも、いろいろと手間取ることは想像される。</p>

<p>これもまた、実際にディールが成立してから様子を見ていくしかないだろう。</p>

<p>なお、懸念されたHuluに扱いについては、Comcastは支配権をもてず、ファイナンシャル・ステイクも30％まで、ということのようだ。つまりは、Huluについては、News Corp.とDisneyの意向で経営されていく模様だ。</p>

<p>結局のところ、このComacastとNBCUのディールで、最大の利得を得たのは、連邦政府のようだ。今までは手付かずのままだった、オンラインビデオ市場に対して「制約を与える」＝規制をつくる立場の、橋頭堡を築いたことになる。今までならば、AppleとDisneyの間の、民民のディールでしかなく、それゆえ契約内容の公開を強いられることがなかったものも、間接的に政府関係者がアクセスできる情報となる。</p>

<p>このあたりは、先日、オバマ大統領が打ち出した、規制を見なおし、民間のポテンシャルを引き出すことにかける、という方向性とどう調和させていくかが気になるところだ。</p>

<p>ともあれ、久方ぶりに、アメリカのメディア産業地図を塗り替える大型のディールが成立した。</p>

<p>アメリカのメディア産業＋連邦政府が、インターネット上で、どのような映像産業、映像文化を作ろうとしていくのか（あるいは、作らずに後退するのか）、注目していきたい。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Visual Story-tellingによる企業コミュニケーションの時代</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000862.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.862</id>

    <published>2011-01-19T07:15:58Z</published>
    <updated>2011-01-19T07:16:26Z</updated>

    <summary>10周年となったWikipediaを祝う次のビデオはとても良くできている。 The State Of Wikipedia (Video + ...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>10周年となったWikipediaを祝う次のビデオはとても良くできている。</p>

<p><a href="http://techcrunch.com/2011/01/18/the-state-of-wikipedia-video-infographic/">The State Of Wikipedia (Video + Infographic)</a><br />
【TechCrunch: January 18, 2011】</p>

<p>昨日のFacebookのエントリーとも少しばかり関わると思うのだが、最近の、この手のプレゼン映像の特徴はいきなり主題を見せていくところにある。ナレーターなる存在がいない。多分、この点が日本の映像表現と大分テイストが異なるところだと思う。</p>

<p>つまり、情報の提供者（プレゼンテーター）と情報の受容者（私たち視聴者もしくはユーザー）がダイレクトに繋がっている感じが重視されている。間に、両者を仲介役をするような解説者＝ナレーターは存在しない。</p>

<p>そのかわり、この映像もそうだが、全体として巨大なキャンバスに全ての情報が予め盛られていて、それらの情報を端（＝スタート）から順番にそのキャンバスをなめていくような感じで映像のシークエンスが与えられる。そして、その全体を見終わったところで、たいていはカメラが引く感じ＝ズームアウトして、その全体像が示されるような構成となる。</p>

<p>そうやって、複雑な情報を一個ずつリニアな流れで示しながら、平面＝キャンバスに書かれた全体像を俯瞰視点で想起させることで、全体を納得させるような終わり方をする。コンパクトだが非常に良くまとまったプレゼンテーションだ。（このWikipediaのプレゼン映像を作ったJESS3という会社は、ダイアグラム的イメージを活用した映像制作が得意なようだ。）</p>

<p>こうした作り方は、Visual Strory-tellingといっていいものだろう。あくまでも中心は視覚的なイメージの連続でそこにその解説のナレーションが被せられる。そして、そのナレーションはあくまでも線形な話し方＝ストーリーテリングとなっている。もしくは、ナラティブとなっているでもいいと思う。</p>

<p>そして、このYouTubeの仕様から、この映像だけに集中したいと思えば、フレーミングを画面最大にまで拡大すれば、この映像が動いていることだけに意識を集中できる。</p>

<p>さらに、その画面拡大の操作が、こうした情報を視聴しようとしている人自身の「意思で」「選択」したというスイッチにもなる。つまり、一度、自分からその画面に近づいた、ということを意識させる動作でもある。</p>

<p>このあたりの、情報との直接だが段階を経た接触の仕方、というのは、インタラクションによって多情報を扱うウェブの受容状況から出発した発想で、多分、テレビや映画からスタートした映像作りでは発想しにくいものなのではないかと思う。</p>

<p>なんにせよ、情報の提供者とダイレクトに繋がる感じの醸成が、Visual Strory-tellingでは重要になる。こうした要素は、企業コミュニケーションの現場では今後は重要になることだろう。</p>

<p>そうしたダイレクト感は、たとえば、例のおせち事件について謝罪したGrouponのCEOの映像にも見て取れる。</p>

<p><a href="http://techcrunch.com/2011/01/17/groupon-ceo-andrew-mason-sorry-for-osechi-snafu-we-really-messed-up/">Groupon CEO Andrew Mason Sorry For Osechi Snafu: “We Really Messed Up”</a><br />
【TechCrunch: January 17, 2011】</p>

<p>直接語りかける形で、一種のビデオメールのような作りになっている。こちらは固定カメラによる実写に過ぎないが、Andrew Masonの語り方は、とても参考になる。</p>

<p>件のおせち事件について、おせちのことを知らない他国の人々に対してもわかる形で紹介し、その点については謝罪しつつ、今回の事件はGrouponにとっても彼らの企業目標（ミッション）にもとるもので遺憾だったことを表明しつつ、彼らのミッションを再度強調する形で締めくくる。</p>

<p>Grouponによらず、Web 2.0以後のウェブ企業は基本的にユーザーの能動的参加がビジネス展開上は不可欠だから、ユーザーとの信頼関係の調整には気を使わなないではいられない。そうしたビジネスの特徴がよく現れた映像だと思う。</p>

<p>最初に紹介したWikipediaの映像にせよ、このGrouponの映像にせよ、コミュニケーションの直接性をどう担保するか、そのための「語り」をどう調整するか、はウェブがコミュニケーションのプラットフォームになる中で対応しないではいられないトーン＆マナーの問題だと思う。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>プラットフォームとしてのFacebookのポテンシャル</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2011/000861.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2011://1.861</id>

    <published>2011-01-18T06:35:09Z</published>
    <updated>2011-01-18T06:44:06Z</updated>

    <summary>2010年のFacebookの広告売上は18億6000ドルで、アメリカのオンライン広告市場の５％程度である、という速報。 Facebook’...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>2010年のFacebookの広告売上は18億6000ドルで、アメリカのオンライン広告市場の５％程度である、という速報。</p>

<p><a href="http://mashable.com/2011/01/17/facebooks-ad-revenue-hit-1-86b-for-2010/">Facebook’s Ad Revenue Hit $1.86B for 2010</a><br />
【Mashable: January 18, 2011】</p>

<p><a href="http://techcrunch.com/2011/01/17/facebook-5-percent-online-ad-revenue/">Facebook Estimated To Collect Almost 5 Percent Of U.S. Online Ad Revenue</a><br />
【TechCrunch: January 18, 2011】</p>

<p>オンライン広告市場の5％というと大したことがないようにみえるが、Facebookの広告は基本的にはディスプレイ型の広告で、その中でのシェアとなると概ね四分の一、つまり、25％程度を占めるとのこと。</p>

<p>裏返すと、どれだけ検索型広告の市場がオンラインにおいては大きいのか、ということでもある。</p>

<p>それにしても、ディスプレイについては25％程度。これは、注目していい特徴だろう。</p>

<p>Mashableの記事であるように、Facebook Creditsはクレジットの売上の33％がFacebookに入る計算。</p>

<p>ということは、Facebookの中では、広告とコマースの両方で収益機会がある。<br />
しかも、ディスプレイ広告の方は、まだ改善の余地があるという。</p>

<p>こういうところが、未上場企業であるにも関わらず、先日のゴールドマン・サックスの出資ではないが、Facebookの株に投資家が関心を寄せる理由の一つだろう。</p>

<p>もともとは、既にある社会的な交流関係の支援というのがソーシャル・ネットワークのサービスだったわけだが、そこに集まったユーザーたちの嗜好を炙り出すことで、少しずつ、商品購入のクラスターも浮き彫りにしながら、商品の相互推奨のようなコミュニケーションのストリームもつくりだしていく。そうすることで、重層的な社交＝ソーシャル・ネットワークをFacebook上につくりだしていく。</p>

<p>こう書くとファンタジックなものに聞こえるだろうが、随分前からrelationship marketingと言っていたものの実践方法の一つだ。そして、その商品購入の動機付けの部分を補強するのが、cause marketingとかadvocacy marketingといわれるようなもので、ある商品を特定の社会的文脈に置くことで、その商品の象徴的価値を操作していく。こうしたことを行う場としてFacebookはポテンシャルを持つ、ということだ。</p>

<p>企業と消費者の関係性、というのは、言うは安く行うは難しというのが実態だった。それは、告知の部分のマスメディアと関係性をハンドルする部分のメディア（イベントや販促会など）が現実問題としては連動しにくかったからだ。しかし、Facebookのようなウェブ上のプラットフォームと呼ばれるものは、マスメディアと違って、徹底して黒子に徹するため、従来的な意味での商業主義とは異なる消費主義ともいうべき関係性を築くことが、原理的にはより可能になる。</p>

<p>大事なところは、「原理的に」の部分で、それは見た目は、消費者と企業がFacebook上ではダイレクトにコミュニケーションをしているように見えるからだ。マスメディア的介在性を意識させないといってもいい。少なくとも、しばらくの間は、このポテンシャルの部分でFacebookの成長性には期待が寄せられることになるのだと思う。</p>

<p>cause marketingにしてもadvocacy marketingにしても、ある人生的な価値や社会的な価値のために、Aという商品よりもBという商品を買おう、という要素が付いて回る。つまり、価格とは異なる購入動機がそこでは生まれる。それはしばしば「価値」と呼ばれる。つまり、Facebookのようなプラットフォームの上では、ひとつの商品やサービスは、複数の価値で測られる可能性を持つわけだ。</p>

<p>好意的に解釈すれば、こうした「価値」の部分の操作性があるからこそ、ディスプレイ型広告の部分では成長の余地がある。そして、これらの実施においては、Googleのような表面的なユーザーの入力結果に対するリスティングでは対応できないことになるだろう。おそらくは、商品ごとの具体的なコンテキストの把握と操作が必要になるからだ。</p>

<p>いずれも、現段階では多くはポテンシャルに過ぎず、それゆえ期待値でしかない。とはいえ、Facebookの上での「広告」は、多分、広告というのが憚られるような形態になっていくのではないか。これこそが、マーケティング研究者の長年の夢ではあるのだが、どうもそのような可能性を秘めているように思える。</p>

<p>その意味で、Facebookの複合的な「広告×マーケティング×コマース」に繋がるアプリケーションやイニシアティブの提案には注目していきたい。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Googleがチェルシーにオフィスを構えるワケ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2010/000860.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2010://1.860</id>

    <published>2010-12-25T13:44:03Z</published>
    <updated>2010-12-25T13:45:39Z</updated>

    <summary>GoogleがマンハッタンのチェルシーにNYオフィスを移したとのこと。 Google Sets Business Focus in Chel...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>GoogleがマンハッタンのチェルシーにNYオフィスを移したとのこと。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748704774604576036021838208928.html?mod=WSJ_newsreel_technology">Google Sets Business Focus in Chelsea</a><br />
【Wall Street Journal: December 23, 2010】</p>

<p>NYオフィス自体は2000年からあるものの、徐々に規模を拡大し、今回の引越しでは社員数は2000人という。</p>

<p>チェルシーへの引越しは、ウォール街とマジソン・アベニューへのアクセスを良くすることが目的。基本的にはビジネス市場（orエンタプライズ市場）でのビジネスの拡大を目指しているようで、ウォール街については企業システム（≒金融システム）、マジソン・アベニューについては、Double Click案件のディスプレイ広告の連携を図ることを目的にしているようだ。</p>

<p>今までGoogleは、ユーザーの利便性を高めることを主要なゴールとするコンシューマ向け市場で優位を保ってきたわけだが、世の中の経済活動の全てがユーザーと直接やり取りできるわけではない。むしろ、幾重にも仲介者がいるのが普通だ。その場合、ビジネス市場のようにB2Bが中心になる。要するにあれこれ既存の業界のルールを勘案しながらビジネスを進めていくことになる。</p>

<p>そして、そのようなB2Bでの商談を行うにはNYはやはり便利だ。ミッドタウンには多くの企業の本社やエグゼクティブが集中していて、いわゆるトップどうしの交渉が可能だからだ。特に今、Googleは、ウェブ技術＝ITを様々なビジネスに埋め込むことを試みようとしている（エネルギー分野など）。そのような会話のためにもNYのオペレーションは重要になる。</p>

<p>加えて、Web 2.0以後はソフトウェア開発がウェブ企業の中核になったため、プログラマーといいアイデアと当座の資金の調達ができさえすれば、実は場所に拘る必要はない。上の記事でも触れているが、FoursquareのようにNYでスタートしたウェブ企業もだんだん目立つようになってきた。いうまでもなく、Foursquareのようなピンポイントの位置情報提示サービスは、人口密集地でかつ商業集積地の方が利用の幅が広がりやすい。つまり、アプリの開発にはその開発のアイデアを与えるような「現実」の存在が必要で、それは都市の性格や特徴にも依存するということだ。</p>

<p>そういう意味で、NYだからこそ開発できるアプリやサービスもあるということだ。GoogleのNYオフィス拡充もそのようなことを踏まえてのことと思える。</p>

<p>とはいえ、ギャラリーが集まり、NYのアートシーンを牽引する場所の一つであるチェルシーへ引っ越すのだから、そうした領域への拡充も考えて欲しいところ。デジタル本のプロジェクトがどうやら一息つけそうなのだから、次は、アートにGoogleが関わるということがあっても面白いだろう。ちょうど、ジャレド・コーエンとともにGoogle Ideaを始めたように。Googleももはや大企業だからやむを得ないのかもしれないが、仲介業者との調整という作業の傍らで、彼らの常識を全く反故にするような、新しい方法の提示をするところにこそ、Googleらしさがあるように思うからだ。</p>

<p>それにしても、チェルシーか。いい場所を選んだものだ。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>ハリウッドは結局のところ技術頼みのビジネスなのか？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2010/000859.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2010://1.859</id>

    <published>2010-12-24T00:56:19Z</published>
    <updated>2010-12-24T00:57:39Z</updated>

    <summary>2010年のアメリカのクリスマス商戦で、Blu-rayが好調の気運にあるようだ。 Blu-ray&apos;s Time Comes as DVDs ...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>2010年のアメリカのクリスマス商戦で、Blu-rayが好調の気運にあるようだ。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748704278404576037691969791946.html?mod=WSJ_Tech_LEFTTopNews">Blu-ray's Time Comes as DVDs Fade</a><br />
【Wall Street Journal: December 24, 2010】</p>

<p>2000年代の初頭からハリウッドメジャーの収益はDVDに大きく依存してきたわけだけど、ここのところ、逆風要因は多かった。、経済低迷、海賊版、低コストレンタル、ストリーミングサービス等がそうした逆風だが、それに対して、Blue-rayが他では見られない魅力を示している、ということだ。</p>

<p>それは確かにハリウッドのビジネス的にはいいことなのだろうが、しかし、本当にそうなのだろうか。</p>

<p>20世紀が映像の世紀と言われて、それは前半は映画、後半はテレビによって大衆化したのだったが、その中心にはハリウッドがあった。ハリウッドの歴史を紐解けば、当初は舞台の演劇の中心だったNYで製作が進められていた映画が、天候に左右されない（ほとんど雨がふらない）、土地が安い、その他の理由でLAに移り、そこで、第二次大戦後の好景気もあって一気に成長したのがハリウッド。</p>

<p>70年代後半から80年代初頭にかけて、映画そのものはテレビ等の他の娯楽に押されて低迷したものの、映画を見て育った世代が製作した映画の登場によって、映画文法的には異なる物語世界が作られ再び浮上した。スピルバーグやルーカスらがそうした世代の筆頭だ。</p>

<p>そして、ケーブルやビデオなどの映像配信機会が拡大することでアメリカ国内での売上を伸ばし、同時に、衛星放送を中心に、世界中にハリウッドの映像をばらまく機会に恵まれ、巨人の地位を築くことになった。しばしば言われるように、80年代はアメリカの映画にとっては拡大の時代だが、その背後に苦虫を噛む欧州の映画、とりわけフランス映画があった時代でもある。</p>

<p>しかし、どうやらそうやって世界の映像ビジネスの勝ち組になったハリウッドは、クリステンセン流のイノベーション理論でいえば、自らを「破壊」することができなくなってしまっているように見える。あまりにも調子よくなってしまったがゆえに、身動きがとれなくなってしまったといっていい。自らのビジネスの均衡点を自力で食い破ることができない。</p>

<p>今日、ハリウッドメジャーは基本的には配給ビジネスであり、映画の企画・制作は外部のプロデューサーならびにプロダクションが中心だ。プロデューサー業にはオスカーをとった俳優も参画している。あるいは、家族層向けの興業ではPixar作品のようなCGを駆使した作品の受けがいい。撮影も安いコストを目指してハリウッド外部の地で行われる。</p>

<p>何が言いたいかというと、「製作」はもはやハリウッドの外で行われているということだ。「アイデア」はメジャーの外からやって来る。ハリウッドは、文字通り、イメージの中で君臨するだけのこと。あるいは、そうしたビジネスを回すための胴元＝資金提供源となっている。</p>

<p>そして、ハリウッド自体が行っていることは、DVDや今度のBlu-rayのように、もっぱら過去のアーカイブのフォーマット変換での収益を上げることだ。これは言ってしまえば、曽祖父ぐらいの代から受け継いだ遺産を運用していくような行為でしかない。しかも、その運用手段は、自ら開発したものではなく、外部のメーカーが提案してくるものだ。</p>

<p>イメージを売るビジネスは夢を売るビジネスであり、その夢を描きつづけるからこそ人々の関心を引き寄せ、売上という形での支持票を集めることができる。過去10年でこのことを実現したのは、やはりアップルであり、スティーブ・ジョブズだったということになるのだろう。</p>

<p>もし仮に遺産運用こそがハリウッドの役割になるのだとしたら、その遺産の運用方法の発見や選択こそが彼らにしかできない役割となるのだろう。そのようなメジャーが登場するところに期待したいところだ。でなければ、映画の『インセプション』よろしく、家督の相続者たちの潜在意識の奥底に潜り、家督維持の呪縛を解く魔法をかけてもらうしかない、ということになってしまう。</p>

<p>いずれにせよ、件のBlu-rayの記事は、ハリウッドの自己革新とはどんな形があり得るのかという問を改めて思い出させてくれたのだった。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>サンベルトがますます政治の中心に</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2010/000858.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2010://1.858</id>

    <published>2010-12-22T12:24:23Z</published>
    <updated>2010-12-22T13:44:14Z</updated>

    <summary>2010年のCensusの結果が発表され、調査前から言われていた通り、サンベルト、つまり南部や南西部の人口が増加し、ラストベルト、つまり、五...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>2010年のCensusの結果が発表され、調査前から言われていた通り、サンベルト、つまり南部や南西部の人口が増加し、ラストベルト、つまり、五大湖周辺の工業州の人口が減少した。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2010/12/22/us/22census.html?_r=1&ref=politics">South and West See Large Gains in Latest Census</a><br />
【New York Times: December 21, 2010】</p>

<p><a href="http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2010/12/21/AR2010122100590.html">Census shows slowing US growth, brings GOP gains</a><br />
【Washington Post: December 21, 2010】</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748703581204576033513727657644.html?KEYWORDS=census">South Gains in Census</a><br />
【Wall Street Journal: December 22, 2010】</p>

<p>連邦議会の下院は、人口比で議席数が各州に配分されるため、Censusの結果を受けて、議席数の配分も変わる。州の議席数は、そのまま大統領選の際の選挙人団 (Electoral College)の数にそのまま反映されるため、それはそのままアメリカ政治への影響力の変化にも繋がる。</p>

<p>予定される議席数の変化は次のとおり。</p>

<p>+3　テキサス</p>

<p>+2　フロリダ</p>

<p>+1　アリゾナ、ジョージア、ネバダ、サウスカロライナ、ユタ、ワシントン</p>

<p>-1　イリノイ、ルイジアナ、マサチューセッツ、ミシガン、ミズーリ、ニュージャージー、ペンシルベニア</p>

<p>-2　オハイオ、ニューヨーク、</p>

<p>ざっくり言って、GOPの支持が高い南部や南西部の州が数を伸ばし、デモクラットの支持をしてきた東部や五大湖沿岸州が数を失っている。</p>

<p>今年の中間選挙で、GOPは下院の議席数を伸ばしたが、単純に考えれば、今回のCensusの結果はGOPに有利に働きそうだ。</p>

<p>年が明けると、2012年に向けた大統領選の動きが徐々に本格化するはずだ。とりわけ、GOPの候補が誰になるかに関心が集まる。今回のCensusの結果も、候補者選択に当たっても影響を与えることになる。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>煮え切らならいnet-neutrality rule、制定へ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2010/000857.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2010://1.857</id>

    <published>2010-12-22T11:59:28Z</published>
    <updated>2010-12-22T12:03:06Z</updated>

    <summary>FCCの委員会でnet-neutrality ruleの導入が承認された。 FCC approves net-neutrality rule...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>FCCの委員会でnet-neutrality ruleの導入が承認された。</p>

<p><a href="http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2010/12/21/AR2010122106110.html">FCC approves net-neutrality rules; criticism is immediate</a><br />
【Washington Post: December 22, 2010】</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748703581204576033513990668654.html?mod=WSJ_Tech_LEADTop">Internet Gets New Rules of the Road</a><br />
【Wall Street Journal: December 22, 2010】</p>

<p><a href="http://mediadecoder.blogs.nytimes.com/2010/12/21/f-c-c-approves-net-rules-and-braces-for-fight/?ref=technology">F.C.C. Approves Net Rules and Braces for Fight</a><br />
【New York Times: December 21, 2010】</p>

<p>neutralityが導入されるのは、有線のインターネット事業者で、アメリカの場合、AT&TやVerizonのような通信事業者やComcastのようなケーブル事業者がそれに当たる。一方、無線のインターネットについてはこのルールは適用されない方向だ。</p>

<p>そのため、このルールについては、従来のnet-neutralityの反対派のみならず推奨派までもが反対を表明しそうな勢いにある。要するに、ワイヤレスの世界だけ特例にしていいのか、ということだ。</p>

<p>無線のインターネットが今回放置されたのは、もっぱら技術的な問題といわれるが、実体としては、無線の分野がスマートフォンを含めて成長領域であり、回線を配備する事業者の投資意欲を削がない、というのが実質的な理由だろう。だから、行為的に解釈すれば、スマートフォンを含め、一定の普及を見た暁には、有線同様、net-neutralityが適用される、という気運が高まるのかもしれない。</p>

<p>もちろん、事業者側がいつまでも技術革新中なのだ、と言い続けることで、そうした事態を先延ばしさせることは十分可能だ。だとすれば、問題は成長のタイミングの判断ではないはずだ、というのが推奨派がこのルールに反論する一番の根拠だと思う。</p>

<p>今回のルールが難しいのは、とりあえず、今までFCCの管轄外であったインターネットをとにかく規制し、少なくとも有線の世界では従来は慣習としてなんとなくそちらが正しいと思われてきていた、インターネットのオープン性を確保することが最優先のところだ。しかし、ルールを明示した途端に、ルールの適用範囲を明確にしなければならず、結果的に、無線の世界は対象外だから、事業者の意志が優先されてもいい、という解釈を表立って主張することを可能にしてしまうところだ。</p>

<p>だからこそ、無線の世界でこのルールが適用される「例外事項」としてSkypeのようなIP電話が挙げられたことになる。あからさまに通常の無線電話の競合であるため、ルールの適用がなければ間違いく何らかの妨害措置を取るのではないかと思われたためだ。</p>

<p>とはいえ、現在の無線インターネットは実質的には、iPhoneのようなスマートフォンの事業者がアプリ選択に関わるため、net-neutrality ruleを厳格に適用しようと思えば、端末のレイヤーにまで入らないと有効性を持たない。逆に言うと、この端末のレイヤーの部分でルールの適用を考える、ということもありえるのかもしれない（とはいえ、その場合、管轄がFCCになるかどうかは微妙なところだが）。</p>

<p>たとえば、先日来、インターネットを騒がしているWikiLeaksのアプリが、iPhoneで取り下げられるということが起こっている。</p>

<p><a href="http://www.huffingtonpost.com/2010/12/21/wikileaks-app-removed-fro_n_799542.html">WikiLeaks App Removed From App Store</a><br />
【Huffington Post: December 21, 2010】</p>

<p>ちなみに、Android Phoneには残っている。つまり、この端末、というか、スマートフォンのシステムを牛耳ってるレベルでの検討も必要になる。</p>

<p>有り体にいえば、一歩ずつできるところからルールを作っていくしかない、ということになる。</p>

<p>とはいえ、FCCがルールを作ったからと言って、それが即正しく導入されるとは限らない。最初のワシントン・ポストの記事にあるとおり、さしあたっては訴訟を通じて差止められる可能性も高い。加えて、このルールの導入の承認自体、FCCの中でデモクラット系の委員しか賛意を示さなかったため、GOPの議員らから反論が企てられる可能性もある。</p>

<p>結局のところ、FCC委員長のGenachowskiは針の筵に座ってしまったことになる。</p>

<p>年が開けると、GOPが下院で多数派となった連邦議会が始まる。その議会からの揺り戻しも気になるところだ。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Zuckerberg、2010年のPerson of the Yearに</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2010/000856.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2010://1.856</id>

    <published>2010-12-16T14:24:39Z</published>
    <updated>2010-12-16T14:26:51Z</updated>

    <summary>Facebookの創業者でCEOであるMark Zuckerbergが2010年のTIME誌のPerson of the Yearに選ばれた...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>Facebookの創業者でCEOであるMark Zuckerbergが2010年のTIME誌のPerson of the Yearに選ばれた。つまりは、2010年の社会を最も代表する人物として若干26歳の”ザック”が選ばれたことになる。</p>

<p><a href="http://www.time.com/time/specials/packages/article/0,28804,2036683_2037183,00.html">Person of the Year 2010</a><br />
【TIME: December 15, 2010】</p>

<p>Person of the Yearは1927年からずっとTIMEが毎年一人ずつ選んできたもので、歴史に名を残した政府関係者や企業人、文化人等が選ばれてきた。かつてはFranklin D. Roosevelt、近いところでは、George W. Bush、Barack Obamaも選ばれている。</p>

<p>ちなみに第一回は、「翼よ、あれがパリの灯だ」で有名な、大西洋横断飛行を敢行したCharles Lindbergh（リンドバーグ）。</p>

<p>コンピュータ関連では、99年にAmazonのJeff Bezosが受賞している。時々、TIMEはトリッキーな選択もして、2006年には”YOU”。YouTubeが登場し、ユーザー参加型のメディアが大々的に誕生したことを言祝ぐ特集だった。表紙にモニターを模した図像に、銀紙がスクリーンのように貼られていて、テカテカ光ったものであったのを覚えている。</p>

<p>その時からCGMには期待が寄せられていた。それが今回のZuckerbergの選択につながったといえるだろう。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>filibusterならぬTwitter-busterの試み</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2010/000855.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2010://1.855</id>

    <published>2010-12-12T05:38:06Z</published>
    <updated>2010-12-12T05:39:07Z</updated>

    <summary>バーモント州選出のBernie Sanders上院議員が、Twitterのタイムラインを読み上げながら、フィリバスターを試みた。読み上げはお...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>バーモント州選出のBernie Sanders上院議員が、Twitterのタイムラインを読み上げながら、フィリバスターを試みた。読み上げはおおよそ9時間に渡った。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2010/12/12/us/12sanders.html?ref=politics">Twitter Sensation in the Senate, Despite Using Slightly More Than 140 Characters</a><br />
【New York Times: December 11, 2010】</p>

<p><a href="http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2010/12/10/AR2010121005431.html">Sen. Bernie Sanders speaks for 8 hours against tax cuts, while Congressional Black Caucus joins opposition</a><br />
【Washington Post: December 11, 2010】</p>

<p>Sanders議員が反対したのは、現在ほぼ確定しそうな、ブッシュ時代に導入された減税策の延長について。これに反対するために、議場で9時間にわたり、議事とは異なる発言を壇上で続けた。</p>

<p>フィリバスターというのは、本来は議事妨害工作で、壇上に立ち休みを取らずひたすらスピーチを続ける行為のことをいう。スピーチといっても通常は議事とは関係ないことを話し続ければよく、たとえば、何か百科事典のようなものを持ち込み、休む間もなく読み続けるものでよい。そうすることで、時間を稼ぎ、議事進行を妨害する。</p>

<p>とはいえ、Sanders議員は、いわゆるindependent、つまり、デモクラットにもGOPにも属さない議員のため、彼に賛同して党をあげて議事妨害をするというものではない。だから、正確にいえばフィリバスターではなく、長時間に渡る意見表明、ということになる。</p>

<p>今回、この一件が注目を集めたのは、Sanders議員が読み上げたものが、Twitterだったところ。実際には、彼のスタッフがつぶやき続けたものを議員自身が読み上げたようだ。アメリカの議会の様子は、C-SPANという議会中継の専門チャンネルで流され続けるのが普通なので、この様子は延々放送され続けた。</p>

<p>ここから、ちょっと面白いことが起こりそうに思うのは、今回のやり方を使えば、Twitterのタイムラインの読み上げを通じて、人々のリアルタイムの反応を、それこそ、C-SPANでの中継も含めて広く伝えることができそうなところだ。もちろん、まともにやれば、全てのタイムラインをリアルタイムに読み上げることなど不可能だから、そこでは何らかの選別を経て読み上げることになるのだろう。そうして、特定の議員を媒介にしてその支持者の声が吸い上げられる一方、その公表の様子が広く中継されるわけだ。もちろん、本格的にフィリバスターを行う時の一つの方策になることは間違いない。</p>

<p>なんにせよ、フィリバスターという慣行があればこそ、こうした活用方法が注目を集める。興味深い話だ。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>暦とコンピュータの関係</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2010/000854.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2010://1.854</id>

    <published>2010-12-10T12:53:58Z</published>
    <updated>2010-12-12T08:44:31Z</updated>

    <summary>少し前のことになるが、ユリイカの冲方丁特集号（2010年10月臨時増刊号「総特集*冲方丁」）に『Human Meets the Univer...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="REVIEW" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>少し前のことになるが、ユリイカの冲方丁特集号（2010年10月臨時増刊号「総特集*冲方丁」）に『Human Meets the Universe』というタイトルで寄稿した。</p>

<p>その時に、冲方丁の『天地明察』のテーマの一つである改暦の作業は、計算主義的であるという点で今日のウェブと並行的だ、というようなことを書いた。これは直感的に似ている感じがしたので、そう書いたのだが、どうやら両者は本当に関わりがあったようだ。</p>

<p>というのも、次の本をたまたま見つけたから。</p>

<p>『中世の時と暦―ヨーロッパ史のなかの時間と数』<br />
アルノ・ボルスト(著)　 八坂書房</p>

<p>これによると、暦算法は中世において「コンプトゥス computus」といい、そのものズバリ、コンピュータと語源を同じにする、ということだ。</p>

<p>これにはちょっと驚いたのだった。<br />
まさか、本当に両者の間に文化史的に関わりがあるとは。</p>

<p>もっとも、計算自体が何を通じて研究されてきたかといえば、その一つは測地術、測量術から始まっているわけだし、天体観測もその延長線上にあるのは想像できないことではない。きちんと測量した数値があったからこそ、天動説ではなく地動説の妥当性が浮上したわけで、そのためには、何らかの計算術が既にあった、と考えるのが妥当だろう。であれば、暦算法が計算を意味するのはそれほど無理ではないことになる。</p>

<p>なんにせよ、一つの発見だった。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>広がるGiving Pledge</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2010/000853.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2010://1.853</id>

    <published>2010-12-09T07:24:26Z</published>
    <updated>2010-12-09T07:33:41Z</updated>

    <summary>FacebookのCEOであるマーク・ザッカーバーグを始めとして、新たに16名の資産家がGiving Pledgeに参加すると発表した。 1...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>FacebookのCEOであるマーク・ザッカーバーグを始めとして、新たに16名の資産家がGiving Pledgeに参加すると発表した。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748703493504576007982500939482.html?mod=WSJ_hp_LEFTTopStories">16 Tycoons Agree to Give Away Fortunes</a><br />
【Wall Street Journal: December 9, 2010】</p>

<p>今回の参加者はこの他に、スティーブ・ケイス、カール・アイカーン、らを含む。</p>

<p>Giving Pledgeは8月に発表されたプログラムで資産家や富豪が自らの資産の半分を寄付することを宣誓するもの。発表直後はつぎのように伝えられていた。ビル・ゲイツ、ウォーレン・バフェット、マイケル・ブルーンバーグ、などが参加している。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2010/08/05/us/05giving.html?scp=1&sq=giving%20pledge&st=cse">Pledge to Give Away Half Gains Billionaire Adherents</a><br />
【New York Times: August 4, 2010】</p>

<p>（<a href="http://givingpledge.org/#enter">ここ</a>でGiving Pledgeへの参加者がわかる。）</p>

<p>昨年度、アメリカのnon-profit corporationへの寄付金が激減し、活動が滞るところも出てきたこともあり、Giving Pledeのようにプログラムが登場した。個人に十分すぎるほどの資産が集中することが可能なアメリカだからこそのプログラムともいえるが、しかし、以前であればファウンデーションを設置してそこから、という動きだったのが、ファウンデーションもそれなりにある環境では、より直接的な寄附行為の方が重要になるということなのだろう。</p>

<p>自ら宣誓して、率先して資産の再分配を行うのは、人によっては偽善ととる向きもあるかもしれないが、端的にいって寄附行為がアメリカには根づいていて、その継続の重要性を経営者の間で尊ぶ精神があるからだ、という理解から入ってもいいと思う。</p>

<p>確かに、再分配の問題は社会的にはなかなか合意は得られにくい。1月の連邦議会では、共和党が下院の多数派を形成することもあって、ブッシュ前大統領が導入した減税策も、今週に入って、オバマ大統領と共和党との話し合いによって延長の方向に検討が進んでいる。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2010/12/08/us/politics/08cong.html">Obama Defends Tax Deal, but His Party Stays Hostile</a><br />
【New York Times: December 8, 2010】</p>

<p>もっとも、こうした動きに対して、おかしい、と声を荒げる人もいるのがアメリカの面白いところでもある。たとえば、Giving Pledgeに参加もしているTed Turner（CNNの創業者）は、資産家や高額所得者から税金をもっととればいいと告げていたりする。</p>

<p><a href="http://lifeinc.todayshow.com/_news/2010/12/08/5613910-some-millionaires-say-tax-me-please">Some millionaires say, 'Tax me, please!'</a></p>

<p>全ての経営者や富豪がこうした動きに賛同を示すとはいわないが、しかし、こうした行為を行う人がアメリカの資産家にはいるということは記憶していいと思う。もちろん、必ずしも善意だけでこうした行為が行われるわけでもないだろう。大なり小なり、計算もあるとは思う。それでも、事実として、寄付の仕組みで社会のある部分が回っているのがアメリカの社会だからだ。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Google e-bookstore スタート</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2010/000850.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2010://1.850</id>

    <published>2010-12-07T00:10:11Z</published>
    <updated>2010-12-08T03:29:15Z</updated>

    <summary>Googleの電子書籍サービスであるGoogle e-Booksがようやくスタートした。 e-bookstoreはここ。 プレゼンテーション...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>Googleの電子書籍サービスであるGoogle e-Booksがようやくスタートした。<br />
e-bookstoreは<a href="http://books.google.com/ebooks">ここ</a>。<br />
プレゼンテーション映像は<a href="http://googleblog.blogspot.com/2010/12/discover-more-than-3-million-google.html">ここ</a>にある。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2010/12/07/business/media/07ebookstore.html?_r=1&ref=technology">Google Opens Doors to E-Bookstore</a><br />
【New York Times: December 6, 2010】</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748704493004576001671533243118.html?mod=WSJ_Tech_LEFTTopNews">Google Opens Online Bookstore</a><br />
【Wall Street Journal: December 6, 2010】</p>

<p>プレゼン映像にある通り、基本的にはクラウド志向で、ブラウザを起点にしながらも、デバイスによらない利用が可能だ。</p>

<p>ただし、Kindleも既にそのようにデバイスフリーな利用が可能なので、この点にはそれほど目新しさを感じない。</p>

<p>多分、今後に期待したいのは、ブラウザベースであることが、やはりオープンなサーチを可能にするところではないかと思う。</p>

<p>たとえば、次の記事は、広告による閲覧モデルについて触れている。</p>

<p><a href="http://paidcontent.org/article/419-the-ultimate-effect-of-google-e-books-a-new-ad-supported-model-for-book/">The Ultimate Effect Of Google E-Books: A New Ad-Supported Model For Books</a><br />
【Paid Content: December 6, 2010】</p>

<p>図書館なり知り合いからなり借りて読む、という習慣は既にあるわけで、その習慣を起点にしながら、少しずつ読みのスタイルを変えていこうとする方向だ。やってみなければわからないけれど、確かに可能性はある。</p>

<p>クラウドベースであり、デバイスフリーであることは、文字通り、ネットワーク内のデータベースのほうが「本の実体」であり、それらへのアクセスを状況に応じてデバイス＝インターフェースを使い分けることで行われる。今は、既に、実物の本があり、その本の所有のアナロジーから、たとえばKindleのような専用端末が好まれる。これは、読み手としても売り手としても、想像しやすい入り方だ。</p>

<p>ただ、先述のように、Kindleにしても、実はAmazonが管理する本のデジタルデータへのアクセス権を買っているようなものだから（実際、「所有」のあり方が購入時に設定されていて、それが法的にどう解釈されているか、そして、どう解釈されるべきか、は今後、何らかの具体的事件が起こることで裁判を通じて明らかになっていくのかもしれない）、デフォルトとして、物理的本か、データか、という認識の仕方も変わっていくのだと思う。これは、あるタイミングで、逆に「物理的本らしさ」とはなんだったのか、ということを振り返って、形式化させるのだろう。</p>

<p>それはさておき、ブラウザがデフォルトの窓口というのは、当然、本の外の他のウェブ上のリソースとどう「リンク」をつけていくかが問われるわけで、そこでこそ、何らかの新規性が生まれるのだろう。つまりは、利用者の振る舞い方が集積され、「読み方」にゆらぎが産まれるということだ。</p>

<p>ということで、変化はユーザーの側から現れる。<br />
バラバシがいうように、毎日が実験場になるウェブとして、このGoogle eBookも捉えるのが適切だ。</p>

<p>Googleのサービスはいつも当たり前すぎて驚きに欠けることが多く、今回のeBookもそう見える。だが、ベータ版的更新が普通のウェブサービスでは、マーケットインがベースとなり、驚きは欠けがちだ。だから、その普通な感じの中に何がポテンシャルとして埋めこまれているか想像することの方が大事だと思う。</p>

<p>その意味では、件のGoogleのプレゼン映像が、材質の見た目が紙で、クレーアニメのように作られているのは、なかなかに示唆的ではないか。もちろん、作り手にはそんなことを考えていたとは思えないのだけれど。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>FTC、ウェブの匿名性重視へ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2010/000847.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2010://1.847</id>

    <published>2010-12-02T06:53:33Z</published>
    <updated>2010-12-03T11:56:42Z</updated>

    <summary>FTC（連邦取引委員会）がウェブ上のデータ集積について、&quot;do not track&quot; system を標準にすべし、というレポートを発表した...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>FTC（連邦取引委員会）がウェブ上のデータ集積について、"do not track" system を標準にすべし、というレポートを発表した。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2010/12/02/business/media/02privacy.html?_r=1&ref=technology">F.T.C. Backs Plan to Honor Privacy of Online Users</a><br />
【New York Times: December 1, 2010】</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748704594804575648670826747094.html?mod=WSJ_Tech_LEADTop">FTC Backs Do-Not-Track System for Web</a><br />
【Wall Street Journal: December 1, 2010】</p>

<p>いわゆるウェブ上のプライバシー（≒個人情報）について、個人の側の利益をビジネスの側の利益よりも重視する結果となった。FTCが主に消費者保護に注力を入れている連邦機関であることを踏まえれば、妥当な結果だ。</p>

<p>今後は、データ蒐集の窓口になるブラウザー提供者である、Google、Mozilla（FireFoxの提供者）、Microsoft、Apple、などの企業からレポートに対する意見が提出される予定だ。また、レポート内容を実行するには議会で法案を通す必要があるため、そのための審議過程も必要になるとのこと。</p>

<p>主要なブラウザメーカーが関わることから、データ保護や個人情報保護、あるいはプライバシーの扱いにおける、一つの標準がこの過程で形成されると思われる。その点から、本件は気にかけておきたい。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Tea Party は政党ではない： アメリカ中間選挙結果について</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2010/000846.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2010://1.846</id>

    <published>2010-11-06T12:17:04Z</published>
    <updated>2010-11-06T12:19:39Z</updated>

    <summary>気がついたらアメリカの中間選挙が終わってしまった。 事前の予測調査通り、共和党が勢いを取り戻す形で終わった. 最も人々の直接的で短期的な関心...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="COMMENTARY" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>気がついたらアメリカの中間選挙が終わってしまった。<br />
事前の予測調査通り、共和党が勢いを取り戻す形で終わった.<br />
最も人々の直接的で短期的な関心での投票を引き寄せやすいと言われる下院で共和党が過半数をとったことが一番の勝利だろう。これで下院議長は共和党から選出されることになる。忘れられがちだが、下院議長（the Speaker）は、大統領職継承3位の職務だ。大統領、副大統領がともに何からの理由で大統領職を完遂できなくなった場合、下院議長が大統領職を引き受けることになる。下院で過半数をとるというのはそういうことだ。</p>

<p>とはいえ、下院で過半数をとったものの、上院は民主党が過半数を維持した。したがって、今後の法案審議は、上院と下院で平行線をたどるものも増えると思う。<br />
あわせて行われた州知事選でも共和党は当選者を増やしている。</p>

<p>今回の選挙の台風の目はTea Party Movementであることは間違いない。2009年夏ごろの、ヘルスケア法案の審議の頃から草の根の動きとして、同時多発的に全米各所で始まったこの運動は、最終的には共和党の予備選に候補者を送り、予備選を通過し、本選も勝利するものがでた。</p>

<p>この件はいくつか記したいところなのだが、今は手短に、</p>

<p>Tea Partyは政党ではない、</p>

<p>ということを強調しておきたい。</p>

<p>というのも、日本の報道でこれを無理やり日本語に訳して「茶会党」なる珍妙な言葉まででてきていているからだ。さすがにこれは報道側の良識として取下げて欲しい訳語だと思う。単なる誤解しか生み出さない。カタカナで「ティー・パーティ・ムーブメント（もしくは運動）」ぐらいにとどめて欲しいところだ。</p>

<p>Tea Partyと自称するグループから生まれた議員は基本的に共和党から立候補し本選を戦った。まず、この事実から、Tea Partyは政党ではなく、共和党内の一部勢力、もしくは派閥ぐらいに留めるべきだろう、というのが、最初の見方だ。</p>

<p>しかし、派閥というには、その領袖的人物が存在しない。しばしば、サラ・ペイリン（2008年の共和党副大統領候補）とグレン・ベック（ラジオホストでTea Party運動のスポークスマン的存在）が中核的人物としてアメリカの報道でも今秋、頻繁に取り上げられたが、しかし、彼らがTea Partyなる組織を作っているわけではない。</p>

<p>Tea Partyという呼称は、あくまでも、ヘルスケア改革法案を中心に「連邦政府がアメリカ人を全体として管理する仕組みを導入しよう」としていることに異論を唱える人たちが、全米各地（といってもその多くは共和党色の濃いRed States ）で勝手連的に起こした複数の動きの総称として導入された。</p>

<p>いうまでもなくこれは「ボストン茶会事件（Boston Tea Party）」を模した言葉。ボストン茶会事件といえば「代表なければ課税なし」とした例の話だ。18世紀半ばにフランスとの長きに渡る戦争に勝利し、欧州での覇権を握ったイギリスが、その戦争で増やした負債の返済の原資として、北米英領植民地であったアメリカ（といっても東海岸の一部）に税負担を増やしたことに対する反感から発したのがボストン茶会事件だった。結果的に、この反抗が独立戦争にまで発展することになった。</p>

<p>つまり、今回のTea Partyにはそういうニュアンスが込められていたからこそ自己の呼称として選択された。俺達があずかり知らぬところで勝手にヘルスケアを連邦のものにするんじゃねぇ、という感情的反発がそもそもの発端で、その感情的高まりを表現するために、アメリカ史の記憶からTea Partyという言葉が選択されたのだった.</p>

<p>だから、そもそもParty＝政党のはずがない。</p>

<p>ということで、機械的に「茶会党」なる日本語を流通させる愚だけはなんとかなくして欲しいと思うところだ。こうした訳語の弊害は随所で見られ、理解を促すよりも誤解を増やすことの方が多いと思うからだ。</p>

<p>余談ながら、たとえば「与党」という言葉があり、これがそのままアメリカの議会で多数派を占める政党に使われることが多いが、しばしば「政府与党」と言われるように、これは議院内閣制のもとで、行政府の首班指名が議会の多数派によって示されることから来た言葉だ。従って、大統領制の上に成り立つアメリカにはこれは適用できない。</p>

<p>つい最近まで「アメリカの与党・民主党」なる表現を日本の報道で見かけることが多かったが、それはたまたま、大統領の所属政党と、連邦議会の上院・下院の多数派が民主党だったから成立した表現でしかない。</p>

<p>さて、今回、連邦議会の下院の多数派は共和党になったわけだが、この状態を「与党」という表現を使って表現し続けるのだろうか。</p>

<p>ということで、アメリカの政治システムは日本のものとは「全く」異なるわけだから、それを伝える報道の言葉もオーバーホールする必要があるのではないだろうか。そのための分かりやすい例として「茶会党」と引き合いに出すなら今回の珍訳も意味があるのかもしれない。</p>

<p>＊</p>

<p>そもそもアメリカの政党には党首ないし総裁というポジションが存在しないので、首班指名なる枠組みも使えない。例えばオバマ大統領は民主党の総裁でも党首でもない。党の運営と実際の政府内のポジションはリンクしない。基本的には「選挙」を通過した人が、あるポジションを得るだけの話。</p>

<p>あわせていえば、アメリカの政党は、党の綱領のもとで組織されるようなイデオロギーで結集した集団ではない。むしろ、連邦全体の選挙を通過せざるを得ない「大統領選」のために各地の集団が結集した、その意味では、選挙を通じた権力奪取ゲームのための集団だ。</p>

<p>だからこそ、今回の中間選挙のように、全米ではなく州や地元選挙区の話になると、たとえば、同じ民主党といっても、マサチューセッツのような東部と、テキサスやアーカンソーといった南部では全く考えが異なってしまう。とても同じ党とは思えない。南部の民主党議員が、Blue Dogという、政策的には「大きな連邦政府を好まずに、個人の自由を重視する」ことをよしとしヘルスケア改革にも難色を示して、あたかも共和党員のような態度を取る。その一方で、ニューイングランドの共和党議員が、むしろヘルスケア改革に合意する、というような、党の所属と、地域の所属で、ネジレが生じてしまうことが多数出てくる。</p>

<p>民主党＝デモクラシー（民主主義）、共和党＝リパブリカニズム（共和主義）と字句通りとっても意味はない。それらはイデオロギーとしてあるわけではないから。最低でも、これに、リベラリズム（自由主義）／コンサバティズム（保守主義）をかけ合わせて四象限で捉える必要がある。それに加えて、地域性が大事な要素になる。</p>

<p>つまりは、各地域のお国柄、土地柄が反映されるわけで、その意味で、議員はその地域の個性を「代表する者」となるわけだ。そして、そうした地域性は、アメリカの地域的発展の経緯や、連邦政府と州政府の二層政府体制であるとか、を加味しないことには理解できないことになる。その意味で、本質的に分散的であるし、その分散性が維持され続けるシステムが稼働していることになる。そして、大統領選は、そうした分散性にとりあえずは覆いをかぶせて、一枚岩の顔をしましょう、でないと外交やら貿易やらで困ってしまうでしょ、という感じの、統一感を得るためのイベントと思ったほうがいい。</p>

<p>そして、それは、同時に、個々のアメリカ人が、どんなアメリカ人でありたいか、そのアイデンティティの模索の機会と思っていい。今回の選挙では、オバマの当選に大きく貢献した黒人やヒスパニックや若者の投票が少なかったと言われている。これは、つまり、大統領選というのは「未来のアメリカ人のイメージ争奪」であり、中間選挙は「現在のアメリカの現実の反映」でもあるということだ。これも、大統領選と議員選挙が、全くの別物として運営されているシステムの違いの反映だろう。</p>

<p>大統領選に出馬する人の多くは、現職の州知事や連邦議会議員であることが多く、当然、彼らの発想は地元のことを考えてのものだ。だからこそ、大統領選では、公開のディベートが組織され、そこで彼ら候補者の過去の利害の所在やそれに基づく過去の発言に対して、全米／連邦視点からのツッコミ的質問が繰り返されることになる。一種の禊のプロセスとして、そこで全米の、全体の利益を、しかも「未来の利益」を指し示すことが求められる。それゆえ、経験の浅い人物でもそれなりに選挙戦を戦えてしまうわけだ（もちろん、これは相応の危険性も伴うわけだが）。</p>

<p>こう考えれば、今回の中間選挙結果をそのまま2012年の大統領選を含め一般選挙にまで延長して考えるのは懸命でないことがわかるだろう。選挙の質が、大統領選の年と中間選挙の年とでは違うからだ。</p>

<p>今回、むしろ興味深いと思ったのは、北東部の五大湖周辺の工業州が赤く（＝共和党支持に）なったこと、西海岸が青く（＝民主党支持に）なったこと、とりわけ、カリフォルニアがより青くなったこと。また、南西部も青い要素が増えたこと。</p>

<p>これは、端的にアメリカにおける製造業＝工業が、農業同様、アメリカの経済から置いてきぼりをされているように思い、連邦政府の公式見解であるアメリカの産業未来（おおむね情報化やハイテク化、あるいは、サービス化、と言われる傾向）が、自分たちの望む未来と乖離し始めていると感じていたことが明らかになってきた、ということだろう。だから、五大湖周辺の自動車や鉄鋼がある街は赤くなるし、西海岸や南西部のハイテクやサービスが中心の街は青さが増していくことになる。</p>

<p>これは、いわゆる「カンザス問題」が農業従事者だけでなく工業労働者にも伝播し始めたということだろう。</p>

<p>カンザス問題というのは、本来ならば民主党的な政策、つまり、経済的弱者救済志向で、マーケットメカニズムにそぐわない農業のような産業には連邦予算を拠出する、といった政策が、カンザスのような農業従事者が多い、あるいは、一次産業が多い州では支持されてしかるべきなのに、なぜかそうした保護を撤廃する政策を標榜する共和党支持にまわってしまっていることに対する疑問のことだ。</p>

<p>これはとても複雑な議論なので、ここではこれ以上触れないが、そうした、政策からくる実利と投票行動との間の乖離が生じることを、ここでは象徴的に「カンザス問題」としておく。それが、どうやら工業にも伝播したように思えるのだ。なぜなら、オバマはBig 3の倒産を救うという、相当のやりすぎ（overreach）をしたにもかかわらず、それらの州からの支持を今回受け取ることができなかったからだ。</p>

<p>だから、このカンザス問題が工業州にも起こるとしたら、今後の見所は、端的にいって、五大湖周辺の従来は民主党支持州であったミシガン、イリノイ、オハイオ、ウィスコンシン、ペンシルバニア、あたりの州と、南西部の従来は共和党支持州であったテキサス、アリゾナ、ニューメキシコ、コロラド、ネバダ、あたりの州が、相互に支持を入れ替えるかどうか、ということだろう。これが、今後、10年ぐらいのアメリカの選挙戦のみどころではないだろうか。</p>

<p>＊</p>

<p>最後にもうひとつだけ。</p>

<p>今回、Tea Partyの動きで消された感があるが、選挙報道で注目を集めたものとして、カリフォルニア州知事に共和党から立候補したメグ・ホイットマンによるなりふり構わない広告費の投下があった。正確な数字はあとで補いたいが、要するに州知事選としてはありえない額の広告費が、しかも彼女の資産を原資にして投じられたというものだ。これは、彼女の経歴は、eBayのCEOであり、選挙された公職（elected office）の経験がなかったため、もっぱら有権者へのポピュラリティに訴えるしかなかったからだ。彼女が勝った場合、2012年以降の共和党の大統領選にも十分影響を与えるはずだったので、彼女の落選は、結果的に、共和党の「女性」候補としてサラ・ペイリンの価値を上げることになってしまった（同じことは、上院選で落選した元HPのCEOのカーリー・フィオリーナにも当てはまる）。</p>

<p>補足すると、NY市長（小さな州よりもはるかに規模が大きいので、州知事なみに注目される）のマイケル・ブルーンバーグももともとCEOから出馬し当選したので、企業人から公職につくことに前例がないわけではない。だから、ホイットマンの動きもそれだけならおかしいことではない。むしろ、この後、議論になるのは、それだけの広告費を投じたことの意義や、そもそも広告が選挙にとって効果があるのかどうかという疑問の方だろう。</p>

<p>そのホイットマンを破って当選したのが民主党のジェリー・ブラウン。彼は70年代後半にも州知事を務めた人物だ。カリフォルニアといえば州財政の破綻問題の傍ら、エネルギーや環境の新たなフェーズを見通すために力を入れている州だ。ある意味で、のっぴきなならない崖っぷちにある中、その解決策として新たなアイデア（それは技術的な新しさの採用も含む）を模索している。そこに経験のある州知事が誕生したことはやはり興味深い。かつては、アメリカの未来はカリフォルニアにあり、と言われたが、この十数年はもっぱら下り坂で、むしろテキサスに勢いと取られていた。ブラウンによって、カリフォルニアが再生し、改めて連邦の未来を先導する州になるのかどうか。この点は注目していきたい。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Google TVとアメリカテレビネットワーク</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2010/000845.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2010://1.845</id>

    <published>2010-10-24T08:14:27Z</published>
    <updated>2010-10-24T08:15:19Z</updated>

    <summary>ABC、CBS、NBCの三大ネットワークは、ウェブ上のコンテントの視聴についてはGoogle TVでの視聴をブロックするとのこと。 Netw...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>ABC、CBS、NBCの三大ネットワークは、ウェブ上のコンテントの視聴についてはGoogle TVでの視聴をブロックするとのこと。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052702303339504575566572021412854.html?mod=WSJ_Tech_LEFTTopNews#ixzz13EWbKTy7">Networks Block Web Programs From Being Viewed on Google TV</a><br />
【Wall Street Journal: October 22, 2010】</p>

<p>当たり前の動きであるし、今までも何度も繰り返されてきたこと。</p>

<p>繰り返されてきたことというのは、コンピュータ産業の企業が専用の装置（ハード、ソフトとバリエーションはある）を製造し、それをテレビ受像機に接続し、通常のテレビ視聴をバイパスすること。これは単純に視聴率を下げる、あるいは、視聴分散を促す、というような予測される帰結から、三大ネットワークが簡単に飲める話ではない。</p>

<p>Netflix(レンタルビデオサービス）がウェブに進出しテレビ受像機で視聴可能となり、結果として、ケーブルテレビのPPV（ペイパーユーサービス）や映画ペイチャンネルの契約数が減った、という話も同時に起こっているので、視聴者の眼球（eye-balls）の占有が究極の販売物である地上波ネットワークが飲める話ではない。</p>

<p>興味深いのは、三大ネットワーク以外のFoxやMTVはGoogle TVをブロックしないという点。彼らが後発のネットワークであり、しかもベースが必ずしも地上波ではない、ということももちろん影響している。Foxは80年代に入ってから始まった地上波サービスで、親会社はマードックのNews Corp.。MTVは音楽専門のケーブルネットワークとして始まって、そこからエンタテインメント全般に対象を広げている。</p>

<p>いずれも、多チャンネル視聴が当たり前の状態で、むしろ三大ネットワークから眼球のシェアを奪おうとしたところからビジネスを始めており、視聴分散にあわせて事業領域を拡大してきた。News Corp.は衛星放送を行うことで多チャンネルサービスのプラットフォーム事業に手をつけて、眼球の向かうスクリーンそのものを確保しようとした。MTVはケーブルのチャンネル数を増やし、たとえばVh.1のような同ジャンルの音楽チャンネルも傘下にいれ、「音楽」というジャンルの眼球の占有に務めた。</p>

<p>だから、三大ネットワークとの対応の違いは、もともとのビジネスモデルの違いに起因するといっていい。</p>

<p>Googleにとってのここからの課題は、中立的な第三者の地位をやめ、自ら映像コンテントの制作に、直接的であれ間接的であれ、乗り出すかどうか、だろう。そして、一度そうした立場を取れば、Verizonと行ったモバイルビジネスの契約が起こしたような波紋を起こすのかもしれない。Googleとしては思案のしどころだ。</p>

<p>もっとも三大ネットワークといって眼球価値の高いプライムタイムの番組は外部制作のものが多い。だから、そうしたプロダクションがウェブの側に価値を見いだせるようになれば話はもちろん変わる・・・と言いたいところだが、話はそれほど単純でもない。</p>

<p>ウェブの側はウェブの側で視聴分散が原理上は極限にまで進むため、テレビのように胴元が３ないし４つの事業者に占められていることから生じる価格の安定性がない。もちろん、原理上はウェブ上にも圧倒的なシェアを占めるチャンネルを作ることは可能だろうが、その場合は、その圧倒的なシェアをもつ地位を占めるまでは事業の胴元たるプラットフォームがその間のコストを負担しなければならない。外部のプロダクションの制作費用を（持ち出しとして）負担するか、制作の内製化を図るしかない。</p>

<p>そのため、Googleのような「市場と企業」のせめぎ合いの中で市場側のポジションをとっていた企業はジレンマに陥ることになる。超然たるプラットフォームの立場を維持するか、それとも、ワンノブゼムの一プレイヤーとしてそのプラットフォームのフィールドに自ら臨むか、という選択を迫られる。</p>

<p>こうした状況を突破する道は、結局のところ、有料課金でスタートしているコンテントないしアプリケーション事業が、その成長とともにコンテントジャンルの幅と量を拡大させていく、ということにならざるを得ないわけで、その第一候補は、従来であればゲームだった。ただ、周知の通り、ゲームも、ウェブを初めとしたコンソールの多様化によって生じた分散化と定番化の二極化の中で、手放しに成長を期待できるような状況ではなくなっている。</p>

<p>テレビ受像機をコンピュータ化するという夢は、10数年前にマイクロソフトやソニーを中心に試みられたことだが、それら企業が直面した困難にGoogleは（そしておそらくはAppleも）ぶち当たっている、ということになる。つまりは、この業界のデッドロックにだ。</p>

<p>デッドロックである以上は関係者だけのせめぎ合いからだけでは解決は難しい。当該産業が抱える一種の均衡状態だからだ。裏返すと、この暗礁を乗り越えるには、外部からの衝撃、乾坤一擲の一撃が必要になる。過度に達観するつもりもないが、しかし、こうした状況が2010年代には、どのような外部衝撃によって覆されるのか、あるいは、結局のところ、変わらないのか。そうした視点から状況を引き続き眺めていきたい。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>ウェブ時代のジャーナリストの育成に動き始めるアメリカ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2010/000832.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2010://1.832</id>

    <published>2010-09-20T10:40:01Z</published>
    <updated>2010-09-20T10:41:47Z</updated>

    <summary>BusinessWeekに続きNewsweekが売りに出され、週刊誌を中心にジャーナリズムの受難が続いている。その中で、当事者であるジャーナ...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>BusinessWeekに続きNewsweekが売りに出され、週刊誌を中心にジャーナリズムの受難が続いている。その中で、当事者であるジャーナリストたちが自らのキャリアと職能の将来を再考し新しい動きを示し始めている。</p>

<p>Newsweekのベテラン記者であったHoward FinemanがHuffington Post(HuffPo)のシニアエディターに移るという。</p>

<p><a href="http://mediadecoder.blogs.nytimes.com/2010/09/19/newsweeks-howard-fineman-to-join-the-huffington-post/">Newsweek’s Howard Fineman to Join The Huffington Post</a><br />
【New York Times: September 19, 2010】</p>

<p>記事にあるように、Newsweekからはベテランの人材流出が相次いでいる。たとえば、日本でも有名な国際政治／経済学者のFareed ZakariaもTime誌に移っているという。Finemanの動きもその一つというわけだ。</p>

<p>移籍先のHuffPoは近年成長が著しいジャーナリズムサイト。もともとはブログや記事の集積サイトとして2005年にスタートしていたのだが、ウェブの普及が進む中、創立者の一人であるAriana Huffingtonがデモクラットの支持者として活躍し、各所の報道メディアに登場することを通じて、人々の間に浸透していった。とりわけ、2008年の大統領選を通じて、デモクラットの中核メディアとしての地位を築いた。長い間疑問視されてきた収益性についても利益が出る形になってきたと次の記事も伝えている。</p>

<p><a href="http://www.newsweek.com/2010/07/25/arianna-s-answer.html">Arianna’s Answer</a><br />
【Newsweek: July 25, 2010】</p>

<p>もちろん、従来の新聞やテレビの報道メディアからみれば規模としてはまだまだだが、しかし、将来性については期待が高まってきていると考えていいだろう。実際、HuffPoの他にも、Politicoや、先日ピューリッツァー賞を受賞したProPublicaなど、幾つかのジャーナリズムサイトは既にアメリカのジャーナリズムの中で一定の地位を築き始めている。</p>

<p>そうした動きを受けて、ウェブジャーナリズムを中心に活躍するであろう近未来のジャーナリストを要請する教育機関も具体的に稼働を始める。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2010/09/20/business/media/20cuny.html?_r=1&src=twt&twt=NYTimesAd">New Journalism Degree to Emphasize Start-Ups</a><br />
【New York Times: September 19, 2010】</p>

<p>CUNY（ニューヨーク市立大学）に新設されるジャーナリズム・スクールでは、テクノロジーとビジネスとジャーナリズムの交差するところで「起業」としてジャーナリズムを始める人達向けの大学院になるという。</p>

<p>従来のジャーナリズム・スクールは記者職としての職能を磨くための専門職大学院だった。たとえば、コロンビア・ジャーナリズム・スクールではテレビジャーナリズム用のスタジオも用意され、ニュースレポーターやキャスターとしての実地訓練も行われていた。あるいは、取材対象によっては高度な専門知識を必要とするため、経済ジャーナリスト、政治ジャーナリスト、のように、取材対象の仕組みを一通り学ぶ講座もあった。とにかく、ジャーナリズム・スクールの学位を取れば、とりあえずは報道機関（テレビ、ラジオ、新聞、雑誌を問わず）で記者職として働けるような職能を得る場所であった。</p>

<p>簡単にいえば、記者職の職業訓練学校がジャーナリズム・スクールだった。そして、その就職先は、制度的に固定された報道機関だったわけだ。</p>

<p>しかし、上のCUNYの大学院は、そうした「レポーティング」の職能だけでは今後は記者としてやっていけない時代を踏まえて、そもそも報道機関をどうやって経営的に回していけばいいか、あるいは、新たに開発されるコミュニケーション・テクノロジーを活用して新たなジャーナリズムのあり方を具体的に模索するにはどうしたらよいか、つまりは、新ビジネスとして起業するにはどうしたらよいか、というところまでをカバーするようだ。</p>

<p>もちろん、そうしたジャーナリズムのあり方は、新卒だけに求められるものではない、という認識から、既に記者として報道機関で活躍してきた中堅の人向けのコース（mid-career program）も用意されている。</p>

<p>要するに、ジャーナリストが今後の環境変化の中でいかに個人としてサバイブし、いかにジャーナリズムとしての持続可能な新形態を生み出すか、に焦点が当てられたコースといえる。そのあたりは、講座への資金援助財団として、長らくジャーナリズム活動に関わってきたKnight Foundationが関わっていることからも窺い知れる。</p>

<p>そもそも、この新ジャーナリズム・スクールの学院長（Dean）が、Bloombergに買い取られたBusinessWeekのエディターだった人物だというのが、現場のシビアさを表していると思う。</p>

<p>このように、アメリカのジャーナリズムは、ウェブの浸透によるマスジャーナリズムの変容という大きな課題に、人材開発のレベルから取り組み始めたということだ。ここで、マスジャーナリズムとしたのは、アメリカの場合、新聞、雑誌、テレビ、ケーブル、ラジオ、が横一線で各々のメディア特性に応じてジャーナリズムとして競っており、有能なジャーナリストはメディアの垣根をやすやすと越えて＝転職して、ジャーナリズムとしての横一線のあり方を具体的に示しているからだ。その横一線のジャーナリズムが、ウェブの登場によって、速報性、読者の参加、非ジャーナリストだが専門家による明瞭な分析、などによって挑戦を受けているからだ。もちろん、広告や購読料からの収入形態がウェブによって大きく変わり、そもそもジャーナリストの生計そのものが疑問視されていることもある（だから、BusinessWeekもNewsweekも親会社から、ビジネスとしては不採算部門として売りに出されることになってしまったわけだ）。</p>

<p>件のCUNYの大学院は2012年に最初の卒業生を生み出すという。その年は大統領選の年に当たる。その年の選挙報道には間に合わないかもしれないが、遅くとも2016年の大統領選の頃には本格的にウェブジャーナリズムが主体になった報道合戦が行わるのかもしれない。その時までは、たとえば、iPadによる有料型のニュース提供がどこまで浸透するかも明らかになっていることだろう。Googleなどによって試みられるマイクロペイメントの動きにも一定の決着が図られていることだろう。</p>

<p>そういうビジネスや技術の近未来における変化を見越して、今から人材育成に務める動きが始まったわけだ。将来を見据えた動きとして、そして人材育成には一世代（＝20年から30年）かかることを勘案した動きとして、本件を捉えることで学べることは多いと思う。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Harvard Endowmentの苦闘</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2010/000842.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2010://1.842</id>

    <published>2010-09-09T23:44:10Z</published>
    <updated>2010-09-09T23:46:24Z</updated>

    <summary>ハーバード大学のEndowment（大学基金）の運用結果が盛り返してきたことを伝える記事。 WSJ: Harvard Endowment G...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>ハーバード大学のEndowment（大学基金）の運用結果が盛り返してきたことを伝える記事。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748703960004575481980058164088.html?mod=WSJ_hps_MIDDLETopStories">WSJ: Harvard Endowment Gets a Middling Grade</a><br />
【Wall Street Journal: September 10, 2010】</p>

<p>アメリカの私立大学は寄付金や収益の蓄積をEndowmentとして運用し、その運用益を大学経営に当てている。ハーバードは私立大学の中で最大のEndowmentをもつのだが、2008年からの不況によって、普通のファンドと同様に運用上、大きな痛手を受けていた。</p>

<p>記事にあるように、現在のEndowmentの総額は274億ドル（約2兆円）、昨年からのリターンは11％。Endowmentの平均リターンが12.3％、ダウ平均で14.9％というから決して好成績とはいえないが、それでも昨年の評価額である260億ドルからは盛り返している。とはいえ、2008年が369億ドルであったことを踏まえれば、その落差は大学当局にとってみれば大きな悩みだろう。</p>

<p>資産総額の減少は基本的に不動産投資からの煽りのようだ。</p>

<p>運用自体はHarvard Management Co. という会社を設立しそこで行っている。</p>

<p>記事中にある投資の“Endowment Model”というのは、通常の株式や債券の他にAlternative 資産への投資、例えば、Emerging Marketの証券投資や、ベンチャーキャピタルやバイアウトファンドのようなPrivate Equity Fundへの投資、ヘッジファンドの投資を含む。とりわけ、未公開株への投資は（大学周辺で研究開発され情報の取得が早い）新技術を活用したスタータップへの投資も行っていたイノベーション支持という性格からも評価されていた。</p>

<p>Endowmentの運用益は大学経営に回される。記事によれば、来年のハーバード大学全体の予算の35％がEndowment運用益で賄われるとのこと。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Jared Cohen とThink/Do Tank としてのGoogle Ideas</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2010/000841.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2010://1.841</id>

    <published>2010-09-08T02:58:03Z</published>
    <updated>2010-09-10T06:21:17Z</updated>

    <summary>アメリカの国務省職員だったJared Cohenが国務省を去り、GoogleでGoogle Ideasという“Think/Do Tank”を...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>アメリカの国務省職員だったJared Cohenが国務省を去り、GoogleでGoogle Ideasという“Think/Do Tank”を始めるという。</p>

<p><a href="http://www.foreignpolicy.com/articles/2010/09/07/jared_cohen">State Department Innovator Goes to Google</a><br />
【Foreign Policy: September 7, 2010】</p>

<p>Jared Cohenは、昨年のイランの選挙の時のTwitter報道に関わり注目を集めた。Twitterフォロワーも30万人を超える。かねてから、国際問題、外交問題におけるSocial Media活用のアイデアマンとして注目を集めていた。その彼が国務省を去り、民間で活動をする。</p>

<p>Think/Do Tank というのは彼の造語で、プランニングするだけでなく実際に行動も起こすもの。その意味は、いろいろと今回の報道を見ると、政府、企業、NPO/NGOの間でネットワークを形成することで考案したことを実行に移すというもののようだ。</p>

<p>ただ、彼がSocial Mediaに注目している、ということを素直に捉えれば、むしろ、Twitterに代表されるSocial Mediaを活用することで、つまり、多くの人々を瞬時に接続できるコミュニケーション能力を活用することで、政治的影響力、社会的影響力、外交的影響力を行使しようとする、という点にこそ関心を寄せるほうが、現代的な意味をよりクリアにすることができるのではないだろうか。</p>

<p>しばしば、外交は平時における儀礼的な国家間の関係の形成と維持に焦点が当てられる。そして、一旦、有事になると軍事力の行使という最終手段が交渉の切り札となる。したがって、アメリカの場合であれば、国務省（外交担当）と国防総省（米軍監督・指揮担当）の間での組織的対立が目立つことになる。あるいは、軍事力の行使に至らずとも、経済制裁を行使することもあるが、この場合はその行使が民間企業の理解や協力が不可欠となるため、これも国務省単体では対応することが難しい。実際には多くの関係部門の協力が必要だし、当たり前ながら、議会による理解あるいは立法措置が必要で、これには政治過程として多大なコストがかかる。</p>

<p>このように国務省が扱う対象が外交や国際関係であるだけにしばしば「考える」ことと「実行する」ことの間にギャップがあった。そのギャップの一部がウェブの登場、より具体的にはSocial Mediaの登場によって埋められた、あるいは、埋められるはずだ、というのがCohenの考えるところではないだろうから。</p>

<p>つまり、Social Mediaによる「コミュニケーション伝播力」によって、そのコミュニケーションを受けた人々が瞬時にして同調的態度を取ることができる、少なくともできると信じることができることが、軍事力や経済制裁力と同じように、人々の行動に影響を与える「力」になる、ということだ。Think/DoのDoの部分は、こうしたコミュニケーション機能の実施の部分を具体的には指すと考えたほうがいいと思う。そして、そのコミュニケーション内容を受け取り、時にそれに反応を返す人々の所属する組織が、政府や企業やNPO/NGO、ということなのだと思う。</p>

<p>要するに、人々の「認識のフレーム」に影響を与え、変更を加えさせることがDoの中心的役割ということになる。これは、従来であれば、政府でも企業でもシンクタンクでも、Public Relationsとして展開されてきたものであるが、それをより機動的に組織することを目指すことになる。</p>

<p>（ちなみに、日本ではPublic RelationsはPRと略され、新商品紹介や企業不祥事などのリリースの発表や、あるいは、マスメディアの番組や記事内で取り上げられる無料広告＝パブ、ぐらいにとられがちだが、アメリカの場合は、マスメディア間で「見解」の対立がしばしば起こるため、その対立を逆手にとってより根本的なメッセージを第三者の間で展開させるところまでが範囲になる。その意味でとてもゲーム性、競技性の高い活動といえる。）</p>

<p>CohenはGoogle Ideasに参加すると同時に、CFRのメンバーにもなったということなので、Social Mediaを通じた具体的なコミュニケーション先にCFRに集うメンバーが加わることになるのだろう。CFR＝Council on Foreign Relations（「外交評議会」と訳される）は、民間の外交関係について考えるNPOで、雑誌Foreign Affairsを発行している。本部がNYにあり、しばしばアメリカ国内外の要人（政府高官、大手企業エグゼクティブ、著名な学者、ジャーナリスト等）を集めてシンポジウムを開催するなどして、広範な人的ネットワークを築いている。そのネットワークを活用することになるのだろう。Google Ideasも本部はNYに置かれるようだ。</p>

<p>ちなみにCohenはローズ奨学生でもあったということなので、アメリカの政治や外交関係では重要なイギリスとの関係も既に築いているということになる。この点でも、彼とGoogle Ideasの動きは注目に値する。ローズ奨学金にしてもCFRにしても20世紀前半にできた人的ネットワークのインフラで、もちろん、それは20世紀後半に一定の役割と機能を果たしてきた（たとえば、ビル・クリントン元アメリカ大統領もローズ奨学生だった。彼の国際活動組織であるCGIはもっぱら彼が大統領時代に築いた人的関係に根ざしていると言われるし、実際そうなのだろうが、それ以前にローズ奨学生としてのつながりもあったと捉えておくべきだろう）。</p>

<p>その20世紀のインフラを、CohenとGoogle Ideasが21世紀の現実と（技術などの）資源に根ざしたものに組み替えていくのかもしれない。Cohenは上のFPのインタビューで国務省時代に所属していたPolicy Planning部門が、ちょうどVenture Capitalがビジネスに対して行うように、新しいアイデアを実現させるための資源を見つけそれらを組織していく方向に変わりつつあると応えている。同じようなことを彼の裁量が発揮できるGoogle Ideasで行われるものと期待できるだろう。基本的には、従来交流のなかった要素を接続（短絡）させることで新たな何かが生まれる、ケミストリーが生じるとCohenは信じているように思えるので。</p>

<p>Jared CohenとGoogle Ideasの今後の動きについては注目していきたい。</p>

<p>*</p>

<p>（追記）</p>

<p>Cohenは81年生まれのユダヤ系。<br />
たとえば、<a href="http://www.colbertnation.com/the-colbert-report-videos/147625/january-15-2008/jared-cohen">ここ</a>で彼が具体的に話す姿を見ることができる。巻き毛の栗毛でものすごい勢いで話す。留学中にこういうユダヤ系の同窓生がいたことを思い出した。</p>

<p>よく考えてみれば、ユダヤ系の彼がイスラム圏を旅してアメリカの若者もイスラム圏の若者も変わらないとレポートするわけだから、ある意味、典型的にユダヤ系的なコスモポリタニズムを持った人物なのだろうなと、上の番組のトークを聞きながら感じた。CFRが彼を招聘するのもよく理解できる。Cohenは人物としてもとても興味深いと思えてきた。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Facebook Placesをカジュアルにプロモートする</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2010/000840.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2010://1.840</id>

    <published>2010-08-20T08:05:42Z</published>
    <updated>2010-08-20T08:09:11Z</updated>

    <summary>Facebookの位置情報サービスであるFacebook Placesが発表された。そのプロモーションビデオが紹介されている。 Facebo...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>Facebookの位置情報サービスであるFacebook Placesが発表された。そのプロモーションビデオが紹介されている。</p>

<p><a href="http://techcrunch.com/2010/08/19/facebook-places-video/">Facebook’s Apple-Like Places Promo</a><br />
【Tech Crunch: August 19, 2010】</p>

<p>Placesのサービス自体は位置情報を友達に紹介するもので、サービスの名称もPlaces＝場所と味もそっけもない。</p>

<p>プロモーション映像も記事中で短くコメントされているようにAppleのそれにとても近いトーン＆マナーでまとめられている。開発担当者が開発者としての夢を語る形で、それをheart-warmingな雰囲気でまとめている。利用者の日常生活を切り取る形で、逆光の中のバスケットコート、自転車、市場の散策、恋人同士の写真、というように、同時進行する複数の人々の振る舞いの中に、さりげなく位置情報の提示が示される。とてもconfortableな感じのする映像だ。</p>

<p>Placesの内容自体、ただの位置情報提供という無形のサービスだから、その可能性を指し示すプロモ映像は実質的にサービスそのものを表現しているといえる。だから、映像をどう気持ちよく作るかは、少なくともローンチ当初の段階では大事なこと。それゆえ、アップルっぽいという評がでてくることもよくわかる。</p>

<p>ただ、それ以上に、そうしたプロモ映像の大事さをそれとなく理解し、それなりの表現、つまり、ビデオクリップや映画を評するようなカジュアルな感じで紹介する記事が、TechCrunchのような一般的には技術情報サイトの上で記されていることの方が個人的にはとても気になった。日本のIT情報系サイトだとこういう感じの紹介文にはなかなか遭遇しない。もっとも、今回のPlacesの映像のようなトーンのものが日本だとなかなかないから、ということもあるだろうけれど。</p>

<p>こういうカジュアルな映像を見るといつも思うのだけど、アメリカの場合、役者層が多いから素人っぽい玄人予備軍がたくさんいてその人たちがカジュアルな演技をさりげなくやってのける。映像の素材としての人間に幅があるのがなかなかによい。イメージが固定されたタレントや役者では逆に画面が締まり過ぎてしまって、未来性というか、不確定だが無限の可能性のような、ぼんやりとした映像を指示しにくくなる。いい意味で素人っぽさが大事。しかも、それが若者だけでなく相応の年齢層の役者についてもあてはまる。そういうところが、アメリカの、CMに比べてやや長尺の映像を見ると感じることは多い。</p>

<p>それから、Placesのプレゼンとしてうまいと思ったのは、どうやら背景となる都市が、Golden Gate Bridgeの存在からSan Francisco（SF）のようだということ。SFはLAと違って、モータリゼーションが始まる前から都市だったので、NYのように緊密な街づくりがされている。もちろん、有名なケーブルカーもあって、人が人のまま移動できる都市だ。Placesによる親密圏の演出には、広大な都市よりも、密度のある都市のほうが似合っているし、実際、利用も進む。人間どうしの近さを感じさせる場所としてSFは格好の街だ。</p>

<p>無形商品であるサービスでは、その視覚化がとても大事なわけで、実はそうしたサービスの紹介をする側も、そういう見えないものを描く力や感覚が必要になる。その感じを上のTechCrunchの書き手は直感的にわかっているように思う。紹介記事の文体やトーンもこれからは大事になるということだ。</p>

<p>それにしても、映像に出てくるFacebookがいずれもiPhone上であったのは興味深い。Facebook自身、アプリの一つであることがよくわかるし、アプリである以上、他のタブレット、たとえばAndroid Phoneが出てきても、アプリとしての顔つきはFacebookであるわけで、ある意味で、どのメーカーのPCでも画面にはWindowsが映っているのに近い印象を与えてきた。どの機種でもAmazonのKindleが使えるのに近い感覚でもいい。ただ、Amazonと違って、Facebookが提供するのは利用者の人々に過ぎない分、可能性はプラスにもマイナスにも大きく広がる。そうした可能性を示唆するものとしてもこのプロモ映像はよくできていたと思う。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Scott McNealy は Andrew Carnegie の再来か</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2010/000836.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2010://1.836</id>

    <published>2010-08-04T07:02:31Z</published>
    <updated>2010-08-04T07:03:35Z</updated>

    <summary>Sun Microsystemsの創始者の一人であるScott G. McNealyが、non-profitの活動に乗り出し、手始めにOpe...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>Sun Microsystemsの創始者の一人であるScott G. McNealyが、non-profitの活動に乗り出し、手始めにOpen Source型のデジタル教科書に力を入れている。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2010/08/01/technology/01ping.html?_r=2">$200 Textbook vs. Free. You Do the Math.</a><br />
【New York Times: July 31, 2010】</p>

<p>OracleがSunを買収することになり、McNealyはCEO職から離れることになった。彼が今、力を入れているのが、無料のテキストブックのハブの役割を果たしているCurrikiというウェブを活用した教育支援プロジェクトだ。</p>

<p>アメリカ全体で年間に80億ドル（約8000億円）から150億ドル（約1兆5000億円）が教科書の購入に当てられているが、これらを全て無料にしてしまえ、というのがMcNealyが考えていることのようだ。なぜなら、「10+10=20」ということは変わらないからだ。</p>

<p>McNealyは初等教育における教科書のことをいっているのだと思うが、個人的に経験した大学の場合、アメリカの教科書は確かに高い。一冊150ドルする位するのが普通で、それが定番となった教科書だと、McNealyも指摘するように比較的短いサイクルで頻繁に改訂される。コロンビア大学では、大学生協が古本としてテキストを買い取り、毎年売っていくということも行っていた。講師は最新版の教科書を指定してくるが、たいていの場合は、二回ほど昔のバージョンでも十分内容的には問題ないことが多い。改訂の多くは事実のup-to-dateなので、理論や考え方の枠組みには影響を与えないからだ。それでも、教科書出版会社、あるいは、ロースクールの判例出版会社などは、ドル箱として頻繁に改訂することで、中古本市場に利用者が逃げるのを防ごうとする。</p>

<p>出版社側の事情は事情でわかるが、しかし、up-to-dateの容易さも含めてウェブで対応すればそうした馬鹿らしいシステムからも逃げ出せるのではないか、というのがMcNealyが考えていることだろう。何故馬鹿らしいかといえば、そのような改訂によって教科書自体が高くなりその分知識習得のための金銭的ハードルが上がってしまい、もともと教科書出版の背後にあった、知識の伝播という目的達成のハードルをも上げてしまうから。</p>

<p>そこで、ウェブを活用して教科書的な知識については広くアクセスできる環境を創ってしまおう、というのがCurrikiで試みようとしていること。こうした知識の伝授機会を増やそうというのは、19世紀末に全米の図書館システムに私財を投入し無料貸し出し制度を確立の貢献したAndrew Carnegieの行為の現代版と言っていいだろう。</p>

<p>あるいは、貧困撲滅などの大義の実現に向けて私財を投じたBill Gatesと比較したとき、McNealyの振る舞いは、各人が自律して対処するための土台＝教育に力を入れよう、というところは、よりOpen Source 的というか、リバタリアン的というか、Sunらしさをよく表現しているようで興味深い。</p>

<p>Gatesが財団活動で国際的な正義の実現に力を入れる一方、Steve JobsはiPad等の投入で企業活動そのもので社会を変えようとし、McNealyはSunの起業精神にあったOpen Sourceの発想を社会問題の解決に活用しようとする。三者三様で社会に対峙しているところが興味深い。</p>

<p>McNealyのリバタリアン的傾向については次の記事の中の彼の発言も参考になる。</p>

<p><a href="http://bits.blogs.nytimes.com/2010/08/02/scott-mcnealy-on-nonprofits-and-bailouts/?src=twt&twt=nytimesbits">Scott McNealy on Nonprofits and Bailouts</a><br />
【New York Times: August 2, 2010】</p>

<p>少なくとも当面は上場企業の経営に携わるつもりもないようだ。間違いなく今日のインターネットの時代を用意した立役者の一人であるMcNealyがnon-profitの世界で何を行っていくのか。GatesやJobsとはまた異なる活動家＝adovocateということか。</p>

<p>何にせよ、資金を出して終わり、とならないところがとても起業家的だ。新しい仕組みを作るところに自らhands-onで乗り出していく。今後も注目しておきたい。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>世界市場に対応するHollywood</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2010/000834.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2010://1.834</id>

    <published>2010-08-03T10:22:25Z</published>
    <updated>2010-08-03T10:23:57Z</updated>

    <summary>アメリカの国外からの収益を無視しては、早晩、映画ビジネスも成り立たないため、国外市場への対応にハリウッドは追われている。 Plot Chan...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>アメリカの国外からの収益を無視しては、早晩、映画ビジネスも成り立たないため、国外市場への対応にハリウッドは追われている。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748704913304575371394036766312.html">Plot Change: Foreign Forces Transform Hollywood Films</a><br />
【Wall Street Journal: July 31, 2010】</p>

<p>アメリカ国内の映画収入は基本的に横ばいであるため、増収のポイントは基本的に国外からの収入が担っている。記事にもあるように、中国やロシアで映画館が増設され、単純にスクリーン数が増大するため、そのは配信（配給）チャネルにいかにしてハリウッド製の映画を埋め込んでいくかがハリウッドの直近の経営課題になっているというわけだ。</p>

<p>そのためにはハリウッド製の映画が国外でも受容され、堅調な需要を生み出してくれるようにしなければならない。そこで、キャスティングやシナリオのレベルで工夫をするに至る。当該地域の俳優が出演するなり、アメリカ人にしかわからないような台詞を外したり、という具合に、商品のレベルで変えてくる。最近であれば『インセプション』に渡辺謙が出演している、というのも日本公開を考えての上のことだと取ってもいいのだろう。あるいは『アバター』のようにCGベースの映画にして現地の吹き替えにしても違和感のないものにし、より普遍度の高いものにする方向もあるだろう。</p>

<p>記事にもあるように、少し前のハリウッドの稼ぎ頭はDVDセールスだった。興行収入よりもDVD収入が重要になる中、映画上映は一面でDVDのプロモーションの機会であり、DVDセールスに繋がるような凝ったプロット開発に向かっていった。DVDに収録されたボーナストラックとしてのメイキング映像や監督やプロデューサーによる解説もすっかり当たり前になった。これらは、映画館ではなく家庭で個人的に視聴することを考えてのことだ。いい意味で「巻き戻して」も見てもらえるだけの工夫が仕込まれている。</p>

<p>ただし、そうした仕込みは第一にアメリカ市場を考えてのことだった。今後はそうした仕込みを国外市場でも通じるようなものにしていかなければならない、ということだ。</p>

<p>一番簡単な対応は言葉や文化を越えて鑑賞可能なシンプルなストーリーラインでアクション中心のものをつくっていくことだろうが、それでは顧客が早晩飽きてしまうだろう。この壁をどうやって作品のレベルで、あるいは、ボーナストラックのレベルで対応していくのか、映画鑑賞の様々なレベルで微に入り細をうがつ工夫が凝らされていくのだと思う。</p>

<p>5年や10年経ったところで目に見えた違いが生じているのかどうか、楽しみにしておきたい。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>iPadでのテレビドラマのpreview展開</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2010/000833.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2010://1.833</id>

    <published>2010-07-29T23:27:28Z</published>
    <updated>2010-07-29T23:29:19Z</updated>

    <summary>アメリカの四大ネットワークの一つであるFoxが、この秋からのドラマの新シリーズの第一話をVanity Fairを通じてプレビューさせるという...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>アメリカの四大ネットワークの一つであるFoxが、この秋からのドラマの新シリーズの第一話をVanity Fairを通じてプレビューさせるという。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2010/07/29/business/media/29adco.html?_r=1&ref=media">Fox Uses Heavy Exposure for Previews of ‘Lone Star’</a><br />
【New York Times: July 28, 2010】</p>

<p>Vanity Fairが考えているのは、雑誌本体にDVDを挟み込む手段と、iPadのVanity Fair appで映像配信する手段の二つ。Foxによれば、いずれも新ドラマシリーズの第一話を完全に見せる予定だという。</p>

<p>DVDの挟み込み、というか、記録媒体の挟み込みはCD-ROMの頃から行われていることなので、この場合、ニュース性があるところは次の二点だろう。</p>

<p>● iPadでのプレビュー<br />
● プレビューのフル体験</p>

<p>iPadでのappでなら利用者の属性なども（ある程度）把握することが可能だと考えれば、このプレビューは、文字通りプレビューが行ってきた視聴者の意向の事前リサーチに使うこともできるだろう。</p>

<p>プレビューとして第一話を全て提供するのは、この数年、アメリカではドラマの扱いがテレビの中で微妙になっていることの表れでもある。リアリティショーの普及から、昔のように視聴率を稼げるコンテントとしてドラマに期待することは自明ではなくなっている。また、作品としてエッジの効いたドラマシリーズ、簡単にいえばエミー賞を受賞するようなシリーズは、四大ネットワークではなくケーブルのチャンネルから生まれている、という事態もある。このような、視聴形態の変化の中で、視聴者の関心をどう引き寄せるかが、ドラマ関係者の関心の中心になっている。いわば、テレビドラマが映画並みに人々の関心を掴みにくくなっているということだ。</p>

<p>Vanity Fairという文化誌（といっても政治社会の良質な寄稿も多い）とタイアップするのも、テレビドラマ視聴にも一定の文脈形成によって、関心を維持し続けさせる仕組みが必要になっている、ということの表れだろう。</p>

<p>実際の番組内容も含めて注目しておきたい。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Facebookの5億人はMembershipかCitizenshipか</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2010/000830.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2010://1.830</id>

    <published>2010-07-23T07:24:05Z</published>
    <updated>2010-07-23T07:26:11Z</updated>

    <summary>Facebookの登録ユーザー数が5億人を越えた。その様子を国民国家との比較から論じた記事。 The future is another c...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>Facebookの登録ユーザー数が5億人を越えた。その様子を国民国家との比較から論じた記事。</p>

<p><a href="http://www.economist.com/node/16646000">The future is another country</a><br />
【The Economist: July 22, 2010】</p>

<p>先日イギリスの首相となったDavid Cameronが、Facebook のCEOであるMark Zuckerbergに対して「実際には握手することができない多くの人々からの期待に応えるにはどうしたらよいのか」と尋ねた、という紹介は、国民国家とSNSを類比的に考えるためのいいイントロだと感じた。</p>

<p>記事中にもあるように、国民としての「一体感」はどうやって構築されるか、という点について、有名なベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』を引きながら説明している。イントロの「握手することができない無数の人たち」との間で一体感を得るには、何らかの形で自分自身が「想像的に」その大きな存在≒国に連なる存在だという感じることが必要になるのだろう。そして、その理屈だけなら、Facebookも国民国家と同じレベルの存在と考えていいのではないか、ということになる。</p>

<p>もちろん、想像だけの紐帯関係では国際法上は国家としてはカウントされない。領土や政府などが必要になる。記事では、国よりも、むしろ、国際赤十字やローマ・カソリック教会のように、いざというときに政府や政府要人に準じる形で、何かの（国際的な）意思決定に関わる力をもつ存在として捉えることも配慮している。</p>

<p>面白いのは、上の記事で紹介されている、人口の多い国とSNSを比較した図だ。</p>

<p>中国、インド、の次にFacebookが位置し、その後に、アメリカ、MySpace、インドネシア、ブラジル、Twitterとなる。驚いたのは、Twitterのユーザー数が日本の人口に肉薄していること。いずれにしても、人口とユーザー数を比較しての順位付けだ。</p>

<p>なぜ面白いかと思ったかというと、10年ぐらい前に流行った見方は、国と企業を、GDPと企業売上で比較したものだったことを思い出したからだ。つまり、経済的な生産量という視点から見ると、たとえば、トヨタのような企業が中欧の国よりも大きい、という位置づけになっていたはずだ。</p>

<p>つまり、経済力、が国際的な舞台における存在感の指標と捉えられていた。</p>

<p>それに対して、今回のFacebookの場合は「人の数」だ。</p>

<p>多くの人を組織して抱えていることが、国際舞台における存在感の源泉の一つになる、という想像力が、Facebookが注目される理由の一つだ。ただ、「人の数」の多さが考慮されるのは、一人一人に一票がある、という考え方からだと思う。その意味で、GDPのような「経済力」に対して「政治力」が評価された結果とも言える。</p>

<p>とはいえ、「人の数」は政治的な意思決定（≒投票）だけでなく、経済活動でも大きな力を持つ。生産や消費に対する影響力もさることながら、知恵を生み出すための「ネットワーク」としての潜在力ももつと思っていいだろう。</p>

<p>だから、以前使われた、「（結果としての、今の）GDP」よりも、「（今後の、可能性を示唆する）人の数」の方が、この先は影響力の源泉として評価されると考えられるのではないか。</p>

<p>そう考えると、Facebookの有り様は、単なる私企業として考えるだけでは足りないように思える。その時、新たな政治経済的な組織体として、企業や国＝政府、あるいは、NPO/NGOのような既存のフレームを越えた存在として位置づける準備も必要になってくるのではないかと感じる。</p>

<p>Facebookは日本ではユーザー数が少ないので何かと黙殺されがちだが、日本の外に少しでも目を向ければ、様々な思考実験の機会を与えてくれる存在だと思う。一体どこまでユーザー数は伸びるのか、果たして私企業として上場するのか、それとも、異なるシステムを作るのか、などの視点から、今後も注目していきたい。</p>

<p>そして、その過程で、ユーザーが単なるmenbershipに止まるか、それとも国並みのcitizenshipを得るのか、あるいは、それらの中間形態（in-between）として新たなカテゴリーを生み出すのか、徐々に明らかになっていくものと期待したい。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>電子書籍は、e-bookか、それとも、book appか？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2010/000827.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2010://1.827</id>

    <published>2010-07-20T08:47:09Z</published>
    <updated>2010-07-20T10:49:34Z</updated>

    <summary>過去3ヶ月のAmazonの本の売り上げにおいて、Kindleがハードカバーを抜いたという。 Amazon Says E-Book Sales...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NOTE" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>過去3ヶ月のAmazonの本の売り上げにおいて、Kindleがハードカバーを抜いたという。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748703720504575377472723652734.html?mod=WSJ_Tech_INTL_LSMODULE">Amazon Says E-Book Sales Outpace Hardcovers</a><br />
【Wall Street Journal: July 20, 2010】</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2010/07/20/technology/20kindle.html?_r=1&ref=technology">E-Books Top Hardcovers at Amazon</a><br />
【New York Times: July 20, 2010】</p>

<p>もちろん、本当の意味でポピュラリティを得たかどうか、というのはペーパーバックの売上との関連を見ないといけない。ハードカバーに対する利点は、値段、重さ、購入の容易さ、と簡単に思いつくから。iPadやnook等の他のe-readerによってe-bookの認知が進んだのも結果的にKindleでの購入を促したようだ。</p>

<p>さらにいえば、出版社の方もe-readerも市場の一つとして認識したことによって、e-book化される本が増える傾向にあるのもプラスに働いているようだ。出版社の事情にもよるだろうが、要は、昔あった、LPからCDへの移行やビデオからDVDへの移行によって、過去のアーカイブも再度売り出せるかも、という方向に向かいつつあるのではないか。音楽や映画で起こった「ライブラリー」の移行が、文字通り、本でも起こるということだ。</p>

<p>つまり、Kindleやnook、iPadによって、既存の本がデジタルでも読めるようになる。それによって、アクセス不可能になっていた過去の本＝ライブラリーも現在出版されている本と同じように、ウェブを経由してアクセス可能になる。今のところ、アメリカの電子出版はこのあたりに焦点が当たっている。</p>

<p>つまり、アメリカはe-bookから始まる。<br />
対して、日本は、どうやらbook appに照準が合いそうだ。</p>

<p>簡単にいうと、アメリカ発での世界商品としてKindleやnook、iPadが、さしあたってはe-book readerとして「とにかく機器＝ハードとして」販売されてしまった。まず、その事実が既にある。</p>

<p>しかし、Kindleがもともとe-readerとした開発されたのと違い、日本の場合、e-book化を想定していなかった。だから、そのとりあえず、舶来のe-readerたちをどうやって活用するか、という方向に向かう。</p>

<p>で、結論から言うと、iPadの登場によって、e-bookではなくbook appの方に向かっている。この方向を支持する要素はいくつかあって、先に述べたように、既にハードがある。そして、そのハードの上でアプリを開発するソフトウェア技術者が多数いる。一方、本自体は電子化するメリットが出版社にあまりない。</p>

<p>とりあえず、現在の出版流通制度と現行の本の形態は互いに不即不離の関係にあるとしておく。全国津々浦々で同じ値段で同じ商品が買えるという仕組みは文化財への平等なアクセスという点ではウェブ時代以前には機能した。むしろ、ウェブ以後、というか、社会の情報化以後の問題は、ＩＴの活用によってユーザー＝読者のフィードバックがそれ以前に比べて遙かに容易になったため、結果として、マーケットの声に応える商品が増えてしまったこと。</p>

<p>（よくテレビ番組がつまらなくなったと言われるが、そのとき、テレビ局の人の反応はいや視聴率はとれている、あるいは、これだけの支持を得ている、というもの。つまりは、視聴者＝ユーザーの欲望を実現しているのだから、番組がつまらないというのはあなたにとってつまらないだけだ、という立論が取られることが多い。実際、フィードバックを無視することは難しいので、この手の立論に対して有効に反論することは難しい。むしろ、こうしたフィードバックが満ちた制作体制の中で逃げとして出てきたのが、作家主義やスター主義への回帰で、一度でも大きな成功を納めた人物の登用が企画に不可欠になった。そして、メディア企業からすれば、そうした特定の人物は確率的に登場することに賭ければよい、ということになる）。</p>

<p>つまり、現行の書籍の形態は現行の流通にファインチューンした結果、生まれている。だから、本そのものをe-bookにする動機付けは難しい。けれども、既にハードもあれば技術者もいる。ということで、新しい革袋には新しい酒、とばかりに、新しいなにかを創る方向で、既存業界と新規参入希望者との均衡が取られる。もう一つ、日本の場合、アメリカと違って、エージェントのような作家の権利概念の管理主体が実は曖昧なままになっていた。このことが一連のe-book騒動の報道によって一般に知られることになり、そうであれば、テキストを電子化すること、あるいは、その電子化の際にはちょっと仕掛けを組んでみて「新しいこと、してみましょうよ！」と著作者を口説くための口上も出てくる。</p>

<p>そうしてbook appの方向に向かう。</p>

<p>つまり、従来型の本をそのまま電子化する（＝e-book）のではなく、映像や音声を加えたり、あるいは、インターフェースをいじってみたり、というようにテキスト以外の要素をいろいろと盛り込んで、従来の本の概念とは異なる何かをアプリケーションとして提案する（＝book app）する方向に向かう。</p>

<p>こういう方向でのトライアルがしばらくの間、続くのだろう。</p>

<p>たとえば、本の「土台や見た目」を変える、というのであれば、その極北的存在とし今までもVISIONNAIREのようなものがあった。これは果たして書籍なのか、と疑問に思うような何か。こうした試みがフィジカルにではなく、ソフトウェア的に、つまりは認識のレベルで試みられる、ということだろう。キメラ的存在だが、それが何かに化けてしまう可能性はもちろんある。その一方で、大コケする可能性もある。</p>

<p>*</p>

<p>それにしても、この、先にハードがある、という状況は、日本では常にキメラ的な、その意味でapp開発のような事態を招き寄せる。身近なところで言えば、アメリカでは新聞はちゃんとウェブ版ができたが、先述の出版同様、商品と流通形態が分かちがたく結合していた日本の新聞はウェブが登場してから既に十数年たってもウェブ版に本腰を入れるような事態にはなっていない。</p>

<p>急いでつけ加えると、これは、だから日本の新聞はデジタル化に遅れてけしからん、と言いたいわけではない。単純に、ビジネスの生態系が異なれば全く異なる結果を後日招く、という例として挙げているに過ぎない。つまり、電子出版についても、アメリカの出版社についてはe-bookという既存商品（＝本）のデジタル・ウェブへの移行が粛々と進むのに対して、文庫本と雑誌とコミックがドル箱になっている日本では、デジタル化するインセンティブが出版システムの内部で発見できない、だから、e-bookよりもbook appの方での進化を遂げる、と言うことなのではないかと思う。</p>

<p>繰り返しになるが、そうしたbook appの試みは大化けするかもしれないし、大コケするかもしれない。単純に今の読者は、既存の本の電子版が欲しいだけだった、ということかもしれない。その一方で、book appのようなものは、既存の本の概念を変えて、新しい読者、いや購入者を生み出すかもしれない。</p>

<p>本は買ったものが全て読まれているわけではない。その意味では「売れています！」という本の売れ方はどこか怪しい＝妖しい要素がつきまとう。つまり、売れているから売れている、という以上の理由が見いだしにくい。そう思うと、過去20年間ぐらいは、本の表紙や装丁・帯は相当変わった。簡単に言うと、戸田ツトム的な、表紙にテキストの一部が書き込まれていて、それが平積みにされたとき、読者への誘因になる、というような試みはとても日本的なもので、たとえば、あの手の工夫はアメリカのハードカバーで目にしたことはない。</p>

<p>そういう意味で、戸田ツトム的装丁的なものが、まずはbook appとして登場することが続くのかもしれない。それは、何となく有名どころのデザイナーとソフトウェアエンジニアと出版社のコラボ、ということになるのかもしれない。</p>

<p>テキストや情報そのもの、つまり、書かれたもの自体に関心があるものとしては、単純にまずe-book化して欲しいところだが、しかし、book app的なものが前に出ると、本そのものの消費の仕方が代わり、それによって結果的に本の作られ方も変わると信じたい気持ちもある。</p>

<p>それには音楽のケースが参考になる。ドラマのタイアップや、カラオケの登場、あるいは、最近であればニコ動的MADの登場によって、音楽のあり方が変わった。正確に言うと、音楽の裾野を拡げて今まで音楽に触れなかった人が触れるようになり、その分、ポピュラーな成分が増した。だから、昔ながらの音楽好きはこうした新たな音楽の登場を不快に思う人も当然いるだろう。それがコンテント消費における「ジャンル」という境界線の力だから。</p>

<p>だから、book appによって生じる、キメラな本的なもの、に対して、従来の出版関係者、あるいは、読者、は眉をひそめるかもしれない。私もその一人になる可能性は否定しない。それでも、そのヘンテコなものの出現可能性については信じてみたいと思うのだ。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>言説の闘技場としてのアメリカン・ジャーナリズム</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2010/000820.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2010://1.820</id>

    <published>2010-07-01T02:53:31Z</published>
    <updated>2010-07-01T02:55:26Z</updated>

    <summary>Elena Kaganの最高裁判事指名ヒアリングにあたって、現在のRoberts CourtがConservativeに過ぎるという指摘をし...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="COMMENTARY" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>Elena Kaganの最高裁判事指名ヒアリングにあたって、現在のRoberts CourtがConservativeに過ぎるという指摘をしている記事について<a href="http://www.defermat.com/journal/2010/000818.php">昨日エントリーを書いた</a>。その際に、保守系のWSJは黙っていると記したのだが、案の定、黙っているどころか、デモクラット＝liberalはKaganのヒアリングを通じてRoberts Courtを非難している、と、逆に、WSJがデモクラットを非難する方向で記事を載せている。</p>

<p><a href="http://online.wsj.com/article/SB10001424052748703426004575338682461026458.html?mod=djemTAR_h">Confirmed: Hearings Aren't Pleasing Anybody</a><br />
【Wall Street Journal: July 1, 2010】</p>

<p>実はこの記事、もともとは“Democrats Use Kagan Hearing to Criticize High Court”というタイトルであった。最初にメールニュースで配信されてきた記事を見たときはこのタイトルで、実は記事自体ももっと長く、デモクラットがKaganのヒアリングをだしにしてRoberts Courtを非難している、と批判し、あからさまに党派色の強い記事になっていた。</p>

<p>昨日の今日でちょうどいい対比になると思ってブログに書こうと思ってもう一回見に行ったら、上のように、大分穏便な記事になっていることに驚いた。WSJの記事はこういう具合に、時々、筆圧が強い、というか、勢いで書いてしまったものがそのままアップされて、しばらくしたらいろいろと修正されていたりする。この記事のそのケースに当てはまる。</p>

<p>それでも、liberal = NYT、conservative = WSJ という枠組みは知るにはいい例のように思う。このように、アメリカのジャーナリズムは、互いにかなり党派制を出して、良くも悪くも、公論や国論を「二分」しようとする傾向がある。この傾向は昔からあったわけではなく、80年代以降、conservative系のメディアが増えてきてから顕著になってきた。</p>

<p>ある意味で、実際の政治はleftとかrightとか関係なくcenterを歩むことが求められるのが現実的になってきている時代において（なぜなら、center志向であるindependentが選挙におけるキャスティング・ボートを握るから）、言説のレベルでは、むしろ、right/left, conservative/liberal、という具合に対立が鮮明になっている。いわばシャンタル・ムフあたりがいう「闘技的民主主義」を地で実践しているようなところがある。</p>

<p>言説としては二極（bipolar）であることを維持することで、言説上＝空想上は複数想定可能だが、現実的には、最終的にはある時とある場所で一つしか選べない選択肢について、選択上のギリギリのところ＝臨界点を明らかにし続けることが可能になる。選択上の問題点を「二極」を維持することで明らかにすることができる。</p>

<p>裏返すと、アメリカのジャーナリズムメディアはcenterやneutralという立場が取りにくくなってきていることも確か。ちょうどLarry Kingの降板が伝えられているCNNなど、MSNBC = libera/left/Democrat と Fox News = conservative/right/GOP との「二極」の間で取り残される形で視聴率が落ちてきたというのがここ数年のトレンドだった。</p>

<p>ただ、急いでつけ加えると、二極になっているからといって、MSNBCやFox Newsが、プロパガンダ的な、扇動的な伝え方をしているかというと必ずしもそうではなくて、一応、事実と主張は混同させない形で論じられている。つまりargument=立論がきちんとなされている。</p>

<p>なお、しばしばFoxについては扇動的だという非難が起こるが、結局のところ、それはFoxに対立する立場＝liberal/leftの人たち（ジャーナリストを含む）が主張しているものだから、それを全面的に肯定するというのも公平さに欠けるだろう。</p>

<p>だから、大事なのは、闘技的な二極構造が言説レベルで維持されていて、その対決＝競合環境が、ここぞという時の選択肢に対して、問題を臨界点にまで顕わにした議論を可能にさせている、というところだと思う。</p>

<p>裏返すと、客観報道とか不偏不党とかとは異なるところに、アメリカのジャーナリズムは自らの価値や（職業）倫理を置いているように思う。議論を通じて「本当の問題点」を炙り出していくところに存在意義を見いだしているというか。もちろん、「本当の問題点」は対立する立場では当然異なるが、しかし「本当の～」を希求するという価値は共有している（この点を放棄したら、単なるadvocacy＝活動家になってしまう）。こういうところにアメリカのジャーナリズムの矜持があるように感じる。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>The Roberts Court の時代</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.defermat.com/journal/2010/000818.php" />
    <id>tag:www.defermat.com,2010://1.818</id>

    <published>2010-06-30T08:20:06Z</published>
    <updated>2010-06-30T08:22:50Z</updated>

    <summary>ちょうどElena Kagan が最高裁判事指名に対するヒアリングを連邦議会上院で受けている最中に、現在の最高裁の傾向についてまとめる記事が...</summary>
    <author>
        <name>junichi ikeda</name>
        <uri>http://www.defermat.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="NEWS" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.defermat.com/">
        <![CDATA[<p>ちょうどElena Kagan が最高裁判事指名に対するヒアリングを連邦議会上院で受けている最中に、現在の最高裁の傾向についてまとめる記事が出ている。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2010/06/30/us/30scotus.html?ref=politics">The Roberts Court Comes of Age</a><br />
【New York Times: June 30, 2010】</p>

<p><a href="http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2010/06/29/AR2010062905209.html">Roberts led Supreme Court through assertive term</a><br />
【Washington Post: June 30, 2010】</p>

<p>いずれも現在の最高裁トップであるJohn G. Roberts判事の影響か強くなってきたこと、また、liberalとconservativeで判事の意見が割れそうな裁判についてRoberts判事の判断がキャスティング・ボートを握る場面が増えてきていることを指摘している。その意味で「Robertsの最高裁」が形成されてきているという。</p>

<p>Roberst Courtでは、選挙資金について企業の献金の上限を設定するのは「表現の自由」にもとるという判断をしたり、銃の所有についてもそれを認める方向の判断をしたりと、どちらかといえばconservativeと取られる方向で判断が定められることが増えてきている。</p>

<p>冒頭に記したようにちょうど今Kaganのヒアリングをしているわけだが、そこではliberarl色を減らしてできるだけmoderateな人物であるという印象を醸成しようとKaganは試みている。</p>

<p><a href="http://www.nytimes.com/2010/06/30/us/30kagan.html?ref=politics">Kagan Follows Precedent by Offering Few Opinions</a><br />
【New York Times: June 29, 2010】</p>

<p><a href="http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2010/06/29/AR2010062900840.html">Kagan makes bipartisan appeal in Supreme Court confirmation hearings</a><br />
【Washington Post: June 30, 2010】</p>

<p>こうした状況を考えると、むしろRoberts Courtそのもののconservtativeな傾向性を指摘することで、最高裁全体でバランスを取るためにKaganのような人物を認めようではないか、と指し示しているようにも見えてくる。ちなみにマードックに買収されて以後、conservativeへの傾向性が目立つようになったWSJではRoberts Courtのことはとりあげられていないようだ。</p>

<p>多様な価値軸が乱立しているアメリカでは、最高裁の判断は、そうした価値軸の重心がどこにあるのかを指し示す意味で重大な社会的役割を果たしている。Roberts Courtの重心が奈辺にあり、その重心をKaganがどの程度バランスさせるのか。そのような発想で上の記事を読んでみるのは頭の体操になる。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

</feed>

