FERMAT communications visionary

July 10, 2009

op-ed / commentary


author
junichi ikeda

print


  tweet


California vs Texas

July 10, 2009

op-ed / commentary


author
junichi ikeda

今週のThe Economistが「アメリカの未来」と称して、カリフォルニア州とテキサス州を紹介している。

America's future
【The Economist: July 9, 2009】

20世紀のアメリカでは、西部が重要な役割を果たしてきた。西部の経済成長はアメリカ全体の成長を底上げし、西部の人口増は、政治の焦点を、従来の東部から西部へと移した。

その西部で中核的役割を果たしたのが、カリフォルニアとテキサス。今日では、人口でそれぞれ全米1位、2位であり、大統領選では大票田となる州。

しかし、上の記事で描かれているのは、21世紀に入って、この二つの州の明暗が分かれ始めてきているということ。明るい方はテキサス、暗い方はカリフォルニア。テキサスは順調に成長を続けているのに対して、カリフォルニアは現在、州財政が破綻寸前の段階にある。

The Economistは、明るい方のテキサスを特集としてさらに詳細に紹介している。

Lone Star rising
【The Economist: July 9, 2009】

(ニューヨークやカリフォルニアと比べて、テキサスはメディアで直接取り上げられることは稀なので、アメリカに関心のある人は、こちらも目を通しておくことを薦めておく。)

テキサスは旅行でヒューストンに行ったぐらいだが、とにかく広くて、建物がでかかった。ヒューストンについては、確か、レム・コールハースが“MUTATIONS”の中で、無秩序を容認する都市計画っぷりを辛辣に批評していたと思うけど、まさにそれだった。石油や軍事産業によって突然荒野に都市が出没してしまったような感じで、とにかくでかい。一ブロックこえると住む人が変わって場合によっては拳銃の発砲音すら聞こえるマンハッタンからヒューストン入りしたときは、とにかくツルツルのピカピカと感じたのを記憶している(今でこそマンハッタンも当世風のガラス建築が増えてきたが、当時は、ほとんどが年季の入ったスカイスクレーパーばかりで、日中の街の印象はむしろくすんだ感じだった)。

(なんといっても、コールハースはマンハッタニズムの発見者。いくつかのルールを土地に課して、そのルールに基づいて、その土地の上に都市が人工的に構成されていくことを見いだしたわけだが、その人の目から見れば、ゾーニングも何もなく開発されていくヒューストンは不思議に見えたに違いない。彼は、“MUTATIONS”の中で、ヒューストンが開発国の都市計画のひな形として見ていた)。

上のEconomistの特集記事でも指摘されているが、ヒューストンは、見た目はコスモポリタンな雰囲気がとてもしていて、たとえば、ガレリアという巨大モールでは、良くも悪くもお金さえあれば、人種、民族に関係なく出入りが可能、という雰囲気があった。数日の滞在経験だけでここまでいうのは気が引けるけれど、しかし、マンハッタンには、慣れてくるとわかってくるのだが、人種、民族による分断線が随所に張り巡らされていて、時に緊張感が必要になるときもあるのだが、それに比べて、ずいぶんと呑気な雰囲気が、少なくともガレリアの中にはあった(もっとも巨大モールなんてどこもそんなものなのかもしれない。だが、そういう巨大モール自体が、マンハッタンには珍しかった。もちろん、ニュージャージーに渡れば話は別なのだが)。

・・・と、ちょっとヒューストンの話で横道にそれてしまったが、テキサスの情報は日本ではあまり見かけないので、ガイダンス的に個人的な体験・印象を簡単に記した次第。

*

今、カリフォルニアは大変だ。

州の財政破綻は確かに酷くて、先週、州予算が成立しなかったため、とうとう、州がI.O.U.という証書(一種の約束手形みたいなもの)を発行して、対外的な支払いに充てる始末。I.O.U.ではなく現金払いを行った場合、キャッシュは7月いっぱいで底をつくという。

だが、カリフォルニア州の財政破綻は既に周知のことなので、格付会社のFitchがカリフォルニア州の州債の格付をBBBにまで落とし、そのこともあって、バンカメなどの大手銀行が、I.O.U.の引受をしないことを表明している。

Big Banks Don't Want California's IOUs
【Wall Street Journal: July 2, 2009】

なお、Fitchは、日本でも有名なMoody’sやS&Pのような格付会社。ただし、この2社とは規模で水をあけられている。そのせいか、Fitchは、このカリフォルニア州債のような、州政府、地方政府が発行する債券の格付けや、それから、アメリカの場合、非営利法人も債券を発行できるので、そうした非営利法人債の格付けのような、公共セクターに近いところの格付で優位性を築いている。それもあって、Fitchの格付判断が、銀行に影響を与えることになる。

しかし、こんな一種の約束手形を勝手に発行していいのか、ということについては、とりあえず、連邦政府機関のSEC(証券取引委員会)がこのI.O.U.は有価証券に当たるという判断を示している。

SEC says California IOUs are 'securities' under U.S. law
【Los Angels Time: July 9, 2009】

これによって、市場に出回ったI.O.U.を、カリフォルニア政府の信用度が低いというデマを流して、安く買い取るような詐欺行為を防止しようとしているようだ。

・・・と、カリフォルニアといいながらついついI.O.U.についてばかり書いてしまったが、しかし、これもアメリカでは起こりうる興味深い話として紹介した次第。見ようによっては、I.O.U.は、一種の通貨のようなものだから、それを勝手に発行していいのか、と日本人ならば疑問に思うところだが、これも連邦政府と州政府の二重構造があればこそ。上のSECの意見も、直接的にカリフォルニア州の判断を拘束する権限はないという。あくまでも一種の助言に過ぎず、法的効力はないということだ。

こういうところはとてもアメリカ的な騒動だと思う。

*

もっとも、上で紹介したことは、基本的に州政府に関することで、そのよしあしが、その地域で行われている経済活動やビジネス活動に全面的に影響をあたえるわけでもない、というのを再確認しておきたかった。

つまり、公共セクターの話と民間セクターの話は完全にオーバーラップするわけでない、ということ。それは、この文脈の場合、カリフォルニアをそこまで暗澹としたものととらえることはない、ということになる。

この点は、よく読むと、Economistの特集でも指摘されていて、たとえば、テキサス州政府が調子いいのは、そもそも政府規模が小さいからで(さすがGOP優位のお国柄!)、所得税などがない分、カリフォルニアやニューヨークで提供されているような各種社会保障が州民に提供されていない。

また、教育制度の整備も不十分。テキサス州の外部で教育を受け、一定の経済的成功を納めた人々が生活したり、事業を起こしたりする場所としては、テキサスはもってこいの場所だが、それは裏返すと、他の州や連邦政府の各種インフラにただ乗りしているともいえる。

テキサスの人口増の大きな要素であるメキシコを中心としたヒスパニックの移民については十分な教育が施されてはおらず、その結果、今後のアメリカの経済活動の中心になると目される「知識指向の職業や事業」を起こすには、人的資源が不十分だ、ということになる。

逆に、カリフォルニアの場合は、この点は充実していて、シリコンバレーを中心とした研究開発型ハイテク産業は、周辺にあるスタンフォードやUCバークレーを中心に人材供給もうまくプログラムされている。南カリフォルニアにおいても、ロサンゼルスの映画産業、航空産業、サン・ディエゴのバイオ産業など、情報資本型の産業が根付いていて、それらの人材も、UCLAやCal Tech、UCSDなど、著名な教育機関が人材育成や開発力の向上に一役買っている。

もっとも、こうしたカリフォルニアの研究インフラ自体も、第二次大戦から冷戦にかけての、軍事予算として巨額の連邦政府予算が投下されたからこそ構築され得たわけだが。もっとも、そうした政府予算は、カリフォルニアに限らず、アメリカ南西部諸州(カリフォルニア、アリゾナ、ニューメキシコ、テキサス、コロラド、など)に投下されたことをふまえれば、その中でもカリフォルニアがシリコンバレーを中心に突出した存在になった点はきちんと評価すべきところ。

(ちなみに、上記の南西部諸州はサンベルトといわれることだけはあって、とにかく暑い。だから、都市開発のためには、エアコンの開発と、その稼働を支える巨大な電力供給が必要だった。この手の巨大発電機構は、FDRの頃のニューディールの頃に大々的に配備されるようになった。オバマがインフラやエネルギーについて景気刺激策として力説する背景には、FDRの政策が実際にアメリカ社会にもたらした効果、つまり、アメリカ南西部の浮上、という歴史的事実があるわけだ)。

*

カリフォルニアとテキサスがアメリカの舵取りに与える影響は計り知れない。今は、互いに互いの性格をも取り込もうという動きがある。カリフォルニアでGOPのガバナー(シュワルツネッガー)が誕生したり、テキサスで、ヒスパニックの増加が親デモクラット的傾向をもたらしたりと、政治的な差異も少しずつ曖昧になってきている。

むしろ、アリゾナ、ニューメキシコ、コロラドを含めた南西部を中心にアメリカを見直すという視点がこれからは大事なように思う。南西部は、もともとスペイン/メキシコ領であったことから、アングロ・アメリカン的な東部とは文化的にそもそも積み重ねてきたものが異なるからだ。

アメリカが地域的偏差が激しい国であることを理解するには、こうした南西部から見ていく方が具体的でわかりやすいと思う。

blog categories

all categories...

magazine / web
articles

more...

books

more...

information

FERMATは、コミュニケーションという社会の基底を与える領域の変化の徴候に照準しながら、未来のビジョンを描くことで、新たな何か=“X”、の誕生を促します。

more...