広告不況が加速させるアメリカメディアビジネスの構造転換

July 16, 2009

op-ed / commentary


author
junichi ikeda

元をたどればサブプライムローンの破綻から生じた金融危機、その金融危機が引き起こした信用危機、その信用危機によって資金繰りに失敗した自動車産業、さらには、景気後退による消費購買力の低下によって売上減に悩む小売業界、・・・。

この結果、アメリカのメディアビジネスはどうやら抜本的な構造転換に向かわざるを得なくなっている。

正確に言うと、構造転換の動き自体は、いうまでもなくインターネットの登場による「情報流通様式の変容」によって10年ほど前から始まっていたのだが、とにかく一昨年までは経済が好調だったこともあって、あまり真正面から対応されることがなかった。インターネットの試みは、「他社に出し抜かれないため」であり、「新事業の試みの一つ」ぐらいにしかカウントされていなかった。要するに、真剣さが欠けていた。

この10年ほど、いろいろなメディアコンファレンスでの発言などを聞いたり読んだりしてきたが、たいていの場合、パネリストのメディア企業の人物は、「何か大変なことが起こっていて、確かに何かしなくちゃいけないのだろうけど、でもこの先どうなるのかなんて皆目見当がつかない」と、わりと呑気な発言を何度も何度も繰り返してきた。呑気に見えたのは、つまりは、彼らに余裕があったからだ。

だが、今回の景気後退によって、「背に腹は代えられない」事態、「お尻に火がついた」事態に陥って、やむなく(ようやく?)本気で取り組まざるを得なくなった。

そうした動きが随所で見られるようになった。

*

第二四半期の結果が出たせいか、アメリカのメディアビジネスについては良くない話が続いている。

まず、先日速報として伝えた、McGraw-HillのBusinessWeek売却の動きの続報。

McGraw-Hill Puts BusinessWeek on Auction Block
【Wall Street Journal: July 14, 2009】

Evercoreが買い手の探索に乗り出したものの、同業である雑誌出版社はBusinessWeek以上に打撃を受けているようで、どうやら同業内での買い手は見つからないのではないか、という見方が強くなってきている。

他のビジネス誌の業績もよろしくない。

Battered Magazines Face Title Fight
【Wall Street Journal: July 14, 2009】

EvercoreはTime Inc.にも話を持ちかけたが、色よい返事は得られていない。

各誌不振の最大の理由は、従来最大の広告費を投入してくれていた自動車業界が大幅に広告出稿を削減してしまったため。

その自動車業界不振は、各地区のテレビ局やラジオ局の業績にも衝撃を与えている。そんなか、複数のテレビ局を所有するSinclair Broadcasting Groupがどうやら借入金のリファイナンスができず、チャプター11を申請する可能性が大になっているという。

Sinclair Warns of Bankruptcy If Debt Isn't Restructured
【Wall Street Journal: July 14, 2009】

広告不況で営業キャッシュフローが減ったため、返済期限が目前に迫った借入金を他の銀行によってリファイナンスしない限り、資金繰りに失敗して破綻ということになってしまう。そのリファイナンスを受け付けてくれる金融機関が、この信用収縮によって、なかなか現れてくれないため、このままだと、本当に破綻を招いてしまう事態にある。

*

ここで、以下の話のためにアメリカの放送業界の構造について少し補足をしておく。

アメリカの放送業界には、日本でいう「キー局」という存在はない。NBCやABCなどの三大ネットワークが一見すると「キー局」に見えるが、彼らは放送設備を所有していない。その意味で「放送局」ではない。

NBCなど「ネットワーク」と呼ばれる存在が行っている主なことは:

●番組の調達(主にハリウッド制作のドラマの購入)
●番組の制作(主にニュース番組)
●それら番組のCM枠の販売
●こうしてできた番組+CMをネットワーク加盟の放送局に供給する

要するに、テレビ視聴の中核であるプライムタイムの番組編成を行って、それにCMをつけて、放送局に供給する。プライムタイムの番組編成がテレビ文化の中心という点で、ネットワークが実質的にアメリカのテレビ文化を牛耳っていることになる。この点では、日本のキー局と確かに似ている。

各地区の放送局は、もともと独立した会社としてスタートしたのだが、主に経済合理性の点から、いくつかの会社が複数の放送局を所有することになった(その所有制限はFCCの管轄)。Sinclairは、そうした複数放送局所有会社の大手。

そのSinclairの危機は、今度はSinclair所有の放送局に(上述のように)ネットワークとして番組供給を行ってきたCBSに跳ね返っている。

Serial Trouble for CBS at TV Stations
【Wall Street Journal: July 15, 2009】

CBSからすると、放送局との契約内容などを見直さなければならなくなる。特に、地元の広告主が少ない、鄙びた「ローカル」局の場合、今回の自動車産業の不振は、単に一過性のものではなくなる。というのも、GMやクライスラーの再建策にあるように、今回の自動車産業のリストラクチャリングは、ディーラー網の効率化も対象にしているからだ。そのため、今後は、今まで見込んでいたディーラーからの広告収入をあてにできなくなる。

つまり、春先にいくつか先行して経営危機に突入した新聞社のように、地域によっては、テレビ局やラジオ局も経営不振、場合によっては破綻、というリスクが今後ずっとついてくることになる。

そのため、CBSからすると、放送局との関係を見直すだけでなく、自分たちの役割や機能のあり方を再検討する必要が出てくる。

そうした対応策の一つとして行うのが、Comcastが行うウェブビジネスへの参加だ。

TV Networks Join Comcast Web Test
【Wall Street Journal: July 15, 2009】

ケーブル会社最大手のComcastは、Comcastの加入者に対して、ウェブ上でのオンライン映像配信を行う。その配信対象のコンテントとしてCBSが、CBSブランドで番組を供給する。

上で書いたように、CBSのような「ネットワーク」と言われる存在の役割は、プライムタイムに流せるような良質のコンテントを調達し、そこに大手広告主のCMを入れ、アメリカ全土に流すことだ。その最後の、「アメリカ全土に流す」という部分を、今までのような地上波放送局ではなく、直接ウェブで行ってしまおう、ということ。

簡単にいうと「ローカル局飛ばし」。その上で、ケーブル会社を配信手段として使おう、ということ。

逆から見れば、今回のSinclairの破綻観測のような事態は、CBSがローカルの放送局を外して直接視聴者にコンテントを届けるオプションを選択するための、格好の口実を与えたともいえる。

同じような「ローカル局とばし」のサービスとしては、NBCとFoxが始め、今ではABCも参加しているHuluがある。

このHuluと、Comcastのウェブ事業の違いは、前者が「無料広告モデル」なのに対して、後者は見かけは無料だが、そのアクセスに事前にケーブル会社に加入しておかなければならない、という点では「有料モデル」であるところ。実際、Comcastは、ケーブル事業のために既にユーザーデータベースや課金処理部門などを所有しているわけで、その課金インフラをゆくゆくは転用することもできる。その意味では、日本のケータイ事業に近い。

*

以上見たように、今回の広告不況をきっかけに、この10年間ほど見て見ぬふりをしてきた、従来のメディアビジネスの構造的弱点(ネットワークと放送局の関係、自動車産業への過度な依存、など)が顕わになり、それもあって、インターネット事業にも真剣さをもって取り組まざるを得なくなった。

今までも何度か指摘してきたが、オバマ政権はブロードバンドの配備に真剣だ。その点で、上のHuluやComcastの事業は基本的には追い風の下にあるといっていい。

そう思うと、先日記したように、Sun Valleyのメディア・タイクーンの会合でも、こうしたメディアビジネスの構造転換の方向について議論が交わされ、JVの可能性や、場合によっては、資産の交換、なども検討されたのではないかと思う。

そうすると、来年再検討に入る、FCCのメディア所有規制の見直しが直接的な引き金になって、こうした構造転換を加速させるのかもしれない。

ただ、今までの所有規制は、基本的に「メディアビジネスは放っておいても儲かる」ことを前提にした規制だったように思う。しかし、今回からは、「メディアビジネスは必ずしも儲かるものではない」という点から、むしろ、積極的に、均衡のとれたグループ化の形成を促すようなものにしていくのかもしれない。そして、その際、鍵を握るのは、一方でブロードバンド網の配備の主役でもあるケーブル会社、ということになるのだと思う。

そういう意味では、先日、公式には終了した「デジタルテレビへの移行」も、ローカル局の淘汰と、ローカル局による新ビジネスの検討、というフェーズに入るのかもしれない。一方で、アナログテレビの終了によって開いた周波数帯がある。ここでの、無線を使ったビジネスの試みも始まる。無線サービスの競合もそこで起こることになる。

*

さらに大きな視点に立てば、オバマ政権になってからアメリカが急速に「アメリカ例外主義(American Exceptionalism)」から抜け出そうとしている。つまり、アメリカだけが世界の中で特殊な存在だ、という考えからむしろ、世界の一員だ、という方向へ自国のイメージを切り替えてきている。

とすれば、アメリカメディアの活動に対しても、インターネットの世界的広がりに呼応して、もっと海外に対してもサービスの幅を広げていこう、という動きが出てきてもおかしくはない。

実際、Huluはこの9月にイギリスでサービスを開始する予定にあるという。

Hulu set for September UK launch
【Telegraph: May 20, 2009】

おそらく、イギリスの後は、カナダ、オーストラリア、と英語圏を中心にサービスが開始されることだろう。アングロ・アメリカン世界の映像配信プラットフォームになる可能性もでてきた。

今のところ、BBCがHuluに参画するのを渋っているように見えるのは、このアングロ・アメリカンの情報基盤という地位をどうしても死守したいからだろう。

ちょうど、20年ぐらい前、衛星放送が世界中で広がり始めたときに、イギリス議会は、「世界のBBC」という観点から、国際サービスを収益事業として進めるべし、という判断を下した。20年たった現在、BBCは、BBC Worldという形で世界中にそのブランドを流布させている。

当時のアメリカは、CNNの自己判断にまかせただけだった。しかし、状況は変わった。「情報を中心にした統治能力こそが、軍事力のようなハードパワーに代わる新たな権力=ソフト・パワーである」という、ジョセフ・ナイのソフト・パワー(これは、日本で一般化したマンガパワー、アニメパワーのような極度に矮小からされたソフト・パワーの意味では決してない)のロジックにしたがえば、海賊版を排しつつ、正規のコンテントをしかるべき方法論で世界中に届ける、という、ソフト・パワーを認識するにはわかりやすい形態に、(アメリカのメディアビジネス企業からというよりも)アメリカ連邦政府が直接関心を示す、ということも大いにあり得る。ちょうどBBCの国際進出をイギリス議会が後押ししたように。

そういえば、去年の大統領選でGOPの候補だったMcCain上院議員は、10年前、「通信産業の自由化」の後は「放送産業の自由化」だ、と言っていた。インターネットやブロードバンドによって後者の意味は「映像配信プラットフォームの世界標準化」に変わったものの、10年前考案されていたアイデアは形を変えて実現されようとしているわけだ。


おそらくは、アメリカのメディアビジネスはこの5年ほどで大きく構造を組み替え、プレーヤー同士の関係・配置を著しく変貌させていくことだろう。そして、アメリカの経済が再び軌道に乗り出した近未来のどこかで、本格的に国際展開に踏み出してくるのではないか。それが、2016年の(シカゴ?)オリンピックを皮切りに、などというのは、あまりに予定調和だろうか。