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July 17, 2009

op-ed / commentary


author
junichi ikeda

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焦点は既に「Sotomayor後」の候補者要件に。

July 17, 2009

op-ed / commentary


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junichi ikeda

今週のアメリカの政治関係の報道は、Sotomayoer氏が最高裁判事として適任か否かを判断するために開催されている、連邦議会上院のJudiciary Committeeの公聴会のことにほぼ終始していた。

今のところ、大きな問題もなく進んでおり、8月上旬には本会議での投票に移る模様。

Senate Likely to Vote on Sotomayor by Early August
【New York Times: July 16, 2009】

Al Frankenが晴れて上院議員として参加したため、デモクラットの上院における優位はほぼ揺るぎないものになった。そのため、Sotomayor氏の過去の発言・行動や、思想・思考様式によほどの問題がない限りは、承認過程は予定通り進むことになる。

そのため、既に公聴会における焦点は、「Sotomayor氏の次の候補者」の要件をクリアにするところに移っている。つまり、公聴会の質疑応答を通じて、liberal vs conservativeという対立軸の中で「今の連邦議会」が容認可能な最高裁判事の属性は何か、それを明らかにすることに関心がよせられるようになっている。

Future Nominations Are at Stake in Hearings
【New York Times: July 15, 2009】

いわば、公聴会という場は、デモクラットとGOPの双方がもつ、「今日におけるアメリカの法的正義の基準はどのあたりにあるのか」、というイメージを、広くアメリカ市民にアピールする場、一種のコミュニケーションの場になっている、ということ。

デモクラットからすれば、Sotomayor氏は十分リベラルではなくかなり中道寄り、その意味で保守色が強い人物と理解されている。

具体的には、オバマ大統領が言った「判事の心の中にあるものは法的判断に影響を与えるべきだ」とい考えを否定し、「憲法は社会の実勢にあわせて意味を変えていく生きた文書だ」という考えも認めていない。そのかわり、「憲法自体は不変」であり「修正条項によってのみ変更を加えることができる」と主張している。

とはいえ、GOPからすれば、十分リベラル、ということになる。つまり、中道の、liberal vs conservativeという点ではかなり玉虫色の立ち位置にある、というのがSotomayor氏の取られ方のようだ。

デモクラットにしてもGOPにしても、この最高裁の「政治的傾向」にこだわるのは、三権のうち立法(連邦議会)と執行(大統領府)の二部門がデモクラット優位の現状の中、司法(最高裁)のみが唯一保守色を残しているから。

Roberts Court Shifts Right, Tipped by Kennedy
【New York Times: July 15, 2009】

この記事で記されるように、現在のRoberts Court は保守の傾向を示し、リベラルと保守の対立が生じるような訴訟については、Anthony M. Kennedy判事がキャスティング・ボートを握ってしまっている。それくらい二極化が進んでいる。

最高裁判事は終身制のため、本人が辞意を表明しない限り後任として新しい人物を送れない。とはいえ、高齢の判事も多いため、オバマ大統領在任中にもう一名はあるのでは、という観測も多い。今回のSotomayor氏はSouter判事の後任であり、Souter判事がリベラル寄りだったため、リベラル対保守の均衡を破ることはないが、もしも、次に辞任する判事が保守系だった場合、次の候補者は今回のSotomayor氏以上に議論を呼ぶことになる。そのための前哨戦として、今回のJudiciary Committeeでのヒアリングが使われている、ということ。

No More Mr. Nice Guy
【New Yorker: May 25, 2009】

もっとも今の議会とホワイトハウスのデモクラット優勢の状態に対して、これは一種の「議院内閣制」と称し、アメリカらしからぬ政治的不均衡だ、という人もいるようだから、最高裁ぐらいは明確に保守、というぐらいの方が、いい意味で均衡がとれるのかもしれない。

それに、最高裁判事は、一旦任命されてしまえば終身、ということもあって、ともすれば指名した大統領の意図を裏切った判断をすることもある。その意味では、承認過程はあくまでも、不適格性がないかのネガティブ・チェックの場に過ぎない。彼/彼女が最高裁判事としていかなる判断を行うかは、彼/彼女の法律に対する「信念」や「良心」に委ねられるところがある。

オバマ政権にしてみれば、政権発足直後に最高裁判事の指名作業が入ることで、期せずして最高裁の保守性を際だたせることができた。このことの政治的含意がどのあたりにあるのか、正直まだよくわからないのだが、少なくとも、三権全般に関してバランスのいい報道がなされたのは、オバマ政権になってからの、Wasington DCにおける政治的配置図を理解する上で、有益だったように思う。

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