FERMAT communications visionary

July 18, 2009

op-ed / commentary


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junichi ikeda

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Chrome OS開発の呼び水になったnetbookというPCカテゴリー

July 18, 2009

op-ed / commentary


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junichi ikeda

Chrome OSの開発によって、全面的にGoogleの支持を得られるようになったnetbook。この端末は、しかし、台湾のAsustekによって開発された。

netbookがどうしてアメリカでは開発されなかったのか、その理由を、Microsoft-Intel-Dellによる、北米のラップトップ市場の占有状態に求めているのが、次のFTのコラム。

Little laptops snap at the oligopoly
【Financial Times: July 16, 2009】

Win-telについては、実質的にPC時代からの組合せだが、それに、2000年以降はDellが加わる。Dellは2000年代に入ってPC販売でアメリカでは一人勝ちになったため、むしろ、その豊富なキャッシュフローを何に使うのか、投資なのか株主に還元するのか、と言われていたほど。MSとIntelのスペックアップによる買換需要の恩恵を最も受けていた企業だった。

その、Microsoft-Intel-Dellのトライアングルによって、ラップトップPCはスペックアップの単線的な開発路線だけが繰り返された(このサイクルは、「ガラパゴス」と称された日本のケータイと大差ない)。

その間隙を衝いて、廉価版のラップトップを売り出したのが台湾のAsutekだった。台湾はずいぶん前からアメリカのPCメーカーのアセンブラとして機能していたので(私が早稲田に通っていた頃知り合った台湾人留学生の実家が確かキーボードを中心にPC部品を製造する会社だったと記憶している。もう20年も前のことだけど)、PC市場の世界的な需要や、スペックとのアンバランスを実感するのに情報が集まりやすい場所でもあったのだろう。台湾は対岸の福建省経由で中国本土にも投資をしていたので、中国市場の立ち上がりにも敏感だったはず。もちろん、多くの台湾人がカリフォルニアを中心にアメリカに移住したり留学したりしているので、アメリカとの人的交流も深い。こうした、アメリカと中国の中間にあったことがうまく機能したのだと思う。

*

上の記事の記述として面白いと思ったところは二つある。

一つは、netbookのアイデアが、MIT教授のニコラス・ネグロポンテによって提案された開発国向けの廉価PCの構想に端を発している、というところ。

筆者であるJohn Grapperはどうもこれは美談過ぎる、というように取っている向きはある。しかし、sustainability managementがどうやらアメリカのビジネススクールでも専門分野として確立されそうな状況を考えると、先進国・開発国間のデジタルデバイド解消の一助としての開発機種というのは、ある種の「大義=cause」を体現しているわけで、netbookのイメージの一つとしては魅力的だしアピーリングだということになると思う。

もう一つは、従来の、Microsoft-Intel-DellによるラップトップPC市場の維持のために、netbookを、デスクトップ、ラップトップに続く、第三の商品カテゴリーとして位置づけ、netbook市場を周縁化したところ。

第三カテゴリーとして位置づけることは、結果的に今回のChrome OSによるGoogleの参入の呼び水になったと思う。というのも、第三カテゴリーであれば、表向き、Microsoftとの正面衝突にはならないし、むしろ、上のデジタルデバイド対策とあわせて、市場の裾野を広げる、という主張も可能になる。実態は、上の記事中にもあるとおり、「ユーザーはnetbookをラップトップの一種として利用している」のだが。

このnetbookというカテゴリーの登場によって、非Windows系のOS(実際にはLinuxベース)を使って、より廉価なモデルの市場投入を可能にする、という路線ができる。

これに、前に書いたように、Cloud Computingのような、SUNの開発思想の直系モデルを採用しようという動きが加わる。

さらに、Smartphoneの動きが加わる。非常におおざっぱに言えば、スペック的には、

PC > netbook ≧ smartphone > (ただの)携帯電話

のはずで、Dumb PC(お馬鹿なPC)とSmartphone(賢い電話)は、微妙な距離にある(「賢い電話」が「お馬鹿なPC」よりもスペック的にやや劣るというのは、少しばかり電話が不憫に覚えてくる)。

いうまでもなく、この両者は、今後、無線LANの普及も含めて(そのための地デジ移行なので)、少なくともユーザー視点に立った場合、商品カテゴリーとしては境界が曖昧になり徐々に同一化していくはず。

Androidを導入したGoogleは当然、このシナリオを持っているはずだが、その野望を過度にまわりに意識させないために、Chrome OSとAndroidとをさしあたっては別ブランド、別物として扱う路線を選んだ、ということなのだろう。

なんにせよ、別々に動いていた複数の現象をうまく掬い取ったところで、Chromeの話がまとまったのだと思う。そういう意味で、netbookの視点を与えたくれた上のFTの記事はタイムリーだった。

*

最後に。

イギリスのビジネスジャーナリズム(FTやEconomistなど)は、アメリカの企業に対しても、上の記事のように、時に、厳しく、斜め上から、幾ばくかの皮肉を込めながら、切り込むところがあって、これは面白いところ。イギリスにはアメリカの商品が多数流れ込んでいる、という実態を踏まえての批判ともとれて、その分、アメリカの記事よりもハッとさせられることは多い(その意味では、WSJやBusinessWeek、あと、ForbesやFortuneを含めて、アメリカのビジネスジャーナリズムは、雑誌全体としてアメリカ企業のPRに見えてしまうときがある)。

その一方で、金融国家イギリスのジャーナリズムは、旧大英帝国領を含めてアジアの企業を真っ先に持ち上げる傾向があることにも注意が必要か。中国(上海、香港)、台湾、シンガポール、マレーシア、インド、あたりの記事は、コモンウェルス(イギリス連邦)的な関係性のもとで語られるところがある。簡単にいうと、それら地域に昔からのつながりで先行投資している分情報が早いし、先行投資の回収を早期に図りたいと思う分、ときどきフライング的な高評価を行うときがあるようにも見える(あと、当然のことながら、大陸欧州に対してはおしなべて評価が厳しい。特にドイツ)。

イギリスの書き物に触れるときは、こうしたアメリカの報道とは異なる視点があることを意識しておいてもいいと思う。

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