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August 21, 2009

op-ed / commentary


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junichi ikeda

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ヘルスケア改革のパーマネント・キャンペーン化と“Whole Foods Boycott”

August 21, 2009

op-ed / commentary


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junichi ikeda

Whole Foods Market(WFM) が、アメリカのヘルスケア改革の議論の中で、突然、注目を集めている。同社のCEOであるJohn MackeyがWall Street Journalに寄稿したヘルスケア改革に関するOp-Edがきっかけで不買運動(boycott)が起こっているからだ。

Whole Foods Devotees Lash Out at CEO
【Washington Post: August 19, 2009】

WFMは、オーガニックに焦点をあてたグローサリーストア・チェーン。テキサス州の大学都市であるAustinで創業され、そこに本社を構えながら、全米に店舗展開している。たとえば、マンハッタンでは、タイムワーナーの本社が入るタイムワーナーセンターの地階に1号店を出店している。

WSJに寄せたOp-Edで、John Mackeyは、オバマ大統領が主張するヘルスケア改革案を批判した。オバマ案では、連邦政府が保険の提供主体となることを要にしているが、その必要はない、というのがJohn Mackeyの主旨。

The Whole Foods Alternative to ObamaCare
【Wall Street Journal: August 11, 2009】

この批判に対して、デモクラットの支持者であるWFMの顧客らが、不買運動を開始した。Facebookの上で、“Boycott Whole Foods”という運動が立ち上げられ、既に1万数千人の賛同者が集まっているという。オーガニックに力を入れていることから、てっきりデモクラット支持だと思っていたら(ちなみに、テキサスのAustinは、テキサスの中では珍しくデモクラット支持者が多い街)、そうではなかった、裏切られた!、というのが、ボイコットを始めた人たちの率直な意見のようだ。

(ちなみに、Facebookの中の“Boycott Whole Foods”のページに行くと、Facebook未加入者に対しては、「運動に参加するためにFacebookに登録しよう」というように、加入を促される。なるほど、大統領選のキャンペーン中は、こうやってFacebookは加入者を伸ばしていったんだと、妙に納得してしまった。大統領選は格好の、キャンペーンツールだったわけで、ハネムーンとも呼ぶべき、win-winの関係があったであろうことを実感)。

もっとも、ヘルスケア改革は、現在、GOPとデモクラットの間で、いわば国論を二分する形で、真っ向から対立する形になっていて、『アメリカの反知性主義』を書いたRichard Hofstadterを引き合いに出しながら、またぞろ、「文化戦争」を行っていると論じる人も出てくるほど。

Healthcare paranoia is part of America’s culture war
【Financial Times: August 14 2009】

だから、WFMの顧客のうち、デモクラット支持者が不買運動を始めれば、GOP支持者の方は、むしろ、WFMを支えようと購買運動を起こす始末で、確かに「戦争」(というか泥仕合)のようになってきている。

一般的な印象では、GOPの支持者の方が無茶苦茶な反対運動をしやすいのに対し、デモクラット支持者の方がインテリが多い分、暴力的な行動を起こすのは控えがち。

(とはいえ、こういった傍からなんだが、2004年の大統領選の時の、マンハッタンにおけるアンチ・ブッシュの運動も相当なものだったので、過激かどうかは、実際には、どちらがDCを牛耳っているかということだけなのかもしれない)。

だから、GOP支持者が行うオバマの非難、たとえば、オバマのPublic Option/Planによって、最終的にアメリカの医療保険制度は連邦政府が提供することになり、欧州のようなsocialismの国、果ては、オバマをヒトラーになぞらえて、アメリカを全体主義国家へと導こうとしている(このあたりが、Hofstadterが懸念する「conspiracy theory=陰謀理論」が跋扈してしまうところ)と非難(中傷)するまでに至ると、インテリを自称するデモクラット支持者も内心穏やかではなかったと思う。

おそらくは、そういう悶々とした心理状況の時に、タイミングよく登場したのがJohn MackeyのOp-Edだった、のではないかと思う。「不買運動」という理性的(?)な示威活動に訴えることで、反理性的な非難を行うGOP支持者に対して一矢報いることができる。そうした事情があったからこそ、Facebook上で短期間にボイコットの賛同者を集めることができたのだと思う。

そういう意味では、John Mackeyはさておき、WFMの社員は不幸だったといえる。

もっとも、John MackeyもWSJのOp-Edのタイトル(“Whole Foods Alternative to Obamacare”)の最終決定者はWSJのエディターで、彼のタイトルによって不当にオバマ案への対決姿勢が強調されてしまったと、WFMのサイトで、元のタイトルは“Health Care Reform”でしかなかったと弁明し、オリジナルの原稿もアップしている。

Health Care Reform - Full Article
【August 14, 2009】 *WFM 企業サイト

いうまでもなく、“Alternative(代案)”や“Obamacare(オバマのヘルスケア)”という言葉を選択した時点で、既に「アンチ・オバマ」のバイアスがかかってしまう(特に、後者の“Obamacare”はGOPによる蔑称のニュアンスがある)。念のためつけ加えておくと、WSJはアメリカの新聞の中では保守的と言われていて、マードックが買収したことにより、その色がより鮮明になってきたと言われている。

もっとも(と、もっとも、ばかりで恐縮だが)、John Mackeyも経営者としては舌禍の多い人であることも確かなので、John Mackeyだったらここまで踏み込んだタイトルでも大丈夫だろう、という読みがWSJの側にあったのかもしれない。

ちなみに、WSJでヘルスケア改革案に反論されたオバマ陣営は、直後に、NYTに、オバマ自身の名前で、ヘルスケア改革の重要性を説くOp-Edを寄稿している(いうまでもなく、NYTは新聞の中ではリベラルの急先鋒)。

Why We Need Health Care Reform
【New York Times: August 16, 2009】

先週末の報道では、オバマ案は取り下げられる方向にあるとされていたのが、今週になるとまた復活してきており、それもGOPの支持は棄ててデモクラットの票で法案の議決を強行しよう動きにまでなっている。オバマが常々主張してきた“bipartisanship(超党派)”での合意調達を放棄することになるが、それも、もしかしたら、上述のように、ヘルスケア改革について、デモクラットとGOPの亀裂がここまで明らかになってしまったのだからもはややむを得ないではないか、という判断からなのかもしれない。

だとすれば、むしろ、8月に入ってからの、ヘルスケア改革に関する議論噴出は、建前としてのbipartisanshipを棄てるための、いわばパフォーマンスの意味もあったのかもしれない、と勘ぐってしまう。議席数では上院・下院ともに多数派であり、上院ではfilibuster-proof(議事妨害阻止を防止)の60議席を確保しているデモクラットであれば、財源のこと(と財政均衡)を気にしている、中道よりのデモクラット(南部中心のBlue Dogといわれるグループ)の支持を何とか取り付ける方向で票をまとめる、という動きになるのかもしれない。

もし、そういうことに本当になれば、残念ながらJohn Mackeyは、大きな政治の渦の中で、いわばかませ犬のような役割を引き受けさせられてしまったことになる。

そうするとWFMの人びとは少しばかりかわいそうになる。実際、会社のPRやIRとしては、今回のJohn Mackeyの行動は困ったところもあるわけで、その点を指摘する記事も出てくる始末。

Silence is golden
【Economist.com : August 18, 2009】

ブランド(ここでは「企業の名声」の意味)が確立されるまでは経営者は発言して目立ってもいいが、ひとたびブランドが確立されたらできるだけ発言は少ない方がいい、という指摘は、さすがは(老獪な)イギリスのThe Economist、というべきか。

*

ところで、GOPがオバマ案に反対したのは、理性的な点でも故なきことではないので、そのことに少し触れておく。

オバマ案とは、Public Option/Planを含む法案のことで、これにより、連邦政府が、健康保険(医療保険)の提供者として市場に参入するのを目指している。日本と違って、国民皆保険制度ではないアメリカでは、通常は民間企業(保険会社)が用意した健康保険が利用されるのだが、近年、保険の掛け金(premium)が高騰し、保険に入れない人、保険から離脱しなければならない人が多数生じ、社会問題化していた。

デモクラットは、伝統的に、国民皆保険制度を何とか導入しようと試みてきたのだが、その都度、連邦議会で法案が廃案にされてきた(近いところでは、クリントン時代に失敗)。

Public Option/Planは、連邦政府機関が保険を扱うことで、民間の保険に加入できない人たち(多くは低所得者)に対して保険を提供するだけでなく、連邦政府が一事業者になることで、医療保険のコスト構造に精通し、医療コスト全般の高騰化に歯止めをかけようとするのが主な狙い(歯止めのかけ方は、単なる競合事業者として、日々の営業活動でプレッシャーを与えることから、折に触れて、構造的な問題について大統領令や立法措置など、連邦政府として対処することまで含まれる)。

ただし、医療コストの高騰化というのは、費用構造を見ればわかるように、診察費や薬の費用、など、個々のコストが上がっていることの集積で、それは、見方を変えれば、医療業界がそうして利益を上げている、ということになる。医療費が上がれば、その医療費をカバーするために、保険の掛け金は上げざるを得ず、その結果、掛け金が払えない人たちから脱落していく。それでも、掛け金が払える人びとに対して医療サービスを提供すれば、個々の病院や製薬会社は経営を維持できる。そうして、医療保険加入は、一種のクラス財になってしまう。その悪循環に歯止めをかけようというのが、今回、オバマのホワイトハウスが考えていること。

ただし、この動きは、もっぱらderegulationが進められてきた過去30年ほどのアメリカの政治・経済からすれば、大きな方向転換になる。なにしろ、民間企業の領域に、連邦政府が後ろ盾となった機関が参入するわけだから。

そのため、GOPの反対は苛烈。なにしろ、「大きな政府」への序章かもしれないため。さらに、上述のように、デモクラット内部でも、財政均衡論者から反対の声が上がることになる。

*

以前のエントリーでも触れていたように、オバマは、クリントン時代の反省を踏まえて、当初はあくまでも連邦議会主導でヘルスケア改革を進めようとしていた。しかし、それでは、GOPのみならず、デモクラットの反対派も含めて、Public Option/Planの導入は否定される方向が見えてきた。そこで、自ら声をあげた(「伝家の宝刀」を抜いた)のが7月の下旬。そこから、議論は二転三転し、そうこうしているうちに、議会は休会に入った。8月は、district work periodといって、議員は選挙区の地元に帰ることになっている。そして、これが、きっかけになって、ヘルスケア改革の議論が、全米規模で行われ、しかも、選挙民を動員する形の、さながら選挙活動のような活発さを帯びるようになった。

オバマは、自ら乗り出したとはいえ、大統領府は議会での議決権はないので、改革の意義を遊説して回るしかない。それで、各地で遊説して回ることになった。それが、また、グラスルーツの活動を促すことになり、さながら大統領選のキャンペーンのような熱気を帯びるものとなった。

気分はエンドレスサマー。
パーマネント・キャンペーン。

パーマネント・キャンペーンは、本来は、大統領などのelected office(選挙の洗礼を受けた公職の要職者)が、選出後も支持率を維持するために、あたかも選挙キャンペーンが永遠に続くかのように、世論調査結果を睨みながらコミュニケーション戦略を展開することを言っていたが、この夏の上々を見る限りでは、むしろ、ブログや(Facebookのような)SNSによって、常時グラスルーツの動員がかけられるインターネット時代には、むしろ、一つ一つの政策過程が、あたかも選挙キャンペーンのように、有権者を巻き込みながら、人びとの声の大きさをもってボトムアップで連邦議会議員の考えに影響を与えるための、(政治)キャンペーン活動を言うのではないか、とさえ思えてくる。

もちろん、全米で同時多発で動きが起こるのは、議会が休みで議員が(原則)地元にいるはずだから、という特殊条件があるからで、いつでもこういう熱い(暑い?)キャンペーン活動が行えるわけではないのだが、しかし、そうしたピンポイントの期間に、人びとに働きかけることができる、という点では、やはり、インターネット以後の現在では状況が異なっているのだと思う。

ということで「パーマネント・キャンペーン」の意味もこれからは上述のように「常時選挙民を動員して政治家の意思決定に影響を与える活動のこと」というような意味に変質するのではないか、と思っている。

それにしても、そのようなキャンペーンには何らかの起爆剤が必要で、その起爆剤にWFM
のJohn MackeyのOp-Edがすっぽりとはまってしまった、というのが、今回の“Whole Foods Boycott”事件の真相なのかもしれない。

*

最後に、もしかしたらババを引いてしまったかもしれない、John MackeyとWhole Foods Marketについて。

John Mackey自身は、University of Texas, at Austin在学中にベジタリアンやヨガに目覚めて、結局ドロップアウトしてWhole Foods Marketを始めている。

だから、テキサスの人だが、気分は、カリフォルニア、それも、サンフランシスコの、ボヘミアンな感じの人だったようだ。

そして、彼は、自称リバタリアンでもある。今回のOp-Edも、彼がリバタリアンであるがゆえに、連邦政府がヘルスケアを牛耳るような事態をよしとせず(連邦政府がヘルスケアの事業者として参入することで、最終的には政府事業者だけがヘルスケア提供者になると予想されるのを、「トロイの木馬」と称している)、民間の創意工夫によって、地域やコミュニティや企業の置かれている状況の違いに応じて、多様で柔軟なヘルスケアを模索できる「自由」を残した方がいいという判断をしたのだろう。

John Mackeyは舌禍が多いと上で述べたが、むしろ、率直にものをいうことをよしとしていることの裏返しなのだろう。たとえば、WSJのインタビューに次のように応えている。

Frank Talk From Whole Foods' John Mackey
【Wall Street Journal: August 4, 2009】

WFMが規模が大きくなっていく過程で、販売するものが、創立時のローフードから加工食品が増えていったことに対して原点回帰として、オーガニックに戻ろうとしているのだが、その際、自分たちが利益を追求したことだけが加工食品が増えた理由ではなくて、消費者の方も、食材を吟味するどころか、自分で調理をしなくなったことを指摘して、今後は、消費者の、いわば「食育に力を入れていきたいと答えている。消費者の啓蒙を厭わないところはMackeyが、ビジネスをしながら同時に「活動」をしているわけで、このあたりは経営者として学ぶところはあると思う。

サウスウェスト航空などもそうだが、南部というか、アメリカ南西部に本社を置く企業は、経営の発想が北東部とは違って、どこかしら仕事の中に自己実現の要素を埋め込んでいるところがあって、その意味では、実は、テキサスとカリフォルニアというのも、(以前のエントリーでも紹介したが)随所で言われているほど敵対するものではなく、「心性」の点では変わらないのではないかと思ったりする。

もちろん、その「心性」とは「リバタリアン的心性(libertarian sensibility)」なのだが。

Chris Andersonも自称リバタリアンであり、“Free”を渇望している。

リバタリアンというと、リベラルとの差異ばかり気にして同族嫌悪的な対立を惹起しがちだし、アメリカの分類では、そもそも保守(conservatism)の方に分類されがち。けれども、カリフォルニアでもテキサスでも、あるいは、アメリカ南西部でも、共通に見られる「心性」「気質」なのだとしたら、いっそのこと、異なる表現を考えた方がいいのではないか。

そのとき、皆、どうやら“Free”を渇望しているのだから、いっそのこと“Freedom Lover”とでも名乗ってしまった方が現実に即しているのではないかと思ったりする。アイザイア・バーリンのいうところの「消極的自由」と「積極的自由」のうちの、後者を選び出し、その言葉としてFreedomを当てた方が、彼ら南西部の人たちの気質を上手く言い表せるように思えるからだ。

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