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October 22, 2009

op-ed / commentary


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junichi ikeda

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Stephen Kingの憂鬱: ベストセラー作家とe-book

October 22, 2009

op-ed / commentary


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junichi ikeda

Stephen Kingが新作の"Under the Dome"のe-bookについては、プリント版ハードカバーよりも約6週間ほど遅らせクリスマスに発売すると発表。

従来の出版流通システムの下でベストセラー作家であった人びとにとっては、e-bookの興隆は必ずしも福音とはならないようだ。

Publisher Delays Stephen King E-Book
【Wall Street Journal: October 22, 2009】

出版すれば必ず売れるベストセラー作家は、出版社のみならず書店も潤す。加えて、アメリカの場合、こうしたベストセラーを販売する流通としては、Wal-MartやTargetのような大手小売チェーンも含まれてくる。

Stephen Kingのようなベストセラー作家の新作発売は、こうした書籍以外の流通からすれば、一種のイベントのようなもの。ハードカバーを山のように平積みし、それをディスカウントして次から次へと売りさばく。Kingの新作が11月からの年末商戦に発売されるのは、こうした流通側の事情も当然配慮したもの。

平積みされたハードカバーに群がる人びとと、購入後嬉しそうに笑みを浮かべる人びとを、メディアが一種の風物詩のように伝えるからこそ、「祭り」の雰囲気は盛り上がる。そうした高揚感のうちにあわよくば他の買い物もしていってほしいというのが、流通の本音(たとえばいえば、ボジョレーヌーボの発売のようなもの)。

(とはいえ、実売の多くは、記事中に紹介されているように、walmart.comなどウェブサイトの方での予約販売になる。だから、「祭り」のイメージ自体、リアル店舗しかなかった頃の人びとに記憶に相当依拠したイメージとなっている)。

こうした、King産業ともいえるベストセラー作家ビジネスの仕組みからすれば、e-bookは、実際問題として厄介な存在になる。ハードカバーどころかペーパーバックよりも安い9.99ドルで販売される上に、リアル店舗で繰り広げられる熱狂を徹底的に不可視化してしまう。ハードカバーをディスカウントするありがたみも失われてしまう。

Kingはe-book版の発売の遅れを、街中の小さな書店での販売減につながるのがしのびない、という発言もしているようだが、Kingビジネスの取り巻きの本音は、Wal-Martらへの配慮にあるに違いない。

*

とはいえ、e-book 利用者が増えているのも確か。そして、e-book利用者は(e-book版の)書籍購入数が増える傾向にあるらしい。

E-Book Fans Keep Format in Spotlight
【New York Times: October 20, 2009】

単純に価格の影響もあるだろうが、かさばらないとか運びやすいとか、形状に起因する「使い勝手のよさ」も影響しているようだ。

この記事では、e-bookになったからといって出版事業の厳しさが緩和されるとは思わない、という出版社の人の意見も引用されている。アマゾンがKindle導入の際に設定した価格9.99ドルに対しては、出版社を中心に相当不満が表明されていたのも事実なので、今、なんとなくあるe-bookの熱狂(これもクリスマス商戦前だから、という事情のためだと思うが)についても、半年後くらいにレビュー記事がNYTやWSJで特集されることを期待したいところ。

*

ただ、既にe-retailerの世界では、予約販売とディスカウントやポイント供与、の商慣習が定着しているので、e-bookについては、今回のKingが行ったような、ちょうど映画のウインドウ戦略(劇場公開→Pay Per View→DVD(BD)セル/レンタル→広告放送放映)のような、発売タイミングをずらす策が定着するかどうかは微妙なところだろう。

もう少し細かいことをいえば、英語の書籍は単にアメリカやイギリスで売られるだけではないので、インターナショナル版という、ハードカバーとペーパーバックの中間のような、廉価版が発売されることもあった。印刷クオリティが低い廉価版が販売されていたのは、単純にアメリカのハードカバーの価格では為替レートを考えると高すぎるので。そのため、廉価版が販売されていた(昔は、基本、洋書は輸入に頼っていた日本では、そうしたバージョンの異なる書籍を目にすることができた)。

だが、Kindleのようなe-bookは、そうしたバージョンの違いも吸収して世界一律の商品にしてしまった。実際、Kindle版のe-bookの販売は、今のところ、アメリカのAmazonが一括的に行っている。冷静に考えれば、それは当たり前で、Kindleに代表されるe-bookの実体は、専用のビューアーであるKindleと、Amazonのサーバーで扱うe-bookのデータと、ユーザーのアカウント管理、にあるから。

Kindleのプロモーションビデオを見ていたら、将来、ビューアーとしてのKindleがバージョンアップした場合は、新機種に対して購入履歴のあるタイトルは再ダウンロードする、とあって、1500冊分ストアできるという内蔵記憶も、それは「買っている」という実感を利用者に持たせるためのものに過ぎないことがわかる。

つまり、Kindleの場合、「所有」感覚は実はフェイクで、実質的には「アクセス」を購入していることになる。Barns & Nobleのnookが14日間の知人貸し出しを認めているのも、テクニカルには期間限定のアクセス権が設定されるという扱いになる。

こうした事実は、書籍と読者の関わり方を、おそらくは、今までよりもグラデーションのある、柔軟性のあるものに変えていくように思う。

とすれば、従来の書籍流通や読書様式に最適化して構築された、King産業のような「ベストセラー年末大量ディスカウント販売」という方式も方向転換を余儀なくされることだろう。

端的にいって、書籍のマーケティングの仕方が変わってしまうわけだ。

その変わり方も、おそらくは、広い意味での読者共同体をどうメンテしていくか、ということが中心テーマになるように思う(なぜなら、ことの本質が「アクセス」の売買だから)。

ということで、次の次のStephen Kingの新作発売の時には、どのように業界の様相が変わっているのか、興味深く待つことにしたい。

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