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October 23, 2009

op-ed / commentary


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junichi ikeda

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e-book化のもう一つの動き: digital textbooksの教育機関での浸透

October 23, 2009

op-ed / commentary


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junichi ikeda

Kindleやnookの登場でにわかに注目を集めているe-book=書籍のデジタル化。この流れは、一般図書だけでなく、大学や高校の教科書にも及び始めている。

In some classrooms, books are a thing of the past
【Washington Post: October 19, 2009】

教科書の出版は、毎年の売上が確実かつ堅調であるため、出版社にとっては、地味だが重要なビジネス。先日、BusinessWeek部門をBloombergに売却することを決めたMcGraw-Hillも、専門書、教科書部門はコア事業として存続させることを決めている。

記事にあるように、教科書市場は全米で70億ドル(約7000億円)。人口の多い州ほどその規模は大きく、カリフォルニア州で6億3300万ドル(約600億円)、テキサス州で3億7500万ドル(約350億円)、ニューヨーク州で2億64000万ドル(約200億円)、という具合。

この教科書市場にも、デジタル化の波、e-book化の波が押し寄せている。

しかも、その理由が、デジタル化によって教育効果が上がるから、というような「空想的な」理由ではなくて、端的に「安いから」という切実な理由から、というのがとても今日的。

そうしたdigital textbook initiativeを始めているのが財政難(というか事実上デフォルト=破綻している)カリフォルニア州。ガバナー(州知事)のシュワルツネッガーが積極的に進めている。カリフォルニアの場合、政府財源の公共教育機関は重要な位置づけにあって、大学なら、UCシステム(バークレー、LA、SD、など)やCSUシステムがあり、また、高校も州政府の補助が入る。記事では直接触れていないが、バークレーで教科書がオンライン化される、という記事を夏頃に見たように記憶している。

上で記したように、カリフォルニア州は、全米で最も市場規模の大きい州なので、その州が、教科書のデジタル化を、コスト削減目的で導入したことの余波は大きい。もちろん、この動きは他州でも始まっている。

*

自分の体験でいえば、大学や大学院の教科書は、日本のものと比べても高かった。会計やファイナンスの教科書など、150ドルぐらいするものもざらだったと思う。しかも、たいていの教科書は、各出版社ごとに定番のシリーズがあり、適宜改訂され第7版とか8版、というのが普通だった。執筆した先生にとっても、出版社にとっても、いかにこのビジネスが「うまみのある」ビジネスかわかろうというもの。

当然、学生の方からすると、そんな教科書を定価で買うのはばからしく、古本の教科書も売られていた。コロンビアの場合は、古本については、大学生協の書籍部が買い取りをして、新品の教科書と同様に、生協で売られていた。怪しい古本市場が生じないようにするための処置なのだろうが、大体定価の3割ぐらいで売られていた。感覚的には、ゲームソフトの中古市場のようなものと思えばいいと思う。

(なお、裏技的な対応としては、海賊版教科書というのもあって、主に留学生を中心に出回っていた。もっぱら、チャイナタウン経由で仕入れられる、という噂がたっていた。実際、アジア系の留学生が多い工学部を中心に、新学期直前の一週間ぐらい、そうした海賊版の販売を告知する貼り紙が学内のBulletin boardに貼られていた)。

普通の書籍については、日本よりも安いと感じていただけに、教科書の価格の高さにはホントに驚いた。ケースブックを買わないといけないロースクールの学生など、本当に友達どうしでやりくりしないと大変だな、と思っていた。

もちろん、教科書だけでなく副読本も増えるのがアメリカの大学の特徴だから、書籍代はかさむ。そのことを考慮して、教授によっては、読書課題を一冊にまとめてコピーショップで販売さえていた。また、直接、大学図書館でコピーをPDF化してそれをダウンロードして必要に応じてプリントアウトするようにしていた。

だから、今回の記事で取り上げている、digital textbook initiativeというのも、こうした動きの延長線上に捉えると、それほど無茶なことではない。むしろ、教科書のデジタル化に対してはこのような潜在的な需要があったところで、今回の景気後退が背中を押したというのが実情だと思う。

もちろん、デジタル化といってもいいことばかりでなく、記事中にあるとおり、そもそもパソコンの数が足りない、とか、教科書のクオリティに問題がある、とか、まだまだ解決しなければいけないことは多い。

けれども、パソコンに限らず、e-readerとして活用できるガジェットは、多数出てきているのも事実。Kindleやnookはいうに及ばず、net-bookのようなものでも問題はない。ひとたび、デジタル化されてしまえば、あとはビューワーとして何を利用するかというだけのことだから。

ということで、一進一退あれど、公共政策の一環として教科書のデジタル化、オンライン化というのは進められていくのだと思う。

そうすると、ここでも出版社は、経営上の大きな意思決定を迫られることになる。

商業出版はe-readerで、図書館はe-lendingで、教科書はdigital textbookで、という具合に、利用者の読書経験、利用経験を変えてしまうような出来事が複数並列して走ることになるからだ。

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