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December 15, 2009

op-ed / commentary


author
junichi ikeda

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科学研究手法の「第四のパラダイム」としてのData-intensive Computing

December 15, 2009

op-ed / commentary


author
junichi ikeda

Microsoft Researchが、かつての同僚でデータベース研究者であったJim Grayを追悼して、Grayが提唱したData-intensive computing(データ処理に照準したコンピューティング)をテーマにした論考集を編纂した。

A Deluge of Data Shapes a New Era in Computing
【New York Times: December 14, 2009】

Grayは、このData-intensive computingを、科学研究手法の第四のパラダイムとして紹介していた。つまり、コンピュータの遍在化と、それによるデータ群の洪水は、私たちに、新たな科学研究の方法論=ディシプリンを必要とさせる、という考え方。

これは、先日のフランス大使館シンポジウムの登壇者の一人である濱野智史や彼の同僚が主張するsocio-physicsにも通じる考え方。

Grayによると、科学研究手法は現在まで三つのパラダイムを経ている:

第一パラダイム: empirical(経験=実験的手法)
観察や観測によって、データを集め、それらを経験的に処理していく。

第二パラダイム: theoretical(理論的手法)
観測データ群を分析し、その背後にある論理・法則をつまびらかにしていく。
ケプラーやニュートン、マクスウェル(電磁気学創始者)らの態度。
自然の運動の背後に、法則(law)を見いだしていく。

ただし、第二パラダイムでツールとして利用されるのは、主に解析系の数学。
つまり、何らかの方程式(主には微分方程式)をモデルとして採用し、その解析解を求める。
解析解というのは、微積的手法によって、解が何らかの関数の組合せで表せるもの。

ただ、これは数学の世界の話になるけれど、全ての微分方程式が解析解をもつわけではない。そこで、出てくるのが、

第三パラダイム: computational(計算処理手法)
解析解が得られない非線形方程式を、コンピュータの演算能力によって、数値解の形で解いていく。
より一般的には、シミュレーション、と呼ばれる手法。

この手法が、過去20年間ほどで爆発的に利用が増え、コンピュータの演算速度の向上や、CG技術の発達による可視化技術の発展によって、より人間の五感にフィットしたシミュレーション手法が開発されていった。

この三つのパラダイムを物理学でいえば、第一が「実験物理」、第二が「理論物理」、そして、第三が「複雑系の物理(あるいは非線形系物理)」ということになる。

こうした状況に対して、第四のパラダイムとしてGreyが提案するのが、

第四パラダイム: data exploration, date-intensive computing
上の三つのパラダイムを統合し、膨大な一次データ、二次データ、の存在と、遍在する計算能力の存在を大前提にした、科学研究手法。
同時に、学者間の研究ネットワークの体制も考え直す。

第四パラダイムは大きく二つの要素が構成されていて:

一つは、data collection/analysis (データの収集、分析)。
つまり、一次データとしてのデータの収集と、それらを何らかの分析ソフトウェアで処理して二次データを算出する。センサー技術や計測技術の向上や、データ処理アルゴリズムが重要になるが、これによって、いわば観測・観察ツールの「解像度」「分解能」を向上させる。

比喩的には、センサーという網の、網の目をどんどん細かくするノウハウを開発する一方で、その網の目から集まったデータをもとに、その網の目の「目の細かさ」をも最適化していくわけだ。

もう一つは、simulation。
シミュレーションによって、ある方法論の可能性の条件を明確にしていく。つまり、一歩メタな立場から「研究手法」そのものを鍛錬していく。

典型例として紹介されるのが、地球温暖化のような事象の理解方法。

このあたりは、同じく先日のフランス大使館シンポジウムで、千葉雅也が指摘していた、21世紀は「地球」というハードウェアとどう向き合うか、という課題とも関わってくるところ。

ここから想像されるのは、

20世紀的な想像力による地球の了解方法が、おそらくはアポロによる地球の写真であり、それによって地球が「全体として一つ」というように、中国語で言う「全球」というイメージによっていたとしたら、

21世紀的な想像力による地球の了解方法は、Grayいうところのdata-intensive computingによるイメージの構成、つまり、莫大な計測データから構成された地球像が造られていくことになるということだろう。

そして、こうした状況を踏まえると、地球の保守(メンテ)にとって重要なデータ群の間に機械的なフィードバック機構を作って、人の意思決定を介さずに、自動的にメンテが行われていく、という発想が出てきてもおかしくはない(確か、濱野はこういうことを言っていたように思う)。

もっとも、地球全体を一種のショッピングモールのように捉えて空調設備を自動的にコントロールしましょう、という話のようなものだから、ちょっとばかりトンデモ成分が入った話ではあるけれど。Geo-engineeringとかいう分野にかぶっていく話なのかもしれない。

*

Grayの紹介と、先日のフランス大使館シンポジウムの話が、混在してちょっと読みにくいエントリーになっているとは思うけど、シンポジウムがあったからGrayの追悼本を紹介するNYTの記事が目に入ったのは確かだし、その記事を読むときに濱野・千葉の発言の余韻が頭に残りながら読んでいたので、このような書き方になってしまった(ので、ご容赦いただきたく)。

Grayの指摘でもう一つ面白かったのは、科学研究は、ウェブや計算能力の商業利用よりも、はるかに複雑なデータ設計や分析を必要とするので、data-intensive computingの基礎研究としての果実も同時に得るためには、科学研究の方に人や予算を割いた方が長い目で見たとき有益だ、という主張をしているところ。

ある意味、《軍-産-複合体》が崩れて、《軍-消費者-複合体》という逆転現象、が生じてしまっている事態において、「科学研究手法そのもののありようをコンピュータ技術によって抜本的に書き換える」という、純粋に科学的な目的に対して、政府が中心になって研究予算を配分する方が、その後に得られる果実は大きい、ということなのかもしれない。

そして、その結果、「脳」や「地球(環境)」の解明が進む、という予想された副産物が得られる、ということなのかもしれない。

いずれにしても、computing分野が面白いのは、プログラムやアルゴリズムの開発という点で、本質的なところで、ものごとにアプローチする「方法論」そのものを研究対象にしてしまう、メタ学問的な性格を持っているところ。

それを、卑近な言葉で言い換えたのが、このあいだのシンポジウムで黒瀬が「ゲーム」と呼んでいたものなのだと思う。

*

ちなみに、Grayの追悼本(“The Fourth Paradigm”)は、ウェブでPDF版が手にはいるようなので、興味がある人はググって下さい。

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