セカイカメラとアジア都市的想像力から考える、80年代的「都市と情報と文芸」の混淆的想像力への再訪

January 10, 2010

op-ed / commentary


author
junichi ikeda

Tabletで始まる」と言ったのだから喜ぶべきなのかもしれないが、実際、年が明けてからTabletが話題の中心をさらっている。Appleに限らず、MicrosoftやHPまでもがTablet製品を公表したり、隣接商品であるe-readerについてもTIのように参入が表明されている。

こうしたメーカー側の動きに対しては、ユーザー代表的な声としては、これらは、TabletというよりもSlate(石版)だ、こんな不格好なモノに未来を期待するな、というような意見も見られる。

このように、Tabletについては、提供者側も利用者側もかまびすしい状態なのだが、そのことを取り上げながら、むしろAR(Augmented Reality)の可能性を積極的に語っているのが、セカイカメラの井口CEOによる次の論考。

ウェブとリアルは対話し始める 2010年のセカイカメラ
【TechCrunch Japan: 2010年1月6日】

ARは私たちの「情報環境」の水準を変えると喧伝されているわけだが、その「環境」の部分を、

外部観察やエコロジーに連なるような“environment”ではなく、
個人の知覚によって立ち上がる世界というニュアンスのある“ambience(ambient)”

という表現を使いながら説明している。

これに従えば、セカイカメラが、ちょうど音楽(というかミュージックというべき?)における「アンビエント」のようなポジションを占めようとしていることがよくわかる。

意識すればそれとわかるほど前景にせり出してくるが、
意識しなければ周囲の環境の中にとけ込むように後景に退いてしまう、

こうしたものを音で表現したのが音楽ジャンルとしての「アンビエント」だと思うが、そうした「アンビエント」感を、視覚的なイメージとそれに紐つくデータ(タグ)で表そうとしているのがセカイカメラ、ということのようだ。

井口の寄稿では

●SearchからSocial Webへ。さらに、Ambient Stream(AS)へ。
●Social Web ≒ Social Graph (Facebook)+Microblog(Twitter)
●Ambient=フィジカルな存在を取り巻く情報による環境
●Stream=常時逐次生成されていく関係情報の流れ
●ASの形態=モバイルデバイスからの進化?
●ASのビジネスモデル=Freemium的なものの適用?

このように、2010年代のウェブのパラダイムをAmbient Stream(AS)に求めている。

ASの下では、ウェブのアプリケーション上に、日常のコミュニケーション活動が物理的履歴(データの束を物理的と呼ぶのも変な言い方だが)になっていて、いわば、私たちひとりひとりが、毎日検索可能なデータの塊(≒ライフログ)を新たに生産していることになる。

(ライフログ自体は、だから、ウェブ上への、ある個人の活動の「写像」が残っていくことになる。それは、自然≒無限次元の存在である私たちを、とにかく有限次元に切り詰めた形でデータとしてストックしていくことになる)。

それらデータの塊の領域を広げたり、その処理の直観化を進めるのがARであり、井口のセカイカメラである。それが“Tagging the World”という同社のコンセプト(というか「タグ」ライン)。

イメージとしては『マイノリティ・レポート』や『電脳コイル』、『東のエデン』、などで映像的に示された世界。目の前にある現実に働きかける行為を支援するための情報が、主に視覚情報化されたものとして瞬時に転送・表示される状態。そうした知覚インターフェースが多様な形態で遍在する世界。

今のところ、セカイカメラ的アプリは、人間的な利用、たとえば、思い出や記憶からの連想で、個人的な「想い」のマーキングのために利用されるような利用方法が中心的な話題になっているようだが、それだけにとどまらず「人間外し」のアプリの可能性もある。人間が落としていったデータを機械が利用していくこともあるだろうし、人間を外した機械どうしの交信(コミュニケーション)によって、様々な環境制御が自動的に最適化される、という方向にもつながる。

だから、人間の方は、せっせと世界を切り取ってデータ化していく役割を担っていくことになる。

*

さて、井口は上の記事の前にもう一つ寄稿している。

モバイルインターネットが準備しつつあるリアルタイム検索のその先「アンビエントストリームの未来像」とは?
【TechCrunch Japan: 2009年12月28日】

こちらでは、もう少しアーキテクチャ寄りの話がされていて:

Smartphoneやcloud computing によって今までの大衆コンピュータ利用を支えてきたウィンテルモデルが曲がり角に来ていることや、

その次の世界で必要になる特性を「ソーシャル性」として総括し、ボットやデバイスの自在性の向上によって人-機械(man-machine)系の有り様が変わること、

としている。このあたりはそのとおりだと思う。

ところで、このエントリーについては、一点だけ、ひっかかったところがあった。

それは、シリコンバレー的な低層型平面スプロール型の都市空間に対して、アジア的な高密度多層的な都市空間の方が、セカイカメラをはじめとするARの開発には有利に働きそうだ、というあたり。

というのも、これは開発にあたって、少しばかり「実体験」を重視しすぎているように見えるから。

裏返すと、「想像力」というリソースをもっと考慮していいのではないかと思うから。

*

先に露払い的に「事実」にかかわることを書いてしまうと、シリコンバレーの水平スプロール型の都市がアメリカの都市の全部ではないということを指摘しておく。東海岸の都市部については、もっと稠密でごちゃごちゃした街はある。あるいは、NYのように、そもそも建築物の寿命が長く、リノベーションを繰り返してきたため、建物の外観からは想像できないような内装の場所もある(感覚的には、少し前の代官山のような感じ)。だから、仮に、西洋的な、碁盤の目のように作られた街であっても、内部と外部のアンバランスを埋めるようなアプリが開発される意義は、今日の都市的状況では十分想像できる。

それに、シリコンバレーには、全米各地から、あるいは、全世界から人が集まるわけだから、彼らがもつ都市イメージのリソースは、単に水平スプロールのものに囚われない。当のアジアからも、中国やインドから多数の人びとが訪れているわけだし。

今、「都市イメージ」と書いたように、だから、ARにとって大事なのは、経験的事実ではなく、多様な都市の実体や可能性についてイメージする「想像力」の方だと思う。

振り返ってみれば、サイバーカルチャーでしばしば想起される、アジア的な、雑多で猥雑な感じのある都市空間というのは、むしろ、欧米人の方が先にイメージとして結実させていた。

サイバーパンクの嚆矢となった『ニューロマンサー』の作者であるウィリアム・ギブソンはアジアを訪れたことがなかったにもかかわらず「チバ・シティ」を舞台に据えた。多分、日本のサイバーカルチャーのイメージのひな形を作った押井守の『攻殻機動隊』にしても、ギブソンのようなサイバーパンクのイメージの延長線上で、水没した香港のようなイメージで近未来の東京?を描いていた。九龍城や、バンコク、サイゴンのむせかえるような人の蝟集っぷりや、それらが折り返された形で高層化された都市としてイメージされたものが、現在の上海や北京や台北として、逆に現実化している。

・・・というような流れで捉えてみると、ARにとって大切なのは、実際にアジアの都市にいる、という事実だけでなく、むしろ、アジア都市的な想像力のリソースをいかにして活用していくか、ということの中にあるように思う。

だから、アジア的、あるいは、アジア都市的想像力のリソース、アーカイブがどれだけあるかの、そうしたアーカイブにどうアクセスできるのか。こうした蓄積や環境を含めた、厚みのある「想像力」のリソースがどれだけあるのか、ということも加味しておかないと、ARの国際的な発展(あるいは競争)の行方を、見誤ってしまうように思う。

*

急いでつけ加えると、アジアの都市に今現在いる、という事実を軽んじようとしているわけではない。このことをまず確認しておく。もちろん、この「アジアにある」という事実がアドバンテージの一つであることは間違いない。

というのも、IT化以後の多国籍企業は、それ以前と違って、いきなり「世界商品」を想像=創造しないといけないからだ。

昔は、自国(多くは先進国)の国内市場で勝ち残った商品を国外に売り出す、という流れで多国籍企業の動きが起こったわけだが、IT化以後、それもG20時代になった現在では、先進国+主要新興国とで、ほぼ世界同時に「世界商品」を提供しなければならない。その時、商品開発にあたって、どのようなパラメータを予め想定しておくか、ということは極めて重要で、そのために、市場の傍で市場の様子を観察しそれをフィードバックさせる回路を確保しておくこと、つまり、市場の情報収集は重要な研究開発の一部門となる(典型がユニクロのNY)。

こういう状況下では、欧米のような都市計画概念の未発達な、その分、猥雑でごちゃごちゃしたイメージのある都市、つまり「アジア的な都市」にいること自体は、パラメータ設定の上で考慮すべき要求水準が高いことから、多分、世界商品を開発する上で優位な要素になる。

ただ、その観察結果を実際に現実化する段階では、そうした事実性に加えて「想像力」が大事になる。そして、荒唐無稽な、パラメータの順列・組合せ的な発想については、むしろ、アジアを想像することに長けている欧米人の方が(そして、アジア的想像力=オリエンタリズムの蓄積がある分)、それが会社や社会のような集団意思決定に役立つという点でも有効になるように思う。

この意味では、単なる「想像力」だけでなく、むしろ、そうした想像力の土台となる教養的な知識・経験、が意思決定者の間で広く共有されているということが大事になる。その意味で「教養」なわけだが。

裏返すと、私たちの方は私たちの方で、東京のようなアジアの都市にいる、という事実性に囚われるのではなく、むしろ、かつてのように、NYやロンドン、パリ、アムステルダム、といった、欧米諸国の都市を、観光客的ビジターの目線で積極的に捉え直す方が、ARを開発していく上では有効なのかもしれない。

そう考えると、ARという世界商品の流れの中で、日本人であることに優位なところがあるとすれば、それは世界でも随一の、輸入翻訳文化国であった、という事実かも知れない。

だから、ウェブ以前の段階の活字のリソースを再訪することに意味があるのかもしれない。

単なる「経験的事実」だけでなく、「想像力」に配慮していくこと。

*

たとえば、最近少しばかり驚いたこととして、上で井口も引いていた『アーキテクチャの生態系』の著者である濱野智史が、藤村龍至の「批判的工学主義」についてコメントしている記事(10+1のサイト)で、藤村の方法論に出会うまで建築の書籍に触れたことがなかったと告白しているところ(もちろん、最近の濱野は磯崎新について語ることも多々あることを踏まえればもはや建築の書籍についても通暁していると思っている)。

どうして驚いたかというと、「建築」や「都市」と「情報」の間に、言説としてそれほどまでに隔たりができていた、という点。私の中では、これらに加えて「文芸」も含めて、同一平面上で語られる素地が当たり前のようにあると思っていたのだが、それはどうやら80年代から90年代初頭にかけて、それこそ『10+1』や『InterCommunications』の創刊に居合わせることができた世代の経験に過ぎないことを痛感させられた。

確かに、当時は、プラザ合意による急激な円高とそれによる不動産バブルが起こった時代で、超高層巨大建築や都市について語る素地があったし(それこそ、広告やマスメディアが都市を主題にするくらい)、その中で「wired city(有線都市)構想」の延長線上で、都市・建築と情報が密接に結びついた産業政策プランもあったほど。国内では月尾嘉男や坂村健らが、国外ではMITのネグロポンテらを中心に、そうした構想が多数語られていた。

(たとえば、アジア的サイバー空間を表象する「電脳空間」という表現の「電脳」は、中国語起源の表現で、坂村が広めたもの。今日でいえば、globeの翻訳語である「全球」という中国語が持つ、漢字表現であるがゆえに、カタカナ表現による意味のブラックボックス化とは異なる、言葉自身が持つ想像力喚起の力と同じ力を「電脳」という表現は私たちにもたらした)。

あるいは、前田愛の『都市空間のなかの文学』のように、文学と都市空間を接続して語るような文芸批評もあった。そこでは、位相幾何学(トポロジー)による想像力が、文学と都市との接続を可能にしていた。建築のほうでは、トポロジーを活用した実践のための理論書として原広司の書きものもあった(今日なら、弟子筋にあたる、南泰裕の著作に原の議論の立て方の痕跡を見ることができると思う)。

2000年代の中沢新一の著作ででてくる位相幾何学的記述も、80年代から90年代初頭にかけてはそれほど珍しいものではなかった。

つまり、想像力において、建築・都市と情報、文芸を結びつけたものは、80年代の著作にまで遡れば多数発見される。

だから、濱野の藤村評の記述に驚いたのも、彼らにとっての「アーキテクチャ」とは、本当にレッシグの『CODE』以後のもので、その意味で、とても抽象化、というか、論理化されて記号化されているものなのだなと思ったため。

で、ここで言いたいのはこのことを嘆くことではなくて、むしろ、80年代の(必ずしもニューアカと呼ばれるものに限らないもので)日本の書物をひもとけば、今日的なARを世界商品として産み出す必要がある状況で、いろいろとヒントを与えてくれそうなリソースに溢れているのではないか、という提案であり、アドバイス。

(思えば、都市をデータベース化する『ぴあ』的想像力や、あるいは、都市を考現学的に、つまり何らかの文学的・歴史的意味を見いだしながら散策する『東京人』的想像力も、こうした80年代的な想像力と不即不離のものであったのだろう)。

ARが、そのアプリの開発上、IT的なソフト開発力と、目の前にある空間をどう解釈していくかという想像力の接点で、つまり、記号的な世界とリアルな世界の接点を見いだすことが必然的に求められることを考えれば、80年代日本の「都市と情報と文芸に関わる言説」は、その破天荒な都市計画的構想とともに、いろいろと参考になるのではないかと思う。

そして、それらは、ギブソン以前、『攻殻機動隊』以前、『東のエデン』以前、の、これらの今日的サブカルチャー的アジアのイメージとは別の系列の想像力を提供してくれるように思える。

そういう意味で、日本の書きものの過去の蓄積を再訪することは意味があると感じている。

*****

(追記)

「再訪」というのは“revisit”のこと。

この表現は、何か困った事態が起こったときに、その事態をもたらしたと思われる歴史的事件や決定にまで遡り、当時の状況と現状を対比しながら、再度、その意味を考え直そう、という時に使われる。

法律の世界でわりとよく見かける。典型的には、過去の判決の「判例」とそれによって確立されたある「原則」についてその適用限界を見直す必要があるときに使われる。現状がその(判例ゆえ暫定的な)「原則」にとっての「限界事例」にあたる。

もちろん、法律だけに限らず、一般の論考やエッセイでも使われる。