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January 21, 2010

op-ed / commentary


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junichi ikeda

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New York Times、2011年1月からウェブ有料化へ: 迫られる「マス性」の再定義

January 21, 2010

op-ed / commentary


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junichi ikeda

有料化といっても、完全にPay Wallを設けるのではなく、Financial Times方式を導入するようだ。

The Times to Charge for Frequent Access to Its Web Site
【New York Times: January 20, 2010】

New York Times to Charge for Web
【Wall Street Journal: January 20, 2010】

Financial Times方式というのは、一定期間一定数の記事を読むまでは無料、それ以降は契約をしない限りアクセスブロックされる方式。Freemiumの一形態ともいえる。

紙の新聞の定期購読者についてはフルアクセスを認める。2011年からスタートというスケジュールは、この購読者データベースとの照合システムの準備のためだという。

有料化計画を発表した後、NYTに寄せられたユーザーからの意見・コメントでは、おおむね有料化を支持するものが多かったようだ。

もっとも、新聞に意見を寄せる読者自体が、全読者からすればレアな奇特な人たちであることは間違いなので、この結果だけで首尾よくスタートできるかどうかを判断することはできない。もっといえば、実際に稼働してみないことにはユーザーの行動は読めない、というのが現実だろう。

そういう意味では、開始当初の混乱は必至だろう。そして、すぐに浮上する問題が、何に対して、いくら請求するのか、というプライシングの問題。この段階で、ウェブの世界での「ニュース」というものの位置づけが随分変わっていくのではないだろうか。

*

ウェブのニュースサイトの有料化については、昨年ずっと話題になっていたことなので、ようやく方針らしきものが示されたことになる。NYTは、いうまでもなく、アメリカのジャーナリズムのフラグシップの一つなので、今回発表した計画は、他の新聞社の意思決定にも影響を与えていくと思う。

そういう意味で、気になるのは、むしろ、従来の新聞が、それこそ19世紀末から提供してきたといわれる“General Interest”と呼ばれる、報道カテゴリー、がどうなっていくのか、ということ。

もっとわかりやすく言うと、「大衆紙」と「高級紙」というような区分がどうなっていくのか、ということ。

書かれた記事が、単なる暇つぶしのために読まれるのであれば、それは、娯楽あるいは慰安の一つであり、大衆紙のカテゴリー。それにわざわざ対価を支払おうとする人は稀だろう。

一方、書かれた記事が、何かの「ため」になると思って読んでいる人は、そこに対価を支払う意志が発生してもおかしくはない。

そして、今回のNYTの発表にあったのは、「質の高いジャーナリズムには金がかかるのだ」ということを明示的に示したことだ。つまり、NYTは、自ら「高級紙」であると宣言したことになる。

だから、容易に想像がつくのは、「General Interests=一般に関心のあること=みんなが読むこと」であると思っていたものの多くは、実は、そのことに関心のある人が読む、という意味で、数ある“Special Interest”の一つでしかない、ということ。「社会に関心がある」ということが、「金融に関心がある」ことや「技術に関心がある」ことなどと変わらない、等価なモノとして同一平面上に乗ってしまうことを意味している。なぜなら、それが「高級」な話題であるから。

だから、きっと、新聞が想定してきた、あるいは、ジャーナリズム論が前提にしてきた、社会「一般」、社会の「全体」、という感覚が、実は、「一般」ではなく「特殊」なこと、「全体」ではなく「一部」のこと、を指していたことが明らかになっていく方向に向かっていくのだと思う。

アメリカの場合は、80年代以降の「保守メディア革命」によって、従来の新聞・テレビのマスメディアが「リベラルに傾斜」していることが明らかにされ、実態としては、ジャーナリズムの全体性、という考えは実効性を失っていた。それでも、NYTのようなジャーナリズムは、Foxのような保守メディアの台頭を、イエロージャーナリズムやポピュリズムと色分けし、我関せず、金持ち喧嘩せず、という感じで等閑視してきた。

けれども、ウェブの時代になって、広告出稿やユーザー・アクセス数によって、「General Interest」の分析が可能になり、Generalなことがどんどんspecialなことに解体可能になってしまった。

NYTについていえば、それはリベラルという政治的バリューの体現というものだし、そのリベラルもNYという街に深く根ざしたタイプのリベラルだということもわかってきた(たとえば、西海岸のリバタリアン的なリベラルと比べればやはり国を中心に据えて考えがち、とか)。

裏返すと、Foxら保守系メディアが作りだした「ターフ」にNYT自身がとうとう降りてきてしまった、ということでもある。面白いことに、Foxの親会社であるNews Corp.が買収したWall Street Journalは、確かに、以前よりも目に見えて、「政治」について語る部分が増えている。Murdochは、高級紙、としてWSJをNYTにぶつけようとしているのがあからさまにわかるほどに。

その誘いに、NYTが乗ってしまうことになるのではないか、というのが、今回の有料化計画発表で気になったところ。

そういう意味では、「マス」メディアの「マス性」に対する信憑性が落ちていく、ということ。裏返すと、ウェブが普及した以降の状況で、「マス性」を再定義しないことには事態を見誤るような事態にいよいよ直面していく、ということ。

ウェブの普及によって、経済的には一種の兵糧攻めにあってしまったNYTが、とうとう我慢ならず有料化に向かい(つまり、株主らが増資などの手段で支えられなくなり、あるいは支えられるとい期待を持つことができなくなり)、そうすることで今まで「否認」してきたウェブによるマスメディアの退潮という事態を直視せざるを得なくなった。

そういうギリギリ感が今回の発表の背後にあるのではないだろうか。

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