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January 22, 2010

op-ed / commentary


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junichi ikeda

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Freedom to Connectを掲げることで「一つのウェブ」は“Global Networked Commons”として堅持されるのか。

January 22, 2010

op-ed / commentary


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junichi ikeda

先週生じたGoogleの中国撤退問題を受けて、Hillary Clinton国務長官が、「インターネットの自由」に関するスピーチを行った(国務省は日本の外部省に相当)。

Clinton Urges Global Response to Internet Attacks
【New York Times: January 22, 2010】

Hillary Clinton calls for Web freedom, demands China investigate Google attack
【Washington Post: January 22, 2010】

スピーチの本文: Internet Freedom

前のエントリーで触れたように、今回のGoogleの問題は、「一つのウェブ」=インターネットは世界共通のネットワーク基盤、という考えをご破算にして、「多数のウェブ」=インターネットの上に多数の亀裂・境界が設定される状態、をもたらすように思われていたのだが、そうした懸念に対して、Hillaryのスピーチは、いわば楔を打ったことになる。

あくまでも、ウェブは一つ。

そして、Global Networked Commons=地球規模でネットワークされた共有地、としてウェブが機能するようにメンテナンスしていくのが、アメリカの外交方針の一つとなる。

Hillaryのスピーチでは、FDR(Franklin D. Roosevelt)が大統領任期中の1941年に行ったスピーチで説いた「四つの自由」、すなわち、

Freedom of Expression
Freedom of Worship (Religion)
Freedom From Want
Freedom From Fear

に従って、インターネットにおける「自由」を説明している。

最初の二つのExpressionとWorshipについては、アメリカ憲法のBill of Rights(権利章典)のFirst Amendment(修正第一条)で具体的に記されている。いわゆる「表現の自由」と「信仰の自由」にあたる。後の二つは、FDRが独自に唱えたもので、経済的な「窮乏からの自由」と、安全保障としての「恐怖からの自由」。

そして、これらを経て、Hillaryのアメリカ国務省は、こうした自由を実現するために、インターネットに必要な「自由」として

Freedom to Connect=接続する自由、自由につながることができること

を掲げている。

これは、ウェブを一種の公共圏、公共的な討論ができる場所のようにとらえ、ちょうど集会を開く自由(Freedom of Assembly)のようなものをウェブで自由に行えることを保障するものとしている。

そして、こうした「自由」が人びとに確保されるためにアメリカ連邦政府は活動するし、また、その「自由=権利」をアメリカ国外でも確保されるよう働きかけていくと唱えている。ちょうど、EUが域内市民に対して「インターネットの自由」を保障するとしているのに近いことをアメリカも行っていくことになる。

*

基本的には、アメリカで昨年来ずっと話題になっていたアメリカ国外からのhackingに対して、本格的に防衛行動に移ることを企図したもの。

今回のGoogleの件は、そのための、わかりやすいきっかけとして位置づけられたことになる。

実際、スピーチの中では、Googleの公表を、企業として勇気ある行動として称えている。そして、ちょうど現在の企業がsustainabilityやCSRのことを考えるのが「企業市民」として適切な姿だというのと同じレベルで、インターネットの自由を守ることを企業のあるべき姿として位置づけている。

だから、Googleは外交特使のような存在として扱われたといってよい。Googleから見れば、多国籍企業は一定の「倫理基準」に従って行動する際には「外交」的なチャネルに訴えることも一つの手段だ、ということなのだろう。実際、Googleの発表に対して、Yahoo!などアメリカのIT企業大手が賛同していることを踏まえれば、Googleは期せずしてSilicon Valley企業の代弁者にもなったわけだ。

そして、こうした動きは、Googleらが進めるCloud Computingの推進のためにも不可欠なものとなる。hackingの首謀者が誰であれ、Googleの発表によれば、Gmailシステムがhackingされたことは間違いない。Cloud Computingの本質が、巨大データセンターによるスケールメリットの追求である以上、世界中で同一水準の「インターネット・セキュリティ」が保持されることは大前提となる。Privacy≒個人情報の保守、が、この点で、経済的な利得にもつながることになる。

Human Rights Movementというのは、国際関係の世界では真剣に取り扱われている。少なくとも国連関係者は真面目に取り組んでいる。けれども、その実効性というと、国際法の取り決めでの内政干渉を避けるため、「奨励」という形で外部から主張するか、NGO等の活動を支援するくらいしかなかった。国際関係では、実行力(強制力)のある、恒常的な調停者を想定することができないため、政府どうしが直接対峙するのをできるだけ避け、第三者的存在(第三国やNGO)が特使として動く、というケースは多い。

こうした状況で、今回のGoogleのケースは、Privacy保守が企業活動の根幹にあるため、Human Rights Movementが直接企業活動につながってしまう、それがゆえに、逆にHuman Rights Movementに従事する側からすると、恰好の推進力になる。つまり、インターネットにおいては、人権外交が貿易問題に直結する、という事態が生じてしまった。外交関係者と企業関係者の利害がその点で一致してしまった。だから、国務省が登場する。

実際、Googleが取った行動は、戦略論でいう、Hold-up Strategyそのもの。つまり、Baiduに水をあけられているとはいえ、中国のインターネットユーザーの三分の一が利用するサービスが「撤退」する、というのは、(英語圏のジャーナリズムで今回のGoogleの振る舞いを描写するのに使われているように)threat=脅し、といってもおかしくない。

裏返すと、そうしたthreatが可能になってしまうのが、ウェブの世界の怖さでもある。短期間に一国規模のユーザー数を確保することができるだけの「感染性」をもっているからだ。そして、そのthreatを正当なものと裏書きするために登場したのがHillaryの国務省であったともいえる。

だから、今回のGoogleの一件は、ウェブの登場が国際関係や国際政治にどのような影響を与えるのか、を理解するにも適した案件だといえる。ウェブが蔓延した世界では、情報・コミュニケーション事業は、政治的価値と経済的価値を短絡させてしまう。その短絡は、政治的手段を変えてしまう。自由貿易が普通になって相互依存が高まったからこそ「経済制裁」という言葉が意味をもったように、「情報制裁」ないし「コミュニケーション制裁」のような手段が実効性を持つ時代になった、といってもいいのかもしれない。

いずれにしても、Hillaryのスピーチによって、本件は外交問題に格上げされてしまった。外交問題である以上、長丁場になることは必至。

「一つのウェブ」を堅持する動きとして引き続き注目していきたい。

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