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February 18, 2010

op-ed / commentary


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junichi ikeda

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Googleと知の宇宙

February 18, 2010

op-ed / commentary


author
junichi ikeda

Google Bookに対する訴訟の妥結には、まだまだ時間がかかりそうだ。

Google Book Settlement Hearing Could Be a Marathon
【Wall Street Journal: February 17, 2010】

電子出版の未来に大きな影響を及ぼすと考えられているGoogle Bookについては、その訴訟の和解案がいつの間にか業界標準ルールへと転じそうな情勢にある。それは、既に様々なところで指摘されている、アメリカ特有の、Class Actionという訴訟制度によっている。簡単にいうと、一つの訴訟が、その個別事件の当事者ではない、しかし、関係者である人びと・法人にも影響を与えうる、という制度だ。そのため、Googleが作家や出版社団体と交わした妥協案=和解案が、広く関係者を縛ることになる。

そうした情勢に対して、多くの関係者たちが異議を唱えていた。上のWSJの記事は、和解案に対する公判のヒアリングがようやく行われることを伝えている。このヒアリングでは、当事者の意見だけでなく、反対者の異議も発表される。

繰り返しになるが、この和解案は出版に関わる人びとに大きな影響を与える。引き続きその動向については注目したい。

*

と、さらっとこのエントリーを終わらせようと思っていたのだが、Googleは、同じ日に、面白いことを仕掛けてきた。

Google Gives to Wikipedia
【Wall Street Journal: February 17, 2010】

Wikipediaに200万ドル(約2億円)の寄付をGoogleが行うという。この寄付の公表をする際、Googleの共同設立者であるSergey Brinは、Wikipediaを「インターネット最大の勝利」とし、「コミュニティが生成するコンテントの膨大な貯水池(repository)」は、ウェブの利用者の誰にとっても有益だと述べ、Wikipediaの存在を褒め称えている。

上のGoogle Bookの動きのある日にこのことが公表されることには一定の意図があるようには思えるが、それはさしおいても、ウェブ上の知的アーカイブの生成を支援する、という振る舞いは、Google Bookの話を進めていく際に、「大義」を調達する上で十分に意味があることだ。

GoogleについてはフランスがGoogle Taxの導入を検討中だということが伝えられているが、それは、フランス文化を「搾取」した結果の収益を全てアメリカに送金されてはたまらない、というフランスの文化政策的発想から生じたアイデアであった。

だから、アメリカであるかフランスであるかは問わず、Wikipediaという百科事典プラットフォームを維持することに寄付を行うことは、ある意味でGoogle Taxで想定された「文化活動への資金の環流」というスキームを、Googleなりに実践することと捉えることもできる。つまり、ビジネス活動からの収益を、公益性の高い文化事業に還元する、という動きだ。

興味深いのは、そうした「寄付」行為によって、GoogleとWikipediaの間にも一種のエコシステム的結合が生じることだ。

まさに、前田累が『紙の本が亡びるとき?』で指摘した、Google/Wikipedia連合の誕生であり、知の増殖が停止条件なく際限なく進んでいく世界が確保されていくことになる。

それは、同時に、前田が懸念した「切断のない」テキスト、「固着性のない」テキストの増大が約束されることでもある。裏返すと、「固着性のある」「流動性の低い」テキスト=紙の書籍、の居場所がますます少なくなっていくことでもある。

そして、この点において、Google Bookにおける電子書籍/デジタル書籍の動きが、Googleを介してWikipediaと直結する。つまり、既にあったテキスト=知の宝庫としての書籍群と、今この瞬間にも生成されつつあるテキスト=Wikipedia、の双方がウェブ上でリンクされる可能性を見ることになる。それは壮大な夢だが、その壮大さが、アメリカ人であることや英語圏にいることによらないWikipediaというプラットフォームを依り代に選ぶことで、Googleは、というよりは、Brinは、自らの夢の実現を自分たちの外部の存在(この場合はWikipedia)に委ねることができる。Googleのビジネス活動と一線を引いたところで、ウェブ上の知の宝庫作りを行うことができる。

Googleの試みをバベルの塔の再来だと揶揄するのは簡単だ。しかし、ここまで本気で行っていることに対して、Googleの外部にいる人たちはどのようにうけとめたらよいのか。これは熟考に値する問いだと思う。

既に、多くの若い人たち、とりわけ、ドン・タプスコット(“wikinomics”の著者)いうところの「デジタルネイティブ」の子らにとっては、メディアへの接触は「出力の選択」という意識で見られている。そして、その出力の選択方法として、各種デジタルガジェットによるビューワーや紙が挙げられる。

そういう意味では、改めて、Bookとは何か、伝承すべきBookの本質=魂・精神とは何か、というような問いから愚直に考え直すべき時期が来ているのかもしれない。

Googleの描く「知の宇宙」は、どうやら本気の夢なのだから。

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