FERMAT communications visionary

April 04, 2010

op-ed / commentary


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junichi ikeda

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電子ガジェットの始祖であり今日のハッカー文化の源泉ともなったAltairの開発者Ed Robertsの死去

April 04, 2010

op-ed / commentary


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junichi ikeda

現在のプログラム可能な個人向けコンピュータの元祖であるAltair8800の開発者であったEd Robertsが亡くなった。享年68歳。

PC Pioneer Inspired Microsoft Founders
【Wall Street Journal: April 3, 2010】

H. Edward Roberts, PC Pioneer, Dies at 68
【New York Times: April 2, 2010】

Bill Gatesによる追悼はこちら。

Bill Gates Remembers Personal Computer Pioneer
【Wall Street Journal: April 2, 2010】

1975年にMITS社(Robertsの会社)が開発したAltair8800に魅了されたのがMicrosoftの創業者であるBill GatesとPaul Allen。二人がAltair向けに開発するBASICがMicrosoft起業のきっかけであった。この、当初はホビイスト向けに開発された、つまり文字どおりの「ガジェット(おもちゃ)」であったAltairに触発されて思いついた「単機能のコンピュータをプログラム可能にする」発想が、後年、IBM互換機=今日のWin-tel機(MicrosoftとIntelが仕様を決めるPCマシン)を生み出す流れのきっかけになった。その意味でRobertsのAltair8800は今日のPC/ウェブ文化の源泉の一つといっていい。

上のWSJの記事にもあるように、Robertsはもともとアメリカ連邦空軍のエンジニアで、除隊後1969年にMITS社を創業した。ホビイスト向けのおもちゃのロケットキットの開発と販売が当初のビジネスだった。つまり、科学・工学の成果を身近なおもちゃに応用して販売するというのが出発点の発想だった。Altairもそうした発想の延長線上で開発された。

だから、文字どおり「電子ガジェット」を現実化した会社だったといえる。先端的な工学の成果が詰め込まれた機器を趣味の対象として=ガジェットとして売り出す。ガジェットに惹かれるホビイストは、出来上がったガジェットで楽しむだけでなく、そのガジェットを背後で支える構造にも関心を寄せる。

つまり、今日のハッカーに通じるようなハッキング=リバース・エンジニアリングの視線を生み出すきっかけを与えたものの一つがAltairであった。ガジェットにおいてはできあがったプロダクト以上に、それが「ある技術の成果を体現したもの」であることが大事になる。ある意味で、「工芸における職人の技能を愛でる視線」に近いのだが、工芸と異なるのは、その背後にある技能が普遍的な技術の塊であるところだ。それゆえ、その技術を学ぼうとすればほぼ習得可能であるし、その技術を使ってさらに新たな成果物=ガジェットを生み出すことができる。

だから、そうしたガジェットに関わるホビイストたちは、大衆化された工芸職人であり、その技能は普遍的であるが故に基本的にはオープンアクセス可能なものである。もっとも、その結果、ガジェット自体は、技術のための技術として、自己目的化した開発に向かう側面もあるのだが。

いずれにしても、AltairによるホビーとしてのPC文化は今日まで連綿と続いているし、そのホビー=ガジェットの精神がある意味で純化された結果生まれたのが、ハッカーの世界=文化であったり、オープンソースの世界=文化でもある。開発が自己目的化して行われるにも関わらずどこかで外部に開かれている、それはもともと「趣味の一つ」でしかなかったから、ということになる。

Altairのホビー性が今日のハッカー/オープンソース的な世界と繋がっていると捉えてみると、やはり注目せざるを得ないのはRobertsがもともと空軍のエンジニアとして先端技術の片鱗に触れていたことだろう。そして、彼が起業したのが1969年というアメリカ史の中でもっとも政治的に激しい運動が起こっていた時期ということだろう。

以後、ホビーとして自走する正確を持つコンピュータ技術については、Robertsは空軍時代の経験に多くを負っていることだろう。そして、当時の空軍といえば、NASA同様、空の防衛のために多額の連邦予算が投入されたところだ。そして、69年というのは、冷戦や公民権運動などアメリカ社会が激震していたときだ。

そういう時代状況の頃に、アメリカ南西部の、ニューメキシコ州アルバカーキーでMITS社を起業してガジェットを開発し売り出すというのは、いわば大きな世界の話から「降りる自由」をRobertsは実践したようにもみえる。

アルバカーキーは、近年は、アリゾナのフェニックスとともに、南西部におけるハイテク産業の拠点都市となって全米でも注目を集めるようになっている。だが、南西部の発展そのものが、冷戦時代になって空軍を中心に大西洋側の防衛ラインを固めるために連邦政府の予算が投下されたことによって始められた性格は強い。いわば、様々な意味で軍や国家という存在のスピンオフが南西部の経済的な発展を支えた駆動因の一つであった。

MITSを起業しAltairの開発に至ったRobertsの振る舞いも、今日の視点から振り返ってみれば、このような錯綜した60年代的な時代状況の産物だといえなくもないだろう。

しばしばPC文化の起源はAppleにありと語られるし、ウェブ文化の起源はシリコンバレーにありといわれるが、それだけにきれいに収まるものでもない。Ed RobertsとAltairのことを振り返ることで、PC/ウェブ文化の幅の広さを確認することができる。

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