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May 26, 2010

op-ed / commentary


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junichi ikeda

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Open-Source流の新薬開発

May 26, 2010

op-ed / commentary


author
junichi ikeda

国際的な製薬会社大手のGlaxoが、新薬開発のためにOpen-Source流の、情報公開による協業体制を試みるという。

Glaxo Tries a Linux Approach
【Wall Street Journal: May 26, 2010】

Glaxoが公開するのはマラリアに対する研究成果やデータ。公開するに至ったのは、マラリアは、今日では、実質的には最貧国で頻繁に生じる病気であるためのようだ。他の新薬開発と同じようにクローズドの研究体制でパテントを得たとしても、先進国での販売のように、新薬の収益で研究開発費を回収し収益を上げるという道筋を付けることができない。それであるなら、いっそのこと、開発成果を公開し、関心のある研究者ならびに研究機関や、その成果を薬品として製造し必要な地域に頒布することを考えている政府機関やNPO/NGOの手に委ねた方が望ましいと考えたからのようだ。

Glaxoのデータは、三つのウェブサイトで公開され、そのうちの二つはアメリカと欧州の政府のサイトとなる。残りの一つは、シリコンバレーにある、Collaborative Drug Discovery Inc. (CDD)という会社のサイトだという。CCDは同じく製薬会社大手のEli Lilly & Co からのスピンオフで、Bill & Melinda Gates FoundationからとベンチャーキャピタルであるFounders Fundからの出資を受けている。いうまでもなく、Bill & Melinda Gates Foundationはマイクロソフトの創業者であるBill Gatesが設立したFoundationで最貧国の健康維持プログラムへの資金援助者としては世界有数の存在となっている。

WSJの記事によれば、このCDDのサイトは、Facebookに似たSNS的なサイトで、オラクル型のデータベースを用意しているという。そのサイトに登録したものは、Glaxoが用意したデータを無料で見ることができる。利用者が自分の手元になる公開不能の情報と組み合わせたい場合はその情報は非公開にすることもできる。

Glaxoとしては、このマラリアに関する公開データから生じた成果についてはパテントを取得するつもりはないという。そして、他の研究者もマラリアのようなneglected diseases(無視された病気)、つまり先進国を主要市場とする製薬会社が無視せざるを得ない病気の治療薬に関わるパテントについては、共同利用できるパテントプールに提供して欲しいと思っているようだ。

もっとも、その研究成果から、neglectされない病気、つまり、先進国でも十分販売可能な薬の開発に繋がるような成果が出た場合は、パテント取得のことも考慮に入れるかもしれないということで、この点は、今回のOpen-Source流の試みが継続されうるのかどうかを決める要素になると思われる。

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元祖のOpen-Sourceでは、ソースコードに自由にアクセスできる代わりに、そのソースコードを用いて新たに出来上がった成果についても、同様に無料でのアクセスを保証することが求められていた。そういう意味では、最初にソースコードを公開した人の意思が大きく影響し、また、その精神に共鳴する人たちのみが成果を拡大させることができた。その裏返しとしてパテントという軛から解放されて、知的成果物の自由な交換ができる、というのがポイントだった。

Open-Sourceがfor-profitとソフトウェア会社と伍していく過程で、ソフトウェア自身には課金をせず、そのソフトウェアを使って特定のサービスを行う人たちに対して、その役務の対価を支払うタイプのモデルが考案されていった。ベンチャーとしては、LinuxベースのRed Hatなどがそうだし、大手企業ではIBMがそういう選択を行った。

つまり、Open-Source流と言うとき、ソフトウェアの世界では、道具としてのソフトウェアは無料だが、それを活用したアプリケーションやそこから生じるサービスについては対価が発生する、という、ある意味で、有料・無料の「ダブルスタンダード」が作り上げられていった。

おそらく、今回のGlaxoのケースも、こうした「ダブルスタンダード」を製薬業界においていかにして作り上げていくか、が課題になるのだろう。Neglected diseasesのような、少し前なら、南北問題として扱われていた圧倒的な経済格差の中で生じた問題が、Gates Foundationのような資金回収装置を介してようやく対処されるようになった、というのが現状だからだ。こうした活動原資が大口の財団に頼っている間は、自立してシステムが回っているとは言えないという意味で、Open-Sourceとは言えないことになるからだ。

とはいえ、今回のGlaxoの試みは、パテントに代表される知的所有権の扱いを国際的にどう調整するか考えていく上で、一つの具体的な試みになっていると思う。その上で、Open-Sourceという情報産業で生まれた流儀が、他の知識集約型のハイテクに本当に適用できるのかどうか、という試みでもある。つまり、情報産業の流儀がどこまで製造業に適用可能かという課題に対する試行錯誤のケースとなる。そういう高い視点からの検討も忘れないでおきたい。

*

しかし、それにしても、今回の動きではっきりしたのは、パテントはただ持っているだけでは何の意味ももたない、ということだ。具体的な製品に利用されてそれが相応の対価を市場で得られればこそ初めて「資産=Asset」としての意味を持つようになる。裏返すと、商品にならないパテントはただの「知的成果」に過ぎない。商流なり金流なりのフローの中に呑み込まれてこそ金銭的価値が発生する。

ちなみに、GlaxoSmithKlineはイギリスの製薬会社。いうまでもなくイギリスとアフリカは浅からぬ歴史的繋がりを持つ。欧州とアフリカ、アングロサクソンとアフリカ、という歴史的文脈から本件を捉えることももちろんできる。その場合、他の欧州諸国以上に、アフリカで影響力を増す中国のことも関わってくる話なのだろう。

そういう具体的な文脈の中で、Open-Sourceというアイデアが異なる意味合いを持つようになる、というのもなかなか含蓄のあることだと思う。

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