FERMAT communications visionary

January 31, 2011

op-ed / commentary


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junichi ikeda

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Google.orgに見る、Larry PageとGoogle流への疑問

January 31, 2011

op-ed / commentary


author
junichi ikeda

Googleの社内フィランソロピー組織であるGoogle.org(DotOrgと略称される)の迷走について記した記事。おそらくはLarry PageがCEOに昇格するという報道を受けてのものように思われる。

Google Finds It Hard to Reinvent Philanthropy
【New York Times: January 29, 2011】

あのDotOrgの話か、と軽い気持ちで読み始めたのだけど、途中まで読んで、この記事はなかなかに含みのある記事だと思い始めてきた。

それは、記事自体の「内容」にも、これがこのタイミングで書かれたという「意図」の点でも。
(つまりは、コンスタティブにもパフォーマティブにも、ということ)。

記事の内容としては:

Larry Pageが鳴り物入りで始めたDotOrgがどうもうまくいってない。

鳴物入り、というのは、従来は非営利法人を中心に行われてきたフィランソロピーやチャリティの分野を、主にはGoogle流の情報技術を活用してreinvent(再発明)しようとしたことから。それらは、Social Innovationと呼ばれたようだ。

うまくいってない点はいくつかあり、

一つは、マネジメントの問題。

トップに選ばれたLarry Brilliantの経営手法に問題があった。彼自身の作った組織にDotOrgに資金を流すconflict of interestが等閑視されていた。また、DotOrgのオフィスは社内組織とはいえ、Google本社とは離れたサンフランスシスコにあり、Googleの経営陣とのリエゾンに問題があった。組織のテコ入れにErich ShmidtがDotOrgを本社に移したほぼ直後にBrilliantはDotOrgを去っている。その後は、Business Development担当のMegan SmithがパートタイムでDotOrgも監督するようになった。

もう一つは、Googleの企業文化(Google流の追求)の問題。

Google流を追求したためか、エンジニアが挑戦するに足る課題が優先され、地に足の着いた手法の開発が劣後した。つまり、他の人達が作ったことのない「凄いアルゴリズム」の開発が優先された。記事中にあるものだと、インフルエンザの発生のトラッキングシステムを作ったが、しかし、それらはインフルエンザの発生源である開発国において、情報インフラが未整備なことから現実的な効果を持ち得ていない。Googleが好む「情報の集約(information aggregation)」とそれらを分析するアルゴリズムの提供では、問題の解決策にはならない。

・・・という具合だ。

もちろん、これらは相互に絡んだ問題でもある。

たとえば、後にDotOrgをレビューしに来たGooglerからすると、どうしてスケールアップが考えられていないのか、つまり、小さな問題の解決(=アルゴリズムの開発)がより大きな問題に接続し社会的インパクトをもたらすようにデザインされていないのか、に疑問をもったという。

ここにあるのは、エンジニアと開発者、そして、イノベーションを促す問題発見者(ビジネスなら営業担当者に相当する)の間でのコーディネーションがなされていなかった、という指摘と見ることもできるだろう。

*

以上がこの記事の「内容」の大まかなポイントだが、次に気になるのはこの記事の「意図」についてだ。

一つには、Larry Pageのマネジメント能力に対する疑問が記されているように思う。もっぱら、今までは創業者として、Googleのエンジニア精神の体現者のような形であった彼が、日常業務を統括するCEOとして、Googleを切り盛りできるのか、という問だ。そして、DotOrgへの彼の関わり方を見ると、その疑問は募る、ということだろう。

記事中、書き手の多少の悪意を感じないではないエピソードとしては、Page + Brinの二人は、DotOrgから「目を見張る解決策」が出てこないと急速に興味を失うであるとか、DotOrgの会議中はブラックベリーをずっと見放題で、時に突然その場で腕立て伏せを行う、常識的判断では「奇行」と言わざるをえない行動などが記されている。

これらは、「普通」に考えれば、エンジニアとしては優秀だが、マネージャーとしては問題あり、という風に解釈されるだろう。

だから、Larry PageがCEOになって本当に大丈夫なのか?、というのが、この記事の隠された意図のように思えてくる。

この点で興味深いのは、現在FacebookのCOOを務めているSheryl Sandbergへの言及だ。彼女は、Googleの広告エンジンのプロジェクトを見ていたが、記事によれば、同時に、DotOrgの創立期に中心的人物として関わった。彼女が世銀や財務省に勤務した経験から、非営利事業にも明るかったからで、彼女によれば「公共問題は一朝一夕で解決されるものではない」と述べている。彼女がマネジメントとのリエゾンを務めていた頃はDotOrgも何とかなっていたが、彼女がFacebookに移った頃から状況が変わった、ということのようだ。

Sandbergが移ったFacebookがSocial Networkとして単にアルゴリズムだけでなく、Facebookを利用するユーザーの知恵も含めて何らかのインパクトを与えようとしているように思えることを踏まえると、Googleの次の一手も気になる。

というのも、PageへのCEOの交代は、経営意思決定の速度をあげるためで、とりわけ、Social Network分野での劣勢を立て直すことが第一にされているからだ。しかし、上のDotOrgへの対処の仕方や、その初期の中心人物であるSandbergの流出を踏まえると、むしろ、今のGoogleには異なる要素が必要にされているようにも思えてくるからだ。

DotOrgの話は、要約すれば、経営のまずさから発しているもので、いわば大企業病の一つの現われのように思える。その大企業病を果たして治癒させることが出来るのか。そうした問をこの記事は問いかけているように見える。

さらにいえば、現在、DotOrgがBusiness Developmentのセクションにあることを考えると、「開発」と「イノベーション」は両立するのか、あるいは、「技術開発」と「イノベーション」は似て非なるものではないか、という疑問も生じさせる。

技術開発できることを使って問題解決をする、というのは、典型的にシーズ発想の見方だ。従来、Google流に注目が集まってきたのは、ユーザー本位のソリューションを提供しているから、ということだったはず。であれば、改めて単なる技術開発≒アルゴリズム開発から、問題解決=イノベーションの提供、へと舵取りをしなければならないのだろう。そして、Schmidtが担ってきたのは、もっぱらこの「問題解決」を通じたユーザーとのリエゾンの確保であったように思う。

果たしてPageはそのような役割を果たせるのだろうか。

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