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November 28, 2011

op-ed / commentary


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junichi ikeda

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デザインとは問題解決のことである

November 28, 2011

op-ed / commentary


author
junichi ikeda

NYTでコールハース&オブリストの『プロジェクトジャパン』の表紙の写真を見つけたので書評かと思いきや、そこで論じられていたのはまさにその写真が示している「物体としてのプロジェクトジャパンという本のデザイン」であった。

Innovations That Make Everyday Life a Little Easier
【New York Times: November 27, 2011】

いささか拍子抜けだったのだが、ART & DESIGNのセクションだから当然といえば当然であると納得し、次いで、よくよく考えると、この記事は「デザイン」という言葉でアメリカ人ないしはニューヨーカーが何を連想するか、ということを示すいい例のように思えてきた(ロンドン発の記事であることを考えると、英米圏といってもいいのかもしれない)。

記事の冒頭に書かれているように、「私たちの生活をより効率的(efficient)もしくは、より楽しく豊かに(enjoyable)にしてくれる-理想的には両方だが-新たな方法を見つけることがデザインが歴史を通じて果たしてきた役割の一つだった」わけで、「しばしばデザイナーが行なってきたことは、技術的な飛躍を、便利と感じたり、魅惑的だと感じたりするものに翻訳することで実現してきた」わけだが、時に同じことを「問題解決のために新たな方法、さらにはよりよい方法を考案することで実現してきた」という。

つまり、デザインと言う言葉は、何らかの問題を解決するために思案することに力点が置かれる。この文脈では、デザインには「設計」や「建設」という言葉を当てるほうが適切になる。

そして、この記事では、そうした「知恵を使って設計したこと=デザイン」の事例として四つのことを取り上げている。『プロジェクトジャパン』のブックデザインもその一つだ。

『プロジェクトジャパン』では、メタボリズムという60年代の建築運動についてコールハース&オブリストが集めた多岐に渡る資料群、つまり、関係者へのインタビューや関係資料などの一次資料や、それらに関する論評群が溢れており、それらカオスのような資料群を、読者にとっていかにわかりやすく秩序だてて構成し、一冊の本に仕立て上げるのか、というのが、デザインを通じて解決すべき問題だった。

ブックデザインを担当したIrma Boom氏によれば、エッセイやインタビューを一定の間隔を空けて配置し、セクションごとに色分けすることで内容の視認性を高めたという。確かに今、手元にあるこの本を見ると、確かに頁の縁がピンクや緑と分けられていて、たとえばピンクの縁の頁はインタビューに当てられている。そうやって「混沌の中に秩序」を生み出し、可読性を上げるという、問題解決を行なっている。

記事では、この他に、そのようなデザインによる問題解決を、NYの地下鉄や健康状態のモニター、エネルギー効率の向上、などの(日常的な)事例をあげながら説明している。

ともあれ、この記事では、デザイン=問題解決、という意味で用いている。そして、事例を見れば分かる通り、大なり小なり、全体の設計に関わるものとなっている。裏返すと、単なる意匠や工芸のようなニュアンスでは使っていない。

日本で聞くデザインと言う言葉は、その多くが実は意匠や工芸という意味のことで使われている。カタカナを使うなら「デザイン」ではなく「クラフト」を使うべきところだろう。裏返すと、デザインという言葉を日本ではもっぱら最終的な制作物を手がける人たちが占有する場合が多いように見受けられる。ちょうど、クリエイティブという言葉を、広告のコピーを練る人たちが占有するのと同じように。それはそれで慣行としての言葉遣いであり、それらの言葉が関係者の間の中で使われている分には、特段に目くじらを立てる必要もないだろう。しかし、同じ言葉を外部の人間とやり取りする際に使うには、十分注意する必要がある。多分、上記の文脈のデザイン=設計という言葉が当てはまるのは、日本であれば建築や工学の方に携わる人達のほうだろう。

コンピュータやウェブの登場で、記号操作や計算処理にもとづくシステムの設計にもデザインと言う言葉が使われている。これらの文脈で言うデザインとは、利用者や利用シーンを勘案した上でどのような仕組みのものを構築するか、そのための設計、というニュアンスが強い。欧米の場合、上のNYTの属するセクションが示すように「ART & DESIGN」という具合に、もっぱら意匠を操作する部分はARTというカテゴリーで語られる。「美と設計」と訳して理解してもいいのかもしれない。

ウェブの遍在で、以前、マルチメディアという言葉で予期されたことは、もはや日常の事実になっている。そこでは意匠と設計は分離され、異なる価値軸の下でそれぞれ構築されていく。デザインという行為の可能性を最大限引き出すためにも、ここで一度、概念用語の使い分けについて考えなおしてもいい時かもしれない。ちょうど、翻訳語の耐用年数が過ぎたので、現代の人にとってのリアリティを引き出すためにも古典を翻訳し直す意味がある、と語る村上春樹のように。

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