FERMAT communications visionary

August 03, 2018

op-ed / commentary


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junichi ikeda

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1兆ドルを超えた「ジョブズの教え」としてのApple

August 03, 2018

op-ed / commentary


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junichi ikeda

好調な四半期決算の報告を受けて、Appleの時価総額が1兆ドルを超えた。

Apple Is Worth $1 Trillion; 21 Years Ago It Was on the Brink of Bankruptcy
【New York Times: August 2, 2018】

21年前には破産寸前だった会社とは思えない快挙だ。

当時は、Microsoftが救済に出たことも話題になった。今でも、スクリーンに映し出された巨大なビル・ゲイツの姿を背後にして、Microsoftからの資金援助のことを報告するジョブズの(小さな)姿を伝えた写真のイメージが思い出せるくらいだ。

Microsoftからすれば、Appleが破産すると、Windows PCが本当にPC市場を独占することになり、真剣に会社分割しなければならないような事態が生じかねないから、というやむにやまれぬ事情もあって・・・、というのが語られていたりした。

その頃からすれば、隔世の感がある。

なにしろ、そのMicrosoftすら凌駕し、Appleは世界1のPCメーカーになったのだから。

それだけでなくiPhoneの席巻によって、個人が利用するコンピュータのスペックを、事実上決定する存在にまでなっている。つまり、消費者向けコンピュータビジネスというゲームの、ゲームマスターとしての地位だ。

クラウドを介して、iPhoneの成果をむしろMacBookの位置づけや使い方にフィードバックさせているところなどがまさにそれで、結果として、コンピュータ文化のあり方も先導する会社になっている。その意味でAppleは、いまではメディア企業の一つだ。しばしばGAFAとして並び称されるGoogleやAmazon、Facebookよりも、むしろDisneyのほうが近い存在だろう。Disney同様、文化産業の中核企業といってよい。時代の空気を表すアイコン的位置づけでいったら、かつてのMcDonaldに近い。要するに、GAFAの中で、頭一つ抜けた「ブランド」企業なのだ。コンシューマの頭の中を支配し、文化的連想の起点となる企業の一つとなった。

対照的に、Appleの影に隠れ、GAFAにカウントもされないMicrosoft、というかWindows PCはどうしてるかといったら、すっかり業務用のPC、すなわちビジネスユースのものとなっている。Appleが、スポーツカーからSUV、セダンまでをカバーする、プライベート利用の車を扱う自動車メーカーだとすれば、Windows PCは、軽トラックから大型トラックまでの、まさに産業利用のための自動車メーカーという感じになっている。

そもそも、Windows PCのノートブック自体、大して話題となるものを見かけない。MicrosoftやIntelが、Appleのように独自仕様のPCを売り出しているけれど、それもAppleの二番煎じのようで、あまりぱっとしない。むしろ、今、一種の業務用PCとして注目を集めているのはGaming PCあたりだろう。

ゲーム利用に特化した、一昔前のワークステーションのような高機能マシンのジャンル。CG画面のレンダリング速度を上げるためにCPUチップを専用に開発し、モニターの画面も描画速度を上げたり、解像度を高めたりと様々な微調整(ファインチューン)がなされる。そうしたスペックが直接、ゲームの勝敗を決するためだ。先ほどのように自動車を引き合いに出すなら、さしずめF1マシンということだろう。

Gaming PCの領域が面白いのは、そこでDellやHPといった、かつてのPCメーカー大手の名前を見かけることもできるからだ。今では、そうしたGaming用のハイスペックマシンは、むしろ、CG開発者の間でも使われているのだという。Dellが再上場するという話にも納得してしまうところだ。

ともあれ、かつての覇者であったWintel勢をすっかりコーナーに追いやり、生き残るにしてもニッチ市場に特化させてしまうくらい、いまやAppleの存在は強大だ。時価総額が、現在の価値ではなく将来の価値(=キャッシュフロー産出力)に依拠したものであることを思えば、(少なくとも)金融市場関係者の間では、Appleの力は今後も絶大だ、と「今は」見られていることになる。かつて破産の危機にあった企業は、そこまでターンアラウンドした、すなわちV字回復したわけだ。

では、Appleの未来は盤石なのだろうか?

そこは、正直悩むところだ。

というのも、以前に『ウェブ×ソーシャル×アメリカ』を書き、その中で、ジョブズとシュミットのバトンを受け取らなければならない、と論じた者からすると、スティーブ・ジョブズを亡くしてからのAppleは、結局のところ、ジョブズの遺産の上で成り立っているだけのように見えるからだ。

これも、前に論じたことがあるけれど(「Apple Watchは、なぜ「iWatch」ではなかったのか」)、ジョブズを亡くしてからのAppleは、文字通りの「ジョブズ教」の布教活動に精を出し、見事、その世界宗教化に成功した、という感じなのだ。

言ってしまえば、イエスを失った後のキリスト教が、使徒の一人である――といってもいわゆるイエスの直弟子の「12使徒」ではないけれど――パウロによって、世界宗教化を進めていったのに近い。CEO職を受け継いだティム・クックは、パウロよろしく、きっちりしっかり、ジョブズの教えを世界中に広めた。

先ほど、スマートフォン(=iPhone)の発想がクラウドを介してPC(=MacBook)に逆流していると言ったけれど、そうした動きがまさにAppleへの依存/信仰を高めているし、そのような細部を具体的に作り込むところに、多数のAppleエンジニアが専従させられている。その様子もどこかしら教会組織のようでもある。

ただ、その影で、ジョブズのバトン=思想を受け止めて、今の状況下で、ジョブズだったら、どんな製品を用意したのか、という話は、ジョブズが亡くなった直後でこそあれこれ語られていたが、さすがに最近はほとんど聞かなくなった。バトンは、どこかに置かれたままか、あるいは、むしろ、大切に保管されてしまっているのかもしれない。それこそ聖遺物のような扱いで。

その意味でも、AppleはDisneyに近づいているのかもしれない。ウォルト・ディズニー亡き後のDisney。アニメーションスタジオとしてスタートしたDisneyが、ディズニーランドを開園しながら徐々に子どもや家族に対するエンタメの提供へとシフトしていき、その「家族」や「子ども」というイメージだけは固持しながらDisneyは、ハリウッドスタジオの中でも異色の発展を遂げてきた。その意味では、「ウォルト・ディズニーの教え」を常に参照することで、時代時代にふさわしいエンタメの王国として、君臨するだけでなく、版図を広げてきた。つい最近も20世紀Foxの合併が報道されたところだ。

はたして、そのようなDisneyの辿った道を、Appleも辿るのだろうか?

スマートフォンメーカーという視点にたてば、これもまた最近、Huaweiによってメーカーとしての地位は抜かれていた。それでAppleが揺らぐ気も全くしないのだけれど、その一方で、本当にそうなのか?という気もする。

21年前にAppleを救ったMicrosoftの道を、Apple自身が辿るルートは本当にないのだろうか?

ジョブズのバトンの行方とともに気になって仕方がない。

この21年間のAppleを取り巻く状況の変化を振り返った時、変わらぬ現在なんてものは本当にないんだな、と感じてしまう。

そんな天の邪鬼な見方をしたくなってしまうほど、時価総額1兆ドル超えという報道にはインパクトがあったのだ。

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