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2007年展望 素描 1

帰国してから早1年半、FERMATも立ち上げてから1年。
その経験も踏まえて2007年を展望してみる。

■Gadget-centricが前景化する。

まず、ネットの方から見ると、去年は『ウェブ進化論』を通じて日本国内でGoogleの認知が上がり、ネット一般にはWeb2.0がネットを語るときのお決まりの惹句になった。

帰国直後に、Googleって凄いっすよ、ただのサーチエンジンじゃなくて絶対広告会社の競合になりますよ、と言ってまわっても、はぁ、あんた何言ってんの?、としか取り合われなかった存在が正当に注目を集めるのは、確かによかった。これは認めるのだが、しかし、日本でWeb2.0と言われるものは、たいていの場合、SNSやブログの普及を指すぐらいのこと。SNSにしても、ターゲット別にカテゴリー分けされたバナーが張られる程度のもので、さて、これでWeb2.0といってもいいものなのか、と。

一応、本家の概念でいけば、2.0概念のベースは、ネットをプラットフォームにすること。さらに、その先にはネットにつながる情報もデバイスも全て分散的に利用可能とするグリッド・コンピューティング的なものが控えている。グリッド・コンピューティング自体は、アメリカでは最近Web3.0と呼ばれるようだから、海の向こうでも「惹句のインフレ」が起こっているのは確かで、この点では日米でも五十歩百歩といえなくもない。

けれども、Web2.0がネットをプラットフォームにするオープン志向の発想と日本の状況がシンクロしているようにはとても思えない。アメリカの状況はネット・セントリックと呼ばれるが、このネット中心という概念はもう一言踏み込んで明言すれば、ウインテルによる「パソコン・セントリック」ではなく、ネットを中心に据えてコンピュータを開発するという意味での「ネット・セントリック」。だから、これはネットのバージョンアップを指す言葉ではなくて、開発思想のコロンブスのたまご的転換を図るものといえる。

実はこの概念、古くて新しい概念で、20年前にSUNが企業化するときに“Network is Computer”といい、10年前にOracleがシン・クライアント概念として発表した“network computer”の発想をそのまま引き継ぐ概念。2000年代に入ってポッと出た概念ではなく、既に30年近く継続されている、汎用コンピュータのアーキテクチャー概念といえる。

急いで書き足すが、だから日本は本家ではないから追いつけない、と言いたいのではない。ただ、こうした開発思想まで踏み込んだ概念を簡単に接ぎ木するには日本のネットワーク環境は独自に進みすぎてるでしょ、というのが上でネット・セントリックの歩みについて触れた趣旨。

そして、同様に開発思想までさかのぼったら、日本の場合は、ガジェット・セントリック、というのがそれなのではないか、ということ。

アメリカの技術開発は、カリフォルニアのシリコンバレーを一大拠点とし、シリコンバレーで開発されたR&D×VCビジネスをベースにして展開している。スタンフォードやバークレーやキャルテックの教員と学生があわよくば一山当てようと、スタータップを始め、そこにVCがカネをつけていく、という世界。

しかし、そんな話は日本では聞かない。東大、東工大、京大、早大、慶大、の理工系出身者はやはり今でも大手メーカーに勤める。就職氷河期を経た現在の30代の中堅エンジニアには特にリスクをおかす志向は少ない。(さらに、そうした人生が面白そうに感じない高校生は、大学からMITやスタンフォードを目指すという)。

(余談になるが、日本で、ネット以外の分野で急成長する新興ビジネスには、どこかで商社と関係のある人物による、フランチャイズ型のビジネスが多い。PEファンドといっても、日本の場合は、もっぱらバイアウトが中心で(その総本山が産業再生機構)VCはほとんど見られない。)

日本の場合、技術開発の中心は伝統的な大企業。そして、情報通信系の開発は、やはりNTT。彼らの発想や彼らの納入業者として同調して歩んできた日本の家電・通信メーカーにこそ、様々な開発力、そしてそのための資金力、があるといえる。

その意味で、現代日本で独自の進化を遂げてしまったケータイ、そしてそれを支える、中央サーバー・シンクライアント型の開発思想にこそ、日本のメジャーな発想があるといえる。

だから、2.0という概念とは全く独立した概念として、徹底的に個人管理が可能なケータイの未来形の方にこそ、日本が描くネットの将来像がある。その意味での「ガジェット・セントリック」。

問題は、ガジェット・セントリックをいかにしてネット・セントリックの動きに、日本企業の優位性を保持しながら、接ぎ木していくか、ということ。

このあたりにグローバル化の動きは微妙な影を落とす。

・・・と素描にしては根本的な書き方になってしまったことを反省しながら、続きを考えることにする。

(この項続くハズ)

author: junichi ikeda

CONCEPT

FERMATは、コミュニケーションという社会の基底を与える領域の変化の徴候に照準しながら、未来のビジョンを描くことで、新たな何か=“X”、の誕生を促します。