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March 18, 2009

op-ed / commentary


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junichi ikeda

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AIGボーナス騒動に見るアメリカの意思決定

March 18, 2009

op-ed / commentary


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junichi ikeda

先週末から、アメリカの政治関連報道は、AIGの話でもちっきり。
とうとう、連邦議会では、上院、下院、ともに、基本的には、AIGにおける高額のボーナス支払いをねらい打ちすることを目指した立法措置をとる、という動きまででてきた。

たとえば、このWashington Postの記事

まだまだ法案のレベル、もっといえば素案のレベルでしかないけれど、主旨としては、AIGが現在騒ぎになっているボーナスの支払いを自発的に取りやめない限り、支払われたボーナスをほぼ全額、税として徴収する、というもの。

特に下院の法案名はふるっていて、“Bailout Bonus Tax Bracket Act”といって、「Bailoutによる資金で支払われたBonusに対する租税上の抜け道(=Tax Bracket)に関する法案」ということ。

たぶん、日本や欧州の政府関係者から見たら、AIGにしてもアメリカ政府にしても泥仕合やってるな、なんか大人げないな、というのが率直なところで、苦笑せざるを得ないものに感じられるけど、アメリカではしばしばこの手のことは起こる。そういう意味では、とてもアメリカ的な動きといえる。

日本ならば、こんなことになる前に、法案作成者である官僚が関係者と協議をして、単にルールとしての法を作るだけでなく、その実行方法についても事前にある程度の水路、道筋をつけておく、ということになる。毎年、審議会の下部組織的な「私的研究会」を実施して、アメリカ議会の「公聴会」に相当するものが常時稼働しているような状態を保っている。もっとも、その分、日本の場合、途中の議論の部分は一般に見えないし、報道する側もそのネタを官僚を中心とした関係者の取材にまわって、時に意図的なリークにひっかかり(あるいはあえて乗り)、それが法案の観測気球になったり、状況によっては結局既定路線として受容される素地を作ったりする。

裏返すと、アメリカの場合は、この、日本であれば水面下の動きの部分が、日々、イシューごとに顕わにされていくことになる。だから、その分、報道が「単なる決定事項の周知」ではなく、「決定に到るまでの見解を戦わせる場所」になっていく。その意味で、日本の「報道」と、アメリカの「ジャーナリズム」は、似て非なるものととらえるほうが現実的だろう。

(若干脱線するが、現在、日本では「戦略PR」という言葉で、主にアメリカの、インターネットを活用したPR手法を紹介するような「風潮」があるけれども、それはアメリカが成功しているからという理由だけで日本に導入しようとしても多分うまくいかない。PRは、いわば「無料広告」の手法で、メディア側(報道側、取材側)の「日々書かなければいけない」という動機を逆手に利用するところがポイントだが、上述のように、その「書く側の動機」が日米では大きく異なるからだ。)

AIGのボーナスの件にもどれば、いずれにしても、この、連邦議会による恫喝的法案(あるいは法として成立した場合は懲罰的法)を前にして、AIGがどう動くか。このあたりは、アメリカの意思決定プロセスの一環としてみるのは興味深い。

*

もっとも、あくまでも、意思決定プロセスとしてみたら、ということで。

足下の金融不況から迅速に抜け出す、というbailoutの主旨にまで戻ると、あまりうまくない、というのが本当のところだろう。今回の動きは、足下の不況のさなか、無駄に世間を騒がせていることも確かなわけど(もっとも恨み節を表出させて溜飲を下げさせるとうのが、社会的ストレスを発散させる、という見方もあるかもしれないけれど)。

こうなると、たとえば、NYUのルビーニ教授が言っているようなnationalization(国有化)も、不況下の対応方法としては説得力を増していくということかもしれない。AIGは銀行ではないので、広く金融機関一般までひろげるのかどうか(そうするとそもそも金融機関とは何?という議論にまで拡がってしまうので、事態が深刻なときにする議論ではなくなるけど)という問題は残るけれども、「国有化」によって、政府がボードメンバーに加わるようになれば、今回のような議論は、会社内部の議論にとどまるわけで。その分、外部から見れば、速やかに「正常化」が進行している、ように見えて、無用な悪影響は回避できるのかもしれない。

そうすると、国有化は、単に資本注入ということだけではなくて、会社の意思決定や、そこから具体化される、会社の統治方法、という点とも絡んでくるのだろう。

会社は、そこで働いて(生活を支えている)人々からすると「運命共同体」であり、その意味ではある種の「結社」的性格を帯びる(「社内政治」とか「社内派閥」という言葉が無自覚的に使われるあたり、会社の「結社」的性格が私たちの意識に沈殿していることを物語っているように思う)。つまり、会社(という集団)の利益と、(会社の外部に拡がる)社会の利益、との間で衝突があった場合、「運命共同体=結社」的側面が浮上すると、前者が選択されてしまう。

この点で、今回のAIGの件だけでなく、波及効果を考えたら“too big to fail(大きすぎて倒産させられない)”と金融業界同様の救済ロジックの採用が取り沙汰沙汰されているGM、クライスラーの件も含めて、会社、もっと正確に言えば「巨大企業」については、その運営方法のオーバーホールが迫られているときなのかもしれない。

(追記)
アメリカ政府は今までのAIG救済の介入で、AIGのpreferred stock(優先株)を約8割所有しているが、優先株には議決権がないため、政府が直接的に意思決定に関われるわけではない。この点、アメリカの報道も少し混乱しているようで、「既に8割株式を所有している」といいながら「国有化」を進めるような議論もあるようだ。おそらく、優先株を議決権のある株式にして、AIGの経営上の意思決定に直接アメリカ政府が乗り出す、ということを意味してるのだと思う。

現在のAIGのボードのチェアマンは、ブッシュ政権の時に政府が実質的に送り込んだEdward M. Liddy氏。連邦議会からすると、ガイトナー財務省長官の監督責任、ひいては、オバマ大統領府の執行責任があるはずだ、という非難もでてきており、議会vs大統領府、という対立構図も浮上している。その分、連邦議会は、上院、下院、ともに、党派を超えてAIGに対する非難が上がっていて、アメリカの政策過程の大きな要素であるポピュリズムの動きを見ることができる。この点でも興味深い。

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