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金融工学から広告工学へ?

NYにある、ネット系、データ分析系の広告関連会社の紹介。

Put Ad on Web. Count Clicks. Revise.
【New York Times: May 30, 2009】

ここで紹介されている会社がどうこうというよりも、気になったのは、今回の金融破綻でWall Streetの投資銀行からレイオフされたクオンツ(主に金融工学の知識を使った金融商品開発者たち)を、こうした広告のデータ分析系会社がリクルートしている、というところ。

何分にもNYTの週末の記事だから、場合によると埋め草的記事の可能性もあるのだけど、実際に、クオンツを引き抜いているんだとすると、少しは面白くなるかも、と思っている。

というのも、クオンツは、マンハッタンでは珍しく、まじめに理工系の学位をおさめた人々からなる集団だから。Wall Streetの投資銀行は、2000年代に入って、金融工学関連の特許申請で全米でも有数の、その意味でR&D型の産業になっていたから。そうした人材がもしもNYの広告業界に流れるとしたら、もっぱらウェブの広告テクノロジー(とそれに基づく新たなビジネスモデル)が西海岸で開発されている状況に一石を投じることができるのかもしれない。

(とはいえ、給与面でどこまで折り合うかは、実は微妙だろうとは思う)。

NYは基本的には金融の街。ものは作らない。それから、NYはメディアの街。といっても、映像系ではなく昔ながらのプリント・テキスト系。だから、これも広い意味ではものといえない。基本的には、NYは、最初にオランダ人が入植して築いたニューアムステルダムの頃から、港町、交易の街、として発展してきた。製造業の街ではない。

いうまでもなく、アメリカ東部の製造業地帯は、現在史上最大の危機に直面しているデトロイトがあるミシガン、それに、インディアナ、オハイオ、といった五大湖沿岸州の北東部、ラストベルト(サビ地帯)といわれるところ。

だから、NYは、ざっくりいえば、商人と、そこから発展した金融家と、その富によって支えられる文芸系の知的中産階級からなる街。そこには、エンジニアが占める面積は多くはない。

加えて、アメリカの大学、特に建国初期の頃からある伝統のある大学は、設立時からイギリスの大学の制度に従っているので、工学部の伝統は20世紀にはいるまでほとんどなかったといっていい。工学部は、大学というよりは高等専門学校的位置づけで、だから、MITのように、Institute of technologyといって、Universityとは一線を画した教育機関として独自に発展してきた。とりわけ、第二次大戦後から冷戦期にかけて、こうしたInstitute of technology(MITやCal techなど)はペンタゴンの軍事開発予算を得ることで、アイビーリーグやシカゴのような、先達から長年かけて蓄積された寄付金(endowment)を運用することで大学経営を成り立たせてきた著名大学群と肩を並べるようになった。

裏返すと、東海岸のアイビーリーグでも、ロースクールやメディカル・スクール、あるいは理学部、文学部、などの名声に比べて、工学部の名声はあまり高くない(もちろん、20世紀後半になって力は入れているが)。工学部といえば、MIT、Cal Tech、Stanford、CMU(ここももとはIT)、そして、UCバークレーやイリノイ大学のような中西部から西部にかけての州立大学、ということになる。(西部、中西部では、civil engineering(土木工学)やagriculture(農学)のような、州の発展にそのまま結びつくような分野が大学建設のそもそもの動機付けであった)。

というわけで、殖産興業という要請から、大学制度に最初から工学部が組み込まれていた日本とは、アメリカの場合、様子が違う。

で、今回の記事の話に戻ると、NYは、伝統的に、あまり工学部卒の人がエンジニアとして生活する街ではなかった、しかし、この10年間、Wall Streetにクオンツとして多数の工学部卒の人材が集まった、だから、彼らが本当にマジソン街に関わるようになるとすれば、アメリカの広告の流れは変わるのかもしれない。

(実は、私自身、渡米前に、Silicon Alleyという、NYの広告業界のデジタル対応地域に期待をもっていたのだけど、実際いってみると、ウェブデザイン会社ぐらいのものが大半でひどく落胆したことがある。もっとも、これは、アメリカの場合、広告といえば表現者(日本でいうクリエィティブ)の地位が一番高いので、人材の集中からすれば当たり前といえば当たり前のことだったわけだが。簡単にいうと、業界用語でいう「クリエィティブ」ではあって、テクノロジーに根ざした「イノベィティブ」ではなかった、ということ。インターネット初期には確かにDouble Clickのような会社もあったわけだけど、彼らはまさに伝統的なメディアバイイングのルールをウェブに移植したという点で、業界内部の対応だったといえるし、営業のためにNYにいる方が有利だったというのもあったと思う。)

もっとも、記事中にもあるとおり、NYの広告業界の主流は、イメージ中心、タグライン中心、ビッグ・アイデア中心であることは、どうやら変わりそうもなく、記事中で紹介された会社群も、ウェブ上の行動履歴の分析から媒体計画や表現計画の最適化を図るところに特化する、ニッチなターフを目指して経営しているようだ。

こういうところは、Silicon Valleyの企業群とは、会社が目指している最終ゴールや規模感が異なるところ。GoogleやMicrosoftとマジソン街が、今ひとつ歩調が合わない理由の一つは、こういう、東と西の違いにあるように思う。

*

一つだけつけ加えておくと、ウェブやネットの基本はソフトウェア工学(あるいは情報工学や情報科学でもいいけど)で、これは、伝統的な機械工学や電気工学に比べると、同じ工学といってもずいぶんイメージが異なるのは周知の通り。慶応のSFCのように、情報系は、文系と理系が交錯するディシプリンというのが適切だろう。

この点で、東海岸でも、理学系(数学や物理)を専攻した人や、専攻は文学や法学だけど趣味で、一昔前ならプログラム、最近ならウェブデザインをやっていた人が、この業界に多数入ってきていることも事実。

そして、人の密度に関しては、NY(というかマンハッタン)は全米でも段違い。だから、そこから何かが生まれる可能性はもちろんあるし、その可能性を信じさせてくれるところが、NYの魅力の一つでもある。そうした街全体が抱えるロマンティシズムとうまく今回の動きが結びついてくれることを期待したいと思う。

author: junichi ikeda

CONCEPT

FERMATは、コミュニケーションという社会の基底を与える領域の変化の徴候に照準しながら、未来のビジョンを描くことで、新たな何か=“X”、の誕生を促します。