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Eric Schmidt: Silicon Valley 開発思想の本流継承者

Chrome OSの開発発表によって、俄然、Microsoftとのガチバトルが取り沙汰されるようになったGoogle。

その陣頭指揮を執るErich Schmidtについて簡潔だが的を得た紹介をFTがしている。

Man in the News: Eric Schmidt
【Financial Times: July 10, 2009】

Princeton、Berkeleyを経てSUNに入社、後にNovellの経営者を務めた上で創業間もないGoogleのCEOとして迎えられる。

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記事では触れていないが、工学部の優秀な学生にはよく起こることだが、SUNに入社するまでも、SchmidtはXerox PARCやAT&Tベル研にも出入りしていた。

コンピュータの歴史に詳しい人にはよく知られたことだが、PARCはAlan Kayがいた研究所で、「GUI(Graphical User Interface)」が考案された場所。それだけでなく、入力装置としての「マウス」、それにLAN、図描ソフトやワープロソフトの概念など、今日のPC・インターネット文化の中心となる概念を多数生み出した研究所だ(WindowsもMS-Officeもこれら概念を現実化させた商品と思ってよい)。

AT&Tのベル研はBerkeleyとともにUNIXの開発で中心的役割を果たした研究所。もう少し正確にいうと、ベル研が開発したUNIXをBerkeleyの院生たちが改良したのがBSD UNIXで、このバージョンが大学間ネットワークを通じて、インターネットの標準的なOSとなっていった。

だから、Berkeley、Xerox PARC、AT&Tベル研という、PCとインターネットの可能性について、最も先端的な議論が交わされた場所に、常に、Eric Schmidtは身を置いていたことになる。

(さらにいえば、70年代から80年代のBerkeleyといえば、全米でも最もリベラルな大学だったわけで、その「自由な空気」に触れたことが、おそらくは、今日、Schmidtがオバマ陣営に接近した背景の一つにあると思われる。東海岸ではなく西海岸、StanfordではなくBerkeleyを選択したのは、Schmidtのキャリアにとっては大きな意味をもったということだ)。

上で記したBSD UNIXの開発者の中核が、天才プログラマーの誉れ高いBill Joy。彼はSchmidtの一年先輩で、SchmidtもBill Joyのチームに加わった。だから、Bill JoyがSUNの創立者の一人となった際、SchmidtがSUNに加わるのは、とても自然な流れだった。

Schmidt は、SUNでCTO(技術開発担当トップ)を務め、Javaのプロジェクトを進めたところで、1997年にNovellに移り、CEOとしての手腕を磨くことになる。

そして、2001年、Googleに移る。

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彼の経歴から容易に想像はつくが、Schmidtの出発点には、SUNの開発思想、つまり“The network is the computer”という考え方があり、その現代的変奏が“cloud computing”であることもSchmidtは熟知している。その上で、今回のChrome OSの開発を公表するに至った。

ただし、Microsoftとの全面戦争は、自身の経験やIT業界の観察結果から得られた知見から、企業資源の消耗が激しい競争であることも理解しており、記事の説明によれば、SchmidtのGoogle内での立場は、できるだけMicrosoftとの正面衝突は避けることだった。

Googleの創業初期から、創業者のLarry PageとSergey BrinをはじめとするGoogleの技術者はWeb-centricの立場から、今回のChrome OSのように、Microsoftのターフに挑みたかったようだ。それをSchmidtが抑えてきた。そのかわりにSchmidtが採用した戦略は、toolbarのように、ブラウザを寄生しながら世界中のPCに利便性の高いソフトウェアを提供し、それによってinstalled-baseを伸ばしながら、Web-centricの時代が到来するまで待つことだった。

Cloud computingという形態でようやくその機が熟したわけだ。

*

とはいえ、少しでもシリコンバレーに関心のある人ならば、今回のChrom OSの発表には誰もが歓声を上げると同時に既視感を覚えたことだろう。Chrome OSがとる「ブラウザからOSに」というデスクトップの掌握作戦は、かつてNetscapeがとった戦略を想起させるからだ。残念ながらNetscapeの戦略は失敗した。その後もJavaのようなミドルウェアがプラットフォームになるという動きもあったが、Microsoftの牙城を覆すまでには至っていない。

では、今回のChrome OSのプロジェクトはどういう理由でゴーサインがでたのであろうか。

もちろん理由は一つではないが、コンピュータの利用方法そのものについていえば、

● “Cloud Computing”という時流。
●それとほぼセットで登場してきたthin client端末としてのnetbook

そして、こうした動きを後押しする、

●世界的な景気後退による、一般企業のIT投資へのコスト意識、費用対効果意識の前景化

コスト意識はばかにできず、開発国を中心にWindowsではなくLinuxベースのOSを使おうとする動きは、以前からもあった(ブラジルなど)。

また、当然

●Microsoftによる検索エンジンBingのリリース

も意思決定には影響を与えたはず。

ただ、OSについては、情報経済における「ロックイン効果(=一度導入した機器・ソフトは、周辺機器・ソフトまで含めたシステムとして機能するため、他の機器・ソフトに乗り換えようにも、その「切り替えコスト」が大きいため、簡単には代えられない)」を考えれば、Windowsと直接衝突することは得策ではない。

ちょうど、検索エンジンやデスクトップサーチのような機能が、Microsoftにとってはブラインド・サイドであり、その間隙をぬってGoogleの今日の地位が築かれたように、今回も、Microsoftのブラインド・サイドになる箇所、つまりは、Microsoftにとって手を出しにくい領域になるnetbook的なところから攻め入る、というのが定石的判断となる。その上で、英米でようやく火がついてきたSmartphoneにも手を打つ。そうして、市場に新規導入されるコンピュータ的端末にGoogleブランドのOSやサービスを増やしていく。

もちろん、Chrome OSとAndroidとの間にはスペック上の違いがあることは指摘されているが、しかし、「ロックイン効果」は、インストールベースの「総量」という物理的事実の側面だけではなく、利用者にとっての「認知」上の足かせという側面でも発揮されることに注意すべきだろう。

認知上のロックインとは、インストールベースという事実を目の前にした個々の利用者が抱く心理的抵抗が多数の人々の間で共通認識として集積されることに基づく。だから、単純にスペック上の同一性がなくとも、認知上の同一性、つまり、ネーミングや利用実感という部分での連続性=シームレス感を利用者の間で共有させることでも、ロックイン効果は生まれることになる。

アメリカで現在進んでいるSmartphoneの動きでは、i-PhoneやAndroidによって、過去10年ほどの間にインターネット世界、PC世界で培われてきた各種情報資源をほぼそのままSmartphoneの上で利用できることが大きなセールスポイントになっている。日本のように、ケータイの方で独自のアプリケーション世界を作ってしまったのとは、方向性が異なる。

日本の場合は、ケータイのもつ小額決済機能やポイント機能によって、ペイド・コンテント(有料課金型コンテント)の提供が可能になったため、2000年代前半から、まずはケータイサイトとして事業化が行われ、次いで一般のインターネットでもそのサービスが提供されるという動き、つまり、「ケータイ→インターネット」という流れが定着した(たとえば、Indexのような例)。

一方、アメリカの場合は、日本とは逆で、 「Internet→Smartphone」という流れになる。

このことを考えれば、今まで利用されてきたネットワークアプリケーションというレイヤーで、普段実際に使う頻度の高いアプリケーションをシームレスに利用できる環境を、複数の種別の端末(PC、netbook、Smartphoneなど)の間で、共通仕様のインターフェースで提供することで、実質的にユーザーを取り込んでいくことができるはず(認知上のロックインとして)。

したがって、当面の間は、AndroidとChrome OSを並行して走らせておいて、しかる後に、両者のブランドを統一していく、という動きは十分考えられる。大事なのはG-mailのようなアプリケーションのシームレスな利用であって、普通のユーザーはその背後にある技術的システムのスペックのことなど気にはしない。

だから、利用者=消費者の「認知」のレベルで同一商品、同一サービスカテゴリーとして理解される道をAndroidとChrome OSは選択していくことだろう。

以上見たように、競争環境の変化や、近未来の商品イメージ(とそれに対応するユーザーイメージ)などを加味したところで、Eric Schmidtは今回の動きにゴーサインを出したのだと思う。

*

若い頃にSUNの開発思想の薫陶を受けたSchmidtは、常に“The network is the computer”という発想を頭の片隅に起きながら事業開発を進めてきた。SUNはOracleに買収されてしまったが、SUNが掲げた理想は、Eric Schmidtを通じて改めて実現されようとしている。

だから、Eric Schmidtをトップに掲げることで、Googleは成功した新興企業であるだけでなく、同時に、シリコンバレーの保守本流の研究開発思想を体現する企業でもある。

Schmidtは一見すると手堅いビジネスマンのようだ。実際、彼のスピーチやパネルディスカッションなどでの発言を聞くと、とても説明の上手いセールスマンのようであり、また筋道だった説明をする大学の先生のようでもある。

けれども、そうした堅実そうな顔の下に、上で記したAlan KayやBill Joyのようなビジョナリの顔も備えている。


30年かけて若い頃の夢の実現に邁進する。
Eric Schmidtには、そうした、ロマンチックなリアリストの顔がある。

author: junichi ikeda

CONCEPT

FERMATは、コミュニケーションという社会の基底を与える領域の変化の徴候に照準しながら、未来のビジョンを描くことで、新たな何か=“X”、の誕生を促します。