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BBC流がジャーナリズムの世界標準になる

BBCのトップ(Director General)のMark ThompsonがNew York Timesの新CEOに選ばれた。

Times Co. Names Mark Thompson Chief Executive
【New York Times: August 14, 2012】

New York Times Taps BBC Executive
【Wall Street Journal: August 14, 2012】

正確には、NYT会長のArthur Sultzberger Jr. が選んだに過ぎないので、これから他のボードメンバーや株主を説得する必要がある。が、上場企業だが実質的に創業者一族であるSultzbergerの判断を大きく揺るがす動きは出てこないだろう。先日も、新たなボードメンバーに、MITメディアラボ所長になった伊藤穣一氏を選択したように、NYTは全面的にウェブ化、デジタル化に舵を切ろうとしている。そして、ウェブ化、デジタル化とは、要するにグローバルリーチを得ることと同義と捉えていることが、今回のThompsonの選択からもわかる。

アメリカの新聞業界は、もともとはローカル紙からなる世界であり、NYTはニューヨーク市並びにニューヨーク州のニュースを扱うものだった。地域住民、地域社会を扱うのが基本だった。Washington PostはワシントンDCを、Chicago Tribuneはシカゴとイリノイ州を、LA TimesはLAとカリフォルニアを、というのが普通だった。地元の情報については、各種の事情を含めて分析的な記事、あるいは、解説的な記事を提供する。従って、その論調は地域政治の基本的意見を形成する。逆に、このように新聞が基本的にローカル紙であるからこそ、APやロイターのような通信社が意味をもった。また、シンジケーションという形でコラムニストが各紙を契約し、コラムの掲載権を売買をしていた。だから、新聞は、新聞社自身の記者による地元のニュースと、通信社やシンジケーションからやってくる国際ニュースや金融ニュース、読み物としてのコラムをパッケージにして、作られていた。

このようなローカル紙としての特徴が、インターネットの登場で変わった。今まさに、このブログエントリーがNYTの記事を参考にしている通り、NYTのウェブサイトは、全米どころか、世界中にリーチを伸ばし、全米紙どころか一気に世界紙、グローバルメディアになろうとしている。NYTの論調は基本的にリベラルであることから、同じくリベラル紙であるイギリスのThe Guardianとグローバルに競い合うようになっている。

かつては、全米紙といえば、マックペーパーと呼ばれたUSA Todayぐらいしかなかった。これも衛星を使った紙面のデータの配信が全米に行われるからこそ可能になったものだった。むしろ、全米向けのニュースをまとめるものは、TIMEやNewsweekなどの週刊誌だった。しかし、日々の更新が当たり前であるインターネットの世界の登場によってニュース週刊誌はおされてしまい、すっかり影が薄くなっている。

このようにウェブの登場によって2000年代を通じてアメリカのジャーナリズムは、そのニュースを盛るパッケージを紙から電子に向ける方向に舵を切ってきた。途中、そのマネタイズの方法で紆余曲折あったものの、たとえばNYTやWSJは広告だけでなく有料契約ベースにして収益モデルに一定の目安を得てきている。ともに、The GuardianやFinancial Timesといったイギリスの新聞とグローバルに対抗することになった。

こうしてNYTがデジタル化、すなわちグローバル化の対応に向かう時に、その水先案内人として選ばれたのが、女王陛下のBBCでトップを務めたThompsonだった。

それにしても、またBBCか、というのが、このニュースを聞いた時の率直な感想だった。

近くは、既にCNNやBBCとともに国際ニュースの重要メディアの一つとなった観のあるアル・ジャジーラもBBC経験者が、BBCをモデルにして始めたといわれる。あるいは、昔、ヒアリングを行った経験では、欧州大陸の多くの放送局がBBCを一つの手本としていた。たとえば、ドイツの公共放送であるARDやZDFではBBCを参考にして番組制作の質や工程、すなわち制作体制を作っていると聞いたことがある。

また、留学中も、ジャーナリズムやファイナンスの授業で、Financial TimesやThe Economistを購読しろ何度も講師から言われた経験がある。アメリカの新聞は、国内ニュースばかりで国際的なニュースの分析能力が劣ると言われていた。更にいえば、フランス人の同級生も、フランスの雑誌は政治的ゴシップばかりで読んでも無駄だから、イギリスの雑誌や新聞を読む、と言っていた。

何が言いたいかというと、それくらい、イギリスのジャーナリズム、その中でもBBCにはNYでも一目置かれていた、ということだ。だから、ずっとローカル紙でやってきたNYTがデジタル=グローバル展開をしようと思うなら、BBCを参考にしたいというのはとてもよくわかる話だ。

もちろん、BBCは受信料収入からなる放送局であり、その点で完全に私企業であるNYTに、いわば年間予算のことを気にせずに好きな番組を安定した予算で作ってきたBBCの経験が役立つのか、という議論はあり、それが、今後、ボードメンバーの説得の際の最大の議論の一つになるだろう。

もっとも、BBCにおいても90年代から予算の問題はあり、そこでの結論は、国内市場は受信料収入からなる公共放送だが、国外については、そのような公共性を気にせず、どんどん番組を売って稼いでこい、ということだった。BBCといえば、ネイチャーものの番組が特に有名だが、そうした番組をたとえばアメリカであれば、私企業のケーブルチャンネルであるDiscovery Channelに販売して放送をしている。あるいは、BBC Worldという形でイギリス国外の多チャンネルサービスとして有料で提供している。

だから、Thompsonも当然、このようなBBCの経験を知っている。NYTが彼をピックアップしたのも、デジタル化による制作体制や取材体制などの組織改革だけでなく、世界中の新聞や放送局へのリーチも考えてのことだろう。既に、NYTやWSJのサイトでは動画による説明も当たり前になっているが(もっとも、WSJの場合は、親会社のニューズコープの関係でFox Newsの映像が多いが)、今後は、NYTはそちらにも力をいれるのかもしれない。既にHuffington Postはそのような試みをしている。

いずれにしても、今回のNYTの判断は、NYTがNYのローカル紙から全米を越えて一気にグローバルなジャーナリズムの一角を占めようとする動きであり、そこではおそらく映像も用いるということだろう。さらに、国際的な取材体制のあり方、あるいは、国際的な動静を踏まえた記事の書き方、番組の作り方という点でBBC、ないしイギリス流を参考にするということだ。アングロ・サクソン的な取材体制やジャーナリズムのあり方が、今後のウェブジャーナリズムの方向性を大きく規定していくことの徴候なのかもしれない。

ソーシャル化と合わせて、面白い時代になりそうだ。

author: junichi ikeda

CONCEPT

FERMATは、コミュニケーションという社会の基底を与える領域の変化の徴候に照準しながら、未来のビジョンを描くことで、新たな何か=“X”、の誕生を促します。