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デジタル教育市場に参入するメディア企業群

アメリカのメディア企業の大手が続々と、デジタル教育市場に参入しようとしている。

Media Companies, Seeing Profit Slip, Push Into Education
【New York Times: August 19, 2012】

もうすぐ9月の新学期が始まるこの時期は、アメリカでは、Back to Schoolキャンペーンといって、文房具や教科書、副読本などが、まとめて売られる時でもある。そういう空気の中で、新しい動きとして上の記事が取り上げたのが、デジタル教育市場だ。

Discoveryの新規事業である、Techbookと言われるテキストブックでは、ビデオ、バーチャル・ラボ、ダウンロード可能なコンテントも利用可能だという。子供向けのものは、いわゆるマルチメディア仕様で、たとえば、教科書の一節を、機械が朗読してくれるような機能もついている。

上の記事によると、教科書市場は、幼稚園から高校生(12 th grade)までで30億ドル(約2500億円)。これに教師用のTeachers’ Guideの40億ドル(約3200億円)が加わって、年間70億ドルの教科書市場がある。ここに、デジタル教科書、デジタル教材の形で、Discoveryを始めとして、メディア企業大手が参入を企てている。

自然の生態(たとえば、動物や植物、あるいは海洋生命体等)を映像で紹介するケーブルチャンネルであるDiscoveryは、今までもそれらの映像を教育用に編集したビデオを販売してきた。デジタル教科書の開発は、そうした営業上の繋がりから発生したようだ。

そして、このDiscoveryの他に、DisneyやNews Corp.、NBCUなど、ハリウッドメジャーの一角もデジタル教育市場に参入しつつある。景気後退でエンタメ市場が全般的に振るわない中、デジタル教育市場を新たな成長市場としてみなしている。

教育予算は、アメリカの場合、常に社会問題となる。だから、デジタル化によって、従来教科書関係に掛かっていた基礎的なコストが変わると、教育予算全体の配分、つまり重点領域も変わることだろう。となると、この教科書のデジタル化という趨勢は、単純に紙の教科書のデジタルによる置き換えという領域だけにとどまらないことになる。

そもそも、エンタメ企業が教育ツールの市場に係ること自体、教育の文脈を変えていく。上の記事で言えば、Disneyは中国に語学学校を建設する計画があり、そこではディズニーキャラクターを利用して、楽しく学べる方法を提供するようだ。これらは直接利益を生むと言うよりも、現在、上海に建設中のテーマパークならびにリゾートの顧客ベースを確保することのほうが狙いだという。よく言われる、子供の頃にケチャップやマヨネーズの味を覚えさせると生涯にわたって、調味料として使ってもらえるという発想に近いように思える。

いきなり、このような話になると若干眉をひそめたくなるが、しかし、記事の中にあるように、たとえば、Financial Timesがビジネススクールの教授や学生に、彼らの記事をケーススタディ用に利用させようという動きを見ると、教育とメディア企業の接点について納得できてしまうことも多い。実際、アメリカのプロフェッショナルスクールで利用されるケーススタディ用のケースは、学生が実習としてグループで取り組む課題として書き始められたものであることが多い。そして、その際のソースの多くはFTのような新聞や雑誌の記事だった。このFTのような社会人教育の領域でなら、むしろ、このようなメディア企業側の教育分野への進出は、その主たる利用者=顧客にとってもプラスに働く、ウィン・ウィンの事業となる。

そうした利点を教育市場全般にまで拡大しようと発想する人たちが現れてもおかしくはない。

もちろん、社会人教育と、成年前のいわゆる義務教育の部分では、そもそも教育や学習の動機付けが異なるので、その間の境界が簡単に消えるとは思わない。だが、その一方で、そこで利用されるツールの変化が、学習や教育の現場の現実を変えてしまい、その結果、その現実に即して教育方針を変えていくことも起こりうるだろう。

たとえば、教育用ビデオの制作には、それなりに時間もコストも掛かる。この領域は、先日紹介したBBCが得意とする領域だ。長年にわたってスタッフを現地に派遣し、たとえば野営を数ヶ月から数年にわたって行い制作される自然科学ドキュメンタリーの分野は、誰もがそのような映像を作れるわけではないという点で、ノウハウや人脈がそうしたメディア企業の周辺に形成される。

となると、教科書のデジタル化という具体的な参入点をきっかけにして、従来あった、メディア企業と教育の接点が少しずつ明らかにされ、できるところからその改変が進められるということなのだろう。

もっとも、上の記事にあるように、何の障害もなく市場参入できるわけではなく、公教育であれば、市を中心にした行政当局とのやりとりや認可が必要になる。

実は、教育市場への参入は過去何度か試みられており、いずれも成功しているとはいいがたい。今回も、結局は失敗だったということになるのかもしれない。それでも、e-bookやタブレットのアプリとして少しずつ参入機会が面的に広がっていることも確かだろう。

冒頭に記した通り、基本的には、上のNYTの記事は、Back to Schoolの時期を踏まえたものだろう。だが、今後はリアルな動きに転じるものもあるように思える。一体どこの街で、どのようなイニシアチブの下でデジタル教育市場がたち上がるのだろうか。興味深い動きであることは間違いないと思う。

author: junichi ikeda

CONCEPT

FERMATは、コミュニケーションという社会の基底を与える領域の変化の徴候に照準しながら、未来のビジョンを描くことで、新たな何か=“X”、の誕生を促します。