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Jeff Bezosは何故、Washington Postを手に入れたのか?

アメリカの有力紙の一つであるThe Washington Post (WaPo)が、Amazonの創業者でありCEOであるJeff Bezosに2億5000万ドル(約250億円)で譲渡されることになった。これによって、1933年から80年間続いた、Graham家によるWaPoのオーナーシップに終止符が打たれることになった。

Amazon’s Founder to Buy The Washington Post
【New York Times: August 5, 2013】

Bezos Buys Washington Post for $250 Million
【Wall Street Journal: August 5, 2013】

言うまでもなくAmazonは、GoogleやApple、Facebook とともにBig 4と称せられる、世界中で成功を収めているウェブ企業の一つだ。そのAmazonの創始者であるBezosが、WaPoのオーナーになるということは、デジタルメディアの先導者が、19世紀以来のペーパーメディアを掌中に収めたという点で、21世紀らしい象徴的な出来事といえる。先に上げたBig 4のいずれも、マスメディア企業群とパートナーシップをもってはいたものの、傘下に収めたものはいなかった。もちろん、今回のオーナーシップの移転は、投資家としてのJeff Bezos個人へのものだが、このことがもつ「メディアの新旧交代」という意味合いは大きい。

その意義を考える前に、いくつかの事実を整理しておこう。

まず、今回のディールだが、Bezosに譲渡されるものは、WaPoに代表される新聞部門(Washington Post Media)であるということだ。親会社であるThe Washington Post Co.がBezosの手に渡るわけではない。

なぜこのことを強調しているかというと、近年、The Washington Post Co.の収益源は、Kaplanという教育事業(日本で言うところの予備校や塾に当たる)であったからだ。Kindleで電子書籍事業のトップに位置するAmazonからすれば、一見するとKaplanのような教育事業の方がシナジーとして即効性を期待できるものに思われるが、しかし、今回のディールにはKaplanは含まれていない。新聞事業から始まったアメリカのメディア企業(コングロマリット)によく見られるように、The Washington Post Co.もいくつかのテレビ局を保有しているが、これも今回のディールには含まれない。Bezosが所有権が移転するのは、あくまでもWaPoに代表される新聞事業に限られる。

オーナーであるGraham家は1933年からWaPoを所有してきた。ちなみに、WaPo自体は1877年に創刊されており、Graham家はWaPoの創業者というわけではない。今回のBezos同様、彼らもWaPoを購入したわけだ。にも関わらず、WaPoといえばGraham家が常に連想されるのは、1971年に機密文書であるペンタゴンペーパーの開示を行い、72年にウォーターゲート事件の追及を執拗に行ったのがWaPoであり、その「執拗な調査報道」を支持したのが、当時の発行人(publisher)であったKatherine Graham女史だったからだ。WaPoはアメリカのジャーナリズムの理想像なのだ。実際、ウォーターゲート事件の顛末を見じてジャーナリストを志した人は多数いた。そのようなジャーナリスト予備軍にとってはWaPoとGraham家はアメリカン・ジャーナリズムの理想として輝いていたわけだ。

ウォーターゲート事件は、その後、アメリカ建国以来初の大統領(リチャード・ニクソン)の辞任を招くにまで至、WaPoの報道は、アメリカのジャーナリズム史に燦然と輝く大功績であった。更には、その「調査報道」を支えたのが「女性」の発行人であったことも注目を集めた。Katherine Grahamはいわゆるセレブリティの仲間入りをし、各界要人との人的ネットワークの広がりから、Graham家の名声を高めた(なお、Katherine Grahamの後は、彼女の息子であるDonald Grahamが継ぎ、次いでDonaldの姪であるKatharine Weymouthが経営に参加し今日に至っている)。

アメリカの新聞は、大統領選などの選挙にあたり、特定の候補者の支持を表明するのが習わしであるため、Graham家の支持(エンドース)は選挙戦の中でも大きな意義を持つと考えられていた。

このように、WaPoといえばGraham家が即座に連想されるほど、20世紀後半のアメリカの政治やジャーナリズムの「定点」であった。

もっとも、以上のGraham家の名声は、インターネット登場以前の20世紀後半に築かれたたものだ。

インターネット登場以後のWaPoは、他の新聞同様、デジタル化やウェブ化、ソーシャル化への対応に追われた。様々な試みがなされたものの、残念ながら成果を得られず、7年連続で業績が下がることがはっきりした今年のはじめの段階で、Donald GrahamとKatharine Weymouthは、WaPoの売却を具体的に考え始めたという。

ちなみに、The Washington Post Co.は、数年前に傘下に収めていたNewsweekを既に売却していた。先が見えてしまった週刊ニュース誌からリストラを行ったわけだ(皮肉なことに、売却先であったDaily Beatがつい先日、Newsweekの売却を決めたところだった)。

そして、WaPoの売却先を検討する中で浮上したのがJeff Bezosであった。7月に開催された非公開のSun Valley Conference(毎年7月に開催される、メディア企業とテクノロジー企業のトップを集めた私的会合)の場で、BezosとDonald Grahamが話し合うことで売却が決まったということだ。ちなみに、どうやらBezosの方が購入希望の意志があることを持ちかけたらしい。

250万ドルが高いか安いかは、アメリカの報道(というか今日の段階ではほとんどが憶測に過ぎないわけだが)では様々な意見があるが、しかし、Bezosの個人資産は252億ドル(2兆5200億円)といわれるので、実はその1%でしかないという(口さがない言い方では、要するに目減りした資産を処分に悩んだ「お金持ち」が飛ぶ鳥の勢いのある「お金持ち」にその資産を売り飛ばした、ともいわれている)。

Bezosは当面の間は、WaPoの経営並びに編集の現場についてはGraham家の二人に任せたままで、現在の体制を維持する方針のようだ。つまり、Bezosにオーナーシップが移ることでWaPoは、さしあたっては、在DCのクオリティ・ペーパーの地位を保つことができる。もちろん、紙からウェブへの重点の移動によって増え続ける赤字をどうするのか、という問題は残ったままだ。しかし、この点については、今回の、株式の移転によってWashington Postは未上場のPrivate Companyになる。上場を辞めることによって、長期に亘る再建計画を練りやすくなる。

では、具体的にどのような動きが今後あり得るのか。

Bezos個人へのオーナーシップの移転といっても、遠からずAmazonのビジネスと絡めてくることは多分、間違いないだろう。あるいは、Bezosが個人的にアプローチできる他の資産と組み合わせるということも起こりえるだろう。

Amazonが他のBig 4と比べてユニークなところは、言葉の意味通り、Amazonは「プラットフォーム」に徹しているということだ。つまり、売ったり買ったり、運んだり、というように、モノの売買のプロセスには可能な限り介入しようとするものの、そのモノ=商品そのものの企画にまではあまり関わっていないということだ。その点からすると、「報道」という情報の生産工程には直接は関わらず、その届け方に工夫を凝らすということになるのだろう。

たとえば、Amazonは、Kindle Singleという数十頁というボリュームでしかない電子書籍の「カタチ」を提案し実施に移している。ついこの間も、ミドルクラスの底上げが必要であることをスピーチするためにAmazonの配送センターを訪れたオバマ大統領にインタビューを行い、極めて短い間でそのインタビュー集をKindle Singleとして発売した(これはこれで新しいジャーナリズムのあり方の一つといってよいだろう)。そのような機動性の高い電子「書籍」フォーマットを積極的に活用するという方向もあるだろう。日々の報道内容をテーマ別に編集しタイムリーに「コンテント」にパッケージして販売するという方策だ。

もちろん、こうした試みはFTなど他の新聞社も既に始めている。だから、ここで新生WaPoが何らかのアドバンテージを持つとすれば、Amazon側でそのような編集が容易なツールを開発したり、Amazon 側でのポイント利用やPrime契約など、購入や契約の入り口を複数(できれば心理的障壁の低い形で)用意するようなことが期待できる点だろう。いうまでもなくAmazonからすれば、そのようなツールの開発はひとりWaPoのためだけではなく、他の新聞各社に対しても広く公開していく点でインセンティブを持つ。要するに、書籍の電子化で行ったことを、改めて新聞に対して行う、ということだ。WaPoはそのためのテストベッドになり得る。その意味では、WaPoのサイトが(Amazonの)クラウドサービスの上で構築されるようになる時がひとつの分岐点になるのだろう。

次に、これもアイデアレベルの話だが、Bezosは個人で、ビジネス情報サイト(というか、ビジネスジャーナリズムサイト)のBusiness Insiderに出資をしている。Business InsiderはNYからビジネス情報を発信している。このようなサイトを活用してWaPoの情報の幅を広げていくという方向もあるだろう。

実は、今年に入って、WaPoも遅ればせながら有料化を始めていたのだが、しかし、これは、単に遅きに失しただけでなく、メニューとしていささか魅力に欠けると、個人的には思っていた。というのも、WaPoの場合、お膝元のDCの政治ニュースについては、情報の速度も密度も高いのだが、その一方で、政治ニュース以外ではWaPoでなければどうしても、という情報が掲載されるわけではない。実際、ビジネスや経済関係の報道は、ブルームバーグやロイターから配信を受けているものが多い。つまり、WaPoらしさがあまりない。その一方で、政治ニュースだけに限るならば、むしろ、元WaPoの編集者たちが数年前に立ち上げたPoliticoで間に合ってしまうことも多い。したがって、どうしてもWaPoの購読を契約したいという魅力に欠けているように見えてしまう。

既にNYTやWSJ、あるいはFTなどが有料契約を導入しており、有料化となると、これらの先行媒体との競合が避けられない。そして、もう一点、有料化の導入は一般的にPV数やユニークユーザー数の減少をもたらし、従来の新聞ビジネスの収益源であった広告の収入を減らすことにも繋がりかねない。このあたりは、有料と広告のバランスが必要となる。さらにいえば、広告そのものの出稿の動機も変わって来ている。

一つ補うと、こうした広告出稿の動機が、advertisingの原義が「関心を集めること」であって決して日本語の「広告」のように「広く伝える」ことではないことにも注意が必要だろう。Advertisingの語感として「関心惹起」が即座に連想されるからこそ、欧米のadvertisingはエンゲージメントやアドボカシーなどの方法に即座に飛びつくことができる。そして、そのためのノウハウがアプリとして結晶化可能になったのが、ウェブ以後のadvertisingであり、メディアビジネスだ(先日発表された、オムニコムとピュビリシスの、大西洋を越えた合併も業界トップのWPPが仕掛けるウェブ的、デジタル的なadvertisingへの対応を念頭においたものだった)。

読者の関心の奪い合いという点では、たとえば、NYTの対抗紙は、今日、アメリカの新聞サイトではなく、イギリスのThe Guardianと思われるが、そちらは無料だ。つまり、WaPoを迂回しても必要な情報の多くは得られてしまう。そういう、見た目では「情報が溢れている」状況下で、独力での網羅性のない媒体が、より網羅性の高いサイトと金銭面でもアクセス面でも競合するのは苦しい。この点で、WaPoが提供する情報のあり方を一部変える必要もあるだろうし、それを無理やり有料にするのか、ということも改めて考える必要があるだろう。その時に、たとえば、Business Insiderのような、旧来のニュースペーパー出身でない媒体を組み合わせることで異なるテイストを生み出すことも大事なのかもしれない(この点では、BusinessWeekを購入して大きく様変わりさせたBloombergが参考になるのかもしれない)。

このように、具体的にBezosの手に移った段階で、対デジタルという点で、様々な動きが生じてくると思われる。

それにしても、どうしてBezosはWaPoを所有したいと欲したのだろうか。

うがった見方をすれば、それは政治的にいろいろと利用できそうだ、と思ったからではないか。そして、そのように考えると、AmazonではなくBezosが個人でオーナーシップを引き受けたことにも意味があるように思えてくる。

というのも、2013年に入って、ウェブ企業を巡る政治的状況はどんどん厳しいものになっているからだ。それだけ、ウェブ企業がアメリカ全体にとって重要な意味を持つようになったことの裏返しでもあるのだが。

そのような状況下では、WaPoの購入は、Bezosに首都ワシントンDCへの大きな足がかりを与えることになる。

Amazonに限らず、Google、Apple、Facebook等、大手ウェブ企業の多くは、現在、アメリカ連邦政府との関係が非常に複雑になってきている。

ざっと列挙しただけでも、電子書籍の価格カルテル嫌疑、税制上の扱いの変化、外国人エンジニア確保のための移民法やビザの扱いの改正、Samsungを始めとした国際的なパテント合戦、雇用の国外流出に対する非難、など。つい最近では、Amazonのデリバリーセンターの雇用状況についても賃金体系の点からWalMart等の他の量販店との比較が取沙汰されるなど、一般社会や一般企業からの風当たりは強くなっている。つまり、ウェブ企業は、今までアメリカ経済のフリーライダーだったのではないか、そうだとすれば応分な貢献をアメリカ経済に対してすべきではないか、という疑問を持たれているわけだ。

つまり、ウェブの特性である、国境を超えてスプロールしていく力が、経済的にはグローバル化を不断に推し進める力としてみなされ、その結果、いわゆる「グローバリゼーション」という現象に対する批判/批評の言説のたぐいが具体的にぶつけられる対象としてウェブ企業がまっさきに取り上げられる傾向にある。少し前であれば、そのようなグローバリゼーションの「元凶」の矛先が向かうのはウォール街の投資銀行であったことを踏まえれば、アメリカ人の意識の中で、ウェブ企業群=シリコンバレーの位置づけがそれだけ明瞭になったということもできるのだろう。したがって、ウェブ企業群に対して、経済的にはフリーライダーというそしりが、政治的にアメリカの利益を考えていないというような非難が少しずつ増してきているように思われる。

要するに、ウェブ企業群をアメリカとしてどう遇するか、というのが、政治的にも経済的にも、連邦が扱うべきイシューとして浮上してきているわけだ。

そのような情勢の中でGoogleにしてもFacebookにしてもワシントンDCへの直接的なロビイングに力を入れてきている。あるいは、Googleの元CEOのEric Schmidtのように、アメリカの政治の現場に足を踏み入れることで直接的に政界との関わりを深めようとする動きも見えてきている。間接的ではあるが、仮に次期FRB議長にLawrence Summersが任命されるようなことがあれば、教え子の一人であるSheryl Sandberg(Facebook CEO)は近い将来、どんな振る舞いをするのか、等。

このように、ウェブ企業群=シリコンバレーと連邦政府との間では緊張が増している。そういう中で、ロビイングと異なる文脈でワシントンDCの政界への足がかりとなるのが、WaPoのオーナーというポジションだといえる。

つまり、WaPoはそれだけの政治銘柄というわけだ。

先述のように、Graham家には多くの政治家が選挙前に「支持(エンドースメント)」を求めて通っていた。Graham家はWaPoのオーナーという地位を通じて、政治的なサロン/ネットワーク/サークルを形成していた。今風にいうと、Graham家は政治的「インフルエンサー」だった。

となると、WaPoのオーナーシップがBezosに移って以後は、今度は、Bezosがその訪問先として登録されるのだろうか。つまり、今後は、Bezosの支持者表明が一定の政治的意味を帯びるようになるのかもしれない。ハリウッドにおけるスピルバーグやカッツェンバーグのような、政治への影響力も行使するセレブリティの一人にBezosがカウントされるのかもしれない。

加えて、このような「名声」の効果だけでなく、実際の報道の場面でもある種の影響力(というか無言の抑止力)を行使できるのかもしれない。

BezosのWaPoの購入の話が出てから既に指摘されていることだが、Amazonが連邦政府と関わるビジネス案件について、たとえば、AmazonがCIAへのクラウドサービス提供の契約などについて、報道のあり方に一定の傾向性を帯びるようになるのではないか、という疑問がある。端的に言えば、「調査報道」というWaPoのお家芸に対して、Bezosがオーナーになって以後、どのような変化が生じるのか、という疑問だ。先述のように、WaPoは、ウォーターゲート事件を白日の下に晒し執拗に追求することで、ニクソン大統領の辞任にまで追い込んだ実績のある、アメリカの「調査報道(investigative report)」の象徴のような存在であるだけに、気になるところだ。引き続ききちんと公正な報道を行い続けることができるのか―― BezosのWaPo購入に対して、当のWaPoのスタッフを含めて、アメリカのジャーナリストやブロガーがこぞって気にかけているのはこの点だ。そのような不安や疑念に対して、ウォーターゲート事件報道でジャーナリストの大御所になったBob Woodwardなどは、BezosのWaPo取得は、MurdochによるDow Jones(WSJの発行主)の取得とは全く異なる、というような意見を表明するにまで至っている(つまり、Woodwardは、この表明によって、Bezosを「エンドース」しているわけだ)。

もっとも、WaPoのオーナーとなることを通じて、Bezos自身が公明正大であることをアピールする効果を考えると、利害関係をディスクローズした上できちんと報道されるのかもしれない。既にそのような先行事例としては、ビジネスマンからNY市長に転進したMicheal Bloombergの例がある。

むしろ、WaPoの「公正報道」を日頃支持し支援することが、結果的として、PR(Public Relations)の領域において、BezosないしAmazonへの(反発ではなく)理解を促す方向に働くようになるのかもしれない。もっといえば、クラウドコンピューティングを進めることで、今後、コンシューマー向けの商材だけでなく、ビジネス向け(エンタプライズ向け)あるいは社会インフラ向けの事業にまで事業領域を拡げる可能性のあるAmazonとBezosにとっては、社会的企業としてのイメージや、早期における各種情報の入手という点でも、WaPoの存在は意味をもつのかもしれない。何と言ってもアメリカ連邦政府の情報と情報の力学に精通しているのがWaPoだからだ。ある意味で、Bezosは個人的なインテリジェンスのチャネルを持ったとも言えるわけだ。たとえば、Bezosは、宇宙ロケット事業にも個人的に出資をしている。十数年後の事業化を見た時、政府情報へのアクセスの確保はひとつのアドバンテージだといえるだろう。

Bezosは常々、ロングタームで物事を考え、投資を行う人だと指摘されている。今回のWaPoの取得も、そうした彼の「長い目」で見た果実を見越してのことといえるのだろう。そして、こう考えてくると、確かにBezosという起業家/投資家の手に渡ることで、デジタル時代のジャーナリズムの方向性に大きく影響を与えることは間違いないだろう。5年後、10年後に今回のディールがどういう影響を与えたのか。振り返るのが楽しみだ。

果たして、このBezosの動きを機に、ニュースペーパーという事業が、さながらベースボールチームのように、頻繁かつ容易にオーナーが変わるような事業となるのだろうか。GoogleやAppleは、似たような動きを行うのだろうか。あるいは、個人投資家として活躍しているシリコンバレー早期リタイア組(たとえばPayPalマフィア等)が同種の動きを行うのだろうか。ギークたちとジャーナリズムという新しい関係が、もしかしたら築かれていくのかもしれない。

ともあれ、今回の件で、BezosがSteve Jobsの跡を継ぐウェブ業界の人物になったことは間違いないだろう。面白いのは、JobsがPixarを通じてDisneyに近づくことでエンタテインメント分野で映像文化とコンピュータの融合(というか人物に限れば融和)をもたらしたのに対して、Bezosはジャーナリズムやパブリッシング等の分野で、紙文化とウェブの融合を図ろうとしているように思えるところだ。『ウェブ文明論』などでも触れたけれど、このことは、JobsがAppleの製品をアメリカ文化に根付かせるために「カウンターカルチャー」を援用したのに対して、BezosがKindleの普及にあたり「啓蒙主義」を当ててきたことにも通じるようだ。何より、Amazonは、まず、書籍のオンライン販売から始まっていた。上では、ウェブ企業群として、Amazonもシリコンバレーの一員であるかのように扱ってしまったが、しかし、Amazonの拠点は、ワシントン州シアトルだ。そして、そこはカリフォルニアとは異なるGreater New Englandと呼ばれる、旧英領の土地でもあった。今回の動きについて、WaPo社員に向けたレターの中でBezosが図らずも述べたように、ワシントンDCに拠点をもつWaPoを取得した自分は、「アメリカの反対側にあるもう一つのワシントン」でワクワクする仕事に追われる身である、という表明は、思いの外、象徴的だと思われる。アメリカ初代大統領の名を冠した「二つのワシントン」がBezosによってどう編み上げられるのか。そのような、太平洋岸と大西洋岸の二つの文化が交差する点で、今回のBezosの行動は様々な可能性を孕んだ動きのように思われる。今後の展開が楽しみでならない。

author: junichi ikeda

CONCEPT

FERMATは、コミュニケーションという社会の基底を与える領域の変化の徴候に照準しながら、未来のビジョンを描くことで、新たな何か=“X”、の誕生を促します。