• はてなブックマーク
  • Delicious
  • twitter
  • 印刷
Google AndroidをKITKATと名付けるバズ効果

Googleが、スマートフォン用OSのAndroidの次期バージョン名を“KITKAT”と名付けることを公表した。KITKATは、いうまでもなく、日本でも長年販売されているウェハースを挟んだチョコレート菓子で、国際的な食品・飲料メーカーであるネスレの主力商品の一つである。その主力商品の登録商標がそのままAndroidの開発コード名として採用され、公にされたことになる。

KitKat, Google’s Purely Promotional OS Flavor
【Wall Street Journal: September 3, 2013】

Googleは以前からAndroidの社内開発コードとして、お菓子の名前を使ってきた。ジェリービーンズやジンジャーブレッド、というのがそれだ。ただし、これらの名前は、いわば菓子の一般的なカテゴリーを伝えるもので、今回のKITKATのように、具体的な商品名(登録商標)を利用することはなかった。

今回、KITKATと名付けられることになったAndroid 4.4についても、当初は他のお菓子の名前を採用することが検討されていたようだが、どうも一般的すぎてわからない、であるとか、あるいは、その名前はアメリカ人にとってはわかっても、他の国の人にとっては具体的に想像できない、つまり、それがお菓子のカテゴリーとしてそもそも認識されない、だから、洒落っ気が伝わらない、・・・、等の点で、相応の議論が重ねられたという。

実は、このコード名の選択にあたっては、冒頭の一字がアルファベット順に採用されており、今回のAndroid 4.4については、予めKから始まるお菓子の名前という縛りがあった。この「K縛り」に対して当初は“Key Lime Pie”という言葉が当てられると見込まれていた(Key Lime Pieがどんなお菓子かわからない人はググってください。英語版のWikipediaには項目があったはずです)。

(そもそも、新開発する製品のコード名を考えるのに、開発チームのみならず社内の関係部署の人たちが会議室に集まって、ああだこうだ言っている姿は微笑ましいものなのだが(笑)。)

冗談のような話だが、アイデアに行き詰まったところで、提案されたのが、日頃から残業時のリフレッシュメント用に常備されていたお菓子の一つであるKITKATだったという。試しにネスレ側に打診したところ、許可が降りたようで、しかも、今回の扱いには、特段に金銭のやりとり、つまり商標利用料の支払いなど、直接的な経済的関係は生じなかったということだ。もちろん、金銭の授受は無くとも、二社間で、おそらくは、その利用範囲や方法については、取り決めがなされていたものと思われる。

ところで、このKITKATと名付けられたAndroidの一件で、興味深いところは、むしろ、この新Androidのコード名としてKITKATが採用されることをきっかけにして、というか、この話題をネタにして、ネスレ自体がショートビデオを作って、ウェブ上にアップしてしまったことだ。

KitKat Revamped Its Entire Website In A Hilarious Parody Announcing Its New Partnership With Google
【Business Insider: September 3, 2013】

Googleの次期Androidは当然、ウェブ上では話題になる。KITKATという名称は、それこそどこの国の人でも、それがネスレのチョコ菓子と同じ名前であることに気づく。具体的な商品である以上、それと分かる形で世界中のスーパーの棚に陳列されているからだ。つまり、ネスレからすれば、格好のバズ確保の機会となる。

加えて、ネスレからすれば、世界中のウェブの未来を牽引するGoogleがもつ「連続するイノベーション」というイメージを援用することができる。実際、ネスレが用意したショートフィルムのタイトルは、

The Future of Confectionery has arrived. (お菓子の未来がやってきた) 

というもので、そのプレゼンテーターの役割を、Chief Breaks Officerと呼び、洒落っ気を振りまいている。このBreakは、KITKATのタグラインである、”Have a Break! Have a KITKAT!”からとったものだからだ。

さらに、このショートフィルムが「バズを喚起するインターネット・ミーム的性格」を帯びるのに貢献しているのが、このショートフィルムの作りが、AppleでiPhoneやiPadのデザインを担当してきたSir Jonathan Paul "Jony" Iveのプレゼンテーションビデオのスタイルを執拗に踏襲している、つまりパロっているところにある。サーらしくイギリス英語のアクセント(口の先の方でカクンカクン話すしゃべり方)で訥々と語る口調であるとか、目を見開いていかにもこのことは大事なことであるという気分を相手に求める顔つきやジェスチャーなどが、周到に真似されている。

GoogleのAndroidのコード名として採用されたKITKATの製造元であるネスレが、タブレットやスマートフォン市場においてGoogleの競合であるAppleのプレゼン流儀をパロっているという構造は、それだけでもいろいろとああだこうだ言えてしまうところがあって、それがまたバズの連鎖を促すことになる。

(ところで、このあたりのクローズドサークルにおける意味の細部の掘り下げから始まるバズやミームについては、ウェブ上のコンテキストの形成や、そのためのシニシズムの援用という点で表現レトリック上いくつも興味深いところがあるのだけど、このことはまた別の機会にでも触れたい。)

ネスレ自体は、このKITKATのショートフィルムに限らず、これまでもITのイノベーションとイメージを重ねるようなショートフィルムを製作し、ウェブ上にポストしてきた。定番商品のもつ安定感だけに安住すると新規の(多くは若年層の)顧客から忘れられてしまうという懸念があるからだ。常に「新しい」イメージ、常に「イノベートしている」イメージ、常に「社会―それも多国籍企業らしく国際的な広がりを持つ社会―の先端に目を向けている」イメージが必要になる。有り体にいえば、KITKATのネスレにとってのブランド価値を維持し向上させるための手立てを常に必要としている、ということだ。

(もちろん、これには裏側の解釈も可能で、表現として過剰に「イノベート」を強調する姿勢は、普通のメーカーにとっては、GoogleやAppleのようなハイテクウェブ企業と違って、常にイノベートし続けるなんてことは実際には難しいのだけどね、というちょっと冷めた視点から見ることもできる。ただ、このあたりの真逆のニュアンスのブレを感じることができる辺りも、バズを引き起こすことに貢献しているように思われる)。

このように考えてくると、今回の一件は、Googleからすれば次期Androidの開発の様子を広くユーザーに告知する上で効果的であり、ネスレからすれば自社の主力商品へ「イノベーション」という語り口を得る上で効果的なきっかけ/イメージを得たことになり、相互にウィン―ウィンの関係を築くことができた、と捉えることができる。

それにしても、いくらウィン―ウィンの関係が想定できるからといって、直接的には金銭的な関係が発生していないというのは面白い。今回の場合、KITKATは、登録商標ではなく一種の普通名詞として、誰もが扱える「言葉」の一つとして扱うこと選択されたことになる。つまり、今回に限って、KITKATという言葉は、見た目上は一種の「オープンな言葉」として採用された。ウェブ上で、むしろ、広く流布することを目的にしたことになる。この、ある言葉をオープンに自由に使おう、という姿勢は、とてもGoogleらしいものだ。

(この「言葉は本来共有物で、だから公共財」という見方も、必ずしも牧歌的に考えられなくなるのが、ウェブ以降のサーチが当たり前になった時代の一つの傾向でもあると思う)。

そして、このことこそが、この一種の他愛ない動きに対して、バズの効果という企図、という点から注目してしまった理由だった。インターネットというメディアが開いた、言葉の流通の可能性について、幾つか教えてくれる格好の事例のように思えたわけだ。

author: junichi ikeda

CONCEPT

FERMATは、コミュニケーションという社会の基底を与える領域の変化の徴候に照準しながら、未来のビジョンを描くことで、新たな何か=“X”、の誕生を促します。