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第65回エミー賞に見る、アメリカドラマの新しい居場所

今年で65回を迎えたエミー賞では、ドラマが視聴されるメディアが多岐にわたることがまた明らかになった。というのも、ドラマ部門を受賞したBreaking BadはケーブルテレビネットワークのAMCで放送され、デビッド・フィンチャーが監督賞を受賞したHouse of CardsはNetflixで配信されたものだったからだ。こうなると、もはや「テレビドラマ」という呼称は適切とはいえなくなってくる。

Honors for ‘Breaking Bad’ and ‘Modern Family’
【New York Times: September 23, 2013】

もっとも、エミー賞のドラマ部門をケーブルネットワークで放送された作品が受賞するのは今に始まったことではない。おおよそ10年前の2004年に、HBOのThe Sopranosが受賞したのが最初であり、それ以来、HBOやAMC、Showtimeといったケーブルネットワークのチャンネルで放送された作品が受賞を重ねている。

もちろん、ABCやFoxといった、地上波の四大ネットワークで放送された作品も引き続きノミネートされ続けている。それでも、この5年あまりは、AMCのMad Menを筆頭にドラマといえばケーブルを想定しないわけにはいかなくなってきた。その上で、ついにNetflixで配信された作品までとりあげられるところまで来た。ドラマが最初に配信されるビデオメディアが多様化してきたことの現れだ。

このようにアメリカドラマの居場所が少しずつ変化してきた背景には、単に技術的に選択肢が増えてから、というだけでない理由を幾つか指摘できる。

一つには、ドラマの製作者が基本的には配信メディア(地上波テレビ、ケーブル、ウェブ)とは独立したセクターとして存在していること。ハリウッドの映画会社を中心にコングロマリット化が進んでいるアメリカの場合、テレビと映画会社との間にもグループが形成されているため、完全にテレビネットワークと製作プロダクションがフリーな関係にあるわけではない。それでも、系列を越えたドラマの作り方が、一応可能になっている。

二つには、地上波とケーブルの制作条件の違いがある。とりわけ表現上のコードの違いは大きく、ケーブルのほうが地上波よりも表現の幅があるといってよい。The Sopranosにせよ、Mad Menにせよ、Breaking Badにせよ、基本的にはアンチヒーローの物語であり、社会の裏側、人間の悪の側面に焦点を当てている。当然、そうした内容には相応のキツイ表現が必要となる。そして、「良質のドラマ」を求める人たちは、そのような表現にも理解があった。

三つめとしては、編成上の自由度の高さ、の違いがある。連続ドラマの「連続」という特徴は、もともとは、一週間単位で番組を流す地上波テレビの編成の都合から生まれたものだった。しかし、ビデオデッキの登場以後、どのようなタイミングでドラマを見るかについては、視聴者の側に、選択の自由が移った。その中で明らかになってきたのは、binge viewing、すなわち、まとめて一気に鑑賞する見方だ。ケーブルは、あるドラマについて連続放送するような編成が可能だし、そのような見方をもっと容易に行えるのが、ウェブ上のオンデマンド配信だ。ここで、Netflixのようなプレイヤーが関わってくることになる。

四つめとてしては、こうしたbinge viewingに代表される視聴状況の変化について敏感になって生み出されたドラマ企画が、Netflixのようなビデオ配信プレイヤーの増加で、検討される余地が生まれてきたことだ。実際、House of Cardsの場合、製作者であるケビン・スペイシーとデビット・フィンチャーは、まずは地上波ネットワークに企画をもちこんだものの、いずれもパイロット版を作ってみてから判断する、という反応しか得られず、唯一、Netflixだけがパイロット版は必要としない意向を受け入れてくれたという。

若干、細かい話だが、通常、アメリカのドラマの場合、パイロット版という第一話を製作して、その出来を見て、第1シーズンの制作発注がなされる。そのため、パイロット版には、物語の全体像をまずは見せる、つまり、つかみを良くするための仕込みをふんだんに行う必要が出てくる。裏返すと、ドラマの脚本としては、一定の傾向を帯びてしまうことになる。しかし、House of Cardsの場合は、序盤は淡々と進む作風を選択したいとケビン・スペイシーは考えており、そのため、パイロット版の出来ではなく、1シーズン全体の出来で判断してほしいと希望していた。この点で、地上波ネットワークとは折り合いがつかなったという。そして、そこで浮上したのがNetflixだった。

このように、ドラマが放送/配信される環境の違い、視聴者の視聴状況の変化、などが、少しずつ製作者にフィードバックされることで、ドラマの所在が多様化することになった。今回のエミー賞では、ケーブルに加えて新たにウェブも、そのようなドラマが生まれる場所になったことを示している。今後は、Netflixだけでなく、AppleやAmazon、あるいはYouTubeという名前もエミー賞で聞かれるようになるのかもしれない。

ところで、ここでは、ウェブが開いた可能性という点で、NetflixやHouse of Cardsの方に触れてしまったが、ドラマ自体のもつ「劇的さ」という点では、確かにAMCの動きは注目に値する。AMCはWalking Deadでも高い評価を得ている。現在のアメリカのドラマを考える上で不可欠の存在になっている。Breaking Badは、第2シーズンまで実際に視聴したが、このドラマの持つ苛烈さは非常に興味深い。そのことはまた、別の機会に記したい。

このように、アメリカのドラマは、新しいメディアを得ることで表現の可能性を広げている。

author: junichi ikeda

CONCEPT

FERMATは、コミュニケーションという社会の基底を与える領域の変化の徴候に照準しながら、未来のビジョンを描くことで、新たな何か=“X”、の誕生を促します。