クリスマスシーズンにタクシーデリバリーを試みるアマゾン

サンフランシスコとロサンゼルスでアマゾンが、タクシーを使ったデリバリーサービスのプログラムを導入するという。

Amazon Is Testing Taxis for Deliveries
【Wall Street Journal: November 5, 2014】

アマゾンは、今までも、ロジスティクスの効率化を徹底すべく様々な手段を講じてきており、将来的には、ドローンを使ったデリバリーまで計画している。デリバリーの方法に関する様々な手法についてパテントの取得にも力を入れている。

しかし、今回のプログラムは、そのような未来のことではなく、より切実に現在の、しかも目の前に迫った今年のクリスマスシーズンに向けてのものであるという。というのも、昨年、アマゾンは、クリスマスシーズンでの配送で手間取り、クリスマスプレゼントとして配送されるべき商品が、クリスマス当日には届かなかった、という失態を演じてしまい、多くのユーザーから非難を浴びていた。そのような事態を避けるために、タクシーの利用を考えたようだ。

もちろん、いきなりこの方法に飛びついたわけではなく、通常の配送会社との取り決めは従来通りだ。タクシーが配送主体として浮上したのは、ここのところ、過熱化している、UberやLyftのような、アプリを使った配車サービスの競争が影響している。アマゾンが組む相手も、Flywheelという、Uberのような配車サービスのスタータップだ。

上のWSJの記事によれば、この5年間で、デリバリーの速さや確実さを競うサービスは激化している。アマゾンだけでなく、Wal-Martのような従来型の巨大流通チェーンもアマゾンの競合としてデリバリーサービスに力を入れてきているからだ。さらに、流通店だけでなく、GoogleやeBayもデリバリーに参入している。ここのところ、Chairmanのエリック・シュミットが公の場で明らかにしているように、Googleはコマースという商流に関心を強く示しており、アマゾンを長期における競合として強く認識しているからだ。

ともあれ、そのようなアマゾンを取り巻く競争の激化の結果、商品を顧客に届ける最後の部分であるデリバリーに焦点が当たることになった。いうまでもなく、このデリバリーの部分は、通常、顧客が実際にサービスに接するほぼ唯一の機会であり、それゆえ、そこでの不満はサービス全体の不満に広がる。昨年、アマゾンはそれで大失態を演じたわけだ。

とはいえ、競争が激化すれば、デリバリーの取り合いになる。そして、デリバリーの会社にも限りがある。そこで浮上したのが、タクシーの競合サービスとして欧米で話題を集めている配車サービスである。もちろん、本来、タクシーは「人」を運ぶものであり、「物」の配送とは区別されたサービスだ。それを、人も物も「運搬」という点ではなんら変わらない、という、ある意味、身も蓋もない事実をつきつけるのが今回のプログラムといえる。おそらく、業者としての縄張り意識や法規制もあることだろう。そのため、今回のプログラムは試験であり、最も忙しくなるクリスマスシーズンにむけて、サンフランシスコとロサンゼルスで試してみる、ということのようだ。アメリカの場合、市ごとに、タクシーなどの規制を制定し管理しているため、都市単位での導入実験を行うことができる。

もっとも、このような動きは、アメリカ以外でも起こりつつあることのようで、興味深いのは、ドイツのダイムラーが、タクシー配車サービスアプリを開発する会社に資本参加し、ヨーロッパだけでなくアメリカでもサービスを展開させようとしていることだ。

なぜ、自動車会社が配車サービスにまで?という疑問が生じるが、しかし、自動車メーカーは、従来、一般車両だけでなく、トラックやタクシーなど特殊用途の自動車の製造も行ってきた。それらは、用途に応じたスペックの要請や規制遵守のためでもあったわけだが、当のサービスの現場で、従来の車種を問わずサービスが提供されてしまうのであれば、その動勢を早期に理解するための情報取得という点でも、こうした配車サービスの現場にコミットする必要があると考えたからなのかもしれない。思いきり俯瞰してみれば、次世代の自動車には、エネルギーの効率/効果的利用という制約がのしかかっており、その制約の中で可能な限り必要となる自動車の製造や運行が必要になる。

そもそも、配車サービスアプリにしても、街中に稼働していない自動車が多数存在することと、そうした一種の「遊休資産」を「シェア」という発想から稼働させるところからスタートしたはずだ。もちろん、そこには従来からの規制があり、たとえば、ヨーロッパではUberのようなサービスに対して事業者からの強固な反対意見が示されてきた。とはいえ、配車サービスが一定の認知を得ているのは、それが、現在の社会問題や人びとの要望に対する解決策の一つであると理解されるからであり、それなりに理屈の通ったものであると思われているからなのだろう。むしろ、実現可能になったものをどう社会に根付かせるのか、ということだ。

今回のアマゾンのデリバリーの試みについても、そのような観点から見直されると面白いと思う。もちろん、デリバリーは、というか、物流は完全に効率化できるわけではない。利用する側の習慣によって繁忙期がどうしても生じてしまうからだ。その振れ幅のあるトラフィック総量をどのように「社会」的に調整するのか。サンフランシスコやロサンゼルスの試みはそのような社会的実験のひとつでもある。

author: junichi ikeda