レンズとグラス

Microsoftが、Windows 10の発表の際に、新たなVRガジェットとして、HoloLensという、視覚型インターフェイスを発表した。

At Windows 10 Event, Microsoft Jumps Into Augmented Reality With HoloLens Headset
【New York Times: January 25, 2015】

ちょうど、GoogleがGlassの発売を停止し、開発場所をGoogle XからGoogle本社に移し、開発担当をNestの創立者のTony Fadellに任せることになった直後のことだった。そのため、あれ、やっぱり視覚型インターフェイスは難しいのか?、と人びとが訝しがり始めたところでの公表は、いい意味で、IT業界にMicrosoftは健在だ、と思わせるものになった。想定以上のパブリシティ効果があったのではないだろうか。

実際、このHoloLensは、昨年、三代目のCEOに就任した、Satya Nadella時代のMicrosoftを象徴するものとして、位置付けられていたということだ。つまり、Apple Watchを公表してようやくジョブズの呪縛から解放され、独自路線を歩み始めることができたTim CookのAppleに近い。このあたりのことは次のWIREDの記事が詳しい。

Microsoft in the age of Satya Nadella
【WIRED: December 2015】

タイミングがあまりにもバッチリなので、この記事自体が、Nadella体制のMicrosoftを伝えるためのパブ的仕込みであることは拭えないのだけれど、その点を理解さえしておけば、Microsoftも、実際、大変だったのだな、と思えてくる。PCで圧倒的シェアを占めるWindows とOfficeの存在によって、徹底的にインターネットの第二幕、すなわち、モバイルとクラウドで出遅れたことが伝わってくるからだ。そして、Nadellaはクラウドの担当だった。

Nadellaとしては、“mobile first, cloud first”とあるように、とにかくモバイルとクラウドに食い込むことが不可欠で、そのために、Salesforceとの提携を行った。いわゆる企業向けのサービスとして競合する相手であったが、とにかく、ユーザーサイドに立てば、他社のクラウドベースのサービスの中であっても、ユーザー側の利用経験からレガシー化しているOfficeアプリを使えるようにした方が、結局、ユーザーの意向に沿うし、なにより、「ユーザーの生産性を上げる」ことに貢献できる。このあたりの発想は、もっぱら営業面でMicrosoftを成長させたSteve Ballmerとは異なる、エンジニアの視点をNadellaが持っていることのあらわれといえる(Nadellaは、コンピュータサイエンスのマスターとMBAの両方を取得している)。

とはいえ、クラウドでユーザー本位に振る舞うことは、いわば、ディフェンスの強化にすぎない。それこそ、いつの間にか、イノベーションという点で恐竜並みに機動力がなくなっていると揶揄されるようになっていたイメージを覆す、フラグシップとなるプロジェクトが必要だった。

で、その一つが、今回のHoloLensということだった。

ただ、この話も変だな、と思ったのは、そもそもHoloLensのプロジェクトは5年前から始まっていたという。でも、その頃はまだNadellaはCEOではない、だったら、どうしてそれがフラグシップを担うようになったのか? この点が不思議だった。しかし、それも開発者のAlex Kipmanの話を知ると、なるほどなぁ、と了解できた。

Kipmanは、MicrosoftのゲームコンソールであるX-Boxで、身体の動きに同期したインターフェイスであるKinectの開発者として知られていた。彼が社内でKinectの開発のゴーサインをもらったのが2007年のことなのだが、実は、その時にプレゼンしたものが、HoloLens構想だった。Kinectはあくまでも一里塚にすぎなかったわけだ。

身体的インターフェイスという点で、Kinectには前々から関心を持っていたのだが、逆に、それが、今回のようにARとVRの境界を無効化するような視覚型インターフェイスに直結していたとなると、ますます納得できてしまう。

ともあれ、もともとHoloLensというゴールがあったからこそ、NadellaのCEO着任一年ほどで成果を公開することができたわけだ。むしろ、このことがあったからこそ、Minecraftの開発元のMojangを買収するということまでしていたのかと、納得できた。LEGOのように、一種の「知育」手段として利用できるMinecraftを通じて、幼少期からMicrosoftに親しんでもらう。この点は、たとえば、子供の頃からハンバーガーを食べてもらってケチャップ味を覚えてもらおうとする、食品会社のマーケティングと変わらない。

もっとも、HoloLensというものの、レンズというよりもバイザー上に映るCG映像は、言葉の定義からすれば「擬似ホログラム」だろう。本来のホログラムとは異なる。このあたりは、実際に利用してみないことには直感的にはなんともいえないのだけれど、しかし、公表された説明によれば、眼前の「リアルな空間」のある箇所にCG映像を「ピン止め」して、その空間情報に沿って、CG映像の全貌を視覚的に捉えることができるという。つまり、当該オブジェクトの背後に回れば、そのオブジェクトの背面がきちんと示される、というものだ。その意味で、立体性が確保されている。

今のところ、HoloLensはこのようにゲーム的利用が先行しているように思える。だが、それも、X-Boxがあってのことと思うと、逆に、Microsoftはゲーム分野に進出していて、結果的には良かったのだなと思った(もちろん、ゲーム自体がアプリに移行しているわけだが)。この点で、一体何に使うか、みんなで考えよう!と尋ねてみた結果、早い段階から、プライバシー問題のドツボにはまってしまったGoogle Glassとは大きな違いだ。Microsoftのモバイル/クラウドへの進出の遅れもたしかに問題だったのだろうが、Googleのもつ「なんでもユーザーに聞いてみよう」という姿勢もそろそろ見直しが必要な時なのかもしれない。なにごともバランスが必要だし、経験値を積んだら適切な均衡点を設定することも大事だからだ。

ともあれ、HoloLensの登場によって、視覚型インターフェイスからのVR/ ARの開発の命脈が保たれたことは素直に喜びたい。

それにしても、今回の動きを見ていると、Microsoftは、シリコンバレーの会社ではなく、シアトルの会社なのだなと痛感した。GEのような東海岸の会社に近いといってもいいくらい。「破壊的イノベーション」という文化は、あくまでもシリコンバレーの「ノリ」なのだろう。その意味で、インド人のCEOと、ブラジル人のHoloLens開発者によって、窮地から脱するというのも興味深い。改めて、アメリカの多元性を感じるところだし、その多元性を現実化させるのに、カリフォルニア州が20世紀に果たした役割は想像以上に大きかったのだと感じる。カリフォルニア・ドリーミングとはよく言ったものだと思う。

author: junichi ikeda