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セサミストリートと進化するHBO

45年に亘ってPBS(アメリカのノンプロフィットの地上波公共放送)で放送されてきた「セサミストリート」が、HBO(有料ケーブルネットワーク)で放送されることになった。

‘Sesame Street’ to Air First on HBO for Next 5 Seasons
【New York Times: August 13, 2015】

Sesame Street’s Favorite New Letters: HBO
【Wall Street Journal: August 13, 2015】

この動きは、広い意味でアメリカの「テレビ」の変貌を示唆するものとして注目すべきだ。

HBOは、Home Box Officeというその名の通り、もともとは家庭(=ホーム)で見る人気映画館(=ボックスオフィス)として始まった、ケーブルネットワークの最古参のチャンネルの一つだ。そのHBOは、90年代に入り、アメリカのケーブルテレビの世帯普及率が90%を越え、テレビインフラとして定着したあたりから、“It’s not TV. It’s HBO”というキャッチフレーズを掲げ「(地上波)テレビとは違う映像娯楽作品提供サービス」として自らを位置づけた。単なる映画チャンネルであることをやめ、オリジナル企画の映像作品(ドラマやミニ映画)を配信するようになった。VTRの普及とレンタルビデオチェーンの登場によって映画だけを配信しても顧客にアピールしないという判断からの転身だった。

「テレビではない(not TV)」というだけのことはあって、地上波では見られない、性や暴力に関する過激な表現を伴う「大人向けの複雑なプロットのドラマ」を配信するようになった。『The Sopranos』や『Sex & the City』を通じて「HBOといえばオリジナルドラマ」という認識が一般に確立された。その結果、従来は地上波四大ネットワーク(ABC、CBS、NBC、Fox)で放送されたドラマが受賞して当然だったエミー賞を、HBOが受賞するにまでなった。近年では、古代イングランドの七王国時代を彷彿とさせるファンタジー『Game of Thrones』が有名だ。

過去20年ほどの間に、ハリウッドで製作されるドラマのうち、地上波の放送コードには引っかかるが、しかし、大人の視聴に耐える人間の心理の機微を描くような、いわば「文学的」なドラマが、HBOを始めとしたケーブルネットワーク向けに企画されるようになった。AMCの『Walking Dead』や『Breaking Bad』、あるいは、ケーブルではないがNetflixの『House of Cards』も、そのようなHBOが開いた「Not TV」の路線の上で花開いたドラマ企画だった。

だから、今回の『セサミストリート』の一件が、テレビの転換期を象徴していると思えるのは、このHBOの実績があればこそなのだ。地上波テレビと異なる「Not TV」の開拓者だったHBOが、PBSとはいえアメリカの地上波放送で45年間も放送され続けてきた、子供向け教育番組の人形劇である『セサミストリート』の配信に踏み切ったのだから。

(よもや『セサミストリート』を知らない人はいないとは思うが、念のため補っておくと、エルモーやビッグバード、クッキーモンスターといった、人形や着ぐるみのキャラクターが、大人とのやりとりを通じて、子どもに対して啓発的な内容を具体的に指し示していくショーだ。日本でも昔、NHKで放送されており、英語の学習教材としても利用されていた。)

これは、上の記事にもある通り、HBOのビジネス上の主戦場が、ケーブルテレビからインターネット上のオンデマンドストリーミングサービスへと移行したことを反映している。HBO GoやHBO Nowといったオンラインサービスを提供するHBOにとっては、もはや競合は、ABCやCBSのような地上波放送ではなく、AMCのようなケーブルネットワークでもなく、AmazonやNetflixのようなオンデマンド配信サービスなのだ。そして、Amazonらが、ファミリー向けの、子供向けコンテントの拡充に勤しんでいるのに対して、HBOも同種の対応をせざるを得なくなった。つまり、サービスの本質が「ドラマの放送」ではなく「(ジャンルによらず)コンテントのオンデマンド配信へと変質してしまったからだ。

いうまでもなくストリーミングサービスは、放送と違って時系列の番組編成といった概念はない。利用者は自分の判断もしくは他人の推薦からコンテントを選択する。そのため、オンデマンドサービスにとっては「アーカイブの充実」こそが第一の鍵になる。さらに、オンデマンドサービスを利用するガジェットがスマフォやタブレットになった現在、その端末の利用者の要望に応えることは大事になる。しかも、スマフォ/タブレットを最初から目にする子どもたちにとっては、オンデマンドであることは、もはや大前提である。そこで最初からオンデマンドサービスとしてスタートしたAmazonやNetflixは、かつてのHBOと同じように「テレビとは違う」特性を追い続けた。その結果が、オリジナルコンテントの開発や、視聴者の意向に沿った(たとえば)キッズ向け番組の拡充だった。HBOもその戦術に対応したわけだ。

面白いことに、当初は「(地上波)テレビではない」ことを目指してサービスの質を磨いていったHBOが、セサミストリートのようなファミリー向けのコンテントの拡充に向かうに至り、むしろ、かつての「地上波」テレビのような、一般向け視聴を意識したコンテントのラインナップに近づいているように見えることだ。

つまり、地上波に対する「ニッチ」として始まったHBOが、インターネットの登場によって、かつての地上波テレビに近づいている。これは、HBOのいる場所がもはやニッチではなく「メイン」に移行しつつあることを意味している。

地上波テレビ局はいまだに放送免許の下でのライセンス事業であり、それゆえ、インターネットが登場したといっても、インターネットとは異なる映像配信システムである地上波ネットワークを手放すことはできない。それに対して、HBOのようなケーブルネットワークは、番組を見繕って配信するサービス事業であって特にライセンスは求められない(インフラ部門である、Comcastのようなケーブルテレビ会社とは違うことに注意)。

それ故、コンテントの配信経路の主軸が、ケーブルテレビからインターネットへ移行することに歩調を合わせて変容することができる。HBOはそうして、ケーブルネットワークからオンデマンド配信サービスへと変貌し、ユーザーの視聴の主軸が、流しっぱなしのケーブルからオンデマンドのインターネットへと移行するのに歩調を合わせて、ニッチからメインへの移行を逐次試みることになる。

もちろん、HBOがこのような変貌を果たせる背景の一つには、アメリカのテレビドラマの製作拠点が、テレビ局の内部ではなく、ハリウッドを中心としたプロダクション側にあることも大きい。つまり、ハリウッドの側から見れば、制作したコンテントをどの経路でユーザー=視聴者の手(目?)に届けるかは、間に立つ配信者との関係による。地上波テレビしか売り先がなかったところに、ケーブルネットワークが加わり、今では、オンラインサービスもある、ということだ。そのため、今回のHBOのような動きは、視聴者がオンデマンドを求める限り、継続されることだろう。

ここで少し目を広げると、ハリウッド製のいわゆるエンタテインメントコンテント以外の、ニュースやジャーナリズム、あるいはスポーツ中継についても、個別にインターネットへの移行が進んでいる。そのような動きが生じるのは、地上波テレビとインターネットの間に、歴史的に、ケーブルテレビという配信システムが存在したからだ。

ケーブルテレビによって、コンテント(製作/配信)とインフラが分離したビジネス形態を、産業全体で育成(孵化)することができた。そのケーブルの経験が媒介役になって、地上波テレビ的機能のインターネットへの移行を支えている。提供者にしてもユーザーにしても、ケーブルを経験したからこそ、インターネットでも同種の動きが起こると想定できるし、同種の動きが起こるよう、新規提供者はユーザーに、ユーザーは既存提供者に、それぞれ要求することができる。

このように見てくると、今回のセサミストリートのHBOへの配信契約は、個別の動きとしては小さなことだが、しかし、産業そのものの今後の動きを暗示させるような含み(ポテンシャル)を帯びている。

「Not TV」を経て「TV」そのものへ。アメリカのテレビは確実に変容しつつある。環境に合わせて自らの存在を最適化していくことが「進化」であるとすれば、文字通り、アメリカのテレビは「進化」している。HBOはそのための良質の観察対象なのである。

author: junichi ikeda

CONCEPT

FERMATは、コミュニケーションという社会の基底を与える領域の変化の徴候に照準しながら、未来のビジョンを描くことで、新たな何か=“X”、の誕生を促します。