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October 31, 2018

op-ed / commentary


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junichi ikeda

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「料理とAI」の局所的?ブームを巡って

October 31, 2018

op-ed / commentary


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junichi ikeda

普段なら手に取らない雑誌なのだが、え?料理とAI?なにそれ?という感じで、『料理王国』の11月号を手にした。

もっとも、AIといってもAIで料理がどうなるか、というよりも、第一には、AIで料理人の仕事が奪われるのかどうか?という話が中心だった。

それは『料理王国』で取り上げられる料理人にはどうやらオーナーシェフが多く、つまり半分はシェフ、半分は経営者という人たちであり、そのためシェフというよりも経営者の視点から見て、AIで(若い)スタッフの雇用が減ることはないよ、なぜなら、料理は五感を駆使した総合アートであり、それはAIなんかには真似できない!ということだった。

要するに、よくある「AIに仕事とか奪われるんじゃね?」という議論に終始したもので、なんかあまりホワイトカラーの議論と変わらないな、料理人という職人でもそうなのか、と思ったのだった。

ある意味で、予定調和の結論であって、多分、これだけなら、とりたてて何か書きとめておこうなどとは思わなかった。

ところが、当の『料理王国』の隣には『料理通信』という雑誌も置かれていて、これも普段だったらほぼ間違いなく手にしないものなのだが、『料理王国』を見た手前、ついでに見てみるか、という感じで覗いてみた。

そうしたら、これがびっくりで、なぜなら、そこには一人で飲食店を構えた人の話が載っていて――そもそも特集のテーマが「小さくて強い店」というもの――、その人の場合、人件費をまずは気にせずにすむように徹底的に機械による省力化が図られていた。つまりは、機械による「スマート化」が図られていた。

なんだよ、もう始まってるんじゃないか、スマート化!、というのその時に感じたことで、この『料理王国』と『料理通信』が、出来過ぎと思うくらい、正反対の記事になっていて、思わずほくそ笑んでしまった。

要するに、『王国』の方でとりあげられた料理人/経営者たちは、わざわざ勉強会まで開催して世に流布する「AI言説」をしっかり勉強した上で、主には労働問題の観点から、AIを扱っていた。だから、そこで掲載されている内容は、料理の雑誌であるにもかかわらず、ほとんど『週刊ダイヤモンド』か『日経ビジネス』か思うような内容だった。そう思えるくらい、議論の枠組みが、きれいビジネス誌をトレースしている

どうやら『料理王国』に登場するシェフたちは、もともと料理人になろうと思って専門学校で学び、その後は海外修行にもでかけたことのあるような人たちなのだそうだ。その中で料理人として大成した人が、今度はオーナーシェフとなっていく。ある意味では、料理界における「勝ち組」のサラブレッドといってもよいかもしれない。

けれども、その一方で、ある日突然(中には生活に困って)、とりあえず飲食店を始めよう、と思った人たちにとってみれば、全くの異業種参入であり、開業資金はできるだけ低いほうがいいに決まっている。開業しても実際に収益が上がるかどうかなんて予想はつかないので、できれば人手は省きたい。そこで可能な限り、機械でなんとかできるところはなんとかしようとする。

ここで余談というか、ちょっと横道に話がそれるけれど、『料理通信』のさらに隣に『専門料理』という雑誌があった。特集は「料理人のためのお金入門」ということで、こちらは真面目に新たに飲食店を始めようと思ったら、実際いくらぐらいかかるのか、開業資金から、開業後の運転資金の目安のために、普段の料理の原価計算まで掲載されていた。

ちなみに、この『専門料理』という雑誌も普段はタイトル通り、専門料理店のメニューや料理人の腕前を紹介している雑誌らしい。ということは、3冊もの雑誌がシンクロして、通常とは異なる「イレギュラー」な店の経営そのものに関わるテーマについて扱っていたことになる。理由は不明だけど、何か、料理界を震撼?させるような出来事でもあったのだろうか、と勘ぐりたくなってしまう。

ともあれ、もとの話に戻ると、『料理通信』の特集の関心はどうやら「開業」のほうにあって、しかも新たに開業しようとする人たちの前職もまちまち。つまり、飲食業界の外から参入してきた人もいる。その意味では、伝統的な料理人とはいえないのかもしれない。

けれども、その人たちも、機械を使えばなんとか店を始めることができる。そして、それら機械には、当然、いまどきの白物(AI)家電のように、様々な制御機構が詰まっている。つまり、すでに相当「スマート」なのだ。もちろん、こうした「スタンドアロンの制御機構を持った機械」をネットワークできるように標準化していくのもまたAI化の動きの一つでもある。

要するに、「料理とAI」の関係の現在形については、特集としてAIというキーワードを掲げた『王国』ではなく『通信』のほうが取り上げてしまっているということだ。
もちろん、『王国』の特集タイトルがなければ、『通信』の記事を、そんな世の中のスマート化――著名なハイテクグルの一人であるケヴィン・ケリーならば「コグニファイ(cognify)」と呼ぶところだろう――の文脈で読んだりはしないのだけど。

けれども、この2冊を並べることで、AIに関する言説と現実のズレやねじれを具体的に知ることができたようで、実に面白い。

ここで「言説」といったのは、まさに巷に溢れるAIのイメージに、AIという言葉を使った途端、囚われてしまっているからだ。

言説の効果として、多くの人たちは、(こう言ったらいささか失礼だが)出来合いの「定説」を学んで、その定説に沿うように現実世界を眺めてしまう。あるいは、その定説に対して自分の立ち位置を決めてしまう。

今回であれば、「料理とAI」というのが単なる労働問題に帰着してしまうあたりで、その上で、その対処方法が、あえていえば左寄りの、経営者としては雇用者を守る、という結論に帰着してしまう。つまりは、一種の出来レースのような語りに落ちてしまう。最初に真面目に勉強してしまうのが、良くも悪くも結論を予想可能なものにしてしまう。

しかも、そこで語られるAIとは、巷に溢れる「抽象的だが未来を席巻するといわれている」AIのことだ。そこでは、今すでにある「スマート家電」のことはほとんど触れられていない。

一方で新たな現実も生じているのも確かで、それは近未来のAIの「現在形」であるスマート白物家電を使って、飲食店の構造そのものを変えてしまうかもしれない動きが、「下」から、止むに止まれぬ事情も含めて、生じつつあるということ。というか、そのような人たちでも工夫次第では、日銭を稼ぐために飲食店を始めてしまえる状況がある。料理の世界に新しく参入しようという人たちの方は、徹底的に今確保できる「新しい」手段を駆使しようとする。

たとえば、いつの間にか、東京にもフードトラックが溢れて、ビジネス街を中心にお昼の弁当やランチボックスを販売する「お店」が増えている。そのフードトラックの運営者には、日本人もいれば外国人もいる。そのため、即席のフードモールが出来上がってしまう場合もある。場合によっては、美味しいエスプレッソやジェラートを提供するトラックも、軒を並べるがごとく、隣に停められていたりする。

フードトラックでなくても、店の賃貸料の安い郊外に出店する人たちもいる。そのようなお店も美味いところはインスタグラム等を通じて評判を獲得して遠方からもピンポイントにお客を呼び寄せたりする。もちろん、呼び寄せると言っても、所詮はモールではなく一店舗にすぎない規模なので、ソーシャルメディアで評判になるだけで十分繁盛することになる。

つまり、新しく出店する機会や方法はいろいろと出てきており、多分、将来的にはAIを使って、さらなる「スマート化」が図られることもあるのだろう。

つまりは、AIに仕事を奪われる、という予見を捨てれば、AIをどう使うか、そのために今、どうあれこれの道具をうまく使いこなすか、というところに自ずから視線が向かうはずなのだ。その意味で、最初から「言説」に塗れるのではなく、虚心坦懐に現実を眺めることが必要だし、むしろ、余所見をするような感じで、直接のテーマ以外のものを「斜め」から見ることが大事なように思える。その意味で、真面目すぎてはいけない。

それにしても、料理人というのは、「独立自営農民」ならぬ、現代の「独立自営職人」の中核のひとつなんだな、と改めて感じた。多分、ハッカーと並んで「独立自営」を可能とする職業のようだ。そして、そこで成功しさえすれば、「独立自営」なので、誰に気兼ねすることなく、様々な発言を行うこともできる。それは、今回の特集で、程度はどうあれ、「俺はこう思う」という感じで話している人たちの様子を見て感じたことだ。

そして、そういう人たちによって、進歩的でかつ保守的な人たちが生まれるんだろうな、ということも。

進歩的、というのは、たとえば料理人としても飲食店の経営者としても、日々「食の安全」ということを真剣に捉えれば、サステイナビリティのようなものに関心が向かうのだろうし、そもそも、生産者との間の共生関係をいかにうまく築くのか、という課題も抱えることになるはずだ。たとえば、東京でもグリーンマーケットは開催されているけれど、そこに足を運ぶと、特定のファーマーのお店で大量に食材を買い込んでいく料理人(と思しき人)を見かけることはよくある。

その一方で、店を持てば、そこでは小さいながらも一国一城の主となるので、従業員の鼓舞を含めて、ある意味では伝統的な勤労観に訴え、自らもそれを実践する人になるのだろう。そのような経営者が集まれば、もちろん一つの「社会的声」になることもある。

もちろん、そのような人たちは今までも多数いたのだろうが、しかし、ここで確認しておきたいのは、そのような「独立自営職人」が今後――半分は本人の希望で、半分はやむを得なく――増えていくと見込まれているとすると、世の中の仕組みはどうなっていくのだろう、ということだ。つまりは、「独立自営」のあり方にAI=スマート化はどう影響していくのか、ということなのだが。そのようなことを料理雑誌3冊を眺めながら思ったのだった。

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